流謫の地須磨で、早くこの地を去れとの故桐壺院の夢のさとしがあつた。そこへ明石の入道が小舟を仕立てて迎えに来る。入道にも夢のさとしがあったという。明石の地は風光にも恵まれ、入道の住まいの都に劣らぬ風情に、源氏はようやく人心地つく。ひそかに娘の開運を願う入道は、初夏の夜、琴(きん)を弾く源氏に、自分も琵琶をとりだし、それにかこつけて、娘が琵琶の名手であることをほのめかし、娘への期待を打ち明ける。次はその翌日の出来事である。これを読んで後の問いに答えよ。
(明石の入道は)思ふことかつがつかなひぬる心地して、涼しう思ひゐたるに、またの日の昼つ方、岡辺(明石の君の住まいのある所)に(源氏は)御文遣はす。a心恥づかしきさまなめるも、なかなかかかるものの隈にぞ思ひの外なることも籠るべかめると心づかひしたまひて、高麗の胡桃色の紙に、 bえならずひきつくろひて、
「Aをちこちも知らぬ雲居にながめわび cかすめ し宿の梢をぞとふ
思ふには」とばかりやありけん。入道も、人知れず待ちきこゆとて、かの家に来ゐたりけるもしるければ、御使いと dまばゆきまで酔はす。御返りいと久し。
内に入りてそそのかせど、むすめはさらに聞かず。いと恥づかしげなる御文のさまに、さし出でむ e手つきも恥づかしうつつましう、 @人の御ほどわが身のほど思ふにこよなくて、心地あしとて寄り臥しぬ。言ひわびて入道ぞ書く。「いとかしこきは、田舎びてはべる袂につつみあまりぬるにや、さらに見たまへも及びはべらぬかしこさになん。さるは、
Bながむらん同じ雲居をながむるは思ひも同じ思ひなるらむ
となんf見( )。いとすきずきしや」と聞こえたり。陸奥国紙に、いたう古めきたれど、書きざまよしばみたり。げにもすきたるかなとめざましう見たまふ。 A御使に、なべてならぬ玉裳などかづけたり。
またの日、「宣旨書きは見知らずなん」とて、
「Cいぶせくも心にものをなやむかなやよやいかにと問ふ人もなみ
言ひがたみ」と、この度は、いといたうなよびたる薄様に、いとうつくしげに書きたまへり。 B若き人のめでざらむも、いとあまり埋れいたからむ、めでたしとは見れど、なずらひならぬ身のほどのいみじうかひなければ、なかなか世にあるものと尋ね知りたまふにつけて涙ぐまれて、さらに、例の、動なきを、せめて言はれて、浅からずしめたる紫の紙に、墨つき濃く薄く紛らはして、
D思ふらん心のほどややよいかにまだ見ぬ人の聞きかなやまむ
手のさま書きたるさまなど、やむごとなき人にいたう劣るまじう g上衆めきたり。
京(紫の上)のことおぼえてをかしと見たまへど、うちしきりて遣はさむも、人目つつましければ、二三日隔てつつ、つれづれなる夕暮、もしはものあはれなる曙などやうに紛らはして、をりをり人も同じ心に見知りぬべきほど推しはかりて、書きかはしたまふに似げなからず。心深う思ひあがりたる気色も、見ではやまじと思すものから、良清が領じて言ひし気色もめざましう、年ごろ心つけてあらむを、目の前に思ひ違ヘんもいとほしう思しめぐらされて、人進み参らばさる方にても紛らはしてんと思せど、女はた、なかなかやむごとなき際の人よりもいたう思ひあがりて、 Cねたげにもてなしきこえたれば、心くらべにてぞ過ぎける。
京のことを、かく関隔たりては、いよいよおぼつかなく思ひきこえたまひて、いかにせまし、戯れにくくもあるかな、忍びてや迎へたてまつりてましと思し弱るをりをりあれど、さりともかくてやは年を重ねん、いまさらに D人わろきことをばと思ししづめたり。
【明石】
問1 a心恥づかしき・bえならず・cかすめ・dまばゆき・e手つきの意味を活用語は言い切りの形で記しなさい。★
問2 fの空欄に「給ふ」を適切な形にして書き入れなさい。また、fの用法を文意に即して説明しなさい。★★
問3 g上衆めきの「上衆」の読みを現代仮名遣いで記し、gの意味を言い切りの形で記しなさい。★
問4 @人の御ほどわが身のほど思ふにこよなくて・B若き人のめでざらむも、いとあまり埋れいたからむ・Cねたげにもてなしきこえたれば・D人わろきことをばを必要に応じてわかりやすく補って現代語訳しなさい。★★★
問5 A御使に、なべてならぬ玉裳などかづけたりとは誰のどういうことへのどのような気持ちが現れているのか。★★★
問6 ABCDの歌の主旨として、もっとも近いのは次のどれか。同じものを二度選んでもよい。★★★
イ 満足している ロ 物足りない ハ 会いたがっている ニ 会いたがっていない
ホ 会いたい ヘ 会いたくない ト 信用できる チ 信用できない
リ 近すぎる ヌ 遠すぎる
問7 「源氏物語」の成立した時代・作者の名・作者が仕えた中宮とその父親の名を順に記しなさい。★
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