あの街、あの散歩道(第4回)


見どころ満載の西沢渓谷と森林鉄道跡 〈西沢渓谷の案内図はこちら
西沢渓谷は、静岡県の駿河湾に注ぐ富士川支流の山梨県の笛吹川上流にある、奥秩父山系の国師ヶ岳に源を発する渓流であり、様々な滝や奇岩など、自然が作り上げた雄大な造形美を眼前に楽しむことができる渓谷です。渓谷に沿った散策のために遊歩道が良く整備されていることから、近年旅行雑誌や観光案内などにも広く紹介され、特に週末などには数多くのハイカー達や家族連れが散策に訪れているところです。私自身も過去何回か西沢渓谷を訪れる機会がありましたが、来るたびにいつも心が洗われるような安堵感や満足感を覚えました。私は、西沢渓谷が何故私たちにとって魅力に溢れたスポットになっているのかについては、大きく分けると次のような点が挙げられると思っています。
  1. 首都圏からの車でのアクセスが比較的便利(西沢渓谷入口にある駐車場までは、中央高速の勝沼インターから片道1時間弱)。
  2. 渓谷の源となっている奥秩父山系の反対側である埼玉県の秩父方面からも、国道140号線(秩父往還)の雁坂トンネルを抜ければすぐ近くに位置する。
  3. 普通このような深山の源流の場合だと、一般の人たちが立ち入れるような散策路などは整備されておらず、場所柄入域が制限あるいは禁止されている場合が多いが、西沢渓谷の場合は、このような奥深い立地にも拘らず、一般向けの比較的安全な遊歩道が整備され、最上流部分を除いてほぼ全域を散策でき、これこそ本物の渓谷という風景を間近に体験することができる。また、春から初夏にかけてのシャクナゲ、緑眩しく渓流が豪快に涼風を運んでくれる夏、また秋の色鮮やかな紅葉など、季節に応じた深山の渓谷美を楽しむことができる。
  4. 普段山歩きに慣れていない人でも、途中の休憩を入れても4時間程度で容易に全行程の散策ができ、時間的にも無理のないプランが立てられる。
  5. 散策路最深部の七ッ釜五段の滝からの帰路は、山腹にある西沢森林鉄道の廃線跡を辿って戻ることになるため、この方面での好奇心もくすぐられる。
車での西沢渓谷へのアクセスは、中央道を用いた場合、勝沼インターを出た後、塩山(現甲州市)、武田氏の菩提寺であった恵林寺を経由して国道140号(秩父往還(「雁坂みち」))に出て、旧牧丘町、三富村(いずれも現在は山梨市に編入)、川浦温泉を経た後、広瀬ダムを越えた直後に西沢渓谷入口の駐車場がありますので、ここに車を停めて徒歩で散策を開始します(この駐車場の頭の上を巻くようにして、埼玉県秩父方面に抜ける雁坂トンネルの入り口への高架上のアクセスがあります)。また、この駐車場の手前には、充分徒歩圏内で道の駅「みとみ」があり、ここにも県営の駐車場があるため、ここに駐車をしても、食事や帰途の土産物の購入などに便利かと思います。
西沢渓谷には、この駐車場を起点に林道を道なりに進んで行き、途中笛吹川東沢との分岐に架かっている二股吊り橋を渡った辺りから、渓谷に沿った一方通行での遊歩道の散策が始まります。途中、三重の滝、フグ岩(左の写真)、人面洞、龍神の滝、貞泉の滝など、それぞれ一見の価値のある、個性あふれた自然の造形美が楽しめますが、このような景勝のスポットについては、遊歩道にそれと判る説明板がそれぞれ整備されていますので、カメラスポットを決める際にも便利であり、またこれらの景勝を見過ごしてそのまま通り過ぎてしまうということもありません。また遊歩道も場所柄小さな吊り橋があったり、坂や階段の上り下りなど、起伏に富んでいたりすることはやむを得ないとしても、通行に気を付けなければならない場所には鎖のロープが付けられたりして、安全への配慮が払われていますので、足もとに注意して普通に歩行している限りにおいては危険ではありません。ただ、渓谷に沿った自然をそのまま利用して作られた遊歩道であることから、常に水に濡れているような場所がかなりあります。そのため、靴底の摩耗したすべりやすい靴での散策は絶対に避けるべきです。
上に書きましたように、西沢渓谷は、河川のかなりの上流部であるにも拘らず比較的軽装備での渓谷の散策が楽しめる日本でも数少ない場所であり、同じような風景を持った渓流や渓谷は、山岳がバックボーンにある日本の典型的な地形から、主要河川の上流において数多く存在しているものと想像できますが、それらの大部分へのアクセスにはかなりの制限や制約があり、そこがどのような景色をしているかを私たちの目に触れさせない、永遠の秘境と呼ばれるような未踏の場所は数多くあると思います。そういった意味でも、西沢渓谷の散策は、マイナスイオンを摂取しながら味わえる貴重な山岳(渓谷)体験ができる、稀有なハイキングコースだと思います。また、西沢渓谷を含む笛吹川源流の様々な沢や渓谷は、奥秩父山系の国師ヶ岳や甲武信ヶ岳にその源を発していますが、これらの山系を分水嶺としてその近辺や反対側には、信濃川(千曲川)、利根川(支流の神流川)、荒川、多摩川の源流が集中しており、海への河口が全く別の場所にあるこれだけ多くの有名な河川の源流がこの近辺のほぼ一ヶ所に集まっていることも、珍しくも興味深いことだと思います。

渓谷に沿った散策コースの最深部には、西沢渓谷の中でも最も雄大で華麗な、「日本の滝百選」の一つに選定された七ッ釜五段の滝(右の写真)があります。この滝は、ここから始まる散策路の急な登りの山道の途中からはその全貌を見渡すことができ、その雄大な姿を眼下に楽しむことができます。渓谷に沿った散策コースからシャクナゲの群落の中のこの山道を15分ほどで登り切ると、平坦な山道にぶつかります。ここが標高約1,400mの散策路の中での最高点であり、散策開始の場所との標高差はおよそ300mあります。ここには、トイレと木製のデッキでできた「滝の上展望台」と呼ばれる休憩場所があり、ここで登りの坂道で息切れした呼吸を整えるとともに、前方(北方)に広がる甲武信ヶ岳方面の眺望を堪能することができます。
この山道は、過去「西沢森林鉄道」が敷設されていたところであり、現在もレールや枕木がところどころ完全な形で残っていたり、場所によっては山道からはみ出して、空中に宙ぶらりんの状態になっていたりするところもあります。西沢渓谷散策の後半は、この軌道跡がある山道を渓谷の下流である左側方向に歩き、山腹を縫うようにして渓谷の散策開始地点に戻るようになっています。西沢渓谷の散策路は原則的に一方通行になっており、往路は渓谷に沿って歩き、復路はこの森林軌道跡の山道を戻ることになります。尚、滝の上展望台より奥の右側に進む山道は、一応国師ヶ岳や南方の黒金山の登山道にはなっており、森林軌道跡も更に山の奥深く入っています(下の写真はこの部分の森林軌道跡)が、ここを探索された方たちの体験記やホームページなどを見ると、この道の先は殆ど廃道状態で、道が崩落、分断されている箇所もあり、道が崩落してなくなっているところに軌道跡のレールが空中に浮いているような場所がかなりあるようですので、十分な装備を整え、具体的な目的を持った熟練者ではない限りは立ち入るべきではないと思います。
この森林鉄道は、全体としては三塩森林軌道と総称され、西沢渓谷や隣の東沢渓谷の奥地の山中で伐採された木材を運搬するために、1933年(昭和8年)から1968年(昭和43年)に廃止されるまで操業されていたものです。山中の伐採地で木材を積載したトロッコは、自然勾配を利用した運転者(運材夫)のブレーキ操作だけで、伐採地から森林鉄道の分岐点である広瀬(現在は、1975年(昭和50年)に完成した、発電、上水、灌漑などを目的とした人造湖である広瀬湖の湖底にある)を経由して、国鉄(現JR)塩山駅近くの赤尾貯木場まで一気に駆け下りるという、極めてスリルに富んだ原始的な運行方法で運搬されていたようです。木材運搬後の空となったトロッコは、1945年(昭和20年)頃までは赤尾貯木場から渓谷奥地の伐採地まで馬で運搬されていたようですが、それ以降は途中の広瀬まで起動車で運搬されるようになりました。ただ、広瀬以降の谷奥地の伐採地までは依然として馬での運搬が行われており、この馬による空トロッコの運搬は、西沢森林軌道が廃止される1968年まで続けられていたとのことです(広瀬、塩山間の軌道は、1966年(昭和41年)に廃止)。
現在、日本各地には多くの鉄道廃線跡があり、その数少ない貴重な痕跡を訪ねた探訪は、私も含めた廃線に関心や興味を持つ人たちにとっては、ロマンを感じて胸がワクワクするような気持ちになると思いますが、この森林軌道のように、跡地を別の用途に使用するために軌道を急いで撤去する必要がなかったことから、ほぼ完全な形でレールや枕木が残っているのは、森林鉄道など山間部に敷設された軌道も含めて稀有な例のようです。また、前述のように、西沢渓谷の散策は、駐車場から最初は林道上を歩くことによってスタートしますが、この林道は往時の東沢森林軌道上に作られたものです。この東沢森林軌道は、西沢渓谷の隣の東沢渓谷の奥地で伐採された木材を、西沢森林軌道と同じく広瀬経由で塩山まで運搬するものでしたが、この軌道では木材だけではなく、一部は産出された珪石も運搬されていたようです。この軌道は、西沢渓谷へのアクセスの道を整備するために、レールなど殆ど撤去されているようですが、現在でも林道を歩き始めて最初に出会う沢であるナレイ沢には川の中に一部レールが露出している場所が残っており、また次に出会うヌク沢を渡る橋の横にも橋脚跡が残っている場所を見つけることができます。
西沢渓谷入口の駐車場から約1.5km南の塩山方向にある、広瀬ダム湖畔の「ふるさと記念館」には、この森林軌道の往時の記録や写真、木材を積み込んだ状態に復元されたトロッコなどが展示されていますので、興味がある人には西沢渓谷からの帰途に立ち寄られることをお勧めします。また、この辺りは「いのぶた」料理が名物であり、道の駅ほか周辺のレストランや食堂では、「いのぶた」を冠に付けたラーメン、鍋、ステーキ、丼などを、川魚、山菜料理や甲州名物のほうとう鍋などとともに味わうことができます。この「いのぶた」とは、イノシシの雄とブタの雌をかけ合わせて出来た動物で、その肉は、豚肉と比べて脂肪分が少ない良質のものとされています。

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