宿に荷物を放り込んで、石狩川河畔の「層雲峡園地」に大町桂月記念碑を訪ねた。「層雲峡」の名付け親だけに豪勢な記念碑。碑面にはこの地を日本全国に知らしめた美文があった。
人若し余に北海道の山水を問はば、第一に大雪山を挙ぐべし。次に層雲峡を挙ぐべし。大雪山は頂上広くして、お花畑の多き点に於いて、層雲峡は了崖の高く且つ奇なる点に於いて、いずれも天下無双也」
 クロッカスの群生が絶壁に囲まれた芝生の園地に小さな灯りを点していた。明日に備えて立ち寄った、黒岳RW乗場の山小屋風の建物にも灯が入り、それが格好のイルミネーションとなって薄暮に浮ぶ。駅前の通りは草花が溢れ、スイスの山麓に迷い込んだ気分であった。


大雪山・黒岳は日本一早い紅葉

  早朝、明るくなった窓から、層雲峡の絶壁に雲が走るのを見る。時々、上空に青空の穴。黒岳は黒雲の中だが、ここまで来たからには、登るしかない。黒岳へのロープウエイに急ぐ。満足げな顔が降りて来た。これは・・と期待しながら切符を買う。
 100人乗りのゴンドラは満員の客を宙吊りにした。眼下の層雲峡は未だ緑の絨毯を広く敷き詰め、周りの聳える絶壁と相俟って絶景を作る。手すりにしがみ付く。この緑が紅葉すれば・・・と思っている内に「ごとん」と音をたてて停まった。標高1300mの山上駅には風が「ゴー」と唸っていた。
 天気が崩れない内にと、白樺林を駆け足で抜け、リフトへ。リフトは標高1500mの7合目まで一直線だ。強風に曝され、リフトのポールにしがみ付く。裸の宙吊りだけに心許ない。足下には竜胆の群生と初めて目にするチングルマの紅葉、横手には紅葉を従えた白樺の貴婦人が風に向って立つ。見上げれば錦織が敷き詰められている。その上では黒岳頂上の三角岩が黒雲と対峙していた。
 雲が走る、金色の光も雲と一緒に走る。七合目付近から頂上へ、敷き詰めた錦の絨毯が雲間から降る光で鮮やかに蘇る。光と蔭のグラデーションに「ワオー、ワオー」と言葉にならない原始の叫び声しか出てこない。強風に翻弄されながらリフトは急勾配を駆けあがった。
 七合目のリフト終点は猫の額ほどの空地。山側は赤と黄と薄緑の海。一方だけ開いた展望地から下界のパロラマを覗く。観光客はここで行き止まり、狭い空地にしがみ付くだけ。重装備の登山者が入山記録簿に署名をして登って行った。
「ちょっとだけ覗かせて下さい」と管理棟に断って、恐る恐る、50mほど紅葉の海に入った。海中に溢れる黄と赤に染められ、シャッターを何度も押した。帰りのリフトから、もう二度と見られないだろうと、錦絵を首が痛くなるまで振り返った。
  五合目は風の通り道。風が唸る。その度に原始以来受け継がれた遺伝子が騒ぐ。「神威岬の風を思い出すね」と言葉を交わしながら、高松台の展望台まで少しだけ登り、大パロラマに“サヨナラ”と呟いた。
二つの詩碑と日本で一番早い秋と北の人の暖かさに触れる旅であった。                           (2007.09.20/21紀行)
       
(流星の滝:頂上紅葉・七合目紅葉)(写真をクリックすると層雲峡アルバム)

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