巨大鉱山跡


静狩金山の発見は明治中頃で、大正5年頃から本格的に開発された。
昭和18年の金鉱業整備までの間、鴻之舞に次ぐ大鉱山として繁栄した。
2度の再開の中で、特に大正9年から閉山の昭和37年までの間は、
第4位の生産量を誇る一大金山であった。

長万部町史にも当時の街の繁栄振りは特筆されている。
「当時、夜汽車に乗ってトンネルの闇を抜けると、急に静狩金山の夜景が広がった。」
「それを川端康成の「雪国」の有名な書き出しのような情緒をもって述べることはできないが、
突然目の前にひらける街は一瞬、夜の都会の現出を思わせるものがあった」

噴火湾に面した静かな長万部町。

長万部

静狩鉱山 遠く離れた処からも山の斜面に大露頭が見える。
まずは、あの斜面を目指す。


大露頭 近づくと更にその露頭は大きく感じる。
国道からも大きな崖状に露天掘りの跡が眺められる。




林道

地形図に沿って林道へ入る。
この道は、そこそこ使用されているような印象を受ける。


工事看板

林道に入ると工事碑がある。

「平成11年災第422号町道静狩金山線道路災害復旧工事」
本道で間違いないようだ。


導水管

更に奥には巨大な導水管が置いてある。
近づいてみる。


導水管

導水管は直径2m程もあり、

災害復旧の残材かもしれない。

砕石所

少し奥には巨大な砕石所が現れた。
再接近すると圧倒の大きさだ。

露天掘り跡に近づく。

露天掘り

圧巻のデカさだ。

広さに目の錯覚を起こしそうだ。

露頭

斜面は機械的に削られている。
少し柱状節理も見える


鉱石

がけ崩れも多く、サラサラと崩れている処もある。
鉱石も落下している。


露頭

掘削面は数100m以上続いている。

更に林道を進んで、

廃道

精錬所の遺構を探す。
治山が成されているかもしれない。


廃道

やがて林道は廃道となり、

不思議な空き地はあるが、遺構は見えない。

過去の資料を見ると巨大な精錬所の存在が記されているが、

精錬所

土台か、治山かわからない遺構の存在しか、
確認できなかった。


治山

更に奥には植林され、
当時は遺構はすべて撤去されたらしい。



噴火湾

下りの林道から噴火湾を望む。
この景色は、当時から変わらないと思う。



更に下りながら、静狩市街を望む。

静狩

当時は長万部にも劣らない数の飲食店があり、活気を呈していた。
景色は変わってしまったが、ここに一大鉱山があったことは間違いない。






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精錬所
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