剱岳( つるぎだけ)                         [北アルプス] 2998m

 

 「剱岳に登らない?」と Tu さんに誘われたのは5月頃だったろうか。
 剱岳に登りに行ったが天候に恵まれず、剱澤小屋で撤退したのは、1991年のことだから、もう、20年近くになる。一度失ったチャンスはなかなか巡って来ず、剱岳はずっと未登のままになっていた。
 昨年、新田次郎の「劔岳 点の記」が映画化され話題になったので、秋に立山博物館まで剱の山頂で見つかった錫杖の頭を見に行った。ガラスケース越しの錫杖は実在感がなく、あまり印象に残らなかったが、剱に登りたい気持ちは高まった。そこへ、このお誘い。これは行くしかないでしょう。

 当初は8月上旬の予定だったが、Tu さんの海外旅行の都合で8月下旬になった。剱岳は混む時には鎖場で渋滞するので、むしろお盆過ぎの方がいいだろう。それに今年の夏は記録的な暑さ。8月下旬になっても猛暑日が続き、夏山最盛期と変わらない気候だ。
 しかし、問題は体調。延々と続く暑さですっかり夏バテ。那須岳の前にひいた夏風邪はひと段落したが、体重がなかなか元に戻らない。かなり迷ったが、これを逃すと剱に登るのは退職後になってしまいそうなので「まあ、人が多いルートだからなんとかなるだろう。」と出かけることにした。

 朝5時に家を出て東海北陸道を走り、立山駅の駐車場には10時前に到着。ほぼ予定通り。臨時のケーブルが出るというのでそれに滑りこむ。夏 山のハイシーズンは過ぎたとはいうものの、まだ夏休み中で、臨時便が出るほど観光客は多いらしい。
 美女平からの高原バスも、団体客に混じって、一本早い便で室堂に上がることができた。夏のような気候が続いてはいるものの、気象情報では午後は夕立の予報。早く歩きだせるに越したことはない。

室堂ターミナル前、背後は浄土山
 

秋の花たち みくりが池
 

 歩きだすと周りの草原はやや黄色味を帯びていて、いくら残暑とは言え、高山にはやはり秋が忍び降りているらしい。ワレモコウが秋らしさを振りまいている。

 少々遠回りだが、通ったことのないリンドウ池のふちを回り、雷鳥沢の野営場に下りる。木曜日ということもあって、テントはぱらぱらといった感じ。沢には蛇かごに石をつめた土台に板を渡した橋が架かっていて、足元をかなりの勢いで雪解け水が走っている。橋を渡って雷鳥坂に取りつく。

 雷鳥坂を登っていく登山者は少ない。時間が遅いせいなのか、それとも曜日のせいなのか。坂を下ってくる人は多い。

 いっとき雨がぱらついたと思ったら、みるみる上空が晴れ渡り、雄山方面の展望が開けた。室堂から天狗坂あたりの広がりも一望に見渡せる。手前には雷鳥沢の源頭が台地に食い込み、地獄谷の噴煙も眺められる。山上が広く、これだけの変化があるからこそ、立山信仰が花開いたのだろう、と実感する。

雄山(左)と浄土山(右)
 

 黒雲が弥陀ヶ原の方から流れてきて、また、周りはガスに包まれてしまった。喘ぎながら最後の急坂を登りきると、別山乗越の剱御前小舎の前に出た。
 遅れ気味だった Tu さんも上がってきたが、どうも脚の調子が悪いらしい。まだ、剣山荘までは1時間ほどかかるので、大事をとって今日は剱御前小舎に泊ることにする。

 受付で連泊を希望したが、「明日は80人の予約が入っていてとても込むから、雷鳥沢まで下った方がいい。」と言う。「その方が温泉もあるし。」
 後の方の言葉が利いて、一泊だけお願いする。今日は楽だが明日はたくさん歩かなければならない。ちょっと大変だと思ったが、部屋に入ったら急に雨が降ってきた。かなり強い降りだ。部屋の窓から は、別山から急いで下りてくる登山者が見える。
 ここに泊ったのは正解だったかもしれない。

 翌朝はよく晴れた。5時に朝食で5時半に出発。小舎の前に出ると、まだ半分眠った剱が朝日を浴びている。

 剱御前の山腹を巻く道を剣山荘に向かう。Tu さんの脚は大丈夫のようだ。
 意外に剱に向かう人は少ない。やはり剱を目指す人は前日に剣山荘まで入るのだろう。少々気持ちが焦る。

剱御前小舎の前から
 

 右下に剣山荘が見えてきて下る分岐もあるが、そのまま巻き道をクロユリのコルまで進んでみる。少しでも早く岩場に取りつければと思ったのだが、コルから見る稜線の 道にはハイマツがかぶり、はっきりしない。
 小舎の案内図にクロユリのコルと一服剱の間は荒れていると記してあったので、やはりコルまで来てはみたが、一旦、剣山荘まで下る。

クロユリのコルからの剱岳(左奥)、前剱(中)、一服剱(右)
 

 剣山荘の裏を通って一服剱の登りにかかる。わずかに登ったところに最初の鎖が 現れて、驚く。「こんなところから鎖があるのか。いったいこの先どうなるのか。」とやや不安になる。鞍部から急な道をひと登りで一服剱に着く。

 一服剱に上がったとたん、目を奪われるのは行く手にそびえる前剱の姿。目で踏み跡をたどるが、途中からは岩場に消えてしまう。いったいどこを登っているんだろう。こりゃ 、なかなか大変だ。

 視線を右手にやれば朝もやに後立山の峰々が霞んでいる。特徴のある鹿島槍の双耳峰を基準にして、左右の山を同定していく。逆に目を転ずれば、光をいっぱいに浴びた奥大日岳が、ほとんど同じ高さに見える。

一服剱から見上げる前剱
 

五竜岳(左)と鹿島槍ヶ岳(右) 奥大日岳
 

 一服剱からは本格的な岩場になる。ザレた急斜面をジグザグにたどり、大岩の陰を鎖で登る。その先の稜線直下はトラバース気味の鎖場。

 剱岳は鎖場が多く慎重に、とはどのガイドブックにも書いてあるが、しょせんは一般ルートなんだから、さほどのことはないだろうと高をくくっていたのだが、少々甘く見すぎていたようだ。高さからくる足のすくみ具合がいつもよりひどい。久しぶりの本格的な山ということもあり、昨日の疲れが少し足に残っていているためだろう。こりゃちょっとヤバいかも。

前剣の鎖場
 

 前剱を登りきると、次は剱の本峰がそびえる。前剱はまだ緑が付いていたが、本峰はほとんど岩だらけ、まさに岩の殿堂。
 振り返ると足元に先ほどの一服剱が俯瞰でき、その先には剱沢源頭が広がっている。別山の向こうに雄山がのぞき、剱御前の上には遠く薬師岳も見える。

前剱からの剱本峰 剱沢を見下ろす
 

 前剱からは一層、険しさが増す。
 両側が切れ落ちた稜線に小さな橋が架かり、その先は鎖場のトラバース。そして鎖をたどって岩峰を越える。前剱の門と言われるところらしい。こんなところで、足がすくんでいては話にならないので、もう、下は見ないことにする。ただ、目の前の岩と鎖だけに集中する。


 しばらくザレ場を登りその先にまた鎖場。登り下りが別ルートになっていて、鎖で岩峰を越えたと思ったら、すぐに一枚岩の岩盤を、鎖をたよりに下る。ここは平蔵の頭らしい。
 岩盤を登り返してくる下山者が「いやー、この先はもっときついよ。僕はもう済んじゃったからいいけど。」と言う。偽らざる気持ちなんだろうな。 

平蔵の頭を振り返る
 

 平蔵の頭を越すと最後の鞍部の平蔵のコル。ここで一息入れる。この先が有名なカニのタテバイ。幸いなことに誰も取りついておらず、待ち時間はなし。

 カニのタテバイは岩に打ち込まれたボルトに足を掛けるところから始まる。鎖は長く、手掛かり足掛かりを見つけるのが難しいところもあるが、これまで既に幾つか岩場を越えて来たので、とりわけ怖いという感じはしない。下を見ずに夢中で登りきる。
 タテバイの先の岩の間をすり抜けると後は、大岩が転がる斜面を登るだけだ。

 

 山頂は岩だらけで20人ほどが休んでいる。満員という感じではなく、まだ余裕がある。取り敢えず、岩場の中の小さな三角点にタッチ。前回敗退から19年。とうとう登りました。

カニのタテバイを見上げる
 

 残念ながら、ガスが湧き始め、北の方は展望が開けず、八ツ峰が時折ガスの切れ間から顔を出すくらいだ。南はまだガスが薄く、別山方面が見えるが、雄山は隠れがち。それでも気分がいい大展望。

 下山途中にいっしょに下っていた人が、「剱は5回目だけれど、こんなに晴れたのは初めてだ。」と言っていた。やはりラッキーと言っていいだろう。

八ツ峰
 

 しか し、剱は下りも手ごわい。普通なら山頂でのんびり気が緩むところだが、ここはそうはいかない。今まで登ってきた岩場を下らなければ帰れない。岩場は下りの方が怖い。

 山頂に山頂の狭さとは不釣り合いなほど大きな祠があり、お賽銭を上げて無事をお願いしてから下山にかかる。

山頂の
 

 下りの最初はカニのヨコバイ。鎖で岩盤を下って、途中からトラバースするのだが、トラバースに移るための最初の足場が思ったより下の方で、ここが難しい。登ってくるときに下りのパーティーのリーダーがメンバーに指示をしていたので、それを思い出しながら、思い切って 右足を伸ばすと足場に移ることができた。
 その先は長い梯子。斜めになった岩の上を降りながら梯子に移らなければならないので、最初のそこだけが怖い。梯子に取りついてしまえば、後は下を見ずに下るだけ。無事、平蔵のコルに降り立つ。

 振り返るとカニのタテバイにはツアー客が取りついている。ガイドが先に登りアンザイレンして、一人ずつ登らせようとしている。登る方も必死だが、登らせる方も大変だ。もし、あとから登山者がやって来たら、さぞ、イライラすることだろうな、と思ってしまう。

 だんだん鎖場にも慣れてきて、小さな足場の上に垂直に立てば安定することが分かってくる。膝が笑い始めたので簡易サポーターを巻いたら、一層安定して歩けるようになった。

剣山荘近くのお花畑 (タテヤマアザミとハクサントリカブト?) ミヤマリンドウ
 

 前剱、一服剱を過ぎ、剣山荘まで下りてくればもう大丈夫。あとはトラバース道を高山植物を撮影しながら別山乗越に戻る。

 剱御前小舎の前で少し雨粒が落ちてきたが、大降りになることもなく、上がった。新室堂乗越への下りは、すでにコバイケイソウの葉っぱの先が黄色くなり、秋色の斜面だ。じぐざぐを切って乗越まで稜線を下り、乗越から雷鳥沢に近づくと、湿地の雰囲気になる。ここも秋の雰囲気だ。一面のチングルマはすべて稚児の頭のような種になっている。

室堂乗越への下り
 

雷鳥沢近くの木道 逆光のチングルマ

 流れを渡ってロッジ立山連峰に宿を求めると、OKと言う。宿には24時間入浴可能な温泉があり、さっそく湯船に浸かって2日間の汗を流す。こんなにのんびりしてしまうと、明日、奥大日岳に登り返す気力を奮い立たせるのが 大変だ。でも、とりあえず、剱登頂という最大の目的は達成した。満足感がじんわり浮かんでくる。
 気が付くと外は激しい夕立になっていた。今日もセーフだったな、と Tu さんと頷き合う。

奥大日岳へ続く

 

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[山行日] 2010/8/27(木)〜28(金)
[天気] 27日:曇りのち雨、28日:晴れのち曇り
[アプローチ] 北陸道 富山IC (R41号 、県道樹海ライン)→ 立山駅周辺駐車場    [約27km]
・臨時駐車所を含め、駐車場はたくさんある。

立山駅 10:10 →(立山ケーブルカー 、700円)→ 10:17美女平10:25 →(高原バス、1,660円)→ 11:15 室堂ターミナル

[コースタイム] 27日 11:40 室堂 (0:45) 雷鳥沢 (0:50) 雷鳥坂途中 (0:50) 剱御前小舎 14:15   (計2:25)

28日 5:30 剱御前小舎 (0:55) クロユリのコル (0:35) 一服剱 (0:55) 前剱 (0:45) 平蔵のコル (0:30) 9:40 剱岳山頂
10:10
(0:50) 前剱の門手前 (0:20) 前剱 (0:40) 一服剱 (0:20) 剣山荘 (0:55) 水場 (0:20) 剱御前小舎 (0:55) 新室堂乗越 (0:40) 雷鳥沢、ロッジ立山連峰  16:10 

(山頂まで:3:40+山頂から5:00=計8:40)

[地図] 立山、剱岳 (1/25000)

 

[小屋] 剱御前小舎
・別山乗越。
・1泊2食付き9,000円。相部屋。
・弁当1,000円。
・お茶、お湯100円/ℓ。天水のため水は不自由。
ロッジ立山連峰
・雷鳥沢、地獄谷そば。
・1泊2食付き8,800円。相部屋2段ベッド。
・弁当800円。
・風呂は24時間入れる。石鹸、シャンプーあり。
・食事は弁当方式。