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            謙信道(高山村)
             
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            謙信道 | 
           
          
              
            謙信道 | 
           
          
            
            長野県高山村 
            天文22年(1553年)から永禄7年(1564年)までの12年間で5度にわたって信玄と謙信は川中島で戦かっている。この時、上杉謙信が越後から川中島へ軍を進めた道筋が「謙信道」と伝えられている古道である。永禄4年(1561年)の「川中島の合戦」では一連の戦いの中で最大規模の合戦となった。この戦いで両軍は大損害を出し、有力家臣も失い、やはり勝敗の決着はつかなかった。この古道は戦いの後、謙信が越後へ引き上げる時の道筋でもある。  | 
           
          
              
            謙信道 | 
           
          
              
            勝負田古戦場看板 | 
           
          
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