二、「桐壷」でマスターする敬語     

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1、          敬語の解説

古文における敬語の品詞には、接頭語(例 尊敬)、接尾語(例 殿  尊敬、ども  謙譲)、代名詞(例 君  尊敬、それがし  謙譲)、動詞、補助動詞、助動詞がある。この、うち数も多く、敬語表現上意味を持ち、検討の必要があるものは後の三つの品詞である。そこで、これらの品詞における敬語表現について考えていく。動詞、補助動詞、助動詞によって表現される敬意とは、当然のことながらその動作をする人に応じて表される。動作をする人が誰であるかによってその種類は決まり、敬意の対象が決まる。ここの、主語が誰であるかが問われるということは、その主語の身分がどうであるかが問われていることになる。その人の身分が相対的に上であるか下であるかが問われていることになる。上であれば尊敬の、下であれば謙譲の言い方がなされる。そのいずれの場合も、敬意は当然上の者に向けられる。この、上の者に必ず敬意を向ける表現、これが敬語表現である。

一般的に、敬語というと人を敬う表現、人に敬意を表す表現というように、どちらかというと道徳的心情的に理解されている。が、敬意は上にしか向いていないのだから、そのよって生じる基盤をこそ問題にすべきではないか。根本的原理は上下の身分にある。まず、上下の身分がある。そこにいる人が、その秩序を維持するための一手段として敬語表現を用いたのだ。この表現は、その場の身分秩序を維持する一助になっているのだ。だから、封建時代にこそ敬語表現は必要とされまた発達した。     敬意の表し方には三つの種類がある。まず上の者が行動する場合、尊敬の言い方をしてその者を上げ、直接敬う。次に下の者が行動する場合、謙譲の言い方をしてその者を下げ、その動作を受ける上の者を間接的に敬う。この上下に関わりなく相手を敬う場合が丁寧である。したがって、敬語の検討においてはまずその述語を決めることが必要になる。次にその述語に対応する主語を決め、それが上か下か判断する。上なら敬語の種類は尊敬になり、その動作をする人を敬い、下なら敬語の種類は謙譲になり、その動作を受ける人を敬うことになる。丁寧は「侍り」と「候ふ」の二語で、地の文なら読者を、会話文なら聞き手を敬うことになる。

この際、注意することは述語が敬語かそうでないかということだ。敬語の場合は主語も敬語の種類も敬意の対象も前述の通りだ。そうでない場合は、主語を決め上か下か判断する。そして述語に附属する補助動詞、助動詞の敬語の種類と敬意の対象を考える。それでは敬語の動詞にはどのようなものがあるか、その主なものを拾い上げてみる。
ア、尊敬・謙譲ともにある動詞 あり をり 行く 来 言ふ 聞く 思ふ 与ふ す 知る
イ、尊敬のみの動詞 着る 乗る 食ふ 飲む 治む 寝ぬ 寝 見る 呼ぶ 招く
ウ、謙譲のみの動詞 受く 仕ふ 退く 去る
アは上下相互によく行われる動作を表している。イは上の者から下の者になされる動作、または上の者が下の者の前で行ってもその逆はあり得ない動作を表している。ウは下の者のみにある動作を表している。

敬語の補助動詞は、尊敬、謙譲それぞれ七、八語、丁寧語で二語ある。敬語の助動詞は尊敬の五語がある。これらの語は、どの動詞にも付くことができ、敬意を表すことだけがその働きであるからこれだけあれば十分だ。

敬語を図示すると次のようになる。 記号 ●  動作をする人 ○ 対応する人 ↓ 敬意      

1 尊敬 上の者である師が「言ふ」ので、その動作を上げて「のたまふ」と表現し、師に敬意を表す。

  2 謙譲 下の者である弟子が上の者である師に「言ふ」ので、その動作を下げて「申す」と表現し、師を敬う。

 

 

 

 

 

 

                                     

 

 

   

                  

   

 

 

 

      ●      ○

 

 

 

 

   

    

 

 

 

 

 

 

 

 

   

   弟

   申す

 

  

   

 

   

 

  のたま

 

弟子

  

 弟

 

言ふ

 

子    

 

 

 

 

 

 

 

 

 一 常体 敬意が無い場合

 

 

 

 

 

 

 

 

 二 敬体 敬意がある場合

   1 尊敬

 

 

 

 

 

 

 

  2 謙譲

 

 

 

 

 

 

3 丁寧

これは尊敬、謙譲のように、動作をする人、対応する人という直接的な関係における敬語ではないので図解できない。尊敬、謙譲は両者の接触する場面において形成され、それを書き手(作者)、話し手が包み込む形になる。丁寧は書き手(作者)、話し手が表現の相手である読者、聞き手を敬う敬語になる。いってみればこれこそ真に相手を敬う敬語だ。

丁寧

謙譲

尊敬

種類 文種

 

書き手(作者) →読者

 

書き手(作者) →動作を受ける人

書き手(作者) →主語

 

 

地の分

話し手→聞き手

話し手→動作を受ける人

 

話し手→主語

 

 

会話文

 

敬意を相互関係において図示すると以上のようになる。この場面を、地の文か会話文かで次の表を用いて包みこむとその説明は完了する。  記号 →敬意

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

、桐壷の敬語

敬語表現が一番難しい作品は、『源氏物語』と言われている。そこでその「桐壷」の巻の一部分を扱って敬語について考えてみる。主語、述語でも敬語に関わるところに移動して扱った。まず冒頭の一文を用いてその仕方を示す。敬語に関わる述語に二重線を引く。これに対応する主語に傍線を引く。省略されている場合は補ってかっこでくくり傍線を引く。敬語には通し番号を付ける。いづれの御時にか、女御、更衣あまた1さぶらひ2 給ひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬ(方)がすぐれてときめき 給ふあリけり。

女御、更衣が帝に「仕ふ」ので、1 「さぶらひ」と謙譲で下げて帝に敬意を表す。次に、この女御、更衣も身分が高いので、その動作1「さぶらひ」に、2 「給ふ」と尊敬の補助動詞を付けて上げ、敬う。これは注意すべき敬語表現のうちの、二方面に対する敬語になる。次に、この高貴でないという「方」が「ときめく」のだが、この方も身分は高いので3「給ふ」と尊敬の補助動詞を付けて上げ、敬う。以上のように、その敬語に1から42まで番号をつけて取り上げる。なお、敬意の説明については、同じことの繰り返しになるので、一覧表にまとめてその煩を避けた。その際敬語が動詞の場合、主語はそのまま記し、補助動詞、助動詞の場合、その附属する動詞の主語をもってした。動詞と主語を=で結んで記述し区別した。注意すべき敬語表現については次のように記号で表した。
二方面に対する敬語 b 最高敬語 また、地の文、会話文の欄は地、会話と区分した。本文は『 新日本古典文学体系』 (岩波書店)に拠った。

いづれの御時にか、女御、更衣あまた1さぶらひ 2給ひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬ()ががすぐれてときめき3給ふ有けり。はじめより我はと思ひあがり4たまへる御方々めざましき物におとしめそねみ5給ふ。同じほど、それよりげらうの更衣たちはまして安からず。朝夕の宮仕へにつけても人の心をのみ動かし、うらみを負ふ積りにやありけむ、いとあつしくなりゆき物心ぼそげに里がちなるを、(桐壷帝)いよいよあかずあはれなる物に6思ほして、(桐壷帝)人の誹りをもえ憚ら7せ8給はず、世のためしにも成りぬべき御もてなしなり。上達部、上人などもあいなく目を側めつつ、いとまばゆき人の御おぼえなり。唐にもかかることのおこりにこそ世も乱れあしかりけれ。とやうやう天の下にもあぢきなう人のもてなやみ種に成りて、楊貴妃のためしも引出でつべくなりゆくにいとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心ばえのたぐひなき(桐壷の更衣)頼みにてまじらひ9たまふ。

父の大納言は亡く成て母北の方なんいにしへのよしあるにて、親うち具しさしあたりて世のおぼえ花やかなる御方々 にもいたうおとらず、何事の儀式をももてなし、10給ひけれど、取りたててはかばかしき後見しなければ、ことある時は猶寄り所なく心ぼそげなり。

先の世にも御契りや深かりけむ、世になくきよらなる玉のおの子御子さへ生まれ11 給ひぬ。(桐壷帝)いつしかと心もとながら12せ13給ひて、(光源氏)急ぎ14まいらせて15御覧ずるに、めづらかなる児の御かたちなり。
 一の御子は、右大臣の女御の御腹にて、寄せ重く、疑ひなき儲の君と()世にもてかしづき16きこゆれど、(第一皇子)この御にほひには並び17 たまふべくもあらざりければ(桐壷帝)おほかたのやむごとなき御思ひにて、この君をばわたくし物に18思ほしかしづき19給ふこと限りなし。

桐壷更衣)はじめよりをしなべての上官仕へ20 給ふべき際にはあらざりき。おぼえいとやむごとなく、上ずめかしけれど、(桐壷帝)わりなくまつはさ21せ22給ふあまりに、(桐壷帝)さるべき御遊びのおりおり 何ごとにもゆへあることのふしぶしにはまづ(桐壷の更衣)23参うのぼらせ24賜ふ。(桐壷帝)あるときには25大殿籠り過ごしてやがて(桐壷の更衣)26さぶらはせ27たまひなど、(桐壷帝)あながちに御前さらずもてなさ28せ29給ひし程に、おのづからかろき方にも見えしを、この御子生まれ30給ひて後は、(桐壷帝)いと心ことに31思ほしをきてたれば、坊にもようせずはこの御子のゐ32たまふべきなめりと、と、一の御子の女御は33覚し疑へり。

弘徽殿の女御)人よりさきに34まいり35給ひて、やんごとなき御思ひなべてならず、御子たちなども36おはせませば(桐壷帝)この御方の諌めをのみぞ、猶わづらはしう心ぐるしう思ひ37きこえ38させ39たまひける。
桐壷の更衣)かしこき御影を頼み40きこえながら、おとしめ疵を求め41たまふは多く、我身はかよはく物はかなき有さまにて、(桐壷の更衣)中中なる物駅ひをぞ42給ふ。御局は桐壷なり。

 

 

 

b

b

 

 

 

 

a

 

a

 

注 意

番号

給ふ

給は

思ほし

給ふ

たまへ

給ふ

給ひ

さぶらひ

まじらひ=桐壺更衣

憚ら=桐壺帝

憚ら=桐壺帝

桐壺帝

おとしめそねみ=御方々

思ひ上がり=御方々

ときめき=方

さぶらひ=女御更衣

女御更衣

主 語

尊 敬

尊 敬

尊 敬

尊 敬

尊 敬

尊 敬

尊 敬

尊 敬

謙 譲

種 類

地 の 文

地 の 文

地 の 文

地 の 文

地 の 文

地 の 文

地 の 文

地 の 文

地 の 文

地・会話

作者

作者

作者

作者

作者

作者

作者

作者

作者

誰 が

桐壺更衣

御方々

御方々

女御更衣

誰 を

 

 

 

 

 

 

b

b

 

 

注 意

18

17

16

15

14

13

12

11

10

番号

思 ほ し

た ま ふ

き こ ゆる

ご 覧 ずる

ま い ら

給 ひ

給 ひ

給 ひ

桐壺帝

並び=一の御子

もてかしづき=人

桐壺帝

光源氏

もとながら=桐壺帝

もとながら=桐壺帝

生まれ=おの子御子

もてなし=母北の方

主 語

尊 敬

尊 敬

謙 譲

尊 敬

謙 譲

尊 敬

尊 敬

尊 敬

尊 敬

種 類

地 の 文

地 の 文

地 の 文

地 の 文

地 の 文

地 の 文

地 の 文

地 の 文

地 の 文

地 会話

作者

作者

作者

作者

作者

作者

作者

作者

作者

誰 が

桐壺帝

一の御子

一の御子

桐壺帝

桐壺帝

桐壺帝

桐壺帝

おの子御子

母北の方

誰 を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

注 意

27

26

25

24

23

22

21

20

19

番号

たまひ

さぶらは」

大殿籠り

賜ふ

参うのぼら

給ふ

給ふ

給ふ

さぶらはせ=桐壷帝

 

桐壷の更衣

桐壷帝

参うのぼらせ=桐壷帝

桐壷の更衣

まつはさ=桐壷帝

まつはさ=桐壷帝

し=桐壷の更衣

 

かしづき=桐壷帝

主 語

尊敬

尊敬

尊敬

尊敬

尊敬

尊敬

尊敬

尊敬

尊敬

種 類

地・会話

作者

作者

作者

作者

作者

作者

作者

作者

作者

誰 が

桐壷帝

桐壷帝

桐壷帝

桐壷帝

桐壷帝

桐壷帝

桐壷帝

桐壷の更衣

桐壷帝

誰 を

 

 

 

 

 

 

 

注 意

36

35

34

33

32

31

30

29

28

番号

おはしませ

給ふ

まいり

覚醒し疑へ

たまふ

思ほし

給ふ

給ひ

御子たちなど

まいり=弘徽殿の女御

弘徽殿の女御

一の御子の女御

ゐ=この御子

桐壷帝

 

生まれ=この御子

 

もてなさ=桐壷帝

 

もてなさ=桐壷帝

 

主 語

尊敬

尊敬

謙譲

尊敬

尊敬

尊敬

尊敬

尊敬

尊敬

種 類

地・会話

作者

作者

作者

作者

作者

作者

作者

作者

作者

誰 が

御子たちなど

弘徽殿の女御

桐壷帝

一の御子の女御

この御子

桐壷帝

この御子

桐壷帝

桐壷帝

誰 を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

注 意

 

 

 

42

41

40

39

38

37

番号

 

 

 

たまふ

たまふ

きこえ

 

たまひ

させ

きこえ

 

 

 

し=桐壷の更衣

おとしめ、求め=人

頼み=桐壷の更衣

思ひ=桐壷帝

思ひ=桐壷帝

思ひ=桐壷帝

主 語

 

 

 

尊敬

尊敬

謙譲

尊敬

尊敬

謙譲

種 類

 

 

 

地・会話

 

 

 

作者

作者

作者

作者

作者

作者

誰 が

 

 

 

桐壷の更衣

桐壷帝

桐壷帝

桐壷帝

弘徽殿の女御

誰 を