揚程と杵重量のモーメント
5月上旬、鬼怒川支川男鹿川の五十里(いかり)ダムから入山。
昭和31年当時、日本一高い(112m)ダムとして完成、
巨大な重力式ダムだ。
途中の林道斜面には廃車が滑落している。
1978年頃のダットラのようだ。
大木のおかげで辛うじて斜面に留まっている。
マウスon ダットラ
AM6:18 大滝沢に沿って廃道を歩く。
今回は現地鉱山跡でゆっくり昼食予定、
そのため装備がいつも以上に重たい。
朽ちた「警笛鳴らせ」の看板があることから、
ここがかつての道路であったことがわかる。
標高は670m付近、目指すは911m付近だ。
崩れた岩場をトラバースしていると、
タヌキの亡骸があった。
滑落したのかもしれない。
路面の決壊は6か所以上に及び、
奥地に行くにしたがい険しくなる。
その都度下って巻いてを繰り返す。
決壊が連続する中、
立派な切通しも残る。
隧道にしてもよさそうな規模だ。
沢まで40m程度の絶壁を横切る個所もある。
靴をエッジのように斜面に食い込ませ、
スリーオックロックナインオックロックで横切る。
巨大な石垣が現れた。
最盛期には800名程度の住人がいたとのことで、
恐らくその集落跡だと思われる。
「奥鬼怒山地 明神ケ岳研究」(1984.5)という資料では昭和20年閉山、
ところがいつもの「日本鉱産誌」(1956.8)では
昭和31年度に稼行の記録があり情報は混在している。
AM8:45 石塀の森を超えると開けた一画に出る。
どうやら徒歩5qで鉱山跡地の敷地に入ったようだ。
ここで長時間の休憩をとる。
鉱山跡にはすぐにレールが現れる。
軌間は500(508)o程度。
ズリの散らばる荒廃した様相だ。
これが鉱山跡全景となる。
石垣の基礎に様々な鋼製機器が散発している。
細かく探索してみよう。
これはトランス(変圧器)のようだ。
トランスは発電所より送られてきた電気の電圧を
工場や鉱山などで使用できる電圧に変換する装置だ。
扇に広がっているのはコイルで、
鉄心とコイルを組み合わせたものをコアとし、
PCBを絶縁油として封入されていたのだろう。
これはトロッコの車軸である。
木製の台車は破損して周辺に散らばり、
構内運搬用の軌道のようだ。
これは索道の搬器=バケットと、
回転してバケット内の鉱石を搬出する装置のようだ。
索道の記録は資料にはなかった。
これはVベルトが5本かかるプーリーと、
シャフトにキー止めされたピニオンギヤだ。
軸受にはベアリングもなく原始的な駆動装置の雰囲気だ。
これは往復動式破砕機の一種でブレーキクラッシャかも知れない。
上部から一次破砕の完了した鉱石を投入し、
下部の回転軸で動く可動顎でさらに細かく粉砕するのである。
マウスon ブレーキクラッシャ
あらゆる鉱山機器が散らばる。
基本、鉱石を砕いて細かくし、
混汞(こんこう)を行うその工場跡のようだ。
電動機(モーター)が朽ちている。
混汞法は主に金銀鉱床で水銀に一旦溶け込ませた鉱物を、
抽出する製錬法である。
これは回転軸に装着される鋳鋼製のプーリー(32)だ。
その自重によりフライホイールのように回転をアシストする。
しかもこれは非常に大きな部類だ。
マウスon プーリー
これはロールジョークラッシャという細粉用破砕機だ。
押しつぶしと練りつぶしを兼ねた作用があり、
回転数は400rpm、これだけでも重量は1.3tに及ぶ。
マウスon ロールジョークラッシャ
そしてこれが損傷しているが冒頭で説明した搗鉱機(スタンプミル)だ。
臼と杵で餅つきのように鉱石を破砕する。
ここまでの姿が残存するのは非常に珍しい。
(15)から原石が投入される。
下部の駆動プーリーからベルトで(13)プーリーが駆動されることにより、
(10)爪の付いた杵杖が回転、その爪が(12)杵竿に引っかかることで、
(9)杵を押し上げ、(10)杵杖が(12)杵竿から外れると、
(9)杵が重力で下に落下、(2)臼内に入った原石を押し潰す。
細かく破砕された鉱石は、(14)搬出口より排出される。
更に紐解いたものが本図となる。
3番杵の太い部分(6)杵竿に、回転軸の(4)爪(杵杖)が引っ掛かり、
杵(軸)を持ち上げ、引っ掛かりがなくなると1番杵のように下部へ落ちる。
その際に最下層の原石が破砕されるのである。
シャフト=杵に装着される(6)杵竿と。
回転軸に装着される(4)爪(杵杖)である。
これらの引っ掛かりと脱落でシャフト=杵が上下するのである。
シャフト=杵の重量とその持ちあげる高さ(揚程)により、
衝撃の大きさが変化し、破砕の状況が変わってくる。
重い杵の方が、そして高い位置エネルギーの方がモーメントは大きく破砕力は大きくなる。
しかし重量物を高く上げることは、
それだけエネルギーが必要となり、
より効果的な成果のためにそのバランスが追及された。
これはドッジクラッシャの一種で、
往復動破砕機の代表的なものだ。
固定顎と可動顎で磨り潰すように鉱石を破砕する。
マウスon ドッジクラッシャ
付近には岩盤の裂け目の様な坑口がある。
一連の選鉱場所からすぐ近い。
しかし本坑ではなさそうだ。
坑道は水没し崩れかけている。
10m程度で掘削は終わっている。
坑内の環境は良くない。
変圧器や巻上機が朽ちている。
更に上流域を目指す。
大規模な鉱山跡だ。
ラチェットのブレーキの付いた巻上機もある。
これも相当な重量物のようだ。
ここまで搬入する道路があったのだろう。
これは小型のトランスフォーマー(トランス)、
つまり変圧器だ。
高い電圧から低い電圧に変換するダウントランス(降圧専用変圧器)だ。
これは恐らくタイマーリレー、
定められた時間となったときに、
回路を電気的に”開”または”閉”にするような接点を持ったリレーだ。
配管やフランジ、
ロッドや水槽、煙突などがひどく散らばる。
もともとは山中深く、平場を造成したのかもしれない。
これはトロンメル、分級機である。
粉砕物など素材を「ふるいわけ」する選別機だ。
振動ではなく回転運動をもって選別する。
円筒形に網目をはったふるいを回転させながら、
投入した原料のサイズによって分級を行う。
網の目が数種組み合わされた回転式選別機だ。
粉は網目を通り抜け早くに落下、塊はトロンメル内部に残存、
回転速度や円筒の傾斜、
網目のサイズによって鉱石をより分けることができる
マウスon トロンメル
重量計のような装置も朽ちている。
かなりの重量まで計測できそうだ。
今でいうスケールだ。
鉱区のさらに奥にも石垣が続く。
大きな街が存在したのだ。
石垣を超えて進む。
石垣は大小の石が組み合わさっている。
恐らく現地調達の岩を使用した野面積みだろう。
安定度は少ないが排水性は良いこととなる。
AM11:40 奥には建屋が残る。
三角の「妻」の部分が残存。
民家にしてはかなり大きい。
これはどうやら学校の跡のようだ。
木造の二階建て、
倒壊しているがかなりの規模だ。
内部は床は抜け、天井も崩れている。
危険なため侵入は控え、
しかし一部家財も残っていいるようだ。
外観も倒壊寸前だがよく残存したものだ。
1984年現在の探索記録においても、
木材が散乱、腐敗して山積みとなった部材が朽ちているとある。
二連のスタンプミルの骨組みが、
まるで恐竜の白い骨を見るかのように残り、
崩れた鉱洞跡があると記されていた。
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