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旅立ちの話

 レッドは約束の時間に随分と遅れてしまったことを自覚して、越してきたばかりのブルーと、競争するようにオーキド研究所までの道を駆けていた。
「レッドのせいよ!」
 レッドに少し後れを取るような形でブルーが吠える。ポケモンのブルーもびっくりだな。内心そう思いながら、それを表情に出さずにただ走った。
「ああもうレッドが」
「おしゃべり禁止」
「だあーもう!」
 研究所が見えてきた。研究所の前には一人の少年が佇んでいる。二人は彼の姿を認めてあからさまに「うげえ!」と呻いた。当然彼の機嫌が悪くなるのは必至である。
「何だよその反応は」
 きざったらしく振り向いて、少年――グリーンは言う。
「レッドが道草を食ったから」
「えー、違うよ。ちょっとポケモンと仲良くなろうかなって思って」
「相変わらずお前らしいな」
「グリーンは狡いよね、だって自分ちだもん」
「そうよね、時間を決めた張本人のくせにね」
「お前らな!」
 他愛ない会話を続けながら、グリーンの先導で研究所の中へと入っていく。研究所の中は、いつ来ても子供達の好奇心をそそる物ばかりが置いてある。
 その中でも、ホールの中央に据えられた三つのボールが、今日は一段と輝いているように思えた。
「おお、来たかおまえたち」
 ボールの載った台車の後ろに立って、所長オーキド博士が朗らかな声で言う。
 来ました! 子供達の声がそろったのを見渡して、博士は一つ頷いた。
 うぉっほん。前置きに咳払いを一つして、オーキド博士は話し始める。
「では諸君。今日は君たちの旅立ちの日じゃ、旅に出るに当たって、パートナーを決め、この中から一匹連れていかねばならない。これは決まり事じゃ、分かっておるな?」
 はーい! 再び三人の声が重なったのを満足そうに見て、博士は説明を始める。
「ワシが説明するよりも見た方が早かろう、ほれ!」
 博士が放ったボールからは、三匹の小型ポケモンが姿を現した。
「くさタイプのフシギダネ、ほのおタイプのヒトカゲ、それからみずタイプのゼニガメじゃ」
「ダネ!」
「クゥ!」
「ゼニ!」
 博士の紹介の後、ポケモン達がつるや片手を挙げて挨拶する。
「さて、この中から一匹選ぶのじゃ」
 そう言って締めくくる。珍しく静かに博士の言葉を聞いていた三人はそろって顔を見合わせ、にししと笑うと、一斉に「君に決めた!」と指さした。その指は素晴らしいほどにばらばらだ。
 レッドはヒトカゲを、グリーンはフシギダネを、ブルーはゼニガメをそれぞれ指さしている。
 交差する指を見て、三人は誰からともなく笑い始めた。
「へんなの!」
「ブルーこそ」
「それはグリーンもだろぉ」
 ブルー、グリーン、レッドはひとしきり笑うと、博士からパートナーのモンスターボールと、赤い縦長の機械を受け取った。
 ポケモン図鑑というそれは、博士曰く旅の途中で出会ったポケモンを記録してくれる、便利な機械なのだという。日記みたいなものかな。
「さて、これで旅の準備はそろったわけじゃが……」
 少し寂しそうに三人を見て、博士が言った。
「たまには戻ってきますね」
「バッジ取ったら報告に来ます」
「ちゃんと電話します!」
「レッドポケギアできんの?」
 ブルー、グリーン、レッドは口々に言った。ポケモンたちは今すぐ旅に出たくて仕方がないというようにパートナーの裾を引っ張っている。
「できるって」
「怪しい」
「るっせ」
「ほら、暗くなる前に行くぞ――それではお祖父さん、行って来ますね」
 グリーンがお辞儀をしたのに倣って、ブルー、レッドも頭を下げる。お辞儀をした途端、なんだか心の中に小さな穴が開いたような、ちょっぴり怖いような、さみしいような感じがした。あんなにわくわくしていたのに。
「どうしたよ、レッド」
 研究所を出て行こうとしていたグリーンが振り返りつつ言った。
「早くしないと、暗くなる前にニビシティに着けねえぞ」
「うん、そだね」
 グリーンたちが首を傾げたのには気付かないふりをして、レッドは真っ先に研究所を飛び出した。傍らにはパートナーのヒトカゲが居る。大丈夫、僕は強くなれる。