鉱山道路のなれの果て




定山渓ダムにより平成元年(1989)に完成したさっぽろ湖から小天狗岳方面を望む。
札幌市内から直線で15km程度であるが、
すでに自然豊かな山中の様相である。 小天狗岳

定山渓温泉郷から中山峠方面へ12kmほど進んだ一本の谷へ入る。
標高は440m付近で、
しかし鉱山跡の雰囲気は皆無だ。 薄別


林道は数百mで廃道と化す。
しかし、狭いながらもかつての鉱山道路か、
浅い切通が続いている。 廃道


しばらく進むといよいよ山中深くなり、
辛うじての道床が見える。
鉱山跡は510m付近のためまだまだ登る必要がある。 鉱山道路


沢に沿って道は続く。
明らかに鹿道ではなく、相当の幅がある。
昭和20年の一次休山は戦局による労働者不足が原因ではないだろうか。 沢


20分程度で標高500m付近まで登った。
ここからは左右の谷やわずかな痕跡に注意だ。
終戦時には他国の労働者が帰国したので、その影響による休山かもしれない。 山中


標高500m付近で開けた谷間の切り通しに達した。
やがて鉱山跡のはずだが、
痕跡を探して歩く。 切通し"


河原には鉱石が点在してきた。
付近の地質は緑色凝灰岩・角れき凝灰岩等より成り、
鉱石は黄銅鉱や方鉛鉱などであったという。 鉱石


小さな滝がある。
付近がどうやら鉱山跡のようだ。
説明できないが、どこか人工的な雰囲気がある。 滝

上流には鋳鋼製の塊が落ちている。
これは鍛冶用の金床(鉄敷)=アンビルのようだ。
板金や鍛造用の脚にする錘形の台座で、ここに焼けた材料を載せハンマー等で叩いて加工するのだ。


写真ではただの山中に見えるが、
明らかな平場であり、
恐らく何かしらの建築物があったようだ。 平場



この斜面は明らかに崩れており、
かつての坑口の跡かもしれない。
昭和27年からの資本による掘削の跡かもしれない。 坑口


深い山中の明らかな「路」の痕跡。
明治23年から大正10年の間に付近で、60件の試掘申請の出願があったという。
その後、操業に至ったのがわずか2.3坑であったことから、古典的な探鉱技術が原因としても
そのほとんどが、失敗に終わったのかもしれない。 谷間







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鉱山道路跡
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