No−139(もどき)製作記
(2000年1月完成)

(2000年6月記)


2N3055とMJ2955去年の秋、初期金田式アンプの定電圧電源で制御TRに使われて以来の長い付き合いであるモトローラの2N3055が最早入手出来ないという情報を耳にした。モトローラがディスクリート半導体部門を売却し、ディスクリート半導体製造から撤退したようなのだ。 

集積回路全盛の昨今ではやむを得ないこととも思えるし、個別半導体の世界でもTRは過去のものとなり、UHCなどのMOSが全盛だと分かっていても、やはり長年親しんだ素子が失われていくことには一抹の寂しさを覚えるもの。

No−144を作って以来、TRによる完全対称型パワーアンプもいつか製作しようと、折に触れ部品も集め、ペア組みなどしていたのだが、事ここに及んで、いよいよ作ってやらねばなるまい、電源はNo−144の電源を使えばいい。(と言うよりもとよりそれがもくろみ、電源分離型のメリットだ)
というわけで、No−144の電源部を共用する完全対称型パワーアンプの3台目となる、No−139(もどき)アンプを製作することにしたのだった。

MJ95年9月号に発表された「超シンプル完全対称DCパワーアンプ」No−139は、回路が「これでいいのか?」と驚くほどシンプルで、完全対称型のエッセンスだけで出来ている純粋無垢なアンプだ、と思う。
が、シンプルで純粋なものほど奥が深いのが世の常で、このアンプもうまく完成させるのはシンプル(=簡単)ではなく、それなりの技量が必要のようだ。見かけのシンプルさに惹かれて取り組むには手強いアンプだろう。(今となっては部品入手が困難なので製作する人もないだろうけど。)
No−139(もどき) 横からたとえば、初段のK30。これには耐圧ぎりぎりの50Vがかかる。動作電流設定が2mAであるから損失も定格許容損失に等しい100mWだ。もう30年近くも前になるのかと思うと我ながら驚くが、その頃のごく初期のDCアンプでは、同じくK30に50V近い電圧をかけて使っていたが、すべてそのゲート漏れ電流を測定し漏れ電流の少ないものを選別して初段の差動アンプ用にしていたのだ。その後2N3954ファミリーの採用でその手間がなくなり、さらに初段にもカスコードアンプを付加するのが常態となって忘れられた作業なのだが、金田さんは最近のK30は耐圧ぎりぎりでもゲート漏れ電流がないとして選別について触れていない。が、本当かなあ?昔は10個に1個合格すればいい方だったような記憶が・・・。仮にゲート漏れ電流があれば、出力にDC分が発生しその程度によってはアンプが実用にならなくなってしまう。

また、100mWの損失による発熱はいかに熱結合した差動アンプでも、出力のドリフトの要因になるだろう。完全対称型出現前のDCパワーアンプはゲイン設定が11倍だったが、このアンプを含め完全対称型は40倍だからドリフトへの影響も4倍。GOAアンプのように±10mV以内なんていうのは望むべきもないのではないか。カスコードで固めているNo−144も±50mV程度のドリフトがあるし。これが±100mV以上だったら感覚的に許容範囲を超える。


初段の定電流回路による温度補償だが、確かに2N5465のゲート−ソースを短絡して作る定電流回路の電流はドライヤーで暖めてみるとみるみる下がり、温度補償素子として有用であることが分かる。だが、入手可能な(だった)2N5465はIdssが10mA以上なのでソースに自己バイアス抵抗を入れる必要がある。こうすると定電流回路としての性能はむしろ良くなるようだが、肝心の温度変化に対する電流変化は率、量ともに大分鈍感になるようだ。特に絶対量の減少は気になるところで、Idss4mA程度の2N5465が手元にないので確たることは言えないし、金田さんがそれでいいと書いているんだからいいんだろうけど、これで補償不足となってしまえば最悪の場合熱暴走を引き起こす可能性もある。のだが・・・。
2段目差動アンプについても、その電流設定値は5mA程度だから上側250mW、下側500mW程度の損失になる。許容損失以内とはいえ、そのアンバランスはこれも出力ドリフトの要因になるだろう。また、この損失だと触れないほど熱くなるはずで、トランジスターだから発熱と共にIcは増加するからこれも熱暴走要因として心配なところだ。

No-139(もどき)の内部などと、No−139を私ごときが講釈してもしょうがないが、色々考えて今回は初段、2段ともカスコードアンプを付加することにした。よって、この段階で超シンプルからいわば標準アンプになってしまい、シンプル化によって得られるべきメリットも失うことになるのだが、物事は表裏一体、メリットもあればデメリットもあるのだ。こうすれば少なくとも上の懸念はほぼ消える。

次いで初段の定電流回路だが、今となっては2N5465を使うのは過去のものだし、トランジスタ主役のアンプを作るのだから、ここは、2SC1775による電流帰還型でしょう。となると、温度補償を別に手当する必要があるわけだが、それは完全対称型定番のサーミスタを使えばいいので、No−144と同様に初段の電源とコレクタ抵抗間に200D5を挿入することにした。98年3月号のNo−149でドライバーの2SC960も補償するよう改良されているのでこれも早速拝借する。本当はUHC−MOSとTRでは温度特性も異なり、これで温度補償がうまくいくか保証の限りではないのだが、TRの方が温度特性は緩やかだろうから(推測)、過補償の方向であれば抵抗パラの対処法もありいいだろうという訳だ。

なお、電源はNo−144の電源部を使うから、+48Vに±34Vの3電源になる。この辺は最大出力が50W位に下がるだろうという程度のことでしかない。

各段の動作設定だが、アンプケースをNo−144と同じもの2N3055の放熱にしたいので、終段は放熱条件からアイドリング電流200mA以下のB級以外にない(電池式GOAではなんと10mA程度だったのだから、そんなに流せばAB級!)。2段目差動アンプはNo−139と同様にIc5mA程度とする。これを規定するのはその負荷抵抗の220Ωだが(この抵抗に終段ダーリントンTR用に1.2Vのバイアスが発生しなければならないので1.2V/220Ω=5.45mA)、これを変えてしまうと全体のオープンゲインも変わるはず。抵抗値に大体比例するのだろうけれど、オープンゲインを測定する環境はないし、これで60db程度あるようだし、2SA607の電流設定としても妥当と思えるので、ここは変えない。

余計なことだが、この設定で2段目差動アンプが負荷の220Ωに発生できる電圧のピークは2.4V程度に過ぎない。なのに終段は100W(No−139の場合)即ち40Vのピーク電圧。終段独自に大きな電圧ゲインがなければ成り立たない設定なのだ。これは他の完全対称型アンプも同じなのだが、これでも終段+側の動作をエミッタ(ソース)フォロアと考える方がおられる(た?)のは何故か。確かに+側のダーリントン回路の入力と出力の電圧は対アースでほぼ同電位に動くのでそんな感じもする。しかし、エミッタ(ソース)フォロアというのは、エミッタ(ソース)が入力のベース(ゲート)の電位に従うのだ。ところが完全対称型は逆に入力のベース(ゲート)がエミッタ(ソース)の電位に従っているのである。よって、あえて言うならベース(ゲート)フォロア
間違ってたらすいません。

余計なことはこの辺にして、初段差動アンプは、2SK30GRを用いるのでId1mA〜2mA程度が妥当なところ。ただ、共通ソース抵抗は200Ωにした。そうすると初段のゲインがやや下がるはずだが、その分負荷抵抗を3倍の3.6KΩにすることにしよう。(いい加減だが)

あとは設定した電流が流れるよう初段定電流回路のエミッタ抵No-139(もどき)の基盤部抗、2段目差動アンプの共通エミッタ抵抗等をオームの法則で計算して、回路図のような定数設定となった。トランジスターはどれもベース・エミッタ間を0.6Vとして計算すれば良いのでこの点は楽だ。なお、2段目共通エミッタの半固定抵抗が500オームと不釣り合いなのは手持ちのコパルN−13Tを起用したかったから。初段の半固定抵抗にはNECのネオポット1W型を使ってみた。

今回はそれなりに独自回路なので、方眼紙を使って基盤上の部品配置図と裏側の配線図を作成し、最適位置、配線パターンを検討してから、アンプ基盤部を製作し、電源等を仮配線していつものように終段(2N3055)は配線しない状態で動作確認する。

と、バイアス電圧もちょうど良く調整でき、うまく動作するようだ。次いで、面倒なケース加工だが、これは気持ちを奮い立たせてエイヤとやる。最後にパーツをケース内に組み込み、配線する。今回は少し放熱条件を改善すべく放熱器に一回り大きいTF−1210A2を使ったのでケース内がかなり窮屈になり、モガミ2497の配線に難儀した、がなんとか収まった。ついでにノウハウだが、2497はバインダで基盤に固定している。そうすると引き回しのために曲げても半田付けした芯線が切れる心配もなく安心だ。そのため、写真のように基盤面積が余分に必要になるが大したことではない。

こうしてNo−139もどきアンプは一応の完成を見た。


完成して音楽を聴いていると、改めてよくもこのシンプルな回路(カスコードで固めたとは言え)でうまく動作するものだ、と、ある種の感動を覚えてしまう。終段をドライブするのは抵抗1本だ。しかもこれがバイアスも兼ねる。パワーTRはトランジスタ等の定電圧バイアス回路を要するのではなかったか、これでまともに動作していいんだろうか。それに、終段は20db以上の電圧ゲインを持っているのに特別な位相補正もなしに安定に動作している。しかも片やエミッタから、片やコレクタから出力を取り出して合成しているのだ。・・・やはり非常識だ。
すでにUHC−MOSでこの回路に慣れた筈なのだが、「TRでもオーライなんだなあ。」

などど、今更不思議な感慨を覚えるのは、金田さんの根元を踏まえた発想でまたしても凡人の固定観念をあっさり覆されたためだろう。そう、今回あきらめた「超シンプル型」は、これを金田さんらしく極限まで突き詰めて示した
非常に玄人なアンプなのだ。


(おまけ)
温度補償

このアンプの温度補償は、石塚電子の200D5を2SC960、2N3055にそれぞれ1個づつ熱結合する98年3月号のNo−149と同様のタイプだ。当初はC960に熱結合するサーミスタには330Ωをパラに接続していて、動かしてみて2N3055の方にもパラ接続する抵抗値を決定しようと思っていた。過補償のはずだと思いこんでいたのだ。
ところが、実際に動作させると特に温度上昇とともに終段バイアス電流が減る傾向でもなくちょうど良い感じなのだ。ラッキーてな具合で深く理由も考えなかったところに油断があった。
ある日、使用後電源を消すのを忘れて半日ほど家を空けてしまったのだ。

その結果がこれだ。表面テープが縮んだAUDYN CAP
帰って来て気づいたら、アンプケースがチンチンに熱くなっている。あわてて電源を切ってケースのふたを開けた。
左チャンネルの2N3055に付けたサーミスタははがれ、AUDYN CAP QSコンの表面テープが熱で縮んでこの姿だ。内部の熱さは推して知るべし。
幸いなことにはアンプは増幅器としては正常動作のままでいてくれて、つながったままだったスピーカーも無事だった。
が、直後電源を入れて0.1Ωでアイドリング電流を計ってみると1A近くになっている。

あな、恐ろしや。よくこれで無事だった。そう言えば2N3055の最高ジャンクション温度は200度、丈夫なTRで救われた。
というわけで、QSコン交換後(取り外したQSコンも機能的には正常のようだ)時間をかけて注意深くアイドリング電流の推移を観測すると、時間とともに緩やかだがアイドリング電流が上昇し、これにつれて放熱器の温度も上がり、またアイドリングが上昇する、要するに温度補償不足なのだ。
UHC−MOSよりTRの温度係数の方がでかいのか?とも思ったが、理由は2段目の負荷が220Ωと小さいためだろうか。
いずれにしても補償不足ではしょうがないのでパラの330Ωは取り払った。そうすると、電源オン時やや過大電流が流れてしばらくして落ち着くという動作になる。200D5は低温時の抵抗値上昇が大きいという例のやつのせいか。まあ、この対策の330Ωであったわけだが、これが出来ないとなるとどうするか。と考えると初段の動作電流は2.7mA程度、サーミスタが220Ωだと0.6V。なんと上手い定数設定だ(なーんて)。よってサーミスタに1S1588をパラに接続することにした。

これでサーミスタが低温時220Ω以上の抵抗値になっても0.6Vで電流がダイオードにバイパスされてそれ以上に電圧は上がらず、電源ON時に終段バイアス電流が過大になることもない。安定時にはサーミスタの抵抗も下がってダイオードは切り離されサーミスタは本来の温度特性で温度補償するわけだ。
実際こうしたことにより、少なくともケース上蓋を開けた状態では全く安全で長期連続運転でも問題ない。
が、上蓋を閉めた状態でもずっとOKかは定かでないし、厳密にはこれでも補償不足だなと薄々感じているのだが、上蓋開けで実用的に問題ないのでこれ以上追求していない。

(2000年6月記)

(その後)

No−139(もどき)。
完全対称型式のパワーアンプだが、実はUHC−MOS搭載の他の完全対称型パワーアンプ達の中にあっては流石に幾分旗色が悪い。
TRらしく中高域の分解能は高く軽快な感じなのだが、低域のズシーンとくる迫力などではUHCに分があって、全体にやや軽く深みを感じさせるような表現のデリカシーにおいてUHCにはかなわないような感じがする。
彼の方が「圧倒的な音楽表現力で半導体DCアンプの出力段には必然的」とおっしゃるUHC−MOSを前にすればやむを得ないか・・・と思っていたのだ。

で、ある日ちょっと思い立ってあることをしてみた。

あら〜〜〜。おい、おい、ホントかよ!
とても良い感じなのだ。
う〜ん、ちょっと待て。期待と願望で良く思えてしまう自己催眠効果じゃないか?

が、
UHC同等の低域の伸びや迫力を獲得した上に、広大で細部まで見通せる分解能抜群の音場が目の前に広がっている。(ように聞こえる。(^^;)
雰囲気感のある低域をベースとして彫りの深い骨格に余韻が綺麗に絡んで、立体感、実在感が際だって聴いていて楽しくなる。これを優れた表現力と言わずして何と言うべきか。視覚に喩えたらピントがピッタリ合ったといった感じなのだ。
しかもこれがTADユニットの我が家のメインシステムでではなく市販のブックシェルフ2wayによるものだからオドロキだ。
とっかえひっかえ色々なCD、レコードを掛けて聴いてしまう。
・・・・・・・・・

No-139(もどき) ver2 内部とやかく言ってもしょうがないので結論。
No−139(もどき)はオリジナルのNo−139の危うさを回避するために幾つかの策を講じて“もどき”に堕ちた訳だが、もしかするとその音まで“もどき”に堕ちていたのかも知れない、と、今あることをした後のNo−139(もどき)を聴きながら反省している。
幾つかの策とは、初段に追加したカスコードアンプ、2段目に追加したカスコードアンプ、初段の定電流回路のZD−TR化、温度補償のサーミスタ化なのだが、実はもう一つ。終段2N3055のエミッタ抵抗を0.1Ωとオリジナルの2倍にしたことだ。
ちょっと思い立ってしたこととは、このエミッタ抵抗をショートしてみたことだ。(勿論それだけではアイドリング電流が増加するので再調整)。
結果は、なんとかくの如しだ。

電池式GOAの快晴の冬空のように澄んだ高分解能の音に完全対称型の底知れぬ迫力が融合してしまった。UHC−MOSの完全対称型も方向は同じなのだが、特に高域の分解能では未だ電池式GOAにも存在価値があると思っていた。が、この音を前にしては・・・我が家のGOAなアンプ達の未来はあぶないと言わざるを得ない。

金田さんもNo−139の記事でこのエミッタ抵抗を「できれば入れたくない」とおっしゃっている。No−139では電源電圧が±50Vと高くアイドリング安定のため必要最低限で入れたエミッタ抵抗が0.05Ωで、これが「±40V以下なら抵抗がなくても安定だ」とまで教示して下さっているにも拘わらずわざわざ倍の0.1Ωのエミッタ抵抗を入れて、出てきた音を2N3055のせいと考えていた私が馬鹿だった。このNo−139(もどき)の終段の電源電圧は±34Vなのに・・・余計なことをしてしまった。これは2N3055に謝らなければなるまい。まさに2N3055に足かせをはめてしまっていたのだ。もうこの音を聴いてしまっては0.1Ωは勿論、オリジナルと同じ0.05Ωも入れる気にはならない。この間の違いは驚きに値するものだ。(大袈裟かもしれないが(^^;)


と思ったものの、興奮もおさまれば本当にエミッタ抵抗を取り払って安定に動作するものか冷静に検証しなければならない。ので、電源ラインに電流計を入れてアイドリング電流の推移を見てみた。ついでなので出力のDCドリフトも記録する。と、かくの如しだ。


実に安定、と言えるだろう。電源電圧が±40V以下ならエミッタ抵抗はいらないと言う金田さんの言葉通りではないか。
が、これは天板を開けている状態でのもの。次に電源を切って3時間後、天板を付けて計測した。


電源オン直後の過渡期の推移を見るため、5分までの1分毎のデータも入れた。
ちょっとVoドリフトが天板なしに比べて大きく振れているのが気になるが一定方向に動いて数値が収束するから問題はないだろう。
Idも極めて安定と言って良いレベルだろう。唯一気になるとすれば、Idの安定値が天板なしの場合よりやや高めな点だ(後述)。
また、グラフには表れていないが、アンプが完全に冷えた後の電源オン時のIdは当初大きく増加し10秒前後で減少に反転して収束に向かうという動作になっている。
上のグラフからはIdは1分後にはとりあえず定常状態に落ち着いているが、Idが完全に安定値になるまで10分、Id、Voが完全に安定するまでは20分ぐらいかかっていること分かる。

これらを見れば、我がNo−139(もどき)は終段2N3055のエミッタ抵抗を除いても動作は安定であると考えて良いようだ。アイドリングの温度補償は上手くいっている。

ただし、アンプが冷えた状態の時の電源オン時のIdがかなり大きいのは要検討だ。これまで気づかないでいただけか、エミッタ抵抗を除いたためのものかは不明だ。そこで一夜明けた朝(室温10℃、アンプは完全に冷え切った状態)に観測すると電源オン直後はアイドリング電流がなんと定常値の4倍程度(0.8A)まで増大したあと減少に転じることが分かった。この間ほんの20秒以内だが。
よって、対策として2N3055に熱結合しているサーミスタにも1S1588をパラ接続し改めて観測したのが次だ。




1S1588をパラにした効果で電源オン時の瞬間的過大電流は全くなくなり、アイドリング゙電流は電源オンから単純に漸増し3分後には設定値に達し、以後は安定するという推移になっている。

さて、これで1S1588を追加すべきか否かは多少迷うところだ。過渡的な電流は素子の負担になると考えれば追加した方が良いということになるが、追加しない方が電源オン時の過渡的な電流増でアンプが素早く目覚めて最初から良い音がすると考えると追加しないというのも選択肢だ。が、音を聴いた限りではアイドリング電流100mAが200mAに対し音が悪いという感じはないし、10℃で1A近くにまでなった過渡的電流は室温がさらに低くなった場合はもっと大きくなるだろうこと考えると、追加を選択すべきかなと思う。


これらの観測から、No−139(もどき)は終段エミッタ抵抗を取り除いても動作に不安はなさそうだ。
ところで、このエミッタ抵抗は実は保護回路のセンサーでもあるから、これを取り除いてしまうと最早保護回路は保護回路の用をなさない。となるとどうするか。これはアンプに対する考え方で変わる問題だが、私の場合このアンプを他の方に使っていただくという予定は全くないので、代替の保護回路を導入することはせず保護回路なしで運用することにしよう。

という訳でNo−139(もどき)は既にこのような回路になっている。


No-139(もどき) ver2 基盤部が、もとより懸念がなくなった訳ではない。
これまでの完全対称型DCパワーアンプの運用経験等も踏まえて考えると、Idの安定値が室温というか素子周辺温度に比例関数的である点がやや気になるのだ。気温が高くなったり、天板をして内部温度が高くなったときは、より高いId値で安定するように観測されるのだ。こういう場合でもId値は設定値に張り付いていて欲しいのだが、残念ながらそうはなってくれない。このような傾向は今回のNo−139(もどき)に限らず他のサーミスタを温度補償に使用した我が家の完全対称型DCパワーアンプに共通の傾向のように思われるのだ。
端的に言うと、これはこれらのアンプの温度補償が完全には成功していないためだ。と思っている。

何故か?と思って改めてサーミスタの温度対抵抗特性をMJ2000年3月号のNo−158の記事で見てみると、サーミスタは低温時の抵抗上昇が相対的に高いと言うより、全体として高温になればなるほど抵抗値の減少率が小さくなっていく特性だと言うのが正しい。要するにサーミスタは温度が高くなるほどに温度補償効果が少なくなるということだ。完全対称型パワーアンプのアイドリング電流の以上の傾向はこのようなサーミスタの温度対抵抗値特性自体が原因なのではなかろうか。

さらに、温度が高くなるほどにサーミスタによる温度補償効果が薄れていくということは、温度補償が十分から不十分に転じるある限界温度が存在するということになる訳で、何らかの原因(例えば外気温が非常に高くなったなど)でこの限界温度に達してしまった場合は、サーミスタによる温度補償はその効果を失い最早熱暴走しかないということだろう。

これが正しいかどうか分からないし、正しいとして果たして限界温度がどの辺にあるのか私には分からないが、とりあえず素人になし得ることは終段の素子があまり熱くならないように指定のものより大きな放熱器を使用したり、天板を開けて使ったり、扇風機で強制空冷してみたり、といったことのようだ。(^^;

今の季節は外気温が低いので放熱器もほんのりとあったかくなる程度で熱暴走に陥るような気配は全くなく何も問題はないのだが、アイドリング電流の安定度も含めてこの辺は来年の夏場にでも再度検証することにしよう。

さて、簡単な(しかし危険な(^^;)改造でNo−139(もどき)は我が家の他のUHC−MOS完全対称型DCパワーアンプ達に完全に伍するものとなった。ギュッと凝縮された音が炸裂する感じは完全対称型に共通だが、さらにNo−139(もどき)にはTRの個性が良い意味で出ていてその分表現の幅が広く魅力的なアンプになった、と感じている。(^^)

(2000年12月3日)

(その後の2)
21世紀最初の年もまた去ろうとしている。
さっきまであったと思ったものもまた彼方へと沈んで行く。

ああ 遠くまで来てしまったなぁ・・・

なぁに もう少し遠くまで行きましょう。どうせ戻る所なんてないんですもの・・・。とやつ。

うん、そういうことだ。


昼近くまであんなに穏やかに晴れていたのに、急に突風が吹いてアッという間に雪が降り出した。

No−139(もどき)とNo−139(もどき)その2を2WAYマルチにしてTADを聴く。

アパラチアン・ジャーニー(ヨーヨー・マ、エドガー・メイヤー、マーク・オコーナー)やら綾戸智絵やら寺井尚子やら・・・

う〜ん、DSDレコーディング、もっと増えて欲しいものだ。

マルチをする場合、同じ完全対称型でもTR式にはTR式を合わせてやるのが良い。片方にMOSを持ってくると質感が合わないようだ。MOSにはMOSだ。

独自の粒立ちの良さや低域のうねり、中域以上の艶やかさと爽快さはTR式を組み合わせる事によって一層際立つ。

MOS? MOSの方はもっとそつなくオールマイティという感じ。

さて、我が家の最初のTR式完全対称型パワーアンプのNo−139(もどき)だが、その後大きな変更もなくまた1年が過ぎた。
が、ちょっとだけ変わって今はこうなっている。

初段定電流回路のTRがさりげなく2SC1400に変わっているが、他は初段負荷抵抗が3.6KΩから2.7KΩに変更され、その関係で2段目差動アンプの共通エミッタ固定抵抗が220Ωから120Ωに小さくなっているだけだ。

温度補償の関係だ。我が家にはTR式の完全対称型パワーアンプが現在3台、いやヘッドフォン専用を加えると4台ある。みな初段負荷抵抗と+電源間にサーミスタを挿入し、これを終段と熱結合することにより温度補償する方式を採用している。MOSと違って終段バイアスが素子1個あたり0.6Vと低い値に決まっているトランジスタ式ではこれ以外に方法が思い浮かばないのだ。

だが、実際やってみるとTRのVbe−Ic曲線は指数関数的立ち上がりが故かなかなかに難しいもので、MOSの方が案外たやすかったりする。

ただし計算はTRの方がたやすい。
TRのVbe−Ic特性の温度特性はTRの種類、Ic値を問わず2mV/℃であるらしいから、要は終段TRの温度を検出してその温度が1℃上がる毎にバイアス電圧が2mV減るようにすれば良いのだ。な〜んだ、139(もどき)であればI/V変換抵抗220Ωに発生する電圧を1℃毎に2mV減らせばいいのか。
そのとおり!

と言うわけで計算すると

バイアス電圧変化係数(mV/℃)=2段目電流変化値*2段目負荷(I/V変換)抵抗値
=((初段電流値*1℃当たりのサーミスタ抵抗変化値)/2段目差動アンプ共通エミッタ抵抗値/2))*2段目負荷(I/V変換)抵抗値

となって、あら、「2段目差動アンプの共通エミッタ抵抗値」なんて一定ではないのだが、

2段目差動アンプ共通エミッタ抵抗値=(初段負荷抵抗値*初段電流値/2+サーミスタ抵抗値*初段電流値−0.6)/(1.2/2段目負荷抵抗値*2)

ここで0.6と1.2は勿論2段目と終段(2個分)TRのバイアス電圧のことだが、共通エミッタ抵抗値はこれで遠からずのはずなので、この計算結果を上の式に代入する。「サーミスタ抵抗値」もそれこそ温度によって変化するのだがここでは無視して一定値を入れる。

それに「1℃当たりのサーミスタ抵抗変化値」なんて知らないぞ・・・なのだが、これはMJ2000年3月号のNo−158の記事にある図7、金田さんの実測による「サーミスタの温度対抵抗特性図」を使わせて頂くのだ。これを使うと固定抵抗をパラにした場合の合成抵抗変化値も求められる。例えば200D5は40℃±10℃辺りでは−4Ω/℃だ。

他は一定値なので、No−139(もどき)では、

2段目差動アンプ共通エミッタ抵抗値=
(2.7*2.73/2+0.4*2.73−0.6)/(1.2/0.22*2)=0.3829KΩ
よって
バイアス電圧変化係数(mV/℃)=2.73*(−4)/0.3829/2*0.22=−3.137mV/℃ だ。

勿論サーミスタ1個当たりの数値で、これがTR1個を補償するのでこれでいいのだが、ならば−2mV/℃でよかった筈である。実際の所計算が厳密でないためでもあるのだが、サーミスタとTRの接着は完全にできる訳がなくTRからサーミスタへの温度伝達にロスが伴うので、この計算で−3.0mV/℃程度に設定するのが妥当というのが私の経験則。

ちなみに他のTR式完全対称型は、

No−139(もどき)その2 −3.169mV/℃
電池式完全対称型       −3.096mV/℃
ヘッドフォン専用       −2.951mV/℃
となっている。

No−139(もどき)は以前の設定の場合計算してもらうと分かるとおりこれが−2.4mV/℃だった。ちょっと補償不足だ。
すなわち、2.7KΩはこれを−3mV程度の引き上げるための方法。上の式からすると別の解もいくつか考えられるが、実際のところはそれほど選択肢は多くない。

さて、これで温度補償は完璧かというと・・・温度変化と共に2段目電流値を変化させる要素は他にも幾つか考えられますよね。初段の定電流TR、2段目差動TRなど・・・

オリジナル139の場合、これらも含めて全て初段定電流の2N5465に担わされているわけで・・・、かなりきわどそう(^^;


夜のとばりにしんしんと・・・
雲間に漏れる月の光が怪しい。

やつが遠くから見ている。

(2001年12月30日)


閉ざしておいた筈の窓をすり抜けて 遠い子守歌
裸足のままで蒼い窓辺に出てみれば 折れそうな三日月
誰が歌っているの? だれが叫んでいるの?

なんでもないよ・・・
と答えた
笑顔のまま 蒼ざめきった月
今にも折れそう

miss M.を聴きながら、No−139(もどき)の一層の安定化を目論んで初段定電流回路の抵抗を微調整し電流値を変更した
温度補償安定度は3mAにすればなお良いだろうとは前々から分かってはいたがススムの2kΩが既になかった。
お陰を持って生き残りがやってきた。
izuさんありがとうございました。

(2002年6月30日)