冬の思い出 アラスカ
        

 毎年この季節になるとアラスカの冬を思い出します。30年ほど前に貨物航空に転籍になって、それまではワシントンやニューヨーク行きの直行便で上空から眺めるだけで通り過ぎていたアンカレッジの町が急に身近な現実のものになりました。旅客便では飛行時間が短くなる直行便が喜ばれますが、貨物輸送では一度途中で降りて時間がかかっても、搭載燃料が少なくなる分だけ貨物がたくさん積める経由便の方が商売になるのです。アジアとアメリカ東海岸を結ぶ貨物便の場合はその丁度いい中継地がアラスカのアンカレッジなのです。成田から往復1泊3日の仕事で、多いときはひと月に5回ほども行っていたアンカレッジは私にとってはアメリカでのホームタウンになりました。退職してからも折に触れて訪れていました。前回は2018年2月に親しくしているシゲ子さんが病気になったのでお見舞いに行ってきました。そのあとは新型コロナで外国に行くこと自体が無くなってしまいました。これまでも旅日記で繰り返しお話してきたアラスカの冬を、思い出すままに書いてみます。

 北緯61°の冬はやはり厳しいけれど、思わぬところに発見があって感動することがあります。冬至になるとアンカレッジでは太陽は4時間ほどしか顔を出しません。午前10時頃に町の東側にある3000メートル級の山々からちょっとだけ顔を出して、午後2時を過ぎると沈んでしまいます。ほぼ極夜(太陽が一日中出てこない北緯66度以北の夜)といっていい地域なのです。アンカレッジの気温は冬の間は基本的には一日中氷点下のままですが、クック・インレットという入江に面しているので-20℃を下回ることはあまりありません。アラスカといってもフェアバンクスなどの内陸部よりは暖かいのです。
 冷え込んだ日に町に出るとダイヤモンドダストが見えることがあります。冬のよく晴れた日に水蒸気が凍って光の中にキラキラと輝いて見えるのです。北海道のよく冷えた朝にも見えることがありますが、アラスカでは一旦出現すると気温が低いままなので日没まで一日中見えるのです。冬のよく晴れた日に、弱々しく斜めから射す太陽に照らされて光るダイヤモンドダストはいつもの町の風景を幻想的な絵に変えてしまいます。こんな日は防寒着を着込んで外に出て、冬のアンカレッジの散策を楽しみます。
 日本の人と冬のアラスカの話になると、決まって「オーロラは見えるのですか?」という質問をされます。「イヌイットの人たちが住んでいる氷の家の上空にはカラフルなオーロラが輝いている」といった情景を想像するのでしょうが、実際のところはそれほど頻繁にはオーロラは見られません。私が通った20年間で、アンカレッジで「オーロラ爆発」を見たのは一度だけです。オーロラと言ってもよく見ないと薄い雲と見間違うほどのものが多いのですが、この時の鮮やかな色彩の変化とダイナミックな動きはいまでもよく覚えています。日本からのチャーター便のオーロラツァーがフェアバンクスに来ることがあります。アラスカでは、真冬にオーロラ見るために来る日本人を、「寒い中をわざわざオーロラを見に来る物好き」と思っているようです。

 冬至を過ぎるとアンカレッジも段々日が長くなってきます。3月の春分の日には太陽は12時間出ているのですから、1日に6分ずつ昼間が増える計算です。4月になると池の氷が解けて、大きなフロートを付けた水上飛行機が町の上空を飛ぶようになります。飛行機のエンジン音が春の到来を教えてくれるのです。