ねこたび日記

2025年11月12日(水)続き 
西側集落の端っこ。
ここには「青島の盆踊り」の碑があります。

青島の盆踊りは、碑にも刻まれている通り愛媛県の無形民俗文化財に指定されています。
ここ青島はかつて無人島でしたが、江戸時代に播州赤穂の漁師16人が移住してきたのが人が住むようになった始まりと言われ、そして望郷の念を慰めるために今の青島神社の下で毎年のお盆に踊りが行われるようになったということです。いつしかそれは赤穂四十七士の装束を身に着けて踊るものとなり、青島の最盛期に800人が住んでいたころにはそれは賑やかに行われたそうです。しかし島民が減少した12年前を最後に実際にここで行われることはなくなり、8月14・15の両日に櫓のみを立てて往時をしのぶという形になりました。ここ数年ではたぶん、それさえも行われなくなったのではないかと。本土の大洲市で時折実演されてはいるようですが。

青島が再び無人島になれば、猫たちとともにこの盆踊りがあったことも過去帳になってしまうんですね。
ここから見る港の風景。

13年前に初めて来たときはもっと船の数が多かった…。

「寂しくなったよね…」
猫たちもそんな語らいをしてるようにも思えて。

島の人がわずか3人になってしまったことを猫たちはもちろん知っている。そして同時に島を訪れる人も激減してしまったことも。
「私たち、忘れられちゃったのかなぁ」

そんなことはないよ。少なくとも私は君たちを忘れてはいない。
君たちと島の人たちがいる間は必ず会いに来るから。たとえ他の人たちが君たちを忘れても…。
西堤防のすぐ下にある、すっかり廃屋となった家のかつての庭。今はすっかり荒れ果ててしまいました。

かつてはここに住んでいた方が毎朝猫たちにこの庭で餌やりをしていたんですよね。その光景がいまだに目に浮かびます。

「猫ブーム」と言われて久しい。もう10年以上経つでしょうか。
この青島がTVで紹介されて人がたくさん押し寄せるようになったのはまさにそのブーム初頭のころでした。

猫ブームで猫の地位が各段に上がったことは事実。かつては「犬猫」と称されたように何かにつけて愛玩動物としては犬の後塵を拝していた猫ですが、今は立場が逆転して犬を飼っている人よりも猫を飼っている人のほうが多くなったご時世。
でも反面、かつての犬ブームの時がそうだったように、あまりにも安易な気持ちで猫に接する人が多くなったのも事実。
あくまでも自分のアクセサリー代わりにしか感じていない人も多い。そんな人に飼われた猫は不幸です…。コロナ禍の時、リモートワークが増えるとともに犬や猫を飼う人が急増したという。しかし、リモートワークが解消されると飼った犬や猫を持て余して手放す人も多かった。それも「涙ながらに手放す」ならともかく、何の感傷もなしにまるで荷物を放り出すように手放す人が多かったそうな。結局その人たちは犬や猫を愛するがあまり飼ったのではなく、あくまで自分の手慰みやヒマツブシのために飼ったに過ぎない。「動くオモチャ」だったのでしょう。

いわゆる「猫島」に訪れる観光客。それ自体は悪いことではないし、訪問して猫と触れ合うことで心に癒しを感じでくれるならそれでいい。
でも「わ~、かわいい、たくさんいる~」と無秩序に餌をばらまき、散らかし放題で帰っていく人もなんと多かったことか。少なくともこの青島は観光地ではありません。後で掃除する島の人たちのことを考えてほしい。島民の方々の中にはそんな人たちを苦々しく見ていた方も多かったことでしょう。猫たちの健康まで考えた時に「雨あられ」状態で餌を与えることは必ずしもいいことじゃない、というのは猫好きの人なら、いや少なくとも猫を飼っているか地域猫の世話をしたことのある人ならわかるはず。
「旅の恥はかき捨て」とばかりに好き勝手やって帰っていくミーハーな人がなんと多かったことか。
そしてそんなミーハーさんはもう青島の猫たちのことなんか忘れ去っていることでしょう。

写真を撮る人も然り。
「写真家」を自称して猫を撮りに来る人の中には、やたら猫を追い回して、あるいは餌をばらまいて猫を誘導してむりやり自分の決めた構図に押し込んで写真を撮ろうとする輩がけっこう多い。そして猫が自分の思い通りの位置やポーズを決めてくれないと「なんでこっちに来ないんだよ」とか「なんで下を向くんだよ」とか怒ってる人がいる。
バカじゃないの?アンタ。
その程度の腕で「写真家」を僭称するなら、写真なんかやめてしまえ!撮る資格なし!アンタにカメラはそれこそ「猫に小判」だよ!

猫に限らず、動物写真というのは相手の動きにこっちが合わせるのが当たり前。いや正確に言えば動物たちの生態というものをじっくり観察して動きをある程度予測することから始めなきゃ撮れない。いや予測しきることは不可能。だからこそ「待つ」ことも必要だし。偶然の瞬間をパッと切り取ることも必要。それには「運」も左右する。かつての長嶋選手じゃないけれど球のコースを絞らずに「来た球を打つ」的な感覚かな。
鉄道写真みたいに決まったレールの上を来るものを撮るような「お子ちゃま」なジャンルのカメラマンはそれがわからない。
(ハッキリ言って鉄道写真というのはあらゆる写真ジャンルの中で残念ながら最下位にあると私は思ってます。技術然り、撮影姿勢然り。もちろん、私自身がかつて鉄道写真をメインに撮っていたことは承知の上で言ってるんですよ。そう、私もかつて「お子ちゃま」だった…)

幸い、野生動物と違って猫の場合はある程度観察していると個々の猫たちの性格の違いや行動様式が捉えやすいし、慌てずにある程度距離をとって接していれば向こうも警戒心を解いて猫の方から距離を縮めてくる事が多い。だから、こちらが猫の目線まで自分の目線(ここでいう「目線」というのは物理的な高さではなくて「態度」のこと)を下げて接すれば、たとえわずか一日の滞在でも心を通わせることは不可能じゃない。写真を撮るのはそれから。
逆説的なようだけど、猫の写真を撮るコツというものがあるとしたら「写真を撮ろうと思わないこと」だと私は考えています。
町であれ、島であれ、まず猫と仲良くなるのが先決。写真はその延長線上にあるに過ぎない…少なくとも私はいつもそうやって猫たちと接しています。
「いざ撮らんかな」というギラギラしたオーラを全身に漂わせていたのでは、猫たちは決して心を許してくれないから。

観光客然り、カメラマン然り、結局「人間目線」でしか猫たちを見られない人がほとんどなんですよね。
世の中、そういう人が80%だと思っていい。仕方のないことなんだけど。
だから、青島の猫たちが忘れ去られてしまうのも、いや青島という島自体が忘れ去られてしまうこともやむを得ないのかもしれない。でもそれって寂しいなぁ。

でも私は決して忘れない…よ。

Kさんの船が漁から帰ってきました。

「今日は何が釣れたかニャ?」

こらこら、あまりのぞき込むと落ちるぞ~。(^^;
帰りの船の時間が近づいてきました。
次に来るとき、それはおそらく半年後…その時までにはまた猫たちは数を減らしていることでしょう。冬が来る…。
温暖な瀬戸内といえど、やはり冬は猫たちにとって辛い季節。ましてや7年前の全頭避妊去勢以来、猫たちの高齢化が進んでいるこの島では…。ユズ君もみーたんもドキンちゃんも皆虹の橋を渡ってしまいました。皆来年の春も同じ顔を見せてほしいとは願ってはいるけど、現実には…。

だから、というわけではないですが、私は撮影をするときには「またどうせ来るから」という気持ちで猫たちに接してはいません。
一期一会という言葉があるように、今その時を大切にしていたい。それは何も必死になってファインダーにかじりつくということではなく、猫たちの活き活きとした様子をじっくり見ていたい、ということです。極端な話、写真は撮らなくてもいい。

写真を撮らない写真家…というとおかしな話かもしれないけど、ファインダーの世界に没入するということはある意味こわいことです。
視野が狭くなる…「写真を撮る」という行為を通してしか被写体を意識できなくなる。もっと言えば出来上がった作品がすべてで被写体そのものに対する思いが消えてしまう。
「アナタの写真、すごいね」「プロ顔負けだね」などとおだてられると舞い上がってしまってひたすらワンパターンの写真を撮り続けて「人に見せて褒めてもらう」ことだけを意識するようになる…私自身、三十年ほど前にそういう陥穽に陥ったことがあります。
本来、風景が好きで、あるいは花が好きで、動物が好きで、SLが好きで始めたはずの写真が、いつしか自分を飾るアクセサリーになってしまう。「〇〇が好きだった」という初期の心を忘れてしまう。気が付いてみれば惰性で撮影地に通うようになっている…そしてある時ふと「俺は何をやってるんだ?」と気づく。ただの「自分ファースト」じゃないかと。
私がその陥穽から抜け出たのは、それまでの鉄道写真一辺倒から動物写真に目を開いたその瞬間でした。北海道でのタンチョウとの出会い。
「こんなに美しいものがあったんだ」という再発見。
と同時に「ファインダー」というものから目を離したからこそ感じる美しさというものがあるという発見。「ファインダーの世界」が今まで自分を狭い空間に閉じ込めていたんだということを初めて自覚したのでした。

いったんファインダーから目を話して広い空の下で被写体と向かい合う。そして「今この時」を大事に過ごす…。
タンチョウであれ、猫であれ、あるいはSLであれ、毎年同じようなアングルで撮っているようでもその時その時で感じるものは違うはず。
カメラのシャッターを押さなくてもいい、自分の目のシャッターを押せればそれでいいのじゃないか…写真はその遠い延長線上にあるものだ。最近はそう考えています。
今回感じることのできたこの島の猫たちのぬくもりを、次の春にもできるだけ多く感じたい。
そう心から願いながら、帰りの船に乗りました。

また来るよ、元気でね!

第二部「佐柳島」に続く
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