国力鉱山跡 選鉱所 探検: 北の細道 国力鉱山

国力鉱山でエゾシカの屍に会う




北海道常呂町

  常呂川両岸の広範囲にわたり、鉄満俺(含マンガン鉄鉱)鉱床が広がっているが、
それが発見されたのは明治40年頃に遡る。
その後、大正7年頃には「鉱区ラッシュ」となり、正に29もの鉱区が犇めいていた。
しかしネックとなっていたのは交通不便なことであった。

昭和に入り軍需産業が隆盛に向かうと、鉄鉱石の需要は高まり、
昭和11年の東湧網線の敷設に伴い、鉱産高は一気に増加する。

常呂駅と日吉地区間に奥村常呂鉱山軌道が開通し、
昭和19年には国力鉱山の採掘が開始される。

鉱産は昭和22年当時には常呂町の全生産額の15%を占め、
長らく問題であった輸送面についても、湧網線の全通により増産体制が整った。

しかしながら昭和30年には外国鉱石の輸入による制限を受け、生産量は激減する。
そして昭和39年にこの状況はより顕著となり、閉山を迎える。

今回は残存埋蔵量17万トン以上を残した本廃坑で、何体ものエゾシカと会うこととなる。




精錬所・精鉱舎・エゾシカ・・・


草ヒロ
( ̄u ̄;)草ヒロ



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