パイプ喫煙の雑学

   パイプ喫煙において薀蓄を語るなんて者ほど煙たい者はいない。
   但し薀蓄ではなく話題が途切れた時にこんな話があるんだよみたいなニュアンスで
   話すと面白いのかもしれない。そんな頁を目指し作りました。


パイプ・煙草の言葉の始まり
    パイプ喫煙の歴史については紀元前から祈祷からながーくなるので簡潔にまとめる。
   コロンブスが新大陸を発見してやがてネイティブピープルのパイプ喫煙を目撃する。この時1492年
   <TOBACCO・Pipe>という言葉が英語への正式編入は1596年とされており100年を経てからと言われている。
   ヨーロッパでクレイ(粘度)を使ったパイプを創り始めたのは1575年からである。
   タバコとパイプと言う言葉が生まれたのは16世紀からであると考える。

世界初のパイプ教程

 1.はじめに
   ブライヤーパイプが登場してまもなく喫煙においては焦がす、壊す等様々なトラブルがあった。
   1907年ロンドンデュークストリート30番地にタバコ店を創業したアルフレッド・ダンヒルは
   あの独特のホワイトスポットの入ったパイプを世の送りだした。
   商品カタログの扉の見返しに早くも<覚えておく価値のある事>と題するブライヤーパイプ喫煙上の
   注意12か条を書き記した。
   これが世界最初ブライヤーパイプの喫煙術《教程》となる。
   次ぎにダニッシュパイプを写真入りでカタログを作り 通信販売を始めた
   H・ダン・クリステンセン(ダニッシュパイプの黎明参照)
   がさらに詳しい「パイプのヒント」と題する教程11か条を1950年頃に注意書きをカタログにのせました。
   その後ブライヤアーパイプが一般化し喫煙術教程もより綿密となっていきました。
   その先駆けと言うべきアルフレッド・ダンヒルが作成した喫煙術をこの頁にのせてみました。
   今現在ダンヒルパイプに付属している、教程らしき物も訳してみました。
2.世界最初ダンヒルが作成したパイプ喫煙教程12か条

NO アルフレッドが世界最初に創った教程
1 新しいパイプは一度喫煙したら次ぎに喫煙するまで十分冷やしてやること。
2 上質のタバコの繊細な味を楽しむ為に肝心な事は
常にパイプを綺麗にしておくと言う事
3 インナーチューブがそれを保障してくれると言う事
4 喫煙が終わったら直ちに火皿の中を空にしておくこと
5 良質のタバコもあまり性急につめると味が落ちると
言う事
6 ダンヒル製セルフフィーリングカートリッジを使えば
その難点は克服されると言う事
7 火皿の内部を常に正しいサイズにしておく事
カーボンが付きすぎるとパイプにひびを入るし
あまり少ないと火皿を焦がすと言う事
8 ダンヒル製カーボンカッターはパイプスクレーパー
としては最良の物で手早く綺麗に的確に掃除
ができてしかも耐久性があると言う事
9 蝋マッチを使う場合は、タバコの味を損ない易い
から十分に注意すること
10 パイプを使っていない場合は必ず火皿を下向きに
しておく事
11 パイプタバコの注文の仕方としては毎週定期的
に送らせるかまとめてとるかどちらかに
すべき事 そうすれば終始発注するという
わずらわしさが避けられると言う事
12 ダンヒルパイプにはダンヒル製タバコがふさわしいという事


3、今日のダンヒルパイプに付属してくる教程らしき物の原文です。
  右に訳してみました。
(訳:クグロフト翻訳ソフトは使っていませんぜ)




あなた様の新しいパイプ
アルフレッドダンヒルパイプは高度な専門技術を持ち選ばれた
職人による自然の生産品です。パイプは幾つかの月日をかけ
洗練された品質のブライヤーと90以上の工程を経て作ります。
世界的にも美しいパイプは各製造段階で責任を持って
厳しく管理する所からきています。
新しいパイプの吸い方
新品のダンヒルパイプは、最初から美味い。
しかしながら1mm〜1.5mmのカーボン層が形になるまでは
火皿は熱くするのは避けるべきだろう。少量の蜂蜜を火皿に
塗るとカーボンの形成は早くできる。新しいパイプを性急に
喫煙する事は避けなさい 風のある屋外においても風により
炎は増し燃える結果となる。
(draught=draft 左がクイーンズイングリッシュで使われる
 綴りで右が一般的?な綴りで同意語です やはり英国メーカーですね)
カーボンの規定
更にもっとも使い込んみ湿気に応じたブライヤーについて詳しく述べると
過度のカーボン層はボールを割るに至らしめる。
カーボンはそれ故にアルフレッドダンヒルカーボンカッター使用しておおよそ
1.5mmの厚さを保持すべきである。
ペンナイフかとがった道具はボウルの底を付き抜くので使ってはいけない。
配慮と掃除
あなた様のパイプは定期的に液状の堆積物は掃除するべき事。
定期的に乾いたパイプクリーナーか少量のアルコールを付け(パイプの外被
には艶消しになるような液体を避ける事)て拭けばあなた様のパイプは
美味い味を維持できるでしょう。
常にマウスピースを抜く場合はパイプが冷えるまでまつ事
それらはアルフレッドダンヒルパイプボウルポリッシュと
マウスピースレストアティブをダンヒルパイプクロスにしみこませ拭く事で
パイプに現れます。
一般の問題
マウスピースが壊れる・ステムが割れるのは時として
パイプが暖かい内にきつく締まったマウスピースを抜こうとしたり
固いものにパイプをぶつける等です。
これは避ける事 ステムを持ちそしてボールを手のひらで叩いて
手から落とす事もある。たびたびブライヤーの中が湿っている状態になる
ウェットスモーキングも避けるべき
常にパイプはステムより下にして保管しておく事
パイプリペアサービス

省略させていただきます。

クレイパイプや取り扱いがデリケートなメシャムから取り扱いが楽なチェリーやらオリーブやブライヤー等の木材にパイプは
移行していきました。それに伴い焦がすやら壊すなどのトラブルが多くなっていきました。
我々が現在目にする柘カタログの最後のページに載っているようなパイプ喫煙の教程を世界で最初に作ったのは
アルフレッドダンヒルでした。今現在でもダンヒルパイプには、同じ様な教程書きが同梱されています。
それがどんな物だったか紹介します。

パイプ面白小話
 現代に通じるパイプ喫煙は16世紀に始まりました。
 今日にいたるまでの面白い 又は悲惨な話を紹介します。


 その1:タバコパイプ喫煙指南所
      時はエリザベス時代クレイパイプだった頃16世紀末にロンドンを訪れた旅行者たちは土地の人から
      必ずある看板を見るようにと言われていた。
      その看板には<喫煙術指南>と言う文字が見え当時大流行の煙の曲吹きの絵が
      描かれていた。
      宮廷に出仕する紳士達は 宮廷内で見事にタバコの煙を吹き上げる事をダンディズムの一つと
      捕らえていて 当時シェークスピアと肩を並べる人気劇作家 ベンジョンソンの「十人十色」の
      台詞にもろくに煙を噴出せない男の事を嘲笑している台詞があったほどでした。
      喫煙指南所ではいかめしい教授のようないでたちの男達が パイプの煙をリング状や
      煙を飲み込む、煙をプッと噴出すといったタバコの煙での曲芸みたいな事を教えていた。
      タバコをロクにふけない男は宮廷内の出世にも影響するのだから大真面目に
      タバコ曲芸を切磋琢磨していたのだ。
 その2:タバコは薬?
       ペスト(黒死病)の流行と共にタバコがその予防薬としてひろく使われた
       女性や子供にいたるまで長い間喫煙はごく普通の物となった。
       学校では昼食後 先生から全生徒にいたるまで喫煙した。
       中には嫌がる子供もいたが先生がしかりむりやり喫煙させたという。
 
 その3:笑えそうで笑えない一人のパイプスモーカーの話
       また少しスモーカーの会話に貢献する為の話をしましょう。
      一人は、気難しいノンスモーカー
      一人は、鈍いパイプスモーカー
      それぞれキムズさんとニブイさんと名づけましょうか!
      コーヒー店でキムズさんが背中をストーブに近すぎで立ちニブイさんは、その傍にたっていました。
      ニブイさんは、パイプから臭い煙をキムズさんに吹きかけていました。
      キムズさんは、ニブイさんに苦情を言ったがあいも変わらず
      その声が聞こえないのかのように煙をふき続けた。とうとうキムズさんは、ニブイさんに
      「君には、口から他人へと煙を吹きかける権利はない。
      煙草を吸うなら喫煙所に限るべき」と主張した。
      ニブイさんは、冷たく答えた。
      「はいはい あんたは何の権利があってわしの煙のにおいに
      文句をいいなさる。自分の上着が焦げて10分もひでえ匂いを
      だしてて わしがあんたに何も言わないのに・・・・」
      なかなかシュールな話ですね。

漫画とパイプ
  ビッグコミックと言う長寿のコミック誌があるよね。
  一番有名なのは、言わずとしれたゴルゴ13
  ちなみに釣りバカはビックコミックオリジナルの方だからね。
  そんなビッグコミックのキャラがパイプ煙草の宣伝していたなんて
  多分知らないし記憶にないと思うけど
  なぜかビックコミックのキャラがビッグホーンの煙草の宣伝を
  している広告を発見し面白いから紹介しますわ。
  
  ちばてつや氏の「のたり松太郎」だったと思うけど
  故石森正太郎氏の「八百八町表裏 化粧師」
  そしていまだ現役で連載している「赤べえ」 黒金ひろし氏の漫画から赤べい
  
  それぞれのキャラがパイプ賛歌している。もうこんな広告なんて今後載らないと思うけど
  高度成長期の良い時代のようでしたね。ちなみに私はビックコミックは定期購読しているよ。だってゴルゴ13が良いですから。
 
パイプのシェープ
  ここではクラシックシェープと呼ばれる物を図で説明しています。
  名前の由来も分かる範囲で説明してあります。
  クリックすると大きな画像にジャンプします。
  また各メーカー毎にシェープ一覧がありそれで分別をしているようです。
  ここでは基本的なパイプシェープを記載しておきます。
  それからパイプ各部の名称も記載されているのを乗せておきます。
  名称はこれが一般的な呼び方と覚えておいても良いでしょうね。
  
  フルベントで大体45°だそうです。またポットと呼ばれるシェープの火皿は23mm位と言われているみたいです。
  

  デンマークのパイプの本に載っていたパイプ部位
  
  工業製品なのに名前バラバラ
  ダボじゃねーのとかステム、シャンク色々 わけわかめ。

  サビネリ社のシェープNo(参考)
  

   基本シェープ名の由来
   基本シェープの名前の由来について参考に記載します。
  
  クレーパイプのシェープ
  

  クレイパイプにもボール違いでシェープなんてものがあります。上の写植がそれ。
  またこれらの特徴は、ボールがすべて前傾している点。これだと火皿の中が見えません。不便と思いませんか。
  クレイパイプが使われていた時代 火のつけ方がマッチやライターのない時代なので
  携帯用ディンダーボックス(小型の火口箱)やテーブル用のフレイザーの熾火(おきび)、
  暖炉から直接スモーカーズトングを使い火をつけていた。
  よってボールが前傾していれば火がつけやすくボールを反対にした場合にも
  タバコが落ちないという利点があるので傾斜がつけられていたと言う説が有力です。
  また長いステムは直火から顔を守るために必要であったともいわれています。
  つまり機能よりクレイパイプは、ステムが長く、前傾したボールを持つようになりました。
  またボールの底にあるヒール、ないしスパーは高温になっているボールを持たないように
  そこを持つ事で口にかかる負担を軽くしていました。
  ヒールの下部や側面には、メーカーの刻印を打つ場所でもありました。
  いかがでしょうかクレイパイプのシェープは、機能からきていたんですね。

Hand madeとMachine made
 ハンドメードとマシンメードの違いについて述べますが 厳密に違いを比べると相似している所が多い
 ここでは定説となっている事について述べる。

 Machine made
  分業になっており工程毎に作業を分けている。生産能率(出来高)を上げる事により(生産コストが下がる)
  100ダース以上同じシェープを流す。
  マウスピースはマウスピース工程があり
  最後に仕上げ工程を得て 検定にて等級別に選別される。
  スタンウィル・ピーターソン・シャコム・ブッショカン等のメーカーが有名
 Hand made
  クラシックシェープを創る場合でも1人で全工程をこなす物を言う。
  このとき木目を見ながら加工を行うので綺麗な木目がでたパイプが多い。
  又フリーハンドとも呼ばれる木目を活かした自油形状なパイプもある。
  作家パイプともいう。
 その他
  工房はMachine MadeとHand Madeの中間にあたる。各分業された職人がおり
  ラールセン・マストロデパヤ・アンネユリエが有名
  アンネユリエは作家と思われている方が多いが工房です。 

   パイプの新語
  笑われてしまうのかわかりませんが数年前にマウスピースの事を”ステム”とも呼ぶ事をしりました。
  それまでは、ステム??? マウスピースのどの辺なのかわからない状態でしたよ。
  このパイプ各部の名称ですが どうも国によって違っていたようです。
  現在一般的には、ボールーシャンクーマウスピースと呼んでいます。
  これはまだインターネットが一般的ではなかった2000年初頭
  柘のカタログ等の書籍より紹介されてきた呼び名なんですが
  これが元でこの呼び方 私も含めて覚えました。  数年前にステムという言葉が出てきました。
  正直混乱しました。 でもこれも正しい呼び名のようです。
  英国式:ボールーステムーマウスピース
  ヨーロッパ式:ボールーシャンクーステム
  現在:ボールーシャンクーマウスピース

  実はこんな呼び方を統一しようという動きが35年前にあったようですが、日本だけがこれにこだわったようです。
  なぜかと言うと 日本だけがパイプに吸い方のパンフレットを付けて販売してたという事が
  統一したいという事につながっていたようですね。
  海外では、ただ「煙草を吸う」と言う実用的な事でした。
  たとえば詰め方 3段詰めで子供の力、女性の力、男性の力なんて詰め方の
  指南書なんて物ありますが外国は実用ですので
  そんな物は煙草をつめて火をつけ強く詰め過ぎたと思えば次回軽く詰めればいいじゃんと
  言う事であってなぜそんな事にこだわるのかと一笑されたようです。
  日本は損益・実益だけでなく「道」も追加されてしまうようです。
  美徳とか言う人もいますが これが良いか悪いのか 混乱の元になる場合もあるようですね。
  ここで話を戻すとその人の嗜好なんだから好きに呼べと言う事ですがストージハウスクラブのブレインと肩書きをもらっている私の提案は
  ストージーハウスクラブではボールーシャンクーマウスピースで統一します。
  ネットパイプスモーカーは、2割弱しかいません。その他8割りのスモーカーにステムといっても通じないし混乱させるからです。
  指南書を見てパイプを始めた方達にとっては、ステムと言う言葉は、わかりませんし説明といううんちくをするつもりもないです。
  うんちくはストージーではあまり歓迎されません。
  以前ステムと言う言葉を使用した事がありますが???となってしまいました。
  
  おまけ
   現在煙草の刻み方の名称は、いつごろ統一されたのかわかりませんがラフカット、キューブカットなど名前は統一されているみたいですね。
  昔といっても40年くらい前ですがイギリス読みとアメリカ読みがあったみたいです。
  昔のイギリスと現在ではレディラブドと呼ばれていますがアメリカでは、クラッシュド・プラグ又はプラグカットと呼ばれていました。
  イギリスでは、フレークカットですがアメリカではスライスドプラグでした。スライスドケークまたはカットケークとイギリスでは言い
  アメリカでは、スライスド ブロークン プラグと呼ばれていました。
  もしかして気難しいパイプスモーカーの間では、どちら読みでもめていたかしれませんね。
  イギリスだろ いやアメリカ読みだなんてね

マウスピースについて
 パイプにはマウスピース1つを例にとってもいろいろと名前があります。
 それを写真で説明しています。
 まずは私の手持ちにない物もあるので図解を乗せておきます。
 

 
 
 下の図は 市販のマウスピースを改造可能な形を表わしています。
 自分で改造するのもよさげですね。
 

 写真のようにマウスピースが途中で段になったものをサドルマウスピースと呼びます。
 右は普通の?のマウスピースです。
   
 ピータソンリップ(Pリップ)と呼ばれている物です。
 煙が上あごにあたるように煙道が上に開いています。
 少し太いので苦手な方もいるようです。
 歯に引っかかりやすく私は咥え易いと思っています。
    
 

フィッシュテイルビット

これは、魚の尾のようになっている形状から
フィッシュテイルビットと呼ばれています。
ここがほぼ真っ直ぐな物をストレートビットといいます。




カンバーランド


マーブル模様のマウスピースです。
写真はダンヒルカンバーランドシリーズです。
変わり種?マウスピース
上から順番に

入れ歯用、2つ穴、通常、上歯引っ掛け用となっています。
面白いのは、入れ歯用で入れ歯に負担がかからぬように
上顎で支える様にビーバーの尾みたいな感じのヘラが
大きく出ています。
もし総入れ歯の方がパイプ作家に注文した時 このような形状に
なるのかもしれませんね。
と言う事で歯は大事にしましょう。
ひと昔のパイプ全盛時代は、面白いのがあって良いですね。

パイプとマウスピース


アーミープッシュタイプと呼ばれるマウスピースと
パイプ本体の継ぎ方です。
写真のようにマウスピースの差込がテーパーに
なっているものをいいます。
ピータソンパイプに多く見られます。

マウスピースとボウルとの継ぎいろいろ



バンブー
これはバンブーと言われている物です。
その名の通り竹を継ぎに使っています。
使用していくと竹も綺麗なあめ色にそまり
また竹の持つ吸湿性から美味い煙草を楽しめます。


銀まき
このようにシャンクエンドに銀が巻かれているのを
銀まきといいます。
ホールマークと呼ばれるマークが入っています。


水牛角巻き
水牛の角を継ぎに使ったものをいいます。
その他に”たがやさん”という木や鹿の角等を
継ぎ材に使用しているパイプもあります。

フリーハンドのパイプに多く作家がもっとも多く
使う継ぎ材でもあります。

 パイプの材質について
 パイプに使われる材質には、以下のようにあります。

 ブライヤー・パイプ・・・・・ブライヤーと呼ばれる木材でつくられたパイプ
 メシャム・パイプ・・・・・・・海泡石と呼ばれる石材でできたパイプ
 クレイ・パイプ・・・・・・・・・素焼きの陶器製パイプ
 キャラバッシュ・パイプ・・・瓢箪とメシャムの火皿を持つパイプ
 チェリー・パイプ・・・・・・・桜の木でできたパイプ
 コーン・パイプ・・・・・・・・をミズリーパイプ、コーンコブパイプと呼びます。トウモロコシの芯で
             
 ボウルが出来ておりそこにくりぬいた木を差し込んであります。
 オリーブ・パイプ・・・・・ オリーブの木でできたパイプ等です。

 ブライヤーについて
 ほとんどのパイプは、ブライヤーで出来ています。
 ブライヤーとは、ホワイトヒースと呼ばれるツツジ科の潅木の根であり学名をエリカ・アルボレアと言われています。
 生息は、地中海沿岸部 (イタリア南部、ギリシャ、シシリー、サルジニア、コルシカ、南フランス、

                 スペイン、アルジェリア等)

 自作を行った方なら分かると思いますが 産地により柔らかいとか硬めとかフローが多い等の違いは、あります。
 育つ環境により素材に違いがでる当たり前の話です

 エボーション、プラトー
 エボーションは、ブライヤーをパイプに加工しやすいように切断された物をいいます。
 プラトーは、外皮付きのものをいうようです


 ブライヤーがパイプの材料になるまで
 掘り出されたブライヤーは切断されます。
 次に生を抜くということで樹液などを煮出す為、大釜で長時間煮沸されます。
 この生を抜く事をしない場合、乾燥具合により木の変形が起きます。
 パイプ完品になってから乾燥して目が詰まると言っていた方がいたがそんな事が発生したら
 変形してしまいパイプとしての機能を果たさなくなってしまいます。
 あとは等級毎に袋詰めを行い2ヶ月以上陰干しをおこなってから各メーカーに出荷されます。

 グレイン グレイン
 ここでは、私が持っているパイプにて木目について解説してみます。

ストレートグレイン

ストレートグレイン
木目が真っ直ぐな物をいいます。
希少で本当に綺麗な物は、目が飛び出るほどの値段がします。
私が持っているパイプの中ではこれが一番近いかな。

ラールセンのストレートグレインです。
レームグレイン

レームグレイン
炎の要に木目が揺らめきながら放射状に伸びる物をいいます。
クロスグレイン
 

クロスグレイン
木目の取り方をボールに対し横にとった物
正式には、左右非対称なボウルでグレインが
交差した物をいうそうです
バーズアイ

 

バーズアイ
よんで字の如く鳥の目
グレインの切断面に現れる渦巻き状の模様です。
このバーズアイが小さいほど木目が
細かい事(高価)になります。
ちなみに左のものより下のパイプの方が倍の値段でした。
ラフスティック
 

ラフスティック加工
表面を写真のように何かで彫ったような物をいいます。

サンドブラスト


サンドブラスト加工
写真のようなものをいいます。
木部に高圧で金剛砂を吹きつけブライヤーの
肌の柔らかい部分をえぐり取った物でです。
リンググレイン

ブライヤーパイプは根っこから作られます。
グレインというのは、ご存知の通り
水の導管でこれがブライヤーの値段を決めていますよね。
でも根っこにも年輪があります。
パイプの自作をした時の事です。
磨きあげの最終工程で このリンググレインが
現れてきました。その時に「おおこれが年輪か!」と
感動しました。
しかしながら染料を付けていくとこのリンググレインは、
隠れてしまいます。
パイプ作家やメーカー等でリンググレインを強調したパイプを
時々みますね。
写真の上から フナハシバラード、
デンマークの巨匠ポール・イルステッド
そしてダンヒルのカンバーです。
上の2本はサンドブラストのかけ方でリンググレインが
綺麗に現れています。
一番下のダンヒルはその他大勢のサンドパイプと同じで
存在感のないサンドブラストです。
サンドパイプのグレインで美しいですね。
サンドパイプでもこのようなコレクションも楽しいです。
 カースティンパイプ


その他変わり物パイプ

写真はカースティンラジエーターパイプをばらしたものです。
ボウルはブライヤーとアルミのハイブリッド構造になっており
ねじ込み式です。
マウスピースと煙量調節バルブは、写真のようにシールゴムで
本体と接続します。
本体は、耐蝕性に優れたジュラルミン6000番系で
出来ています


パイプの保管
パイプの保管方法ですが 頻繁に使われる方は関係ない話です。
私のように50本近くパイプを所持すると数ヶ月出番のないパイプがでてきます。
このような時 日光や照明光でエボナイトが焼けるつまり変色する場合があります。
ですから私は引き出しの中や写真のように開き戸の中にスタンドを入れ
保管もしくは使用しています。

もしもっと長く使わないようなパイプがあったならポーチか箱に入れて保管した
方がいいでしょうね。

民芸品パイプ

写真は、粘土をただ焼いただけのパイプです。2005年に愛知万博が行われました。この時2回行ったのですが
インカやマヤのパビリオンのお土産屋さんでこれを見つけて購入しました。本当に粗雑なんですが 蛇が人をぐるぐる巻きに
しているボールにステムがついています。クレイパイプが出現する以前に煙草を楽しんだ原始的なパイプだと思います。
まあ土産用として売っていたのでパイプスモーカーとして購入しましたよ。
流石にこれで吸う事はしようと思いませんでしたので写真のようにモール入れとして活躍しています。


パイプの悲しい歴史

写真は、トマホークパイプまたの名を戦争パイプと呼ばれたもの。
木材を身近なものとするネイティブアメリカンが発達させた物です。
しかし元は、イギリス、フランスの商人たちが交易の為に持ち込んだものであって
ネイティブアメリカンが作ったものではないです。
ヨーロッパで製造し持ち込んだものです。
十九世紀懐柔法の一つとして
政治家より各部族の酋長に贈られた。
このパイプを突き返すという事は、白人との友好関係の破棄を意味し
それから後世このパイプを一般に戦争パイプとも呼ばせた原因にもなった。
その後酋長の威厳の象徴へと変わっていった。
どうですか喫煙具が戦争の一武器としてかかわった一例です。
残念ながら煙草は友好の証というのは眉唾物だということかな。
純金パイプ
1978年 東京の朝日煙草センターで純金パイプが披露された。
朝日屋の社長が神田徳力に特注で作らせたもので
彫金による手作りでまじオール純金!
マウスピースもシャンクもきちんと分離できる。
煙道もきちんと加工してあり
実用できるという代物だそうです。
パイプスタンドとの大きさを比べると大き目のベントパイプと
わかりますね。
なにぶん古い記事なので白黒写真しか残っていませんでした。
朝日煙草センターですが現在も営業中なんですが
紹介ページを覗くと純金パイプの事が一言もない。
どうされたんでしょうかね。
もしかしたらあるかもしれません
   1976年に発売されたニムロッドというパイプライター
今はありませんが、オイルライターでした。
ちょっとかっこいいですね。今でもあったら購入してたかも。
キャベンディッシュ煙草
キャベンディッシュといえば着香煙草に使われている
着香担当のような感じがしますね。
しかしキャベンディシュの無着香は、フルバージニアの味わいと
以前記事にしました。
キャベンディッシュの名の由来は、
キャベンディッシ卿が製法を確立したと言われていますが
実は眉唾物の話だと言われています。
パイプで有名なサーウォーターラーレーのように
きちんと史実が残っているならまだしも
どうもうさんくさいというのが私の見解。
ただし有名な喫煙具メーカーのキャベンディッシュ卿説が
正論?なのかそのほかの有力な証拠も出てこないので
とりあえずこれでいっとくみたいな感じじゃないかなーー

キャベンディシュの製法は、某有名輸入商社のHPによれば
葉煙草を圧搾し製品によってはさらに加熱し時間をかけて甘く濃い味に
仕上げられフレーク状に加工される。強圧するので色はダークブラウン、
マホガニーになる。
ここで注目する事は、フレーク煙草に加工される事でしょうね。
つまりフレーク煙草をほぐしたのがキャベンディッシュと言う事になる。
それでフルバージニアという感想をもったのだと思ってしまった。
 パイプの材料 ブライヤーの収穫
パイプ材料のランバージャック
ブライヤーの採掘については、
パイプ大全等に大まかな事が書かれています。
手元に少々スポット的な事が書かれている資料があるので
ブログネタにしてみました。
題して「地中海沿岸のランバージャック達!」
まあキコリと言うかどうかですが 彼らがいなければ
ブライヤーは、世に出てきません。
場所は、イタリアです。
場所は、標高200〜300mの
人の手が入っていない自然林。
下草に隠れて岩肌が覗く勾配に灌木がたくさん生えて
その中に白い花を付けたエリカの木がまばらにあるそうです。
灌木の中には、オリーブ、コルクの木も交じっていて
季節でオリーブ、コルクを収穫がある。
私が想像していたのは、もっと荒廃した台地にぽつぽつと生えている感じ。
写真を見ると結構 緑がうっそうとした所で採掘していますね。
ブライヤー採掘のチームは10名位 っま仮にこのチーム名をスネークとしよう。
スネークリーダーは、エリカの木を揺すったり 押したりして根本を確認。
掘り起こす奴に目印になる布きれ等を巻きつけながら偵察する。
武器は、鋤(すき)、鍬(クワ)、鶴嘴(ツルハシ)、スコップ、鉈(なた)。
まず根本の土が割れるまで枝等を持って大きく揺すります。
土から60p位の所で幹を切断。
鋤で土を掘り起こし始めて10cm以上くらいでブライヤーの根の頭が見えてくる。
次にまわりの土を30cm位堀り根の瘤塊の全貌をだす。
ここでブライヤーの瘤根の状態は、想像してたよりも
髭根は20%位で少なくほとんどは、1m位の太い根と記述してある。
つまり思ったより養分を集める髭根が少ないということらしい。
太い根を時間をかけて切断。
そして掘り起しも困難ではなさそうに書かれている。







瘤根の大きな物は、鶴嘴を打ち込んで
てことして使い鋤や鍬を駆使して掘り起こします。
但しこの場合 周りの足場が悪ければ困難になります。
掘り起こしてやれやれのと一服の時間も長しそうです。
そして次のターゲットへチームスネークは移動。
リーダーは、あらかじめ布で印をつけたエリカの木の根元の土を
足で掻き出し品定め。
こうして大体5、60cmの瘤根と半分位の物大小合わせて100個程度を
掘り起こします。
そして十数キロあると思われる瘤根をトラックに人力で運びます
こりゃ大変だねー。
加工工場では、乾燥割れを防ぐ為時々水を噴霧して1か月寝かしておきます。
次の丸鋸で瘤根を切断していきます。
この時に、エボーションやプラトーに分けられます。
エボーションとは、外皮が着いた物 プラトーは、外皮がない所。
エボーションは、グレインのとても美しい物ができる確率が高い。
プラトーは、坊主等木目があまりよろしくない物が多いようです。
エボーションは OP、CM、BF等20種類位に規格に従い等級わけされます。
結局良い木目が出る瘤根なのかどうか切断するまでわからないので
切断するランバージャックはいつもわくわくしているそうです。




エボーション、プラトーに切断されたパイプ原木は、樹液抜きと後に狂い防止の為
(作家の有田さんは、「暴れる」と言っていたっけ
それ防止で1年位寝かしているといっていました。)生を抜くという言葉があうのかな
各種毎に大きな釡で一昼夜煮沸される。
その後 1年陰干しされ時期を迎えた物から出荷されていきます。
そもそも地中海沿岸は、夏は百日天気といわれ雨は降らず土地は痩せている。
このような状況で育ったブライヤーは成長も遅くて木質も硬い。
それで木目の美しい物が多い。
またブライヤーの採掘の山は、私有地ではなく
日本で言う国有林や県有林などで売買される年間採掘権を購入しては仕事をしている。
なにもかもスローテンポでパイプの需要に合わせたようだと
レポートには書いてある。
と言うことで地中海沿岸のブライヤー採掘のランバージャックに
乾杯です。 
   戦前、中、直後のパイプ事情  柘製作所編

第2次世界大戦が終わってもうすでに70年がたってます。
自分が所持している書籍には、この頃の苦労話が載っていますので紹介します。
話は柘と深代の2通りありまして今回は柘の場合です。
戦前にパイプブームでパイプ需要は多く東京、関西はじめ各地に広がり
メーカーは、連日フル回転の有様でした。
ショップには、人が列をなしました。これを見てパイプはボール盤で簡単に成型出来ると、
手元屋と呼ばれる洋傘の曲がり柄職人までがパイプを作りだし、
エボーション成型の下請けを含めて20軒近くパイプ制作所があったそうです。
戦中にブライヤーの輸入が途絶えた在庫皆無の中
柘製作所は、桜、楓、ヒッコリ、栗、柿の木など物色 悪銭苦闘したそうです。
その中樹液等あく抜き煮沸の必要のない伊豆七島の御蔵島のビランを
パイプの主原料としたそうです。
その芯は硬く置物に加工されていたこともあります。
この当時パイプを扱う事が初めてというショップもあり
シェープは、当面製造の簡単なビリヤードとベントにしたそうです。
戦後ブライヤーの輸入再開されましたが この頃の業者は、
ビリヤードをストレート、ベントをマドロス、ブルドックはそろばん、ダブリンは、
朝顔と呼ばれていたそうです。
マドロスパイプと言えばベントを指しているようですね。
戦後と言われていた数年間本物のグレインを意識し始めた頃 
まだブライヤーの輸入はうまく行ってなくて
先ほど紹介したビランパイプに手書きでグレインを描いた物まで現れたようです。
写真はどちらもビランのパイプ
写真の左のグレインは手書きだそうです。
その当時はいかに大変だったかを知りえますね。
手書きのグレインか・・・・・
写真で見る限り見事なストレートグレインですね。

所蔵しているオリエンタルブライヤースポーツ
戦中、後パイプ事情 深代喫煙具製作所編

戦時疎開で今の群馬県新治村に移転しました。
戦後パイプ作りを再開しようにも原材料のブライヤーもない。
これに変わる材料を探し苦労しているところに
偶々(たまたま)大きな木の根っこを持ち込む人があり
これをカシヨオズミと呼んだそうです。
大きな木の根っこは、ブライヤーの原木に似ていたようです。
水上温泉の山奥、奥利根湖周辺の自然林に自生しており
エリカの木のように白い花がさくのだという。
ただ持ち込まれた物は、空洞も多くて使えなかったようです。
樹の方は難点もなく使えそうだったので木取り、煮沸、乾燥し成型加工して
試喫したところ焦げ等難点もなくこのまま量産に入ったそうです。
この後樹の正式な名前を知りたくて植物学者などに聞いても不明でした。
しかたがないのでカシヨオズミのパイプとして出荷してましたが
納入先より「客に説明できない」とクレームがでました。
困っていたところ当時の朝日新聞者の荒垣さんという方が
オリエンタルブライヤーが良いのではとなりそのままネーミングしたらしい。
現在カシヨオズミは、官有林で自由に入れず不明らしい
    戦後桜、栗等雑木で始まったパイプ製造も柘のビラン、深代のカシヨオズミで安定して供給ができるようになりました。
    値段は、時価で300円〜500円くらいでしたが、製造技術も向上し需要も高くなり昭和27年頃には1200円くらいしたそうです。
    当時初任給7000〜8000円、コーヒー一杯30〜40円くらいでしたのでとても高い物だったようです。
    朝鮮戦争後ブライヤーが安定共有されるようになり雑木パイプは姿を消していきました。 
 
日本初の女性パイプ作家

パイプのトリビア的な話です。日本の女性パイプ作家といえばパイプ作家の
徳富氏の娘ユキ女子しか今は 思い浮かばないと思いますが
実は、柘製作所に所属していた日本初の女性パイプ作家がいました。
彼女の名は、菅野洋子 34歳でデビューしたそうです。
またデビュー当時はもうすでに主婦であり一児の母でもありました。
この写真は、1979年の物です。
現在彼女が生きていれば68歳ですね。
私がパイプを始めたころには彼女の名前は、出ていませんし
話も聞いていません。パイプブームの終焉とともにどうにかなってしまったんでしょうかね。
それともまたお名前を聞くことができるのでしょうか?アンネユリエとも交流があったみたいです。
先人の中にきちんと女性も頑張っていたという事なんでしょうね。


日本にパイプを広めたエッセイスト 石川欣一

日本のパイプ喫煙はどのように広がっていったと思いますか?
口コミ?、それとも誰かがそれを見て自然と静かにゆっくりと?
いえいえ一人の人物のおかげで広がりました。
石川欣一氏です。
日本にパイプを広めたジャーナリストともエッセイストともいわれている。
日本の今日のパイプ事情があるのは彼から繋がっているのです。
1895年〜1959年 大阪毎日新聞社の記者でした。
彼は名門プリンストン大学に留学して卒業しましたが この当時大正6〜8年のアメリカの
大学では各々の大学毎にカレッジマークが入った特性パイプがあり学生に使われました。
たばこの国でもあるアメリカで彼はパイプが好きになって帰国しました。
毎日新聞の記者になってから好きなたばこのエッセイを新聞に載せ始めました。
更に彼のエッセイを励ましてくれたのが文藝春秋を創刊した
菊池寛であった為 彼はますますユーモラスな味のエッセイを書き
それは、文藝春秋、中央公論などの雑誌にも載り始め読者を大いに喜ばした。
昭和初期たばこブームとなり今のJT 昔の専売公社の輸入たばこ選定にも
アドバイザーとなりました。
この頃彼は「たばこ通」としても知られるようになりました。。
関東大震災後 ラジオが普及し始めたラジオ放送初期の頃 彼は出演しパイプの話をした。
これは凄い事ですね。当時のラジオと言えばそれはそれは権威のあるものでしたから。
つまり日本の公共の電波でパイプの話をしたのが彼が最初です。
ラジオでは、聴衆が目の前にいるわけもなく勝手が違ったが一応原稿は読みましたが
終わりになり相手がどんな反応をしているのかわからなかったのか
「私の話は、これで終わりです。お辞儀をしても皆さんに見えないからお辞儀の代わりに
ハイサイナラ!」と言いはなちました。
その時歴史は動いたというところでしょうか。
時は流れ第2次大戦終戦後 彼は日本パイプクラブを結成し各地を講演した。
この時同行したのが戦後のラジオ界をリードした石黒敬七であった為
元気のなかった戦後日本で大変な歓迎を受けました。
石川欣一は終戦後間もないたばこ不足の中で次のように詠んでいる。
「いつかロンドンで買ったレディースパイプと称する華奢な小さいパイプを妻は愛用している
彼女は若干パイプを吸うが 闇で買うのはもったいないのでお客様や僕の吸殻を
丹念にほぐしそれをパイプで吸うのである。情けないと言えば情けないが
古女房には古パイプと同様良い所がある」
勝手わかる女房というのは、ある意味使い込んだパイプと同じで良いと
彼らしくパイプと女房をかけています。
また彼は日本ライオンズクラブ初代会長でもあります。
彼はパイプやたばこのエッセイ等の翻訳もしていました。
有名なのがジェームズバリーのマイレディニコチンだろうと思う。
所蔵しているが彼の名前がありますね。
また著書にもパイプ咥えて等あり 彼ががパイプを日本に広めメジャー級に押し上げた事に
貢献した人物と言う事です。
彼をWEB上で検索しても パイプを日本に広めた事は書かれていません。
彼こそ大正、昭和初期、戦後にかけでパイプを日本に広めた人物でした。
日本のパイプシーンを作ったのは柘や深代、各ショップだけでなくく
彼の貢献が大きかったと思います。
私はパイプスモーカーとして石川欣一と言う人物を知っておいてもよいかなと思い
記事にしました。
パイプを咥えるという事
パイプは、顎で咥えます。歯で噛んで咥えないと両手が自由になりません。
ストージハウスのパイプスモーカーの中にも歯がっちりさんがいてマウスピースに穴を開けてメンテナンスに出す方がいます。
シガレットは唇、シガーは唇と歯の中間で口を突き出すような感じで攻撃的に見える。
そしてパイプを咥えると顎がぎゅっと引き締まって顎が張り出すと思います。
パイプを咥えて鏡を見てください。
この顎に力が入ると表情的に固くなって意志が強いように見えませんかね。いや意志が強いというか頑固かもしれません。
パイプスモーカーって結構こだわりを持っている方がいるのでそんな事からかもしれません。
このようにパイプと言うのは強い意志を持っているように見える為 探偵等のトレードマークにされたのかもしれない。
シャーロックホームズのパイプは有名ですが パイプをこよなく愛したのがジョルジュシムノンのメグレ警視である。
シムノン自身パイプマニアで作中でやたらメグレ警視にパイプ喫煙させる。
メグレの時代背景においてはシガレットブームの中にありあえてメグレにパイプをセットしたのは
強い意志を持たせたかっただろうね。


パイプのエッセイ
このようなエッセイってもうweb上では当然見られないし本も手に入らないからという事で。
短編ですが深くて笑ってしまった話です。

<一天にわかに>
部屋の中で3人のパイプスモーカーが雑談をしていた。その中の一人が私である。
「なんというか一天にわかにかき曇りといった感じで照明がうす暗くなってきて本の活字がぼけてきた。
何事かとあたりを見回したら何のことはない本を見ながらプカリプカリとやっていたもんだから
その煙で部屋の中がうす暗くなってきてしまいました。
一時は蛍光灯が壊れたか目が悪くなってきたのかと思いましたよ。」と雑談の中で私が言ったら
画家のパイプスモーカーがさもありなんという表情で「私もアトリエで絵を描いているとき パイプを咥えていますよ。
こんな色で描いた覚えはないという色になっているんです。おかしいな!おかしいな!と思うんです。
結局パイプの煙がアトリエに充満しているときの色としてないときの色がちがうんですよ-----」と・・
私は言った。
「あなたの個展の時は、絵がラタキアを発散させているんじゃないですか」もう一人のパイプスモーカーが口がはさんだ。
「あなたの絵を見るときは、見るものもパイプを吸えばいいんだ。 煙を通して鑑賞すれば作者が描こうとした色彩になっているわけだ」
3人は大笑いをした。
だが、パイプの煙がただよいすぎてお互いの笑い顔がはっきりと見えないのであった。



パイプスモーカーは、ホモファーベル、ホモルーデンス?

パイプ専門誌をつらつらと読んでいるとパイプのコラム欄にこんなタイトル欄があり
「ローランド、スタンウェルはホモファーベルにふさわしい未来商品である」
面白そうなので読んでみた。内容は、ホモファーベルは、21世紀をリードする新しい人間である。
自分の世界を確立しいかに自分の人生を楽しむか徹底している。
仕事と余暇を明確に区別し余暇を自分の世界として全力投球する人間であると・・・ 
ホモファーベルは、工作人間として定義されているが
遊戯人とも書かれている。遊戯人と定義されているのは、ホモルーデンスなんだけどね。
ここでパイプスモーカーは と書かれている事に私は痛いなと思ったけどね。
よくパイプスモーカーで悦にはいっちゃって痛い人をよくみる。
昔自分もそうだったんだけどね。パイプこそ本物の煙草である。
といっちゃう人もでてくる有様なんだから
どんだけ痛いんだよとおもっちゃうよ。つまりアニオタと変わんないと思うよ。
この風刺画は、とあるパイプスモーカーが
風が強いので女性のスカートの中を借りて火を付けようとしているのだけれど
ちょっと失礼 風が強くてパイプに火がつけられないもんで・・と言う題名だが
回りが見えなくなっちゃったパイプスモーカーの象徴ともとれます。
まあ要は、偏った考えを持たないでニュートラルな気持ちで
パイプを楽しみたいなとおもっちゃってるクグロフトです。
   パイプスモーカーな有名人 一人目

現代では、みのもんたや木村拓哉?が芸能人でのパイプスモーカーですね。
では昔パイプスモークが盛んだった昭和50年頃ではというと
ざくざくと芸能人、俳優がパイプスモーカーだったようです。写真は俳優の
三橋達也氏です。見た事ありますよね。
昭和53年のインタビューです。インタビューでパイプを始めたきっかけが
 「先輩がパイプ党でパイプの話を聞かされたんですよ。スキー場へいくと
パイプをこうして両手でもって握っていると小さな暖房になるんだって聞かされて
それが耳に残っています。」 写真のパイプはBBBです。
大きさにもこだわりをもっていられるようでして
「日本人の顔の大きさや背格好から言ってこれが限界だろう」という事で
このメーカーの物を使っていますとおっしゃっています。
この時点で三橋氏はパイプ歴20年というベテランでいらっしゃるようです。
やっぱりさまになっていますね。粋です。
パイプが普及するには芸能人や俳優さんの力も大きいですよね。
私がパイプ歴20年になるには後10年必要です。生きているかな・・・・・・
   パイプスモーカーな有名人 二人目

横森良造さんです。アコーディオン奏者でNHKの「のど自慢」で有名ですよね。
子供の頃 よく氏のアコーディオンで素人さんの歌を
TVで見てたっけ。この方を知っている方は、まあ間違いなくお年は・・・ゲフゲフ! 
氏は、パイプスモーカーでした。
昭和53年のインタビューでは、25本のパイプを所持しており友人の影響で始められたとか。
アコーディオンを弾きながら咥えパイプってめちゃくちゃ粋ですよね。氏は、
2012年にももいろクーローバーZのコンサートにもアコーディオン奏者として
出演されています。スゲーです。
でもその4か月後心不全でお亡くなりになりました。
79歳でした。昭和の思い出ですね。
  ウォルター・ローリー
ダンディズムのダマシイ(魂) サー・ウォルターローリー
エリザベス1世の寵愛を受け宮廷内女官間では人気者。
良い男であり運も良い。
出生は、1552年南イングランドのデボンシャーの海辺の町「エセックスマス」で
生まれる。ちょうどイギリスに煙草が上陸したとき。
バイエス農場という裕福な家であった。
オックスフォード大学で学び フランスにわたりスペインに対する
義勇兵として参加。
帰国後は、北西部探検に船出し途中スペイン船と戦闘し掠奪。
次にアイルランド戦争に向かい手柄を立てエリザベス女王の目に留まる。
「アイルランドの専門家」となる。
この男 ある話の引き合いによく出される。
一つはエリザベス女王が馬車から降りるとき足元に水たまりがあった、
ローリーは、さっと自分のマントを脱いで水たまりを覆い
「女王陛下、この上をお歩きください」と言ったとの事。
二つ目は、アメリカに植民地を建設しようとしてその地を処女女王エリザベスに
ちなんで「バージニア」と命名したしたと言う事。(バージンね)
宮廷内で煙草をふかし宮廷内に煙草を広めた男でもある。
また以前私のブログでも取り上げたが煙の重さで500年代の終わり。
彼が当時エリザベス女王と賭けをしてある事で金をせしめました。
この話は隠れた逸話ですが彼はパイプから出る煙の重さを計れるのかと
女王と賭けをしました。
まずパイプに煙草を詰め その重さを精密な量りではかり 
その後喫煙をしました。そして煙草は灰になってから量りで重さを計り
その差を煙の重さとしたのです。女王は感心してお金をあげました。
しかし絶頂期も女絡みで急降下。女王の女官とチョメチョメな中に。
ロンドン塔へ幽閉されてしまいます。
しかし赦免後スペイン戦で抜群の戦功をあげ女王の許しを得ました。
エリザベス1世死去後ジェームス1世により反逆の罪でまた幽閉。
釈放されギアナ金鉱探検へ送り出されるが成果がでずに断頭台へと行きました。
ここでも伝説。
七十歳での処刑だったがパイプを悠然と咥え登場。
断頭台でパイプを叩き灰を落としまた咥えた。そのまま斬首されたが
転がった首はパイプを咥えたままであった。
その後ゆっくりパイプは口から離れていった事らしい。
ローリーの遺品パイプは、現在の2016年に現存するかわかりませんが 
ロンドンのウォートレスコレクション、もう一つはダンヒル社のコレクションの
中に含まれていたようです。

  ローランドの名前の由来

1970年代に刊行されたパイプマガジンに深代製作所より寄稿された内容。
深代製作所といえば ローランドというパイプブランドがある。
このブランド名の由来だがローランドとは、中世フランス騎士シャルマーニュ大王の
甥でその旗下の十二勇士の一人の名にちなんでいるしい。
もう一人オリバーという騎士がおりこの2人が5日間戦っても勝敗が
つかなかった事から負けず劣らずの状態の事を英語で
 a Roland for an Oliverともいう。
よって輸出用でこの英雄伝説を用いる事にしたそうだ。 
 オリバーになぜしなかったのかと言うとフランス語ではrolandのdは
発音しないのでローランとなります。
それで英語読みにした。
「ジャンクリストフ」を書いた 平和主義、ヒューマニズムを代表する
フランス文学者でノーベル文学賞を受賞されたロマンロラン(Romain Rolland)
にちなみ日々の安らぎを創り出す喫煙具としてのパイプブランドをイメージし
Lを一個多くした名前もありましたが外国の方の多くが
これを知らないと言うこともありLを一個多くしたネーミングは、没。
騎士のローランドは、この英雄伝説を知らない外国の方も多い。
そして出てきたのは、日本を表す天皇の国 Royal-Landを縮めたと
外国の方に説明すると
「なるほど」と納得するので輸出用でこのイメージを大事にしてRolandとしたそうです。
 まとめると英雄のローランドと文学者のロマンロランから名前を取り
ロイヤルランドと言うイメージを大事にして
 「ローランド」と言う名前にしたそうで
す。