H炭鉱跡  探検: 北の細道 H炭鉱跡

H炭鉱跡で未選壜に入る



北海道某所

  炭鉱における選炭方法を分類すると、乾選・水選・重液選炭・浮遊選炭という変遷がある。
当初、手選していた選炭も第一次大戦のもたらす特需により、
出炭の高能率化を迫られ、大容量の選炭機が飛躍的に開発される。

その顕著な例が「ジンマースクリーン」である。ふるいを用いて塊炭と中塊・粉炭を選別するのである。
昭和30年代になると塊炭と中塊とを粉砕し、石炭とズリのふるい分けと選炭を同時に行う、
「ブラッドフォードブレーカー」が採用され、増産の一途を辿る。

また普及した水選から先進国の選炭法と先端技術が導入され、特に運搬にベルトコンベアーが導入されると、
運炭能率を更に向上させるため、選炭場の統廃合が行われ、設備の革新段階に突入する。

浮遊選炭による微粉炭の処理、重液選炭による特塊、特粉炭の回収さらに遠心分離機による微粉炭の脱水、
バウム水選機によるズリ抜き等により、品質の更なる向上が図られた。


その後進化したのはビルド鉱で施行された「総括制御運転」である。
原炭輸送、水選、積出、浮遊の四系統を集中制御するいわば「炭鉱のIT化」である。


今回は何度となく訪れてる炭鉱施設群の中で、
なぜか公開が抜けてしまっていた選炭施設跡。
昭和35年10月に統合された二炭鉱の、その選炭設備を探索する。

昭和45年に最大出炭量を記録したが、翌年には合理化のために閉山。
その後、民間会社が各施設を工場、資材置場として転用して活用する。
その産物として、原炭ポケット、精炭積込ポケット、貨車操車場、ボイラー建屋など、
当時の生産システム全体が奇跡的にて残存することとなった。














廃トンネル・原炭ポケット・積込ビン・・・


煙突
( ̄u ̄;)煙突



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