本庫鉱山 パッシブトリートメント 探検: 北の細道 本庫鉱山

本庫鉱山でパッシブトリートメントに遭遇する




北海道枝幸町歌登

  旧廃止鉱山からの酸性坑廃水は閉山後もなお流出し、鉱水処理が新事業として施行されることも多い。
鉱害防止事業により国の傘下の元、薬剤を用いた中和処理が多数の廃坑にて継続運用なされている。
これら鉱水処理は収益を伴わず、薬剤・電力などの費用を伴い、そして何より恒久的な事業となってしまっている。
これら課題を覆す、コスト低減案として研究されているのが、
自然浄化能力を活用し、省メンテナンス性に長けた「パッシブトリートメント」である。

流れ出る鉱水は石灰槽を対流させた後、表面流の沈殿池を複数設け、人工の湿地部と越流部に
酸性水に耐性のある「ヨシ」を生育させ、自然の浄化作用を積極的に用いて中和処理を行うのである。

昭和11年に創業時の「文珠坑」付近で発見された露頭に、本庫(もとくら)鉱山の歴史は端を発する。
その後、昭和18年からは銅・鉛・亜鉛を対象に労務者30数名により操業と相成ったが、
終戦時にあえなく休山へと向かう。

戦後復興し、一時は細倉鉱山へ送鉱を行う活気を見せる。
昭和27年からは電気探鉱により「二股坑」「平安坑」など新鉱床の発見にも至ったが、
昭和42年(1967)鉱量不足により閉山へと向かう。

この本廃坑を再利用して研究されているのがパッシブトリートメントとしての人工湿地による坑廃水処理技術だ。

元来、石灰石槽による鉱水処理が実施されていた経緯があり、
これら観測データをノウハウとして流用し、また比較対象として活用できる利点から
平地部分が多い本坑がモデル鉱として選出されたようだ。

当時の鉱床と現在の技術開拓、一見反面する二者が共存する廃坑を探索してみよう。





人工湿地・坑口・沈殿池・・・


選鉱所
( ̄u ̄;)選鉱所



オープンページへ