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セントラル・タスマニア
- ハイウェイ1号線を走る -



タスマニアの州都で政治の町と称されるホバート (Hobart) から、2番目に大きく商業の町と称されるローンセストン (Launceston) まで、タスマニアの中央部を南北に約200キロ、ほぼ一直線に走りぬけるハイウェイ1号線。タスマニアの経済活動を支える大動脈で、1800年代に囚人を主な労働力として作り上げたとのことですが、日本風に言へば東京と大阪を結ぶ大動脈の東海道に相当します。


ハイウェイ1号線の両サイドは、とてつもなく広い草原が続き、牛や羊が放牧されています。

景色の変化は少ないのですが、こういう雄大な風景が大好きな私は、飽きることなく眺め続けました。



タスマニアの牧場は、牛や羊もすべて放し飼いです。夜も牛舎とか羊舎とかに連れ戻すことはしません。好きなところで草を食み、休み、眠るという飼いかたです。だから、配合飼料などは与えていないので、BSE問題は発生しないとのことです。

写真の羊の一団はふさふさした毛に覆われていません。毛を刈られて間もない様子ですが、タスマニアでは年一回、春先〜秋の終わり頃にかけて、専門職の人が各牧場を順次回って毛を刈り取る作業をするそうです。




ハイウェイ1号線沿いには歴史的なスポットが点在しています。ホバートとローンセストンの中間辺り、ロス (Ross) 村には、1836年に囚人によって施工されたすべて石造りの橋 (Ross Bridge) が残っています。

傍らの銘板に、『多くの囚人たちの先頭に立ってこの橋を建設した2名の模範的な囚人石工は、橋の完成とともに釈放された』と記されていましたが、驚くことに2名の囚人の名前も一緒に書かれていました。
往時はロス村にも軍隊の駐屯司令部などもあり、それなりの賑わいと規模だったのではと思いますが、今は人口300人ほどの閑静な村です。現代風のビルなどはなく、昔を偲ばせる風情の家はほとんどが平屋建てで、2階建てのINN(旅籠)がおやっ!と目を引くくらいです。

そんな小さな村でも写真のような砂岩造りのりっぱな教会が3つもあったのが印象的でした。
昼食のときに飲んだタスマニア産ビールはコクがあり、空気も乾燥していることも相俟って、喉に染み入るような美味でした。ラベルには、今では絶滅したといわれるタスマニア・タイガーが画かれていました。


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