Novel

亡国の獣 番外

 緑丘邑を発った後の旅の途中、安穏とした早朝のこと。
「食べる! 食べると言ったら食べるのだ!」
 例によって駄々をこねるのは、義勇団の雇い主角少年、その人。
 道中立ち寄った邑にての大喧嘩だ。
「いい加減にしなよ、そうやって君が騒ぐから遅々として進まないじゃないか」
 疲れたように言い返すのは義勇団の金庫番、冲和だ。
 くたびれた民宿の中、食堂で二人は向かい合うように座っていた。端から見れば兄弟のようだが、小さい方が汚れているけれど身なりは小綺麗で、口調にもそれなりの気品を感じさせた。つまり偉ぶっている。
「私は悪くない! 悪いのは管理に――ゲフッ!」
 小さい方――角少年の頭を吹っ飛ばしたのは、眠たそうな表情の月桂だ。
「何をする!」
「……必要と思った」
 口の中で、何事かもにゃもにゃ唱えてから月桂は言った。そのまま勢いよく角少年の隣に腰掛ける。
 濃茶色の髪は束ねられることもなく背中に垂れて、夢うつつなのか船をこいでいる。賊を撒いたときのような覇気はどこにも見当たらない。
「起きなよ月桂、朝ご飯食べられなくても知らないよ」
 途端月桂の瞳が輝き出す。獲物を見つけた獣の様に。すぐさま女将さんに料理を注文しに言った。
「とにかく冲和!」
「駄目、駄目と言ったら駄目」
「何を言い争っている」
 熊のような大男、闊達がのそりのそりと食堂に入ってきた。一瞬闊達の体で窓からの光がさえぎられ、冲和たちの机が翳った。
闊達は注文してから冲和の隣に腰掛け、机の上で手を組んだ。
「さて、分かりやすく説明してくれまいか」
 その言葉を受けて冲和が口を開こうとした矢先、情けない獣の鳴き声のような音がした。音の方向へ顔を向けると、食欲をぐっと堪えている月桂の顔があった。待ての指示をされた犬のようだ。
「……食べようか」
「勇允の兄貴は?」
「あいつなら既に飯を食い終わって、中庭で素振りをしているが」
 少しの間を置いて、月桂が本当か、と呟いて、丼をかっ込んだ。

食事が終わると、月桂はさっさと中庭へ行ってしまった。残された冲和と角少年は先程の騒ぎのことを闊達に説明していた。角少年は茶々を入れるようなことしかしてこなかったが。
「うむ、つまり、我らが雇い主殿は餅実ベイミが食べたいと仰るのか」
 餅実とは、春の初めに食べられる、もちもちとしたおめでたい木の実だ。そうめったに食べるものではないから、一個が高い。
「僕としては余り浪費したく無」
 闊達は少しの逡巡の後、冲和の言葉をさえぎるように言った。
「よし、では出かけようか」
「は?」
「餅実を買いに行くと言っているのだ」
「だって、お金が」
「小さいことは気にするな」
 旦那が鷹揚すぎるんだ! という冲和の訴えも聞かず、喜んでいる角少年と文句を言う冲和を連れて、闊達は街へ繰り出した。

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