狼は東方より来たりて
和知町は京都府中部、由良川流域を占める林業の街だ。
河岸段丘に集落と水田が広がる。
高屋川を鐘打橋で渡る。
鉱山は約3.5km山中だ。
付近には旧鐘打橋が残る。
鉱山時代はこちらの旧橋が活躍していたかもしれない。
砂防指定地の看板には、
鐘打鉱山タングステンの文字が色濃く残る。
旧鉱山事務所の建屋が残る。
現在はアート作家の所有のようだ。
電柱番号の銘板にも『鉱山』『カネウチ』の表記が残る。
上がNTT電柱番号、下が電力電柱番号となる。
付近には選鉱用水のためか、
水道施設の廃祉がある。
やがて明確な鉱山施設の廃墟が現れる。
これは製錬所の遺構のようだ。
タングステンの製錬は独特で、
まずは粗鉱を大割した後、クラッシャで75mm以下に粉砕する。
これをトロンメルで選別後さらに20mm以下に分粒する。
ボールミルなどで更に6mm以下の粒となったものを、
テーブル選鉱機などの比重選鉱機を用いてタングステンと尾鉱に分離させる。
その他、
【浮遊選鉱】水槽内に水をはじく薬剤を塗布した鉱石を投入し、
細かな泡と共に撹拌、泡と付着しやすい鉱物が浮き上がり尾鉱が沈降することで分離させる
、
【静電選鉱】電気伝導性が鉱物ごとに異なることを利用して、
電場により陰極に集まる鉱石を回収する
、
【磁力選鉱】回転する電磁石によって鉱物を分離する
などを用いて選鉱する。
選鉱後の鉱石は容量6000L高圧分解釜に投入、
800〜2000kgの灰重石を3時間程度で分解する。
釜内を加圧してその反応液を排出する。
反応液は冷却管を通じてオリバーフィルターでろ過後、
静置槽に貯蔵する。
溶液中の不純物を反応槽でpH調整後石灰により除去する。
タングステンは用途により純度や粒度が異なるため、焙焼や酸素を遮断し、
管状炉や電気炉、回転炉を用いて還元する。
これにより金属タングステンが生成する。
タングステンは粒度が小さいほど空気中で酸化しやすいので、
製品は貯蔵瓶に格納し炭酸ガスを充填して品質維持を図る。
かつては電球や真空管、工具などの特殊鋼の材料、
電気接点、耐熱合金など利用価値の広いタングステンは、
戦争当時、急激に需要が増した。
高需要により低品位の不純物の多い鉱石からでも、効率良く純度の高い製品が要求され、
その純化製錬のための技術は第二次大戦に向かい、
軍需目的として15,000種の用途に利用されたという。
酒類ではなく試薬のような瓶が散乱する。
製錬過程での効果を検証していたのだろうか。
昭和27年の調査では従業員数162名、坑道総延長6,500m、
選鉱場にはテーブル選鉱機12台、粗鉱受入720〜750t、二交代制であった。
坑道名は大正坑、明治坑、大切坑、立入坑などが存在した。
テーブル選鉱機、ウィルフレーテーブル比重選鉱機は、
3〜5°の勾配のついた盤を長手方向に振動しながら、
短手方向に水を流す。
昭和23年(1948)の国内タングステン生産量はわずか7tの底であったが、
昭和29年(1954)には1,129tと約160倍の急成長を遂げている。
林道を進むと通洞坑口の発見に至る。
この通洞坑では蓄電池式機関車1.5t式1台と2.0t式1台を使用しており、
鉱石及び廃石の運搬を行っていた。
需要が高まったタングステンであったが、
しかしその後、昭和41年(1966)までには低迷し鉱山事業数も4か所にまで減少した。
以後は鉄鋼産業の成長と共に精鉱生産量も回復し、
年産1200〜1500tの水準を維持している。
これらは超硬合金や触媒、電気電子分野での需要が多いだけでなく、
国際的な戦略物資の筆頭として、
投機や軍需での生産環境の影響の表れといえる。
タングステンの輸入精鉱は昭和45年(1970)には6,160tだったものが、
昭和50年(1975)には2,027tまで下落する。
これはトン当たり79万円の輸入鉱価格が299万円にまで高騰したことが要因である。
やがて昭和57年(1982)には中国系の安値放出が影響し、
鉱石市況は167万円にまで軟化する。
この事実が国内鉱山の経営を圧迫し、鐘打鉱山の閉山にも繋がったと言える。
国内のタングステン鉱業界の40%を占めた鐘打鉱山の特徴は、
他鉱山産に比べてモリブデン含有量が低いことで、
高融点が要求されるフィラメントにとって賞用される結果となった。
モリブデンとタングステンは物理・化学的性質が似ているため、
浮選などの分離工程で選択性が低下し、効率的な分離が困難となり、
結果的にタングステン精鉱の純度が下がり高融点が維持できなくなる。
また鐘打鉱山は灰重石(白鉱)と鉄マンガン重石(黒鉱)の両方の精鉱を産出しており、
これは他鉱山ではみられない特徴であった。
また、閉山時に山元にあった鉱石標本類が日本鉱業(株)に搬送され、
引き続き保管されたことは、資料や供試材が閉山時に散逸しやすいことを考えると、
好例となる措置であった。
錫鉱石にタングステン鉱石が混入すると錫の精製が阻害されるので、
「狼のように」錫をむさぼり喰うという意味で、
ドイツ語ではWolfram(ヴォルフラム=狼のクリーム)と呼ばれていた。
これがタングステンの元素記号『W』の所以である。
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