大泉鉱山跡 探検: 北の細道 大泉鉱山跡

大泉鉱山で多油浮選をみる



山形県朝日村

  鉱石の中から必要な鉱物と不要な脈石を選り分けるのが選鉱と呼ばれる工程だが、
鉱物の水をはじきやすい性質を利用して、水中で選り分けるのが浮遊選鉱だ。

その浮遊選鉱の幕開きと呼ばれる方法が『バルク浮選』(bulk-oil flotation)と呼ばれる多油浮選方法である。
浮遊選鉱は目的の鉱物が水中で浮いたり沈んだりすることで分離できる。
そのためにはガスを使って泡立てたり(被膜浮選)、起泡剤などで浮かせたり(泡沫浮選)、
つまりは水より泡と付着しやすい鉱物を浮き上がらせることが基本となる。

そのなかでもバルク浮選は水をはじき、油と付着する鉱物の性質を利用して、
水層と油層の境界面に鉱物が濃集する、泡を使用しない浮遊選鉱法である。


山形県と新潟県の県境に位置する大泉鉱山は、
明治15年(1882)から稼行、明治38年(1905)には古河鉱業の所有となり大鳥鉱山と称した。
その後、昭和12年(1937)に大日本鉱業の所有となり大泉鉱山に変更した。

選鉱場が落成したのが昭和15年(1940)、当時は60t/日の処理量で、
昭和18年(1943)に選鉱場を120t/日に拡張したものの、昭和21年(1946)に火災のため焼失する。
再び、選鉱場が整備されるのは昭和25年(1950)となり、
その後、昭和36年(1961)【160t/日】、昭和40年(1965)【190t/日】、
昭和49年(1974)【190t/日】と随時拡張されたものの、
昭和54年(1979)に鉱量枯渇のため閉山を迎える。

今回は銅・鉛・亜鉛・マンガンが混在した鉱脈をもつ大規模な鉱山跡の探索だ。
選鉱工場跡をターゲットとして、その廃祉を巡りたいと思う。



大雪崩・サージタンク・セミバルク・・・




選鉱工場跡
選鉱工場跡





トップページへ