北拓小石炭鉱跡  探検: 北の細道 北拓小石炭鉱

北拓小石炭鉱の坑道に霧が舞い降りる




北海道猿払村

   北海道最北の炭田、天北炭田は 「褐炭」炭素含有料70〜78% 品質低く練炭や豆炭の原料 を中心とした炭質の低品位性と辺境地であるがために、
約10憶tという莫大な埋蔵量に反して、大手企業による大規模開発がなされないまま、
34か所以上にものぼる中小炭鉱の存在が特質となっていた。

またそれら炭鉱群の採炭時期は一定しておらず、
稼行10年以上の有力炭鉱は、宗谷曲淵・稚内・日曹天塩の三炭鉱に留まる。

正式名称、北海道炭礦拓殖株式会社小石礦業所は戦後に主要炭鉱として、
宗谷炭田の一角に加わった炭鉱で、それでも日曹炭鉱以外は、
年産数万t以下の小規模のものであった。


明治42年(1909)頃、試掘鉱区が設定、炭層調査、鉱区整理が行われたが、
本格的な採炭には至らず、地元の方が自家用炭に採掘する程度であった。
その後、昭和22年(1947)9月に開山式を執り行い、正式発足と相成った。

出炭量がピークを迎えたのは、昭和38年(1963)の81,850tで、
昭和41年(1966)4月には融雪による出水のため、
80日間の操業停止を行い 経営困難に陥る。
やがて9月に月産予定の50%の出炭量となり、積み重なる負債が影響し
9月30日、札幌通産局に閉山届を提出、従業員233名からなる組合側も、
事情やむなしとの判断から、退職時の対策などを考慮しつつ閉山を受け入れた。


過去の衛星写真ではズリ山や運炭軌道も見える。
付近の林道はなぜか真っ白な道に。
坑口や遺構を追って天北原野を歩く。






車軸・貝殻・ホッパー・・・



白い道
( ̄u ̄;)白い道





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