5か所の坑道
道道138号 豊富猿払線沿いの林道を進む。
昭和21年に株式会社として心機一転した宗谷炭鉱は、
翌年に電力設備が開通する。
林道には炭塊が落ちている。
昭和28年には炭住や索道の完成をみたようだ。
付近には坑道があったようだが発見には至らない。
赤い沢がある。
昭和33年にはスキップ斜坑、
つまり石炭専用トロッコを巻上機で稼働する坑道が完成した。
付近には硫黄臭の激しい沼がある。
どこからか鉱泉が沸いているのかもしれない。
しかしながら炭鉱施設の痕跡は見当たらない。
周辺には明らかに人工物の跡地の痕跡がある。
恐らくここが選炭施設の成れの果てだと思われる。
付近には水平坑の北坑・南坑をはじめ5か所の坑道が記録されている。
斜面には白い帯状の枯れ沢がある。
硫黄臭が激しく、
ある時期には鉱泉が湧いていたようだ。
その斜面上部にはコンクリート製の遺構がある。
恐らく選炭施設の廃祉であろう。
春のこの時期でも藪に埋もれつつある。
付近の炭層は大きく傾いた状態で、
V字型自充填傾斜払方式と呼ばれる採炭方法がとられた。
更に登って遺構を確認する。
選炭施設の裏手には、
ズリ山のような植生の疎らな一角が続く。
しかしながら遺構は見られない。
付近には荒れた空き地が数か所ある。
選炭に関わる施設や水槽があったようだ。
バウム選別用のシックナーも付近では発見できなかった。
上部も辛うじての痕跡しかない。
昭和26年から5万t以上/年を維持し、
総出炭量は約90万tに及んだ。
索道の痕跡も見当たらない。
採掘範囲は南北方向約1.8kmと広範囲になり、
最終深度は海水準-115mまで及んだ。
ニタトロマナイ川には遺構が残る。
恐らくバウム選炭用の取水装置の設置個所だ。
昭和38年にはバウム水選機が火災を起こし、これを誘因に閉山と相成った。
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