土堤のトンネル


奈井江の街を背に山に入る。
鉱区の中心部は現在ゴルフ場となっている。
開坑は明治28年と意外に古い。 アプローチ


道の無い斜面を進む。
明治40年に奔別炭砿とともに日本鉱業(株)の経営に移り、
社名を奔別炭砿(株)に改めた。 廃道


斜面上の一画には自然の地形を割る直線が見える(マウスon)。
どうやら火薬庫を防爆のために囲う人工的な盛土のようだ。
自然ではありえない直線、こう言った地形を見逃さずに探索する。 マウスon 土堤


付近には水路の様な人工物もある。
この時期、足元の隠れた遺構には十分注意する。
土盛りを目指して登る。 水路


土堤を超えると小屋の発見だ。
住友奈井江炭鉱 火薬庫に到達だ。
どうやら水没しているようだ。 火薬庫


残存する火薬庫はレンガ製でなくモルタル製だ。
屋根は抜けて消滅しており、
しかし壁が厚い。 火薬


鉄製の扉も重厚だ。
入口の扉は、厚さ1.6o以上の鉄板を使用した
鉄製の防火扉とすることとの規定がある。 扉


裏側に回っても窓は無い。
窓が設けられていないこととの規定があり、
盗難や飛散に対しての対策のようだ。 火薬庫


屋根は見事に抜け落ちている。
屋根は耐火性であつて爆発の際軽量の飛散物となるようとの規定もある。
もしもの爆発の際、屋根が抜けるようにあらかじめ弱く設定してあるのだ。 屋根


土堤を挟んだ右側には、
小さな建屋がある。
導火線庫などのようだ。


小さいながらも壁は厚く、
鉄製の扉も万鈞の造りだ。
信号焔管、信号火せん、煙火の原料などの煙火火薬庫の可能性もある。 煙火火薬庫


二か所の火薬庫の配置だ。
間には十分な高さの土盛り(土堤)があり、
周囲もそれで覆われている。 火薬庫


その土盛りの一部には小さなトンネルがある。
外部に向かう土提にあり、
これはどうやら通路のようだ。 トンネル


土堤に通路の隧道を埋設する場合は、
火薬庫の壁と直線にならないように設置することとなっている。
つまり爆発の際に土堤の隧道へ直線で爆風が伝播しないように規定されているのだ。 通路


通路から少し離れた土堤には別の隧道がある。
こちらは狭く、
水没しているようだ。 水路


隧道内部には等辺山形鋼の柵が二本あり、
これは通路ではなく、
水路のようだ。 水路隧道


火薬類取締法施行規則にも湿気の滞留を避け、
排水を完全にすることと謳われている。
規定に沿った火薬庫の廃祉、今なお山中に色濃く残る。 水路






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水路隧道
水路隧道

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