陳述書 - 新勤評反対訴訟

陳述書要旨

2007年1月25日
定時制高校教員A

教育の自主性を破壊する自己申告

私は2003年に定時制統廃合が決定した工業高校定時制課程の社会科の教員です。今回の裁判と勤務先定時制廃課程の決定とは私のなかで関連しています。

廃課程が決定したとき、勤務校には300名を超える生徒が在籍しておりました。私たちは、この定時制廃課程と同じ時期に導入された「評価・育成システム」に危機感をもちました。

校長は単に大阪府教育委員会の決定を伝えるだけで、通学の切符を買うお金もないといった定時制生徒の置かれている状況に思い至らず、廃課程に反対する現場の声を無視しつづけたのです。定時制がなくなるという重大な局面において当事者校の校長として自主的な判断力がなかったことが、私たちに決定的な印象を与えたのです。そういったなかで「評価・育成システム」が導入されました。そのような管理職に公正な評価や学校目標を期待できるとは思えないのです。

教員の自主性を奪い、協力・協働関係を破壊する自己申告票

「評価・育成システム」は評価と給与との連動も含めて、上意下達の管理主義的教育システムだと考えます。「自己申告票」の提出が「総合的評価」の前提になっています。教員の自主性に基づく「自己申告」といいながらも、実際には決してそうなっていません。

大阪府教育委員会「学校運営に関する指針」によると、計量化が可能な目標設定が、評価の客観性の観点から必要とされています。その学校目標にしたがって個人の目標が設定されなければなりません。大学への進学者数や就職者の数であり、生徒指導の指導対象者の数、中退者の数なども、評価基準にされていくことになります。

私たち教員にとってこのシステムが持つ問題点は生徒個々人に対する目配りよりも、上意下達の管理・統制を優先する結果、評価されるという管理職の視線に対する配慮が、大きな比重を占める点です。今までは、生徒に対しては、評価を考えずに、生徒の成長に自然体で向き合うことができました。ところが「評価・育成システム」の導入によって生徒達とも、評価の目を通して接することになります。また教員間の共同性が解体し、教員間にも意思疎通の壁を感じる事が多くなってきました。生徒に対する直接的なぬくもりをもった働きかけがなくなりはじめています。校長-教頭-首席-教諭といった上下関係による間接的な、教育経営システム、行政的、会社的な学校にかわりつつあります。

すでに、学校現場の様々な場面で生徒に対する直接性がなくなってきています。定時制教師の仕事も、かつての給食指導のように、子どもと生活をともにしながら、学校や仕事の話をすることよりも、パソコンの画面で、書類の山にかこまれて、教育委員会などへの提出書類をつくる事の比重が大きくなってきています。

生徒の成長を無視し生徒の自主性、主体性を奪う自己申告票

「自己申告票」の不提出理由は他にもあります。生徒たちから協力、協働に基づいた自発的・創造的な自主性がなくなるという問題です。校長の設定した学校目標に基づいて自己申告票を提出することによって、目標管理される教員に、そのまた操作の対象にされる生徒に果たしてどのような自立、自主性はあるのでしょうか。これからの時代には、問題を自ら設定し解決する創造的な自立、自主性こそ必要ではないのでしようか。

一、二年生では、欠席がちだった生徒、他の高校へ転校してもどってきた生徒など、下級生の時に学校に定着しなかった生徒がいます。しかし彼らは文化祭などでリーダー的な役割を果たしました。クラス担任の私が何もしなくてもいいくらい段取りがうまく、材料の仕入れや販売、模擬店の屋台のデコレーションなども十分に美しい飾りつけをしていました。そればかりか生徒を中心とした学校行事などでは、担任のする事もほとんどなくてすむ状態がうまれています。しかしこういった自主的、創造的な態度は、最初からあったわけではありません。一年生や二年生の時はクラスの人数も多く、文化祭の行事等はなかなかたいへんでした。こういった自主性の形成された理由を考えると、クラスの生徒同士の相互作用に行き当たります。段取りを上手にこなせるようになったのは、クラスにいた年長者の生徒と若い世代の生徒とお互いに交流した結果、自主的な判断能力を相互作用で身につけた結果だと考えています。「評価・育成システム」の「自己申告票」の提出に見られる様な、孤立化した「自立」「自主性」ではないのです。自己申告票を提出した教員同士が、学校目標や自己の目標設定について意見交流した場面をみた事はありません。しかし定時制高校の生徒たちには、生徒同士の協力、共働性に基づく創造力豊かな「自立」「自主性」が育っているのです。

しかし今回の成果主義的目標管理システムでは、「自己申告票」の提出によって生徒を数値化、計量化し、操作の対象にすることになります。生徒への直接的なかかわりよりも、教師の管理を優先させる結果、これまでの自由な相互批判がなくなりつつあります。またこのシステムによって評価結果と給与反映が連動する為、校長や管理職の目を気にする事は、教員には当たり前になってきています。

「自己申告票」の不提出は、懲罰的な差別的評価を引き起こしますが、教育行政の不当な支配を禁じた教育基本法十六条違反にあたり、提出する義務はないと考えます。