古武井鉱山跡 探検: 北の細道

古武井鉱山で風車を見る


北海道恵山町(函館市)
渡島支庁は亀田半島の東端に位置し、津軽海峡を隔てて下北半島と相対している。
この地域には恵山遺跡をはじめ各所にアイヌの遺跡が知られている。
和人が住み着いたのは1189年頃以降だと言われ、
豊富な漁業資源の開発が進められてきた。

当地には無尽蔵に近い砂鉄の堆積があり、鬱蒼たる原始林により燃料には事欠かない。
また良質の石灰・煉瓦原土の存在、水量豊富な河川、防衛上好適な地理条件が重なり、
大砲の砲身を鋳造するべく、洋式高炉の建設が進められた。

こうして高さ9mの溶鉱炉が、安政年間に反射炉や水車による起風装置と共に完成したとされる。
しかしながら、溶鋼については惜しくも成功とは言えなかったようだ。
高温を目的とした円筒衝風装置(シリンダーブラスト)の機能不足、使用煉瓦の耐火不足などの技術的欠陥に加え、
幕府方針転換、担当者の任務過剰、熟練工不足なども要因とされる。

その中でも最大の謎が軍事機密による封印とされる。
失敗と記録されている高炉であるが、海外視察の記録には200人の労務者により、
盛況に稼働し、大砲や武器が一般には見えない場所で隔離製造されていたとされる。

しかしながら、溶鋼炉の起風水車の水路跡は存在するものの、
反射炉に必要な錐入装置のための水路の存在が確認できず、
大砲の鋳造は機構的に不可能とされる側面もある。

海外領事が大砲鋳造の事実を実見しているにもかかわらず、
反射炉の存在が確認できないことが大きな謎であり、
溶鉱炉の構造や廃棄後も重要部分を厳重に取り壊した事実は
「古武井溶鉱炉」の秘められた謎である。

それらも踏まえ、 尻岸内川河口付近を今回は探索してみたい。
珍しく山奥ではなく、
汐の香のする平地の探索となった。


風車、馬、溶鉱炉・・・





古武井鉱山
( ̄u ̄;)砂鉄



トップページへ