最近発表した自作短歌です。

【今月のうた】
◆コスモス 2022年12月号

あきかぜに若き幽霊まじりいて足首ふっと掴んでゆけり

パソコンに幽霊が住みきまぐれに表計算を出鱈目にする

首の皮一枚という単位あり望みをはかるには薄すぎる

パソコンを離れてしばし秋晴れのそらを滑空する鷹になる

空白に見えて空白じゃないセル、幽霊セルをすべて消し去る

◆コスモス 2022年11月号「浅深」
凸凹
(デコボコ)の生姜の凸を切り落としゆけば小さなトルソーとなる
蟬声に負けじと大き咀嚼音たててきゅうりの浅漬けを食む
all rightはなぜ右なのか なつぞらに正しく夏の雲が湧きおり
万物のいのちの声を聞きたくて熱波の街に耳だけひらく
漬物に浅深
(せんしん)ありてもの思う夜には深き茄子漬けを食む

◆コスモス新・扇状地「鬼」
川底にひそみいる鬼、草木
(そうもく)に宿りいる鬼、わが裡の鬼
ハンカチをだれも見て見ずコロナ禍の落とし物には鬼が棲むゆえ
富士山が見える大きな窓あれどきょう富士山は見えず茫々
女では渡れぬ川があるゆえに鬼を棲まわせ昼をはたらく
はいいろのコンクリートを抜けだしてアースカラーのほんものを見ん
〈きぬがわ〉は耳にやさしく〈鬼怒川〉は目に厳
(いかめ)しく流れゆくなり
はるかなる空をおさめてささめける中禅寺湖は宇宙のしずく
晩夏
(おそなつ)の午後の湖畔はひかり降りトランペットの音のまばゆさ
遠景の華厳の滝はこれの世のまんなかに立つ銀の鉄塔
とちおとめ練乳がけのかき氷食めば身ぬちにうす紅の滝
汗あえて峡くだりゆき竪琴の滝が奏でるとうめいを聞く
夜の闇にまぎれ露天の湯に入ればわが裡の鬼ひょっと顔だす
ばらばらの目鼻耳口 黒縁の鏡の中に収めてしずか
〈ほおずき〉は昼をゆたかに〈鬼灯〉は夜を妖しく照らしいるなり
朝の湯に四肢を伸ばして陽を浴びてわたしは金のカピバラになる

コスモス紙上全国大会詠草集
ただごとのただごとならず猛暑日の路に散らばる結束バンド

アクロスティック短歌。杜甫「春望」の漢字40字を頭に置いて40人が1首ずつ詠む。私の担当は「更」。
更返
(さらがえ)ることなき歴史 燃えあがるスヴャトヒルシク大修道院

◆コスモス千葉通信 165号「振り切れてゆく」
食パンが高級パンとなりまして母へ贈れりお熨斗をかけて
成長とともに失うそのひとつブロッコリーのβ-カロテン
電線の五線譜の鳥うごくたびディベートは変調を続ける
ラーメンの〈麺なし〉なるは拉麺かじわじわ狂い振り切れてゆく
雨のなか雨の模様の傘をさすアイスブルーのひと、いえサタン

題詠「氏名の中の漢字一字を詠み込む:西」
若き日に住みしカンカンアパートの西日のなかで輝くほこり


↓10/9『COCOON』批評会を受けて、若干修正しました。

◆COCOON Issue25 「全円の耳」
ぬばたまの夜空にあがる大花火かさなりあいて∞となりぬ
消えてまたひらく花火の夜の隙に六道の辻垣間みえたり
ふるさとの花火大会へいめんの動画に見終え死後の静けさ
七年の稿をまとめてほーほろろわれはさみしき歌詠みと知る
〈よろずや〉という駄菓子屋がサンシャインシティにありて往けば戻れず
言いようのないにくしみが如雨露からあふれ日々草を浸せり
倍速となる日のあるや葉がくれのまいまいつぶりいきどおるとき
「復讐は己でやってこそ」と言う銃撃犯を見いる天道
夏空の遠きこえ聞くあさがおの全円の耳いっせいに揺る
ふるさとに電話をすればふるさとは祭り太鼓の賑わいのなか
「おっきなのが次から次にすごかった」母の花火はトパーズを超す
なにがそんなにさみしいのかと夜の更けてしまい忘れた赤ペンが問う

◆コスモス 2022年10月号
揺れながら立つ車中にて目瞑れば海月のような息嘯ただよう
行動がぽいと言われてほーほろろ「鳩」と呼ばれた遠き日のあり
自販機の前に落ちいる十円がコロナウイルスそのものに見ゆ
少しずつ鳩のたましい消してゆく儀式のようにサブレーを割る

◆コスモス 2022年9月号
〈シベリア〉と菓子に名付けしそのこころ思えど遠し心は遠し
善悪の歪むことあり戦争を正当化する男のこころ
〈シベリア〉と声にだすとき口先に冷たい風が吹き抜けてゆく
〈シベリア〉の羊羹の黒みつめれば香月泰男のシベリアへ飛ぶ
シベリアの黒き歴史をおもうとき味わいがたし同名の菓子

◆コスモス 2022年8月号
折り畳み傘をきゅーっと握りしむ昼間は傘がお守りだから
浴槽で寝てしまいたる午前二時われは屈葬された村人
アフリカで見えて日本で見られない皆既月食ののち浮遊す
八重に咲く可憐な薔薇がパグに見えのちパグにしか見えなくなりぬ

◆COCOON Issue24 「モルフォ蝶

吹く風の線から面に変わりつつ面に総身つつまれて春
夜のうちに降りて上がりし群雨のなかったことにできない言葉
ブルーより優しくグレーよりはつか意志あるブルーグレーを羽織る
閉めたあと閉まっているか引くドアにきょうも正しく抵抗される
調整し再調整し隙間なき積木の山をエベレストにす
わが意志と指示のはざまに大河あり丸太の橋を行きつ戻りつ
ぬばたまのブラックムーン・エクリプス香月泰男の絵に迷い込む
感情のスイッチぜんぶ切りしのちあたまの中に咲くアマリリス
モルフォ蝶だったわたしがよみがえり鱗粉だけを残して去れり
こんなにも皿があるのにほほえみのようなトマトを盛る皿がない
ネーブルも紅甘夏も蜜柑というあなたがなぜか選んだわたし
青空のひかりの面が線となり線にひたいを射ぬかれて夏

◆コスモス 2022年7月号
花を終え新芽のあかき桜木のいまがいちばん苦しからんや
すずらんのすいせんの〈す〉の涼やかさ風吹けばみな飛び立つような
ミニチュアのパイプオルガン鳴りはじめ人間界にフリージア咲く
春霖に打たれて顔をあげはじむ芥子のつぼみはまだ眠たげに
たまきわるいのちの川の先を知るマリトッツォに手がのびぬとき

◆コスモス 2022年6月号
紫木蓮、白木蓮の咲き競いわたしに遠い昇進査定
アイビーが新芽ぎゅんぎゅん伸ばす春わが身長は三ミリ縮む
ふりみだす髪の乱れのユキヤナギ春一番に乱れに乱る
今日こそは咲くか咲かぬか桜ばなそわそわし始める春彼岸
春雷の迫るゆうぐれ あるのならそろそろだろうかぐろき内示


◆朝日新聞2022年5月11日 あるきだす言葉たち 「青きネクタイ」
晴れわたる春のはくじつ沙羅の木に青きネクタイ結ばれており
萌えいずる黐
(もち)の垣根のちろちろとわがたましいをしずかに炙(あぶ)
公園のフェンスの網に突っ込まれビニール傘は猟銃となる
ストールをほどいた首にとうめいなナイフがよぎる春のゆうぐれ
サーモンを薔薇のかたちに飾り付けゆうげの卓に逆再生す
天上の花のごとくにいろあわく消えいりそうな著莪
(しゃが)のむらさき
秘密基地だったジャングルジムに今くまなくしろき霧雨が降る
沙羅の木に結ばれていたネクタイは蛇
(じゃ)となりそらへ這いのぼりたり

◆コスモス 2022年5月号

しんじつのように産業医は言えり「あなた半身不随になります」
それなのにそれがいいのになんとなく負けた気がする〈貼れないカイロ〉
若き日に履きたる黒きピンヒール引っぱりだして履いてみて捨つ
若草のその素直さがまぶしくて今宵の月はひどく冷たい
くつしたに裏と表があるように暮らしのなかにある陰日向

◆コスモス千葉通信 164号「呪文めく」

ふるさとのことばが呪文めく月日
(つきひ)「かかんきんこんこんきんかかん」
うす紅の白の黄いろの紫の花壇をわたる風のとうめい
みることの叶わなかった蛍子の顔で咲くなりしろきデージー
気を付けよ 彼岸此岸の入り交じる橋の途中の飛行願望
並走の電車がじょじょに速度あげ離れてゆきぬ あなたは颯
(はやて)

◆COCOON Issue23 「くるみボタン」
ゆうぐれの非常階段 風がやむ刹那じくうのゆがむことあり
見つめると見つめ返してくる黒きくるみボタンがひかる踊り場
近づけばそれはわたしでゆっくりとくるみボタンに吸い戻される
「すいません。シガーケースは無理です」とスマホに頭さげいる主任
「ほら見える、皆既月食。ほらあそこ」課長の指が紗栄子の肩に
知るほどにひとの秘密はかなしくて砂の時間がこぼれるばかり
泣きながら駆け降りてくる美代さんに蹴っ飛ばされて……それからは
若き日の母の声らし気がつけばオオバコの花さわに咲く畦
「なにしよん」レオがしっぽを立ててくる「くるみボタンを見て、蹴られたん」
発明家みたいにレオはうなずいて去ってゆきたりしあわせそうに
陽だまりにただたたずんでいるという豊かな泥の時間にひたる
風出でて父なる樫のさわさわと騒立ちしのちふかき静寂
つややかな鴉にガッと咥えられくるみボタンのわたしは空へ
ウイルスの蔓延したるとうきょうの街がいちめん真っ赤に見える
花を着て華になりたる人のいてまわりに蝶や蜜蜂や蝿
つぎつぎに人は真っ赤に染まれども何もなかったように去りゆく
掃き癖のつきたる長き竹ぼうき文具屋前で翔ぶときを待つ
国道の青き案内標識の直進の矢が指しているそら
高層のビルの窓にはそらがあり「アッ」と声して……それからは
叫んでも声は届かず叫んでもみな行き過ぎる「わたしはここよ」
灰いろの非常階段 泣きつかれ叫びつかれて声を喪う
はるさきの逢魔時はとうとろと瞼がおもくおもくなりゆく
先の世の記憶のなかで嗅ぐような匂いがうごく午後六時半
近づいてくるのはわたし見つめられその左目に吸い戻される


◆コスモス 2022年4月号
生きるとは食べて寝ること朝がきてひるがきてよるがキテマタアサガ
〈二個買うと一個おまけ!〉の肉まんを一個だけ買う敗北感よ
月の夜の蒼く更けつつ寝るという仕事に真に取り組まんとす
仰向けは死者のすたいる目覚めると信じて閉じるふたつのまなこ


◆コスモス 2022年3月号

半眼のまなざしに似てくもり日の秋の長瀞
(ながとろ)とろり色づく
ひっそりと散りゆくことを許されずもみじはライトアップされたり
紅葉に映えいる白き鳥居あり天上ちかき宝登山神社
(ほどさんじんじゃ)
落葉をすっかり終えて安堵するイチョウ並木は死後のあかるさ
金の葉を落としたイチョウ銀の陽を裸体にまとい冬支度する

◆コスモス 2022年2月号

長命といえばめでたく延命といえばはかない雛菊の咲く
〈死の後
(のち)のしあわせ〉なるはしあわせか〈冥福〉という言葉をしまう
月はたぶん涙でできているのだろう乾いたりまた溢れたりする
〈ほぼ皆既月食〉という曖昧を正確に言うニュースキャスター
略称の同じふたつの政党の票と綿毛のゆくえを知らず

◆COCOON Issue22 「アレロパシー」
感情はからまりながらためらわず落ちる無数の雨を見ている
われのため種をなくしてわれの手のもう届かないシャインマスカット
柿の木をここに植えたる人はるか誰も取らない朱の実したたる
海松色の沼となりたりふた夏をひらかぬままの市民プールは
沼底に過去へつながる穴のありきっと生きては戻れぬだろう
人でなしと言われた人のことをおもう底なし沼の底のごとくに
どれくらい待てばいいのかオリオン座流星群の降る闇のなか
ないはずの星が見えてるあるはずの星が見えない われは見えてるか
競い合うススキ、セイタカアワダチソウ秋の空地にきんぎんの波
勝つためのアレロパシーにみずからが負けるセイタカアワダチソウよ
戦争はないけれど戦いはあり敗れたものは視界から消ゆ
給料の上がらぬ三十年間のさんじゅうねんを働くねずみ


◆「歌壇」2022年1月号 「そらは空色」
刈り込まれ金
(きん)のときなく暗緑の冬をむかえる木犀しずか
風うごき雲うごきわが哀しみがうごくまで待つ落葉
(らくよう)の下
寒空に十月桜しろく咲きキャリアプランは無いに等しい
    二〇二〇年、働く女性の自殺者が三割増となった。
ばらまきはいりませんただこの先にすこし望みが欲しいだけです
ふるさとへ帰れる道はどの道か北極星を見失いたり
夜の雲をながめて至る思いありいつでもそらは空色だった
木枯しはストールさらい黒歴史さらいて笑い話になあれ

◆コスモス 2022年1月号
    二〇二一年一〇月七日 二二時四一分 千葉県北西部を震源とする震度五強の地震発生。
    東京で震度五強の地震が発生したのは、東日本大震災以来、一〇年ぶり。

歯磨きのさなか揺れたり歯ブラシを咥え洗面台をつかみぬ
わがまちに✕
(ばってん)がつき首都圏をごちゃごちゃにする源となる
震源はわたし 昼間に湧ききたる怒りをひと日こらえつづけて
アラートの後
(のち)いちばんの着信は出社の可否を問いくるメール
億年の地下のひずみが十秒で修正されて地上はゆがむ

◆コスモス 2021年12月号
つかみたる光のごとしつややかな黄金桃にナイフを入れる
黄金の桃の真中は深紅なりたちまちに手のひらは夕焼け
底抜けの秋の青空なーんにもなくてこんなにみちたりている
幸水と豊水ありてしあわせのみずに傾くきょうのこころは

◆コスモス 2021年11月号
生まれ日はひとつ死に近づく日なりわが軒を選り逝きし蟬あり
着たい服、相応しい服、入る服すんなりゆかぬちゅうねん途上
ばらばらの破片をあつめくっつけて「メンド・ピース」のようなり心
突風は折れてはならぬ方向に骨を折るなり折り畳み傘

◆コスモス紙上全国大会詠草集
すこやかに暮らしていると足裏にスイカの種が付いたりします
アクロスティック短歌。宮柊二「英雄で吾ら無きゆゑ暗くとも苦しくとも堪へて今日に従ふ」の32字を頭に置いて32人が1首ずつ詠む。私の担当は「ら」。
来年は会いましょうねと言ったのに桜が終わりカンナが終わる

◆コスモス千葉通信 163号「白き石楠花」
詰め込んで零れたみかん押し込むに似てはかどらぬ試験勉強
眠りつつ起きつつ眠りつつ起きて視界にひらく白き石楠花
カラフルなこころは瞬時真っ白になる目覚めれば白光に満ち
遅れいる時計進めて進みいる時計合わせて四次元をゆく
行きたくて行けぬ白亜の教会堂 記憶のなかの真白さは増す

↓10/10『COCOON』Zoom批評会を受けて、若干修正しました。
◆COCOON Issue21 「天の人差し指」
はるかなる砂漠のような徒労あり手が二つしかないこのわたし
真っ直ぐに伸びるほかなき向日葵のその真っ直ぐは組織を乱す
反らしたり曲げたりできぬ哀しみの向日葵として立ちつくしたり
嘘つきはどの人ですかおおいなる天の人差し指が現る
カレー食べ「短歌がある」と言いながら震える声はわたしの声か
これやこの必要悪よ真夜中のポテトチップス、ハーゲンダッツ
欲しかったスカート、図鑑、シャープナー買いてさみしい両手を埋める
暴食し散財すれば晴れわたる空のむこうに向日葵のきん
中華鍋から逃げだした木耳を追って手首を鍋縁で焼く
検温のたび痛みたり差し出した手首のキズが自傷のようで
心中
(しんちゅう)の舌打ちさえもゆるされずアンガーコントロール研修
いまはただ速くきれいに青葱をざざざざ刻むマインドフルネス


◆コスモス 2021年10月号
うす紙に包まれている枇杷の実のむかしの庭の鈴なりの金
フラスコに入っていれば実験に見えるクリームソーダのソーダ
さよならにむけて時間は加速するアイスクリンのクリンのように
突き抜ける哀しみのあり突き抜けて伸びる徒長のひまわりに似て
ふるえつつひそと右手が殴りたり殴り書きという殴り方にて
フォト劇場〈マンション
街路樹を見下ろすしろい高層のアビタシオンのはるかな孤独


◆コスモス 2021年9月号
切り分けるフランスパンに洞のあり不意打ちにくる虚無のごとくに
降る雨に濡れていよいよ重くなる人の頭のような紫陽花
このデフレスパイラルから抜け出せず最も安い豆腐を選ぶ
男より速く歩けぬ構造の例えばパンプス、タイトスカート


◆コスモス 2021年8月号
天上に六百畳の藤の花そのむらさきの光
(かげ)に圧される
やわらかい日陰をつくり千人をゆるりと容れる一本の藤
一房の藤は小さな縦社会序列にそった濃淡のあり
白藤の棚をゆっくり通り抜けかえり見すれば若き君おり
仰ぎ見るばかりの藤の園に来てうつむき食べるひもかわうどん


◆COCOON Issue20 「ビー玉」

感情のガラス扉がバンッと割れ肋軟骨を痛めてしまう
縦に切るおおきイチゴの断面がキレイなあばら骨に見えくる
あまおうは真中に赤い炎あり食べて内側から火をつける
こんなにもやさしい波があんなにもこわい津波になった三月
たんぽぽはあらゆる冬の裂け目から黄色い炎ホッホッと吐けり
しあわせの同調圧力あるようでさくらさくらの春を怖れる
いちまいのそらに領空 スクランブル 白い炎が直線となる
どれくらい何が足りないわたくしかこむら返りの激震に覚む
大切にしまったはずのビー玉の青い炎は消えていないか
観測史上最も早く咲くさくら、つつじ、ふじ、バラ ああ急がねば
しずかなる天の怒りの紫の炎のように揺れる大藤
忘れたいことほど忘れてはならず三月の海、八月の空

◆コスモス 2021年7月号

ハレーション起こしてしばし目を閉じるああやかましい原色の日​々
もう一度行きたい場所としてサクレ・クール寺院は瞬きはじむ
やわらかな春の白光ゆっくりとひかりの中に目覚めればパリ
新しいわたしになって歩きだすはたちの夏のテルトル広場

◆コスモス 2021年6月号
アパートの階段脇にだれか置く椿のまなこ潤みいるなり
しあわせな色とリズムを運びゆく「今日はにんじんしりしりです​よ」
逆ひょうたん型の人工ピラミッドみたいな時刻表のある駅
陽光にふくらんでゆく紫木蓮反るはなびらは春の入口
ムスカリのムスが冬ならカリは春ムスからカリへ風がやわらぐ

◆コスモス 2021年5月号
歳月に色はなけれど濃淡はありてときおり黒薔薇の顕つ
はるかなる春の深さをはかるため本ありねむくねむくなる本
平積みの本崩れ落つ十年を経て収まらぬ今日の余震に
きさらぎの春の嵐にもまれつつ行かねばならぬ(とこなどあるか​)
手放せばまた持ちたがるてのひらよ上級試験要領ひらく


◆コスモス千葉通信 162号「ノミコメヌトキ」
よく噛んでゆっくり食べるヨクカンデユックリタベル ノミコメヌトキ
開きいる改札扉わたくしが通らんとする寸前に閉ず
たいせつに持って帰ったはずなのに無惨に割れていたラング・​​ド・シャ
生きること重たくなりて影を消し花の終わりのバラ園へ飛ぶ
巻き舌のるるるるるるる秋の夜の垣根ゆるるる空き地ゆるるる

◆梧葉 2021年春号(2021年4月25日発行)
目つむれば明鏡止水 真っ白な教会堂にひかりは満ちて


↓4/11『COCOON』Zoom批評会を受けて、若干修正しました。

◆COCOON Issue19 「十時八分」
鏡台のなかのわたしと入れかわることありしんと冴ゆる寒暁
降りそめし雪を誰かに伝えたし熾火のようなこころ危ぶむ
不規則に降りくる雪を見ておれば収まる箱に収まるこころ
抽斗のすみの鋏はみずからの光を消してひかるとき待つ
手のひらに時計の画像あつめれば立つ鳥の十時八分の群れ
パスワード忘れてロックさるる日は鏡のなかの世界を生きる
    二0二一年の節分は二月二日。
一二四年をかけて調整す宇宙と人の呼吸のズレを
    私達は二月三日の節分に結婚式をあげた。
「おい」と呼ばれ「はい」と応えることはなしわたしはほっとあなたはあいす
掛時計その長針と短針がひたと重なるときのひそけさ
アパートの駐輪場に空気入れ、刺股ありてつばさ濡れたり
満月の夜の鏡中に黒鬼がさっさとやってしまいなと言う
あなかしこ電波時計は日にいちど考えなおす時間をもてり

◆コスモス 2021年4月号
おさなごが目覚めたように臘梅のまるきまなぶたやわらかく開く​
ちゅうねんの深き眠りの細胞を覚まさんFP試験に挑む
参考書机にふせる深夜二時振れば枯れ葉の音するあたま
まぼろしであったか冬のうすき陽に透きつつひらく臘梅のきん

◆コスモス 2021年3月号
まがらねば見えぬこの世の裏表ひかり正しく屈折しおり
車窓から見る朝のそら輝けりスマホを家に忘れただけで
カレーうどん食べんと髪を耳にかけ腕まくりする時にたぎる血
九割の冷気
(エアー)に埋もれ箱のなか鋼鉄のバラ一輪届く
鋼鉄のバラ
(​エターナルローズ)​を得たるわれの手がときおり透けるのはなにゆえか

◆コスモス 2021年2月号
走っても間に合わないと知ったときずーんと足にかかる重力
天国の迷路のようなバラ園に枯れないバラが七つあるという
見たものを幸福にする枯れないバラ
(​エターナルローズ)​を探す秋のさみしさ​
永遠に枯れないエターナルローズ枯れゆくバラに囲まれて立つ


↓1/10『COCOON』Zoom批評会を受けて、若干修正しました。

◆COCOON Issue18 「ルナ」
ユーカリの木が一枚の紙になるまでの幾多の痛みをおもう
右パンチ左パンチをくらいつつKとKとのあいだに立てり
ぺしゃんこになるまでつぶしゴミ箱へすなわちペットボトルの変死
真夜食ぶる豆大福が凹みたるわれを大福分ふくらます
月曜の朝キャビネット開くときユーカリ匂う台帳のあり
床に光る画鋲をつまむ瞬間に画鋲は消えてわたしも消える
とりどりの色にあふれている都市の不協和音は悲鳴のごとし
あまやかな蜜のひかりにまじりいる密の暗さの夕茜空
痩せ秋刀魚グリルに並べ焼く夜の扉のなかは青き火葬炉
わたくしよわたくしによき褒賞を今宵はみかん大福ふたつ
電球に寿命があるということの痛みはふいに 闇の浴室
狂気じみている
(ルナティック)のルナは月の意大福が夜な夜なわれに手招きをする

◆コスモス 2021年1月号
月の夜の空気をゆるくかき混ぜて此岸彼岸のコオロギが鳴く
抱え持つハロウィンかぼちゃその重さもて落ちそうに昇る満月
金木犀咲いてはじめてこの道をしあわせな通勤路と思う
朝顔の花がら摘みをする夕べ皺みてはつか藍のいろ増す
安全で安心な純国産のとても美味しいコオロギ るるる

コスモス 2020年12月号
公園のベンチの横に昨日から立たされている長身の傘
もらしてはいけない言葉ため息となって結局もれてしまえり
「会員になったらレジ袋はタダです」地球に悪い会員となる
むらさきの赤の翠
(​みどり)​の漆黒の葡萄のさみし落ち葉のように​
秋の夜のそら冴えわたり目に見える月より遠し見えぬふるさと

コスモス 2020年11月号
見たいものそんなに多くなくなれど星が見たいと思えり盛夏
きれいってこんなにおいしいものなんだ谷川岳のそらを吸い込む​
ペルセウス座流星群を眺めおりガラスのような月夜野の空
夜空から花火が消えてこの夏は宙
(​そら)​の深さをはろばろ思う​
月夜野の月をつかんで閉じ込めたガラス細工の箸置つかむ

◆コスモス千葉通信 161号「樹海」
AIで診察できる現代にありそうでなし不老の鏡
あさ生みし整髪料のしろき泡ゆうべの洗面台に残れり
すき間なく働き、すき間なく眠り脱出できぬ樹海のようだ
分け入った森の奥には一筋の青い光が見えていました
手鏡の隅に映っている点はオオムラサキか 瞬く間消ゆ

コスモス 2020年10月号 「キウイフルーツ」
長雨のあしたいよいよ獣めくキウイフルーツ怖れつつ切る
十三時、十四時を過ぎ歪みだすダリの時計に似る腹時計
十時間ものを食べずに働けばマシーンと化し尖る指先
何でもいいけれど食べねば〈生きる〉という選択だけはしてコン​ビニへ
閉じかけたドアに右手を差し入れるふたたび開くこと疑わず

↓10/11『COCOON』Zoom批評会を受けて、若干修正しました。

◆COCOON Issue17 「洗濯ばさみ」
騙されてはいけません。今日も折りたたみ傘を必ずお持ちくださ​い。
駅前の朝の道路をセキレイは翼をたたみ走ってゆけり
指示、命令たっぷり呑んで体内に水風船のふくらんでゆく
柴刈りも洗濯もする女です。柔軟剤はユニセックスです。
ゆく秋のチルドギョーザを完璧な羽根つき餃子に仕上げてゴメ​ン
銀河よりこぼれた星が目薬の一滴としてああスパークす
うつせみのいのち極まる 感染症対策よりも経済対策
順接でうまくいかねば逆接に髪の分け目を変えてみる朝
十六日連続の雨 朝顔はいつ咲こうかとためらっており
雨音に支配されゆくわが耳に祈りのようなブルートパーズ
飛べるとは思わないけど飛べるなら今かもしれず傘をひろげる
Vの字の翼をもてば梅雨晴れに羽ばたく白き洗濯ばさみ

◆コスモス 2020年9月号
「地獄耳」ついたてごしに声がしてわが両耳は地獄となりぬ
五十二の種類のちがう表計算ひとひこなしたわたしはマシン
「罪悪感ほぼゼロレシピ」めくりつつ肉喰らいたき衝動の夜
新しい朝、新しい日常のいつもとおなじトーストときみ


◆コスモス 2020年8月号
〈芽切り〉とはいえ傷つけた朝顔の種の痛みか 小指が痛い
丸皿にトーストの角はみ出して正しいことは伝わりにくい
目に見えて過剰であれば受信せぬ電波時計を責めてはならず
胡蝶蘭七輪すべてひらくまで美を保ちいる最初の一花
玉手箱あけたるごとく老いていんマスクをはずすアフターコロナ


◆COCOON Issue16 「光」
    
二〇二〇年四月七日緊急事態宣言。会社より輪番制で自宅待機を命じられる。
こんなにも外の世界はまぶしくてポトスと並び光合成す
    
多く自分の視界に入るのは顔よりも手。
時かけてグラデーションに爪を塗る花なごりづき 眉も描かずに
草笛の音の余韻につつまれる電子レンジのチン響くとき
ゆるみたる戸棚のネジを締めなおす外出自粛三日目の昼
真珠光むねに灯りぬ七つ星みたいに七つ胡蝶蘭咲き
春眠は春泥に似てどうどろり外出自粛五日目の明け
定型の破壊されゆく起き伏しにあらがうための朝の定型
(コーヒー)
あれは石というより光 カルティエのティアラを想う翳なる日々に
こころだけ外出すれば凪ぎわたるウユニ塩湖の鏡面の空
茶渋がわれを嘲笑うから消し去りぬ外出自粛八日目の午後
好きなのは〈皆殺し〉より〈半殺し〉巨きおはぎを大口で食ぶ
ゆるみたる家じゅうのネジ締めなおす外出自粛十日目の夜

◆コスモス 2020年7月号

つり革をつかまず自立する技を体得したり知命をまえに
密接を避けて着席してゆけばフロアは美しき市松模様
芝ざくら群れ咲く春をひとびとは寄り添うために離れて座る
富士山も海も見えるがオフィスビル十七階の窓は開かない
感染者、死者の増えゆくとうきょうを白紙にしつつ降る春の雪

◆コスモス 2020年6月号

寒暁のしんと鎮まる気配あり青いトローチ口に含めば
公園の遊具覆われ子どもらの揺れる声なき春のぶらんこ
濡れぬ雪、濡れる雪あり ぐっしょりと弥生の雪に濡れながら行く
マスクせよ、マスク完売、しかすがにマスクしており多くの人は​
見たことのない花嵐ひとびとは顔を喪い白っぽくなる

◆コスモス 2020年5月号

やわらかく翼をしまい顔しまい冬のスズメは球体となる
きんいろの月の声聴く水仙が自分語りをすることはなし
貝寄風
(​かいよせ)​に転がる貝のごときかな大地を跳ねるハクセキレイは​
まさかとは思っていたが白梅はひとえ瞼の女であった
近づけばスズメは逃げてハト逃げず見えぬ何かをついばみ続く

◆コスモス千葉通信 160号「arrival」
arrival十二時五分ふるさとの空港しんと薄暮のごとし
父母は地蔵になりて空港のロビーをみたび目で探したり
どこにでもあるけどここにしかなくて讃岐うどんは讃岐で食べる​
はつはるの窓を開ければ壁掛けのカレンダーの富士はつかに震う​
白味噌に餡餅入るるふるさとの雑煮を食べてできた骨、肉
孫という発熱体をもたぬさと閉めてもどこか寒き風入る
    
賄賂ではないのだけれど。
五百円払って列に並ばずに御堂のなかで参拝をする
暗闇で自分を見つめほんとうの自分をさがす〈戒壇めぐり〉
なむだいしへんじょうこんごう、南無大師遍照金剛 見開けど闇
「やり直すならいつからか」仮定でも選ぶべきココもう見つから​ず
冬晴れの田舎のそらに凧が飛ぶ遮るもののあらぬ寛
(ゆたか)さ​
「ありがとう」かるく手を振るdepartureさようならと​は永久に言わない


↓4/19『COCOON』Zoom批評会を受けて、若干修正しました。

◆COCOON Issue15 「鉛の砂時計」
目が合ってその後
(のち)もふと思い出す髑髏の隅に女がひとり
見える影見えぬ陰あり 電柱は気づかれぬよう冬空を刺す
呑み込んだ言葉は消化されません鉛の砂時計が落ちゆく
部屋干しの黒いニットのワンピース縊死はいかなる最期であるか
急速にベテルギウスの明るさが低下している 泣いてはダメだ
あたたかい雨やわらかく降るまふゆ昨夜
(ゆうべ)の事故の現場を過ぎる
黒っぽいスーツひゃくにん にしても今日からマスク着用義務化
新しいWindowsのPANDORAというフォルダーへ迷いこむ指
カンタンなこと難しく言う男アロエの花が咲いていますよ
パンプスの金具を修理してくれし手に労働の正しき汚れ
「料金はいいです」利益追求型社会の隅でぬくき息吸う
    
イタリアで「絶望している時でもおいしく食べられる」といわれるパスタ。
ピエトロの赤い〈絶望スパゲティ〉逃げてはダメといいつつ逃がす

◆コスモス 2020年4月号

北颪
(​きたおろし)​はがねのように吹くあした卓の蜜柑はしずかに灯る​
たっぷりと蜜を抱きてあかあかき林檎は月のない夜身ごもる
さみしさに陥る悪のスパイラル チョコ食べおかき食べだんご食べ
不安しかない夕間暮れ目の前でカゴの蜜柑のひとつが逃げる


◆コスモス 2020年3月号
アレグロの師走をかざるLED四万時間という寿命あり
鈴の音のシャンシャンシャンと降る街の錫の光のイルミネーション​
いっしゅんで流星は消ゆながきながき寿命のLED灯りつつ
黒闇の冬の夜空は苦しからん双子座流星群を手放し

◆コスモス 2020年2月号

すばやい
(ハギビス)という名のかなし超大型猛烈台風十九号よ​
パン、水がスーパーに無い!終戦後ではなく令和台風前夜
雨はすぐ雨に消されて姿なし川か道路か海か陸地か
    「これが真夏や真冬でなかったことが不幸中の幸いでした」とテレ​ビのコメンテーターが言った。
不幸中に幸いなどがあるものか河川氾濫、浸水六万


↓1/12『COCOON』批評会を受けて、若干修正しました。

◆COCOON Issue14 「湖底の声」

いにしえの秋のあけぼの楓
(ふう)の葉の小舟に乗りてさあ漕ぎ出でな
風は澄み金木犀のきんいろの声にいっしゅん呼び止められる
やわらかい風に吹かれてクフクフとえのころぐさの笑ってる道
これの世の秋のあかつきスピッピッとスマートフォンの小鳥が騒ぐ
    
ボサッと立ってるだけじゃダメ。
〈マトリックス〉みたいに反ってマネキンはスーツの動きやすさを伝う
    
人間は、空気と食物がどちらも喉頭を通り、その後それぞれ分岐​する。
死に至る誤嚥リスクと引き換えに自在な声を手にしたわれら
    
その音は神の声であったか。
異音感知、遅延、混雑、お客さま救護、更なる遅延、混雑
申し訳なくいたたまれなくなりぬ「金融筋の人」と呼ばれて
アイロンの余熱でシーツ仕上げいるごときに今日を働いており
ドアノブに触れたる刹那声がする「今日のあなたはとても冷たい」
暴風雨 隣家こどもの泣き声し、かなた救急車の泣き声す
避難指示いでたる夜の非通知の電話SOSかもしれぬ
台風の過ぎてむーんとふくらんだ空に宇宙の底が触れたり
ピストルの音が響きぬ日曜の小学校の運動場に
底辺のひとりが潰れつぎつぎに組体操のピラミッド崩ゆ
    
そんなことまで注意喚起が必要なのか。
手や服を汚さないようご注意をされつつ固きハーゲンダッツ
おなじ空見てもあなたは飛行機をわたしは鳥を追っていました
美しい世界だけ見る目が欲しい秋の空には長音の雲
石窯パン食べても寒き身の洞を金木犀のかおりで満たす
限界を超えていないかマネキンは海老反りのまま四十五日
大量のコピーたのまれコピー機を占領するなと叱られており
靴底は一部始終を聞き終えて黙ってわれを帰路へ向かわす
かつて赤きカンナは枯れて血気なし大声が勝つ時代を葬
(はぶ)
ギザギザのガッチガッチの真っ黒な大きな声は右から左
テキ、テキと雨滴こぼしてきたけれど振り向けば無しなーんにも無し
    
ボサッと立ってるだけでいい。
いて欲しいときにいつでもそこにいる黒き靴ベラいとおしき夜
変わりつつ変わらないこと 魚の目を食べるあなたと食べないわたし
鍋底にひとつ残った大根を取れば魔界の入口のあり
ありふれた月夜のあわい「おやすみ」の声のあなたはわたしの中へ
肉体が消えたるのちも残るだろうわれの湖底に届きたる声
百億年のちの地球の断片の湖底の声は澄んでいますか
さきの世の秋のしののめ宇宙船〈地球〉に乗りて銀河たゆたう

◆コスモス 2020年1月号
吸いこんで息吸いこんで吐く暇なしはち切れそうな赤き風船
どこにでも行っていいよと言われてもどこに行ったらよいか分か​らず
大空に自由はあるか寝ころんで乗るべき風をただに待ちおり
低く飛ぶアカネトンボと目があって目を逸らされて行ってしまえ​り
風すこし出でたるまひる北斎の波のしろさの鱗雲あり

◆コスモス全国大会
↓大会発表作品から一部修正しました。
つなぐ手のほてりを思い出す夏の朝顔の手が支柱をつか
題詠:「雨」または「雨冠のある字」
ありの実をむけば雫は朝の陽に光となりて手首をつたう

◆コスモス 2019年12月号「杉」
その響き羅織の帯の軽やかさ一枚二枚とかぞえる田んぼ
夕立の過ぎたる空のみずみずし ずぶ濡れという享楽はあり
抱きたくて抱く腕のなく泣きたくて泣く涙なし初秋
(はつあき)の森
森よりも深きびょういん 認知症患者の五割身体拘束
鳴く蟬も鳴かない蟬も容れてただまっすぐに立つわたくしは杉

◆コスモス 2019年11月号
スリッパで叩き潰した朝の神しずかに流れくるレクイエム
定員はたった六名 雨あがり日々草の新芽を間引く
スイッチがどこにあるのか分からない〈怒
(ど)〉のスイッチを​押したみたいだ
ジリジリとジリジリと夏、夕空にこんがり焼けた満月うかぶ
咲き終わり新たな命宿しおり蛹のような木槿の転
(まろ)

◆コスモス千葉通信 159号「無くした螺子」
いつか心がかよう気がしてジュリアンという名のしろき花の苗植う
青春のうしろ姿は見ないまま無くした螺子は出てこないまま
さくらより濃きももいろのさくら草フラッシュバックは時に変化す
満ちいるに満たさるるなし眼前の海の広さは途方もなくて
すき間なく働き、すき間なく眠りわれにかえれば樹海であった


◆コスモス 2019年10月号

朝顔の種まきおえたその夜に藍色のおおき皿の夢みる
触れたくてでも触れるのがこわくってペンキ塗りたてみたいな空​に
黒を着て黒い時間を働けり今日が一番若い日なのに
見送った素麺流しの素麺のごと休日を逝かせてしまう
起き抜けの鼻むずがゆし朝顔の種まきおえて四日目のあさ

◆COCOON Issue13 「最下段」

「十日後」とチャットボットが言うからに桃とどくまで十日を待​てり
わが覗く三面鏡の裏側でときどき翔んでいる蝶番
はなびらは鱗のようにひかりつつ紫陽花咲けり氷柱のなか
生活の句点のごとし開きたる郵便受けが空っぽのとき
風鈴の金魚脱走 そののちの風は乱れて財政悪化
はずだったブラックホールに吸い込まれ戻ってこないはずだった​夏
蝉声は読経のように濃く淡くあわくあわーく濃くつづきたり
腰を折り最下段なるツナ缶をつかむすなわち最敬礼で
包丁が切れるものだと思い出すネギを切りつつ親指を切る
一も二も違わずピタリ合うことを〈締まる〉と言えり締めねばな​らぬ
    
十日後。
大地、人、チャットボットのちから借り桃とどきたり食べごろの​桃
忘却は恩寵なるに間違いなく必ずとどきたる請求書

題:厚
鴇色のときも土留色
(どどめいろ)のときもあり降り積もる時間​の厚さ

◆コスモス 2019年9月号
パソコンを閉じ立ち上がるその刹那空に怠けている雲のあり
ラーメン屋〈地獄〉に並ぶ男らのYシャツ白し初夏の陽の下
暗緑の世界に無数の目がひかる木下闇なるどくだみの白
ぬばたまの黒い翼のつややかさ生ゴミの日のハシブトガラス
生きたまま腸に届くという菌のさみしさ思う梅雨じめる朝


◆コスモス 2019年8月号

あきらめに似た安堵あり美しく切りきざまれたバンクシーの絵
「風船と少女」の無垢な少女だけさりさりさりと細断される
「風船と少女」の赤い風船はひときわ赤し額縁のなか
青空に赤い風船 どこまでも飛べないことは分かっています

◆コスモス 2019年7月号

本物の真珠は首につめたくて冷たさに思い知るひとつ死を
公園の大き桜の木のしたで子が駆けまわる平和のごとく
「不用意に助けられてはなりません」ほころびかけた連翹つぐむ
五十個のアコヤ真珠の死が放つひかりは人を美しくせり

↓7/14『COCOON』批評会を受けて、若干修正しました。
◆COCOON Issue12 「ピーマン」
ぶちまけたコーンフレーク ひとつずつ星を集めるように遥けし
降りだした雨にまじりて血の匂う懸命に生きることに疲れた
雨粒のなかに小さな世界ありアビタシオンもポプラも入れて
足りない。打出の小槌ふるように折り畳み傘ふってみる朝
螺子巻いていこうと言われ耳の奥ハムスター走り続ける期末
使い捨てマスクのように取り換えて顔取り換えて換えても足らず
    レタスの食物繊維は多くない。
非正規と正規の処遇 レタスの喩ならばいったい何個分の差
あまりにもキレイに割れた割り箸のその真二つの割れ目がこわい
「お姉さん学生ですか」洋服を着たロボットが本心で言う
さみしくはないはずなのにピーマンへきっちり肉を詰めこむ夕べ
目を閉じて顔洗う春すいりゅうはチグリス、ユーフラテス川となる
まだ燃えている落陽をてのひらの全円の水晶に閉じ込む

◆コスモス 2019年6月号

風の音
(と)の遠く〈漂流ポスト〉あり言の葉を呑みただただ黙す
眠りいるあいだに雨は通りすぐ千年眠っていたかもしれず
「ワタシワタシ」より「オレオレ」で騙さるる人のこころに棲むドラ息子
まぶしさに泣きそうになる さくら咲くまえの浮足立った蒼穹

◆コスモス 2019年5月号「ひかりの声」

雨あがり空を見あげて人びとは水惑星の駅を出でゆく
夕闇が追い越してゆきわたくしの右ポケットのどんぐりが消ゆ
とがりなきひかりひろがるきさらぎの海のベッドで旨寝がしたし​
スプーンのヒップラインのふくよかさひそかに春を待ってもよい​か
落葉を終えたる公孫樹その空に声域を超すひかりの声す

◆コスモス千葉通信 158号「金赤」
火を満たす切子硝子の煌めきの夏、金赤のSALE広告
角張ったビルに電車が吸い込まれ柔らかくふる雨につつまる
敗戦忌 一分間の黙祷を見開きて立つ警備の男
まっしろなオクラの花を目で愛でて舌で味わう官能的に
星月夜おしゃれ着コースでていねいに車の鍵を洗濯したり


◆コスモス 2019年4月号

歳晩の丸の内駅前広場だれのふるさとでもない土よ
着込んでも寒きオフィスで生きるためだけに呑みこむ鮭のおにぎ​り
前のめりなる日常をリセットすこの一膳のしらかゆを食み
天空に雪見障子が現れて春の花野へいざなわれたり
からぶりがまだ許されているわたし朝陽に向かい両手ひろげる

↓4/14『COCOON』批評会を受けて、若干修正しました。
◆COCOON Issue11 「via moderna
    
via moderna(ヴィアモデルナ)は、新しい道の意。
ナビにないvia modernaを行くわれは四次元に迷いこみたるネズミ
ドローンがゆく空の道、近未来わがたましいがゆく天の道
道があるとは思えない丘のうえティファニーブルーのドアの家あり
大声で叫びたくなるのはなぜか?スクランブル交差点の真中
またしても袋小路だ両腕を開いて閉じて回す夕暮れ
ガラス戸にぶちあたり続ける葉虫ぶちあたるほかないかのように
まだ行ける(っと、思ってた)二十二時ホワイトアウト
さかしまに裸足のままでゆく銀河にんげんかいが遠くにかすむ
月の夜に失った右手袋は住所不定の無職となりぬ
この道はいつか来た道にはあらず今日あたらしく香る水仙
純粋なひとだけ見える銀の道見えると言えば見えなくなりぬ
遠まわりしてエスカルゴパンを買うおもわぬ場所に抜小路あり

◆コスモス 2019年3月号

たましいに重さがあると聞きしより怖るるドラゴンフルーツの魂​
(たま)​
その青はコート・ダジュールの海の青あらたな手帳まよわずに買​う
ビジネスの話しかせぬ一日の余談のような夕あかね雲
ボナールの絵画のごとくこの朝の林檎は林檎らしく鎮まる
たからかに鐘の鳴る午後ラウンジのピラカンサスのキラカンキン​コン

◆コスモス 2019年2月号
↓本誌掲載分から一部修正しました。
疾駆する風のたてがみ街上に金貨、銅貨をこぼして去りぬ
白犀を持ち運ぶことあらねどもわれの鞄は肥大化しゆく
削除したはずの履歴が起案書にためらい傷のごとく残れり
パンプスを脱ぎスーツ脱ぎ鋭角のからだにやわらかきフランネル​
そのしずく女神の化身めく月夜きんのラ・フランスを剥きゆけば


↓1/13『COCOON』批評会を受けて、若干修正しました。

◆COCOON Issue10 「朱」

変化
(へんげ)
するおんな いちごの赤を過ぎさくらもみじの朱のいろとなる
錦秋は色あたたかく無花果のショートケーキに両手をかざす
今し発つ電車の外のドラキュラの口はアリガトウって動きぬ
白亜紀の雲を見ておりエレベーターホールに立ちてボタンを押さず
わが指のぬくみ忘れたふるさとのピアノのように冷えた電卓
コンパスで円を描けば内側にわれおらぬこと明白になる
    
デスクチョコは、こたつみかんの類義語。
デスクチョコしているわれを黙視していつもまじめな三角定規
血の色でメール打ちくる赤鬼にうぐいす色で返信をする
カロリーは悪にあらざり洋梨のフラペチーノを口が欲しがる
口中の死角に黒い淋しさがありますと言う初老の医師が
指示どおり順路に沿いてゆきにしにまた入口のある展示場
印鑑の朱のいろあかし幾山河越えさり行かば山のはてなむ

◆コスモス 2019年1月号

目に見えぬほどの秋雨ふるあした月の欠片の硬きパン食ぶ
入口に〈傘ふり場〉のあるオフィス小さな怒り振り落としゆく
体力の限界をもう超えているジャスミンティーがとてもまぶしい​
海に身を投げいる雨を思いつつペットボトルの水を飲み生く

◆コスモス 2018年12月号
↓本誌掲載分から一部修正しました。
すぐ起きるなんども起きる起きあがりこぼしが起きぬとき動揺す​
芝居では女が月を見るたびに不幸が起こる 今宵月美し
きんいろの、あおの、きいろの赤べこが「それがなにか」と開き​直った
ほんとうはどうしたかった褐色の秋にひときわ赤い鶏頭
七倍にうすまる水石鹸の翠
(あお)そのように夏がうすまる九月

◆コスモス 2018年11月号
「火の記憶」
あまりにもデイゴの花が赤いから遊覧船をこの場所で待つ
涼やかにそうめん入るるみずいろのガラス食器は火の記憶持つ
思い出し笑いのように夕まぐれ鳴き始めたるひとつ夏蝉
花ザクロ鬼火のようにはたと揺れあの夏の死者よみがえりくる
深海のヒトデは透けて混葬の火中にひらくてのひら憶う

◆コスモス全国大会
駆け回りすり減った日の夕空に虹の脚あり立ちど、ま、​る
  
題詠:平
平行に伸びいし影がはつか揺れ並行しはじめるアルタ前

◆コスモス千葉通信 157号「ケルビン・ヘルムホルツ不安定性の雲」
若夏の光は影をくきやかにしていっぽんの欅は立てり
大空にケルビン・ヘルムホルツ不安定性の雲 まじめすぎるよ
早足に猫すぎゆけり鉄板を転がるフランクフルトのように
バラ園にハンカチの木があったこと熱波の街に思い出しおり​
猫展へひとり出かけて猫グッズ買ってしまった日の欠​けた月

◆コスモス 2018年10月号

〈どこからでも切れます〉とある小袋のどこをどうやってもダメ​な朝
祝福の拍手をおくる 手のひらに空気さみしく震わせながら
深閑として深海のようである蝉さえ黙る炎暑の街は
メドゥーサの瞳のような石のあり否メドゥーサの瞳だったか

↓10/14『COCOON』批評会を受けて、若干修正しました。
◆COCOON Issue9 「罅」
ベニシジミめらめらと飛びめくるめく夏に火星が近づいてくる
包丁を当てれば裂けてゆくスイカ傷ましいほどなまなまとして
平成の空は電波に汚れゆき巣に帰れない伝書鳩殖ゆ
じりじりと成果を求められており真っ赤を超えた紫の夏
脱ぎ捨ててしまえぬからだ炎天のカラスはじっと光をあつめ
沈黙の美徳のすえの限界の製氷皿の氷の罅よ
どうしてもキャベツの千切りできなくてレタスをちぎる金曜の夜
終焉を宣告されて平成の、安室奈美恵の最後の盛夏
デパートで靴一足が選べない世界で君を選んだわれが
二種類のクリームすきまなくつめたダブルシューなら淋しくはない
粒の数だけ髭のある玉蜀黍
(とうきび)のひとつぶごとにみずうみがある
薄明の赤銅色の皆既月食
(ブラッドムーン・エクリプス)あけない夜があってもいいか

◆コスモス 2018年9月号

雨音が都心を満たしマンボウの昼寝のような水無月の午後
もじゃもじゃとなんじゃもんじゃは咲いており丸めて投げて拾う​もやもや
退治してめでたしとなる桃太郎、寸劇
(​レビュー)
のような首脳会談​
計画的無差別殺人報じらる晴れの予報は外れ糠雨


◆コスモス 2018年8月号
「噴水の花」
はつなつの紅甘夏のあかるさはわたしをしどろもどろにさせる
あかつきの銀波のようにちろちろとまばゆいばかり白バラ咲けり​
バラの香を総身に浴びバラアイス食べてもバラになれないわたし​
花疲れした人びとは水に寄る園の真中は噴水の花
天に向き苦しげに咲く噴水の逆らうものの放つまぶしさ


◆コスモス 2018年7月号
缶の中から声がする リベラルの鳩サブレーの鳩の群衆
春のあめ音叉の響くように降り五十五円の釣銭もらう
首すじに銀河あるゆえ公園に星こぼしつつ鳩は歩めり
やわらかく躰ひらきてさくらばな今し夕陽を受けいれており
みな羽をたたみ西方浄土むく鳩サブレーのひらたき鳩は

↓7/8『COCOON』批評会を受けて、若干修正しました。
◆COCOON Issue8 「白いパン皿」
むらさきの紫蘭群れ咲く 美しきものにはむらさきのまなざしがある
精勤が報われる世にあらざればもれなくもらう白いパン皿
春暁は恍惚としてすずらんの毒に寄りゆく女がひとり
春日射す翠
(みどり)の砂利のそのひとつ羽をたたんだ孔​雀がまじる
春の河たゆたいながら眠たげにのびちぢみして花筏ゆく
胸分けに男鹿ゆくごと花びらを押し分け青きボートがゆけり​
途切れつつ鶺鴒鳴きてわたしにはもう聞こえないモスキート音
むらさきの裡
(うち)のましろのはなびらをはつか反らして紫木​蓮咲く
夕暮れの千鳥ヶ淵のしだれいる桜は幽す罪人われを
この夕べシフォンドレスのように咲く今紫のジャーマンアイリス​
春霞たなびくような差異のありとろろ昆布とおぼろ昆布は
餌を摂る白鳥の貌うす汚れ気付かなければしあわせだった

COCOON歌合 題:「曲」
壁紙のオフホワイトが〈白〉に見ゆ曲がらぬように釘を打つと​き


◆コスモス 2018年6月号
耳ふたつだけが世界にひらかれて手袋、マスク、めがねの二月
風邪のみに七種の薬出されたりいつか薬に殺されそうだ
紛争がおこらぬように分配す八宝菜のうずらのたまご
見せる用インナーを着て街にでるごとし短歌を詠むということ
やわらかい風をとらえてやわらかい耳が最初に春だと気づく


◆コスモス 2018年5月号
十年という歳月は重たいか唸りはじめる白冷蔵庫
愛されし記憶もつごと夜の卓の銀のスプーンはつやめきており
どれほどの熱量だろう十日まり塀の日陰にある宿雪は
スイートテンダイヤモンドはあらねども錫婚式のプラチナの朝

◆コスモス千葉通信 156号「高速ジューサー」
枕木に木は使われておらずとも耳にぬくとき言葉残れり
オレンジとレモンの電車すれ違う高速ジューサーまわすみたいに
わが裡に〈くつろぐ〉という語のなくば疾駆しており休日の​居間
三ミリだけ一人で泣いたクレイジーソルトをロース肉に振りつつ
くろぐろと落葉をぬらす寒の雨わが裡の鬼しずかに目覚む


↓4/8『COCOON』批評会を受けて、若干修正しました。

◆COCOON Issue7 「是の世は雪」
静閑なみょうにあかるい雪の夜ミステリーなら事件の夜だ
ふる雪の螺旋は乱れ気配あり気配はあれど雪のふるのみ
ふるさとは常おもわねどサブリミナル効果のごとくありわが底に
   
「さいあがる」は、香川の方言で「ふざける」。
はなまるをもらってた頃さいあがる男子をゆるせなかったわたし
   
「ちみきる」は、香川の方言で「つねる」。
負けること過度におそれきじゃんけんで負けてちみきられるあそびして
風はやみ雪はだいじなものを消す蝶の飾りのヘアピンがない
マンションの駐輪場につくられたMW
(ムウ)で充満した雪だるま
声はどこにあるのだろうかのんのんと第四次安倍内閣存続す
日本をまるごと信用できねども網棚にバッグ置きて目を閉ず

   
「やむ」は、香川の方言で「湿気る」。
気づいたら手遅れだったやんでいたひそかにとっておいたクッキー
   
「おろかばえ・おろか」は、香川の方言で種をまいていないのに植物が生えること。
   またその植物。

庭土をはつか蹴りつつ母言いき「はいりのほうき草はおろかよ」
   
「ゆる抜き」は、香川の方言で「放流」。
ゆる抜きはゆるやかならずひたぶるに水は火のごと噴きいだしいき
猟奇的正当性で迫りくる乱数表の縦横の数
バラバラにキャリーバッグを解体しゴミ袋(小
(しょう)
)に詰め込む夜ふけ
水仙のかおりのように降る雪が首都とうきょうを麻痺させてゆく
忘れられそのことさえも忘れられペットボトルと傘立ち尽くす
   
「おかっこまり・おかっこ」は、香川の方言で「正座」。
ヒヤシンス水栽培すおかっこまりして通信簿ひらきいしころ
   
「じゅじゅむ」は、香川の方言で「にじむ」。
象の眼や蝶の触角かんじんなところがじゅじゅんでいた水彩画
夫より先に夫のコートだけ鹿児島中央駅より届く
うちに蜜ためいる林檎 やさしさはすこしすっぱいくらいがよくて
さいあがる兄にほっぺたちみきられ涙じゅじゅみきおかっこのわれ
舗装路の亀裂に張りし薄ら氷は剣
(つるぎ)
となりて夜半月を斬る
産めなくて夫に父母
(ふぼ)に日本に申しわけなく思えど死ねず
犯人はいない救済などはない真相もない是の世は雪

◆コスモス 2018年4月号「迷いつつゆく」
しろがねのエベレスト目で登るとき犬死にという死をおもいたり​
不規則な影をうみだす地下街をゆきつつ迷う迷いつつゆく
窓のないカフェでBLTサンド食べたが味を思い出せない
駅前のかしのきじどうこうえんの樫ふっさりと月夜ふくらむ
ラッセンのイルカが跳ねて光跡をのこしたような夜光雲
(やこう​うん)あり

◆「歌壇」2018年3月号 特別企画「引越しの歌」
電線のない大空のあてどなさ荷物を入れる前のくうしつ
合鍵はかすかに罪のにおいしてひそやかに夜のうつろを開ける
わが四国遠くにあれどこの町に故旧のような白猫のおり


◆コスモス 2018年3月号
のぞいてはならぬ小窓がありそうで坂の途中は振り向かずゆく
提案書やっつけ夕日やっつけて犬のごとくに奔り帰宅す
首都はもう混沌として十二月、見える星より多き電飾
これの世の阿鼻
(あび)を抜け出し暫くを地獄絵展に逃げ込んで​おり
夕暮れの河のおもてに映りいる赤きネオンはひどく歪みぬ


◆コスモス 2018年2月号

ふるさとの駅舎の時計異常なし、うどん屋、刈田、秋異常なし
百万の札束(ふうのメモ帳)を受け取ってしまうこの手かなしも​
(​ほう)​や豪(​ごう)、嶽(​たけ)​のいならぶ角界の遠藤という人の親しさ​
歌麿の描く女の切れ長の目のような月うかぶ秋天
母が作る大根入りのすき焼きを鼻がよろこぶ我より先に

NHK短歌 2018年1月号「楓一閃」
ひるがえる楓一閃これまでと違う速さのこれからを思う
勘違いしていいですかフォロワーに「月がきれい」とつぶやかれ​たら
鈴虫が鳴くころはやも手帳買い年々歳々生き急ぎゆく
致死量という量おもう七滴の青むらさきのうがい薬に
三日月は輝
(て)る 星のないとうきょうのぬばたまの夜にメス入れる​ごと
熱を持つからだは欲す遠き日に銀のスプーンで食べし桃缶
はつふゆの北窓に生れふくらかな結露は錫のひかりを溜める


◆COCOON Issue6 「十五夜はかならず満月とは限らない」

幽暗の雨月は赤き傘をさし正円の月愛でることなし
  
※二日前
知るほどに遠くなりゆく 十五夜はかならず満月とは限らない
ある日ふと夫が言えりわが知らぬ成城石井のプリンが美味と
「おっしゃるとおりです」と全肯定するは少し欠けたる十五夜に​似る
デザートのマロンケーキを食べぬまま盛会として一本締めす
ジグザグがチグハグとなりツギハギすどうにかしたくどうにもな​らず
  
※一日前
賃金は上がらず控除のみ増えて安倍晋三は「成果」と叫ぶ
忍耐の先に希望のあらざれば幾望はすでに既望のごとし
満月に充たぬ十六夜 隣席は空席のまま映画が終わる
前後左右さむくコートを羽織らんとバックフロントにベルトを結​ぶ
パンプキンパイ鎮座せり昨日まで月見団子のおりし店頭
  
※当日
秋霖は至極しずかに正円の立待月をけむに巻きたり

◆コスモス 2018年1月号
今日ひと日無かったことにできそうな白雨に降られながら街行く​
鞦韆に〈小さい秋〉があることのさみしさ秋は揺れやまぬなり
通信の絶えて拍手の沸きおこり土星探査機カッシーニ逝く
目に見えぬものが背後に膨れゆく金木犀は夜香りたち
雲梯を三つ飛ばしにゆくごとく秋を飛ばして冬となりたり


◆コスモス 2017年12月号
しろがねの雫したたる梨食めばわれの湖面に水紋の生る
遠き日の記憶のなかの逆光のあのブランコはまだ揺れいるか
知らぬまに右脇腹にできたアザそのように死があるかもしれず
はやくはやくとにかく速く速く速く パイナップルは追熟しない​
秋天を鋭く刺すは曼珠沙華われはしずかに指示にしたがう


◆コスモス 2017年11月号
むかしむかし昔話のその中に入
(い)りゆきそうな石段のぼる
花の寺、瑞泉寺、夏わが背丈越ゆる芙蓉の白におぼれる
あれがそれだったかどうか分からない〈本当の恋〉かまだ分から​ない
複雑に絡みあう風ほどけては我に絡まりまたほどけゆく
白芙蓉咲く山寺は都心よりマイナス二度の静謐にあり

◆コスモス千葉通信 155号「理由はあらず」
気がつけば黄色いバラを撮っており惹かれるものに理由はあらず
三日月のかたちのパンを朝に食べ冥きひかりをひとひ抱える
こんぺいとう三粒食べたあたりから微光をはなつ宵のからだは

降臨す ちろちろ揺れるこもれ陽のなかより金の木の葉いちまい
緑陰に射干のひと群咲いており誰一人やり直せない過去

◆コスモス全国大会 2017年9月17日・18日
夕焼けが夕闇となりわたくしに化粧直しをする夜がある​


◆COCOON Issue5 「水流の音」
賽子
(さいころ)が転がり転がり床に落ち壁にぶつかり異動が決​まる
豊かなる水流の音
(ね)はもうしない洗濯機鳴るぎゅむんぎゅむ​んと
上長の文字が解読できません水は半分しかありません
雲のなか飛行しており初めての会議の席に浅く座れば
考えても分からぬことを考えて夜更けズバッと深爪をする
激辛の激安の激戦の日々おんなじパンを毎朝食べる
通勤は女性専用車両なり敵は女でないと信じて
苦々しい思い出ばかり鮮やかで驟雨のなかのサルビアの赤
記録的豪雨の夏の猛暑日の如雨露でそそぐ水のやさしさ
一本のあさがお天に伸びてゆき紫紺の川がそこに流れる
とうきょうの水道水は美味にして水出し麦茶すこやかに飲む
水はまだ半分もある賽子は今わたくしの手の中にある

◆コスモス 2017年10月号

ふるふると篩
(ふるい)はうごき落つるほかなき小麦粉の素直が​つもる
パイオニアあるいは左遷、おだやかな前例踏襲主義を外れる
分からない微笑み、分からないエール、分からないまま言うさよ​うなら
〈かわいそうな人〉になりたくないのです薔薇が咲いたし桃が甘​いし

◆コスモス 2017年9月号「記憶せよ」
紫陽花の青の濃くなる六月の黒きインクは海の匂いす
まなざしの遠くなりゆくベイエリア横顔ことに美しくせり
この窓をこのテーブルを記憶せよサラダの赤きパプリカが言う
いっせいに浅蜊は笑い声をあぐ春のランチのペペロンチーノ
まぶしさはしろさとなりて印象に残りぬ日本丸の帆の白

◆現代短歌 2017年9月号「白いサヨナラ虹のサヨナラ」
    
ギリシア語の「サヨナラ」は「ビーチサンダル」を意味する。
夕ぐれの波打際に残された白いビーチサンダル
(​サヨナラ)​虹のビーチサンダル(​サヨナラ)​
潮騒が激しくなりぬ一行の異動辞令を受け取ってから
あさまだきまぁおしゃべりな小鳥たちあるいは悲鳴なのかもしれ​ず
新しい部署へと急ぐ〈歴史的大敗〉という文字おどる朝
費やした時間は関係ありませんscreensaver深海を行く
横たわる揚羽蝶あり台風の過ぎてあまりに晴れた白昼
石の影呑み込む巨きビルの影一天四海にわれはわれのみ
午後五時のわれの躰のこの重さ打ち上げられた鯨のごとし
向日葵は供花とし思う一滴の命のままに逝きにし吾子の
哀しみは一つならねど君がため冷しゃぶサラダ多色に飾る
「大丈夫」会社を知らぬ我を知る母が言うから海峡
(マゼラン)​渡る
みずいろのリネンのシャツの抜け感とこなれ感欲し異動二十日目​
砂浜にたれか書きいしLOVEの文字いつしか消えて平らかにな​る

◆コスモス 2017年8月号
輪郭の際立ちてくる菖蒲月われは昇級試験に挑む
サバンナの豹のまなこで地下鉄の空なき窓を見詰めておりぬ
カリカリしカリカリカリカリかりんとう一袋みな食べてしまいぬ
飛ばされているのか飛んでいるのかと風強き日の蝶に問うなり
ほどけたる靴紐を結びなおしつつ不意にまぶしも滅茶苦茶な生
(せい)


↓7/9『COCOON』批評会を受けて、若干修正しました。

◆COCOON Issue4 「ライン」
川の面に桜はなびらはらちるほはらちるほれそ銀鱗となる
越ゆることあってはならぬ一線の過労死ライン何度も越えき
渡り川わたらずに来しおちこちの人、人、人に呼び止められて
無いものをせっせと作る人類よ例えば軍事境界線など
ミサイルが飛んでこなくてよかった、と単純に思えないこの春
安心はこの一本で満たねども晴雨兼用傘を持つなり
胡蝶蘭一花ひらきぬ新年度はじまる朝に黙契のごと
定規もて赤き下線を引いてゆく出会ったころのような気持ちで
春の陽のふくらむ昼の公園に恍惚として藤のむらさき
うなだれておりしに今日は顔をあげ雛罌粟の朱の揺れながら笑む
十年を暮らす夫と新しくLINEをつなぐ新しい春
花散らしの雨降りやまぬいちにちを幸せだった日と記憶せん

◆コスモス 2017年7月号
蛇口よりララットテット雫してラテンのリズム満ちるバスタブ
ふくよかな夜空と思うスピカへと春の大曲線は伸びいて
薄紅のさくら花びら巻きしめた春キャベツいま我が腕に抱く
弁当を買う行列に制服のお巡りさんもおりて風無し
腹のうち初めて見せぬ春の陽をあびて解体されいるビルは

◆コスモス 2017年6月号
匂いなく咲いているのは沈丁花 声なきものの声を聞きたし
曳白
(えいはく)を怖れるわれはひとりごつテレビを見てもなずなを見ても
いただきし紺の名刺にツイッターアカウントあり現住所なし
この夕べカセットテープ裏返る時の隙間に入りこみたり
うすきうすきスリッパの底その窪が深くなじみて私とおもう

◆コスモス 2017年5月号 「にこいち」
牛歩にて三十分を奮戦す一本の恵方巻を買うため
くつしたを〈にこいち〉にして残りたるひとつのような一人の夕餉
かの子忌を過ぎて白蓮忌となりぬ乱高下する二月の気温
湾岸の風にあらがい丈低き蒲公英咲けり地に湧くごとく
「コスモス」が届くすなわち詠草を書くパブロフの犬にあらねど

◆コスモス千葉通信 154号「上白の雪」
ふるき皿捨ている母になにげなく理由を問えば「終活」と言う
「この窓はあけられません」その窓のむこうは遙かなるアルカディア
天空に火星ちかづきその後
(のち)のわが身めぐりは滾ちゆくなり
青く白く赤く黄色く鳳凰の羽は螺鈿のひかりを放つ
キャラメルのおまけの富士に上白
(うえしろ)の雪降りしきるあらたまの夜

◆コスモス 2017年4月号 「Gの音響く」
錫色の冬のひだまり逆光の噴水前にいるのはあなた
 
華やかにさびしき秋や千町田のほなみがすゑを群雀立つ 北原白秋
華やかにさびしき赤や人住まぬ紫烟草舎の庭の万両
購いしフランスパンの長ければいよよ華やぐ歳晩の街
あまりにも多色の日々をもういちど白へと戻しゆく小米雪
おおき口あけて銅鑼焼たべるとき後ろ頭にGの音
(ね)響く

◆COCOON Issue3 「地下茎」
沈黙の冬の木立は黒びかる池に地下茎のごとく映る
寝心地を体験できるサービスがあるとういつか入
(い)るべき柩
取っておく箱ありすぐに捨てる箱あり選別はヒトラーがする
電波時計見つつ手巻きの腕時計ざっくり合わす月曜の朝
駅前で毎朝ひとを待つ女
(おみな)あるいは戦時中かもしれず
江戸川ゆ旧江戸川ゆ荒川ゆ地下に潜りて隅田川見ず
すり減ったヒール直して踏み出せばあの窓もあの鳥も正しい
落蝉のごとく茶色に縮みたるかろきデンファレ一花を拾う
さりさりと大根をすりおろしつつ今朝の路傍の氷花を思う
言の葉の迷路に入れば聴覚と視覚さえぎり嗅覚で行く
艶やかな唇弁
(リップ)もちいるカトレアは饒舌である午前三時も
はく息の白くかじかむ冬のあさ赤あたたかく紅梅灯る

◆コスモス 2017年3月号
とうきょうの雪待月に降る雪の雪よりも渋滞にわななく
交通渋滞
(トラフィックジャム)にはまれば大鍋にくつくつ煮えるわが姿思う
詰め替えても詰め替えてもなお余りある超特大のコンパクト洗剤
クリスマスカラーの街に明滅す株と為替の電光ニュース
「トイプードル入荷しました」商品となりたるひとつ命のぬくみ

◆コスモス 2017年2月号
終りには始まりがあるかもしれずエンドロールをながなが見詰む
ワンプッシュしてから開く扉ありわれはベストを尽くしてきたか
わが耳に男の冷えた手のふれてシャンプー台で氷柱
(ひょうちゅう)となる
迷彩の胴を持ちいるプラタナスそんなに等間隔にいますな
昨夜吹きし銀に尖れる風は止み丸みをおびた錦秋の空

◆コスモス 第63回O先生賞 「ストロベリームーンとクイニーアマン」
しろがねの月の剣は宙
(そら)に浮き地下を無窮のひかりゆきかう
一輪のひまわりは火の匂いして万のひまわり雪の匂いす
草の花つけて夫は帰宅せりアサギマダラを追ってきたのか
堕ちゆけり 水蜜桃を切り分けて残りし種を口に吸うとき
けざやかな飛蝗となりぬまなぶたに緑のシャドーのせる朝は
青空を射るかのごとき鋭さの白粉花の緋紅
(ひこう)色の矢
朝食にグラノーラ食べ間食にグラニータ食ぶ夏のいちにち
ふるさとへ帰るに越ゆる海のありその凪こそが我がカタルシス
とうとろりとうたらとろり暮れゆけり瀬戸の入り日がたらす蜂蜜
ストロベリームーンはまるくておっきくて(たぶん)しっとりしていてあまい
失われた世代
(ロスジェネ)と呼ばれておりぬ塩パンを食べいるわれはここにいるのに
わが善の一部に偽善者が住みぬ善玉コレステロールのはなし
閉じ込めてガスを注入しゆくらし青きバナナの入れらるる室
(むろ)
むかしからうまくできない蝶結び歪な翅で飛ぶしかないか
なかんずく欲するキャラメルマキアート電池の切れるまえぶれらしい
カンペキを目指したはずの青春の写真のわれはわずかに傾ぐ
「すみません」と呼び止められた(ような気が…)もあもあ咲いている百日紅
後悔をしていないとは言い切れずだあれもいないシーソー揺れる
たとえば恋 白き芙蓉のはなびらの真中を染める深きくれない
忘れたくなくても忘れゆく夏の忘却曲線たれかゆるめよ
罪でなし罪でなけれど食してはいけないようなクイニーアマン
夏の夜ビルの隙間をこぼれくるビジューあつめてひとり遊びす
さみしさは見えて見えざる遠花火けっきょくひとりさいごはひとり
独りぼっち
(ロンリネス)と選んだ孤独(ソリチュード)とは似て非なり雑踏のなかひとつ椅子おく
わが胸の奥処にいつも凪ぐ海のありてひとひのカオスを鎮む
かたわらに居らぬときでもいるような母はメレンゲ色の幻月
彩りのなき夢の中あざやかに夾竹桃は花開きおり
ONにするためにグレープフルーツのルビーを食めばあかあかきみず
気まぐれに点る蛍は胸に住み今宵はなぜかまたたきやまず
あかがねの月の鏡はねむらずに朝までわれを抱きくれたり

◆コスモス 2017年1月号
薄き紙いちまい吸いて吸いしまま吐き出すことのないプリンター
(つき)か火(ひ)という選択肢なんならん 仕事モードに切り換えよ、月(げつ)
火を抱き火を背負
(しょ)い日々の火だるまのわたしを鎮火しゆく秋雨
九時五時の言葉はすべてシュレッダーするルールにて咲
(ひら)くゆうがお

↓1/15『COCOON』批評会を受けて、若干修正しました。
◆COCOON Issue2 「追熟」
追熟のためにまします柿三つ地蔵顔してその時を待つ
夏去れど秋のなかには火がありてわたくしはいま琥珀の炎
忘れいるようで忘れぬパトスあり隣家の目覚まし時計は止まず
石蕗の葉のてろてろと照り返し自白をすれば楽になると言う
来世ではアムールトラになりたしと思いつつ食む水菜のサラダ
柿二つひと夜のうちに色づきぬ朝まで蜜語かわせしごとく
テラコッタ色のスカートなびかせてひと続きなる大地とわたし
風をよむパンパスグラス秋晴れの大草原に有識者めく
秋天を掃くほうき草けんめいに励みしゆえか真っ赤っ赤なり
みはるかす真白き蕎麦の花畑いちりんずつの色は幽く
感情を鎮めんとして思惟
(しゆい)する熟れ柿ひとつ夜の卓にあり
かすかなる苦味とともに残りいる青い記憶よ追熟をせよ

◆コスモス 2016年12月号
畳の上で死ぬという語を思いつつベランダ隅の落蝉ひろう
無菌室のごとき職場にはたらきて午後五時に知る午前の訃報
六時間叔母の訃報を閉じ込めて硬く冷たく馴染まぬスマホ
たらちねの母より五つ年若の叔母逝きてのち戻らぬつばめ
蜩を聞きしあくるひ夏雲のわあんと湧くはひどくなつかし

◆コスモス 2016年11月号
本当の夏がもうすぐ来ると言うカンナはすでに炎上しつつ
転居するたびに新たな職を得てピサの斜塔のごとき安定
規則ゆえ(不正防止の)十連休あなありがたくいただきぬ夏
べた凪の瀬戸内海の金の波この束の間をわがものになれ
いわばそれ天地創造 おおぞらに雲の波たつ瀬戸の夕映え

◆コスモス千葉通信 153号「目的と手段」
砂時計サラサラ落ちて戻るなしバランスシートいまさら学ぶ
花鋏カツンとひびき意を決すわれが断ち切るべきスパイラル
目的と手段むつかし炎天に干しいる布団汗ばみており
放課後の道場裏に弓を引く少女の背は滾ちゆきたり
終焉はかく美しく哀しいかスターマインの打ち上がる空

↓10/10『COCOON』批評会を受けて、若干修正しました。
◆COCOON Issue1 「白亜紀の月」
真二つにゴールドキウイ切る朝のその断面の冷えた太陽
紫陽花の全成分の九割は雨、一割はみえない銀河
くつしたがかたつむりだよベッド、ソファー、マガジンラックのうえにもいるよ
っぱなし族の長
(ちょう)なるこのひとを愛してしまい仕舞う了う日々
蒼天を肩で支えるアトラスを思いつつわが鞄をかつぐ
清廉という語のかなし山帽子かなしげに咲く庭を過ぎゆく
「8番線8時8分発車です」リフレインせり羽音をたてて
封書あり 朝のデスクにぽつねんと犯行声明文のごとくに
雨粒が丸から三角へと変わり痛いと言えぬ齢となりぬ
網棚の鞄のわれがゆっくりと倒れゆくさま見ておりわれは
ひとひ終え商店街のシャッターが波羅羯
(ハーラーギャー)…と閉まりてゆけり
風の音
(と)
の遠く遠くの白亜紀の月のひかりのさしくる今宵

◆コスモス 2016年10月号
休日の朝はぐーんと伸びをする大白鳥の飛翔のように
まろやかな埴輪の顔の目の洞に雁わたりゆく蒼穹のあり
ギャラリーの煉瓦の壁の懐かしさ繭の中なるころ思い出す
なまやかなロダン〈女の手〉は掴むひかり渦巻くダークマターを
伝統とモダニズム展出でて見る マリアのように微笑んだ空

◆コスモス 2016年9月号
むらさきの深き夜明けのノクターン聴きたし英子さん偲びつつ
灰色の密雲不雨の六月よ紫陽花は待ちくたびれており
思い出は交差す 巴里の石畳ショコラの小箱そっとひらけば
ひたひたと雨の匂いのふくらみて瑠璃紺の巨き雫となれり
かなしみのねじれて落ちる涙壺その藍色のそぞろ雨降る

◆コスモス 2016年8月号
青空にパンタグラフをすべらせてどこまでもゆけそうな皐月
(こうげつ)
マンゴーを花形に切る朝の卓パラドックスに陥っている
負けて勝つそう思えども負けは負けいつ見ても欠けているしろい月
青世界 異界のごとくひろがりぬネモフィラはモルヒネの響きで
咲き初めし藤のはなぶさ若乳のごとく重さを知らず張りいる

◆コスモス 2016年7月号
言いかけてやめた唇あかねさす紫木蓮より声のこぼれく
散りしきる桜に濡れてわが魂もはなびら形の雫となれり
夕暮れのコンビニの棚に残りいるカットりんごの白さ寂しむ
ポケットにセーマンドーマンしのばせぬ海女の魔よけの星形
(セーマン)・格子形(ドーマン)

◆COCOON 2016年6月12日批評会詠草 「倭し美し」
さくら咲きさくら散りいる花見川河畔のどけし倭
(やまと)し美(うるわ)
水際
(みなぎわ)をあいまいにして川の辺に菜の花、桜つらなり咲けり
ぬばたまの黒い車と黒塗りの車のちがいほどの春愁
高齢化問題ここに 四十歳こえいる染井吉野伐られゆく
花明かり蜜月のごと満ちる世に原発の生むあやし灯のあり
たたなずく霞の春のあかつきのコンビニにきて助六を買う
ひたぶるに電卓打てばランナーズハイにも似たる瞬間のくる
朗らかな数字、気難しい数字、coolで美しい数字あり
真乙女のまなざしのごと涼やかな長き睫毛の白つつじ咲く
この町に母はおらねどなつかしき花水木あり遠回りする
なぐさめのひとつと思う 借家
(かりいえ)の垣に満天星あること
葉桜と光がつくりだす模様さみしくなんかないとは言えず

◆コスモス 2016年6月号
おめでとうおめでとう春、おめでとう告天子、蒲公英、おめでとう友
春昼に声なくミモザアカシアの淡黄の花ふとりゆくなり
わたしだけ取り残されぬいっせいに白木蓮は飛びたちてゆき
ゆるみたる春の空気を密やかに刺す水仙のつぼみ鋭し
デコポンのデコに焦がれぬ正円をはみだす個性消す会議中

◆コスモス 2016年5月号「蝶の鱗粉」
五0七六文字の稿書き終えるすなわち睡魔が垂直に来る
切株の紅梅芽吹くまぶしさに右手袋をなくしてしまう
ギガという単位はいまだ馴染みなく恐竜めきて我に火を吐く
熱をもつからだは夢にこぼしゆくルネ・ラリックの蝶の鱗粉
何もかも折れやすくなり冬のあさ肋軟骨を骨折したり

◆コスモス千葉通信 152号「パンドラの箱」
斬首台
(ギロチン)の刃の照り艶を思いつつ枯れてしぼんだ花首を摘む
足首にくちなわ触れるごとき冷え感じる暮れの厨の朝
そびえ立つエッフェル塔の尖端を吹きわたる風さみしくないか
押入れにひとつ荷解きされぬままパンドラの箱深閑とあり
蝋梅の香気ただようあらたまの年はくまなく希望で満ちよ

◆コスモス 2016年4月号
梅鉢の家紋のごとき足跡をたどりてゆけばアルマジロなり
ぬまたまの黒き羽裏をひらめかせ悪女のごとくフラミンゴゆく
獏がもし夢を見るなら何色か人の悪夢で満腹のとき
シマウマのおいど美しその柄は求心的に孔へ誘う
じわああと頭うごかし振り返るハシビロコウはみかえり阿弥陀

◆COCOON 2016年3月20日批評会詠草 「女の選択」
「青春」が枕詞になるほどのわがせいしゅんの銀色夏生
天国と地獄に分けて天国を選び渡りき横断歩道
ひいきめにみても間違いだらけなる男を選びカラフルな日々
牧水が逝きし四十三歳を生きて塩豆大福を食ぶ
MrsとMissとMsあり飛行機に乗るため女の選択をする
ついてくれば間違いないという男謎なりそして謎は深まる
ふくふくと福寿草咲く冬の朝またたれか死にダイヤの乱る
決壊の際の一滴 満ちみつる車内にしかと吊革つかむ
パスワード三つクリアし鍵一つ開けてようやく「出勤」となる
記録より記憶おそろし真裸の赤き言葉をこぼしてしまう
北風としか思えない日銀のマイナス金利コートは脱げぬ
月の舟うらうら揺れるこの先にいくつ選択肢の残れるや

◆コスモス 2016年3月号
胸ボタンちぎれて落ちて満員の車内の足、足、足の沼に消ゆ
会いたい人、会ってはならぬ人のおり同窓会は懐かしき罠
クリスマスソングあふれる世の隅でほとりこぼれるひとつ蝋涙
ショパンには歌詞があるらしメメント・モリ、メメント・モリとリフレインする

◆コスモス 2016年2月号
シンデレラではありません全社員分の雑巾ひとりでしぼる
生活のリズムが変わり体内の上下の収支合わなくなりぬ
ハシビロコウの寝癖のような冠羽にわれの母性がうごき始める
野あざみに蜜蜂が口づけるときトリルの風がふいに生まれる
うまくゆきすぎて淋しくなるなんて見つからぬままいたかくれんぼ

◆コスモス 2016年1月号
ひょうたんのごとき巨大なラ・フランス二人の卓に持て余したり
ショパンというやさしさ満ちる午後の部屋ひとを思えば濃くなる時間
秋空のトロンプルイユまろまろと葡萄の房の連なるような
曼珠沙華ひともと灯る もう充分と思えるときが来るまで憶う
歌を読みまた歌に詠み追悼すむらさきのひと宮英子さん

◆コスモス 第62回O先生賞 佳作「郷に従う」
前線のように北上するわれは鴇色の爪ひらりひらりす
梅のころ離れし君と桜のころ再びに会う ふくらみながら
それぞれの窓にそれぞれ自我あれば引越しのたびカーテンを買う
隣人に転居の挨拶こばまれて八枚切りの薄きパン食ぶ
声色を用心深く聞き分ける躑躅と皐月を見分けるように
おしゃべりはおんなの秘薬みちのべの烏野豌豆さわがしく咲く
「おかあさん」と呼び止められる日のくるや誰の母でもないわたくしが
こんなものまで略されてスパイめく「卵かけごはん
(TKG)をひとつください」
自転車の補助輪はずす瞬間の危うさに似るわれの乗り換え
TOKYOはあまりにまぶしくらくらとスカイツリーの先端あおぐ
腹を割り話がしたく背開きの鰻を食べて郷に従う
水を得てパソコンきおう四ヵ月ぶりに世界へ接続すれば
満開の七千株の薔薇が咲く時に美麗は狂気のごとし
不確かで不可思議な世にありて咲く菖蒲
(しょうぶ)と菖蒲(あやめ)コンガラガッチャン 
全方位潮の満ちいる「海ほたる」人間界を遥かに思う
透明な花が咲きおり飲み干したコーラのペットボトルの底に
バースデーケーキのキャンドル消すように夜空の星を吹き消してみる
これいじょう波乱はいらぬ用心に用心かさね林檎をかじる

◆COCOON 2015年12月20日批評会詠草 「直線になる日まで」
金木犀香れど花は見あたらず新居に秋を探し始める
曲線のやさしさはあり萩の花かなたこなたへやさしく咲きぬ
ショパン聞きながらアイロンすべらせばあなたのシャツを愛しく思う
昨夜瓶につけておきたる塩レモン朝の厨に発光しおり
秋燕
(しゅうえん)を空に見送りGoogleに指の先だけ里帰りする
点線のはかなさはあり切り取ってしまえば消えてしまう点線
新しい仕事に就きて新しい抽斗次から次に開けゆく
直線の安心はありこの先はこの道をまっすぐに行くのみ
赤い月頭上に迫りじわじわと何かが変わるような気がする
歪曲の哀しさはあり窮屈に応接室で咲く胡蝶蘭
次の駅で抜かれます、という電車にはまだどうしても乗っていられず
波線が直線になるその日までわが心臓よ乱れなく打て

◆コスモス 2015年12月号「讃岐うどん」
丸の内ビル群の地下歩むとき冥きひかりに取り囲まれる
不採用通知を二通もらう日のアガパンサスは呪いのごとし
指の先まで苛立ちの込みあげて指紋認証なかなかならず
凹みたるペットボトルが陸橋の手すりの縁に立たされている
新宿で讃岐うどん(と呼ばれいるもの)を食べしが哀しくなりぬ

◆コスモス 2015年11月号
ぶらさがり健康器へとぶらさがる刹那怖れつ縊死
(いし)というもの
向日葵もうなだれる夏骨を折り得てきたものは何だったのか
活躍をお祈りされて不採用通知受けとる四十坂 夏
虚空蔵菩薩にむかい掌を合わす壁そびえ立つ御堂のなかで

◆コスモス 2015年10月号「ホンビノス貝」
宛先にB29と記すとき目の玉の奥よぎる閃光
あたらしい朝の机上に接続するLANケーブルはブンッと脈打つ
ひもすがら升目に数字打ち込みてゆうべ豆腐を握りつぶす手
女神の名いえ恐竜の名のような本美之主
(ホンビノス)貝 椀に口あく
天草の空と海とを浮遊しつつ『藍のひといろ』謹みて読む


◆COCOON 2015年9月13日批評会詠草 「月とソルダム」
ソルダムを食めばかすかに月の味して目覚めゆくわれの細胞
ベランダにバラ星雲の降りきたるごとくに咲けり紅きペンタス
炎天の道を歩めり清流にたゆたいて咲く梅花藻おもい
梅雨明けを知らせる蝉のジイジイと鳴けばジリジリしてジンジンす
明日知らぬ槿花の白の照り映えて安倍政権に四度目の夏
ひまわりとオランダ風車その里にたやすく金の風は生まるる
百万のひまわりの顔そのなかに亡くしし我が子まじりておらん
夕立という語の消えて日本はゲリラが多発する国となる
月光
(つきかげ)に夜来香(イエライシャン)の匂いたつ 遡上できない歳月の河
淋しさの出口はどこにありますかブルームーンに問うてみるなり
夏の夜ほの甘き香を放ちつつ月とソルダムよびあいており
月に住む兎が跳ねてソルダムのブルームとなる朝の卓に

◆コスモス 2015年9月号
日本に四季あり梅雨あり正紺の紫陽花咲けりいたく静けく
七変化あじわいながらゆく径の紫紺の花を思い出に撮る
見回せど何も見えない黒暗
(こくあん)に沈みし二年われらにありき
瑠璃紺の球降りつつむ銀世界その静けさに居りたし今は

◆コスモス 2015年8月号「マリーゴールド」
春真昼あっとうてきな明るさのマリーゴールド淋しくて買う
さだまらぬこころのままに不機嫌な笛吹ケトル朝をとどろく
花冷えのあした初めて訪れし宮柊二邸の手すりの温さ
おおいなる柊二桜の下に立ち両手に受けるひとひらの春
わが腕の時計を合わすJR特急あずさの発車のベルで

◆コスモス 2015年7月号
潮時と思う 社内のヒト、モノがゲルニカのごと歪みはじめて
からみつつ蔦生い茂りつつがなく退職願受理される春
春嵐すぎたる朝のベランダにシャトルコックありわが羽のごと
つかの間の一人暮らしは気ままなりされどあなたがいないと寒い
清乳とよばれる泉ヨーグルト上部に湧けり春のあけぼの

◆コスモス 2015年6月号
初めてのベトナムビール333
(バーバーバー)かんぱい(モッハーイバーヨー)とグラスを合わす
まぎれもなく我ためらいぬポーターに一万ドンのチップ渡すとき
無秩序なバイクの河を渡りきりわれに拍手す ホーチミンは晴れ
肥沃ゆえ茶に濁りいるというメコン豊かに濁る川クルーズす
カメラ慣れしているニシキヘビを巻き写真撮られる棒立ちのまま

◆コスモス 2015年5月号
マンションを退去するあさ原状に回復できぬ傷の残れり
きさらぎの雨の冷たさ春になる前の冷たさ 睫毛に感ず
女子力が足りなくなりて買い足しぬ薔薇の香りのボディクリーム
春節はわれらの門出ネコヤナギ銀にかがやく街に踏み出す

◆コスモス 2015年4月号
身をちぢめデスクに埋もれゆく夕べサバンナに立つ麒麟を思う
前世は根無草かと思うまでさだまらぬ身のしろい爪先
たいらでもあたりまえでもない日々の今朝のごはんの湯気あたたかし
瀬戸の海まばゆいばかりにさざなみは踊りてかなしみまるめくれたり

◆コスモス 2015年3月号
袋からはみ出すほどに豊かなる長きバゲット抱えゆくひと
にんじんを一口大に乱切りす整然と小気味よく乱しゆく
注射針ささる瞬間、離陸する瞬間は似て小さく祈る
風叫び雪駆けまわるビルの谷はい上がれない思いのよぎる

◆平成26年度 NHK全国短歌大会 近藤芳美賞 「さみしい檸檬」
NHK学園ホームページ  作品・選評 

ならざりし恋のなごりか未晒しのクラフト封筒ポストに届く
グラニュー糖さらさら零れそののちの時間の余白せばまってゆく
真静かな闇夜に香る金木犀さいごの記憶はにおいと思う
夏休みの日記のように振り返り何か足らぬと思う月の夜
紅白に並びてさみし秋の野の赤曼珠沙華、白曼珠沙華
積もりゆくデスクの書類ああ今日も斜め四十五度に降る雨
まとめねば書いて出さねば走らねば何はともあれ傘をささねば
毎日に追われてついに彩りを失うわれのデスク弁当
そうでなくてもさみしい秋の送別に夕焼けいろの花束なんて
ボタニカル柄のブラウス着てゆけば枝葉をひろげ光合成す
小春日にまもられながらみちのべの小石はしろい小石を産みぬ
黒揚羽飛び立ちゆきぬ□背に蝶の刺青のおんな湯浴みするとき
初秋のクラムチャウダーくちびるにやわらかい木の匙にてすくう
雪平でみるくをぬくめいるあした吐く息吸う息まるくなりゆく
青春はさみしい檸檬あのころの理想に遠い今をいとしむ

◆コスモス 2015年2月号
灯明にみちびかれゆく秋の夜の博多の街はほのやわらかし
三時間だけ灯りいる灯明のゆらぎのそばに揺れるたましい
この罪の蜜のかおりにいざなわれ〈未必の故意〉というコイを知る
色がみな陰りをおびる晩秋のボルドー色に染まる街並み

◆コスモス 2015年1月号
サヨナラという勝ちかたのハラハラとトキメキは恋の始まりに似る
りんりんと星降る夜の危うさよこの密室に散らばるカオス
〈同窓会開催〉というポスターが駅に貼られて一ヶ月経つ
「エイプリルフールですか」と聞き返す底冷えのする会議室にて

◆コスモス 2014年12月号
コンビニの「おでん」はじまる草つ月「冷やし中華」はまだ終わらねど
「馬鹿みたいに」という前置きがつくほどに降り続きいし八月の雨
産まれたての鹿がはじめて立つようにベッドから起き上がる朝五時
「長生きリスクに備える」という講座あり生きにくき世の白曼珠沙華

◆水城 第259号「花の盛りに」
満開のさくらさくらを見しのちに訃報ひとひら拝受せし夜
おおいなる大野展男氏いまなぜか棺に小さく小さくおりぬ
厳しくも温かき大野展男氏の遺影のほとりを照らす向日葵
「桜見ずに終るか」という歌どうにも読みあぐねたり 花の盛りに
満開のさくらを見れば思うだろう大野展男と鰤とブロイラー

◆第四十四回北原白秋顕彰短歌大会
思い出の断片に似るシーグラス初秋の二見ヶ浦に拾う

◆コスモス 2014年11月号「白蓮のしろ」
潮騒のごとくさびしき響きなり闇のかなたの夜の蝉声
正直に生きれば人を傷つける白蓮のしろまぶしすぎるよ
蒸し暑き八月六日繰り返す愚かさおもい橋の上をゆく
努力してどうにもならぬことのあり夏空に透く姫婆羅の花
静寂の無為の贅沢味わいぬひとりのひるのカップラーメン

↓12/14『桟橋』批評会を受けて、若干修正しました。
◆桟橋 NO.120 創刊三十周年 終刊号 「ゆきさき」
それぞれに違うゆきさき目指しつつ同じ視線にバスを待ちおり
湿舌が列島なめる かたつむりの殻でしばらく雨宿りせり
雨あとの黒百合ギラリ「戦え」という声低くして武装する
にんげんに疲弊しきってにんげんに救われた日の月ほのぬくし
ゆきさきはアルカディアなり支柱には添わず伸びいる風船かずら
蝶に蝶あつまる花舗のディスプレイみせかけのマイホームみたいに
ひとつずつ餃子を包むわれの手でつつみかくせぬ暗愁のあり
冷蔵庫と流しの間に落ちてもう取れなくなった箸、ふた、時間
ゆきさきのないまま家を飛び出しぬ傘なくメガネなくマッチなく
目を病めば見えるものみなさみしくて白あざやかに咲く胡蝶蘭
メコノプシス・ベトニキフォリアその花を見つける旅はまだ終わらない
陸であり海であるこの桟橋に立ちて新たな船出せんとす

題詠「橋」を詠む
海峡をおおまたぎする瀬戸大橋わたる折々かわる表情

◆コスモス 2014年10月号
黒き羽いちまい落ちている夜明け魔女が通ったあとかもしれぬ
右肩がすこし下がっているわれはアシンメトリーばかりを愛す
声にするまでに百年かかりそう願いがひとつ叶うと言われ
なんのネジだか分からねど取っておくまだ崩壊はしていない家
つき抜けるかなしみはあり明け方の空をカラスの鳴き渡るとき

◆コスモス 2014年9月号「アラーム」
祝福の鐘のひびきのカンパニュラ白あざやかに咲きほこりたり
ふうとうの二円切手のうさぎの目うるみて光る投函口で
鮮やかにみえる(気がする)3Kで見る4Kのテレビの画面
一円が舗道の隅に落ちているこれは何かの罠であろうか
象に背を踏まれいるごと重き身に鳴り響きたり今朝のアラーム

◆コスモス 2014年8月号
むらさきの風吹きとおる藤棚に万葉びとのささやき聞こゆ
のぞむもの多く語らぬ母が言う喜寿の祝いに犬が欲しいと
古新聞両手に戸も開けられるゆえ優しい妻に女になれず
母に会うのはあと何度母の日を過ぎて特価となるカーネーション

◆桟橋 NO.119 「芳春のひる」
コート脱ぎ仮面も取れど春泥をゆくごと重し四十のからだ
コンタクトレンズの左右あべこべに入れてまともに見えくる日本
サイレンがわが家の前で止まるとき鳴りはじむわが裡のサイレン
陽を求め空気を求めよく晴れた芳春のひる公園へ行く
こころよくおひとりさまを受け入れてあたたかかりし冬の藤棚
蜂を蝶をホモサピエンスを虜にし悠とたゆたう春の藤棚
山吹は小花なれども新緑にピリリと辛い彩りとなる
曲線の白ふくよかな花馬酔木ゆうべ女人となりてゆくらし
いただきしミヤドレーヌとフィニャンシェにやわらぐ猫の恋の季
(とき)いま
壊しては造るわれらか内海を埋め立てた地に湖を掘る
埋め立てて造られた島に造られた湖の辺に咲く燕子花
春過ぎて夏来たるらし白妙のひこうき雲が真っすぐに伸ぶ

題詠「野菜と扉のある歌」を詠む
明けやらぬ納屋の扉の隙間より人参を選る父の背の見ゆ

◆水城 第258号「ハタラケドハタラケド」
中年のクライシスいまただなかにいてハタラケドハタラケド沼
日照と自殺の因果おもうあさPM2.5は今日も濃く
頑張る、と言い過ぎて何か失っていたようだ冬まひるまの月
あのことは特定秘密だからもう短歌に詠むと罰せられます
ミラービルの輝きのなかジャンボ機が飛び去って銀色の大空


◆コスモス 2014年7月号
初老にてふたたび正社員となる黒きスーツを花衣とし
パンプスをならしてあした出陣す寝ぼけたようにかすむ太陽
われの目として七年を見つづけしコンタクトレンズふたひらを捨つ
金曜の夜にようやくたどり着き鉛のような眠りに落ちる
人生は予定通りにいかなくて週末ごとに降る桜雨

◆福岡歌会(仮)アンソロジーⅡ 「逆転の●と○」
「面黒い」という言の葉の面白しオセロの●と○逆転す
書き順はでたらめのまま「秘密」って書けばそこからひろまるヒミツ
さかさまに口づけをする好きだった理由が分からなくなる夜は
嘘っぽい愛の言葉のごと思う人工島の公園のバラ

◆コスモス 2014年6月号
ポン・ヌフで待ち合わせましょう貴婦人のごとく帽子のつばをふるわせ
接吻の二秒前なるふたりの絵ひゃくねんのちの美術館に見る
そこに窓があるかのごとくそれぞれに光のちがうモネの睡蓮
カモミールティーの香満ちて目つむればセーヌ河畔の木漏れ日の午後

◆コスモス 2014年5月号
たからものにはあらねどもつやめける珊瑚のごとき良性腫瘍
隠しても隠しきれない目の下のクマにいつしか蜘蛛の住みつく
われに降る世間の雨をしのぐため空色の傘こころにひらく
明日のパン、履いてゆく靴、乗る電車まどうばかりの不惑なるわれ

◆桟橋 NO.118 「イカロスの翼」
↓5/24『桟橋』批評会を受けて、若干修正しました。
あのころのつやめくつばさイカロスの翼だったとこのごろ気づく
黒っぽい男社会に働きて黒ばかり着れば髭生えんとす
ひもすがら鵯のごとくにさえずりぬ自分で自分が嫌になるほど
ドラム、笛なりやまぬ夜のカーニバルああ疲れすぎ眠れない脳
真夜中の待機電源ほつほつとしるべとなして水飲みにゆく
目薬があふれて落ちてほんものの涙のようにかなしくなりぬ
満員の朝の電車に樹となりて非常ボタンの赤を見つむる
「脱法」はすでに「違法」の香りせり霞める空のあやふやな雲
われがまだオタマジャクシであったころ世界はもっとシンプルだった
渋柿をあまいあまぁい干柿にするおひさまにトリックはなし
風媒花なら実をむすんでいたろうか風はわれにもかれにも吹けり
こころひとつ地球に落とす来春
(らいはる)はほとけのごときこころ芽生えよ

題詠「後ろ」を詠む
つかもうとしたのは後ろ髪だったチャンスの神よもう一度来よ

◆コスモス 2014年4月号
年頭の誓い強くす新月にはじまる新
(さら)の二〇一四年
すこやかにあればまず良し新春の花器にしゃあーんと極楽鳥花
マラソンの応援にふる旭日旗
(きょくじつき)黒い世界は呼び戻すなかれ
出馬して駿馬のごとく疾走し勝馬になるででむしの夢

◆水城 第257号「黄泉のたましい」
しなやかなドルフィンキックで飛行する青く巨きな世界にめざむ
屍のポーズをヨガの最後にす黄泉かとまごうわれのたましい
「死ぬまでに行きたい世界の絶景」を見つつただよう海月となりぬ
爆発というにあらねど無花果の小さき噴火口を恐れる
闇深き裡にしずかに育ちたる口内炎の赤き火柱

◆コスモス 2014年3月号
いっぽんのタワーを万の灯で飾るツリーにひとつ星も混じれり
太陽に近づきすぎて消え去りしひとつ彗星 もうすでに過去
ペルソナがわたしに戻るまでを待つスタバの赤いランプの下で
ドーパミン不足気味らし目の前のチョコをガリガリかみ砕く午後

◆コスモス 2014年2月号「カルネアデスの板」
豊かなる空
(くう)を抱きて実りたる風船かずら そのなかの空(そら)
再生のため壊れゆく肥大したマリモは岸に打ち上げられて
想い出のあとさきにある夢のなか思い出せないいちにんのあり
花のない公園をでるその刹那ひいらぎの香に呼び止められる
掴んでもよいかわたしの目の前にカルネアデスの板がきたなら

◆桟橋 NO.117 「秋の百夜」
秋天に飛翔してゆく大銀杏鱗のごとき葉をなびかせて
消印は風の丘よりぬくぬくと羊雲浮く絵はがき届く
祝宴の華やぎ消ゆる帰り道われだけに照る十六夜の月
明日への階段をまた踏み外す先ばかり見て足元を見ず
唾とばぬテレビ会議はちぐはぐす蟻と麒麟の対話のごとく
コスモスに集えり 蜂は蜜を吸うため人々は解毒するため
夕焼けを呑み込みしごとあかあかと大きくひらく石榴の口は
垂直に背筋のばして天を向く黄のガーベラを畏れつつ見る
ピラティスにただよう甘き響きあり秘密のはちみつ味わうような
水の辺に金の石蕗咲くように人のほとりに笑みたいけれど
霜月の街に灯れる冬ぼたる蒼きひかりをまんと放てり
無限なるマクロコスモス眠れない秋の百夜にCOCOONの群れ

題詠「故郷をうたう」
柞葉の母の暮らせる柞田町
(くにたちょう)どんぐりのごとポケットにあり

◆平成25年度 NHK全国短歌大会 入選
豆苗のぎゅうんと芽吹く八月の朝の厨を飛び立つように

題詠「母」
旅立ちてまた戻りくるその場所に愛ありて欲し航空母艦

◆コスモス 2014年1月号
夢ひとつあきらめし日のあまりにも澄みわたる空 上手に泣けず
さみしさを超越したるひとならん初秋
(はつあき)の夕焼けを撮る人
真夏日の十月一日おかしいと思いつつする「はい」とう返事
されどなお生きねばならぬたわみつつ水引草は風にあらがう

◆水城 第256号「豊かな時間」
灼熱の市街地のビル冷やされてペンギンたちも一枚羽織る
ドンドンと言えば言うほどギクシャクとして連鎖する解雇と辞職
秒針が鼓動を煽り切迫す入稿間近の原稿にぎり
〈しあわせ〉はなにか自問すみつをなら自分の心が決めると言えど
コンクリートジャングルになる金の枇杷豊かな時間
(とき)をふくらませゆく

◆平成二十五年度 銀杏文芸賞 短歌の部 佳作「夏のからだ」
午睡より覚めたる夏のわがからだ打ち上げられた海月のごとし
熟れるとは朽ちることなりわれにまた増えるバナナのシュガースポット
コンタクトレンズ一枚無くしたる夜はしきりに星がまたたく
無意識に非常階段のぼりおり帰り支度も済ませた足が
悪人がだれか分からぬこの世にて勧善懲悪ドラマに安堵す

◆コスモス 2013年12月号
土砂降りのなか過ぎゆける豆腐屋のラッパの音のサイレンめきぬ
絶望の色は純白 哀しみは遠雷のごと遅れて響く
交渉に明け暮れし日々やり過ごし週末に聞く音叉の音色
吊り革に右手をあずけ目つむれば駱駝に乗って歩く心地す

◆第四十二回宗像大社短歌大会
森じゅうがぎゅんぎゅんとよむ蜘蛛の巣にかかりし蝶が生きようとして

◆第四十三回北原白秋顕彰短歌大会
泣くことを忘れてすでに七ヵ月経ちてしまいぬ降れば土砂降り

◆コスモス 2013年11月号
乗る予定だった電車はないというキツネひょっこり現れる盆
隣席は一駅ごとに入れ替わる婦人、青年、風の妖精
百万のひまわり天を仰ぎおりきぃーんと高き終戦の空
帰路わたる川面に映る夕光のちぎれちぎれになりいて揺るる

◆桟橋 NO.116 「ガラスの靴」
ねむいねむい雨の月曜ぐっしょりと重い身体をバッグに詰める
踊り場で膝からころぶ靴が飛び綺羅星が飛びすこしワープす
水星が逆行しゆく送ったと言われた請求書が届かない
あびるという比喩がぴったりするほどに間近に花火あびつつビール
さぞやよき香のする洗剤なのだろう「クレオパトラの香り」というは
〈あせもちん〉チンの響きにふざけあう幼らのこえ平和なるべし
永遠に届かぬ場所もあることを知りつつ買えり極細ブラシ
目瞑りてなお息苦しエリンギの首をおさえてジュウと焼くとき
雷鳴の轟く午後にピアノジャズ聞けばやすらぐ死後のごとくに
四十の膝の青アザ鮮やかに見せつつ白きスカートで行く
駅までの徒歩八分で靴ずれす買ってもらったガラスの靴で
コノデンシャテイデンデスと言われても行かねばならず深く息する

題詠「椅子をうたう」
母の椅子、父の椅子ありふるさとの思い出はみな丸みをおびる

◆コスモス 2013年10月号
火の星座生まれのゆえか燃ゆる夏、燃ゆる議論は嫌いではない
腰に手をあてて一気に牛乳を飲み干しているわれに驚く
泣きながらお悔やみ原稿は書けというスポニチデスクは伝説らしい
ビジネスの話しかせぬいちにちのよう〈あとがき〉の無い歌集閉ず

◆水城 第255号「ともしび」
くちびるをひととき愉しませたのち消えてしまえりシャンパントリュフ
もう四十でもまだ四十消えそうで消えぬともしび我が裡にあり
ハングルのペットボトルの流れつく浜に続きの物語あり
満ち引きは自然なること砂浜にある夫婦岩動じずにあり
閉店の花屋の隅で展きたる小宇宙
(ミクロコスモス) 夜のクレマチス

◆コスモス 2013年9月号
鮮やかなスカイブルーのワンピース着てゆくひどくかすむ朝は
試されているかもしれずこの坂は上っているか下っているか
夏至ちかく照る満月はつねよりも明るく甘きスーパームーン
親富孝通りはかつて親不孝通りと呼ばれ華やぎありき


◆コスモス 2013年8月号
ゆたゆたと暮春のひかり集めいて寂し窓辺のまるき花瓶は
その先の空をまだ追う幼き日放してしまった黄の風船の
八重に咲く夕焼け色のアマリリス足悪き母をおもえど遠し
「めでたし」となりたるのちがほんとうは大変ならんおとぎばなしは
さくら見て哀し月見てなお悲し上ばかり見てきたかもしれず

◆桟橋 NO.115 「roots」
空か海か雲か波かとまがうまで青きらきらと天草諸島
海に向きわれらの来るを待ちいしかゆかりのひとの眠れる湯島
裔なれど初めて参る墓のあり婚の報告ようやくにする
子のなくば末流となるわれらなり目つむりて海の胎動を聞く
殻つきのウニを囲めばほがらなり談合島と呼ばれる島で
潮騒とうぐいすの声、どこからか三線
(さんしん)の音も聞こえる湯島
斎場の二階はステンドグラスなり乱の歴史の残る天草
凪ぎわたる不知火の海いつまでも変わらずにあることのむずかし
広大な熊本城を歩きゆく森林浴に来たかのように
城内の首掛石の天面のスパッと平らかなるを恐れる
白壁にゆるゆるゆれるほの灯り花狭間
(はなざま)欄間の影をうつして
rootsありすべての人にそれぞれの書き換えられぬ唯一無二の

題詠「架空の地名を詠む」
凪乃島ほのぼの坂で出会いたる猫のあくびにやすらぐ夕べ

◆コスモス 2013年7月号
早々と弥生なかばに咲くさくら時もサラサラわれを追い越す
駆け込みて挟まれている人を見つ朝のホームに感情もなく
歩きつつネクタイ結ぶ若者の指先しろく発光しおり
葉ざくらになりゆくときの喪失のこころのままにキーボード打つ
妖しくて激しいひかりモンスタームーンがわれをあやつる夜更け

◆水城 第254号「春」
ラベンダー色のストール、密色のコートetc.
(などなど)春を買い足す
小さき鈴ちゅりんと鳴らす春の風やさしくあれど激しさも欲し
雷鳴のとどろき雨の降りしきる夕べしだいに透明となる
まだここは底じゃなかった浮遊するこころはふわんふらららふわん
方舟はまだ現れず混乱の波に呑まれてしまうのか 春

◆コスモス 2013年6月号
春めきし二見ヶ浦はらんらんと恋人達の白き歯まぶし
目に見えぬものは恐ろし放射能、PM2.5または愛
従姉妹らとむかし遊んだ花札の絵柄のような 梅に鶯
さざなみのような白梅さえずりのような潮騒、ささやかに春

◆コスモス 2013年5月号
もの言わぬ欅に添いてもの思う四十代は寂黙のとき
冬晴れの独り居の午後もてあます時間に空を育みてゆく
感情をなくしてしまうどん底で地に足が着き空を見上げて
許さぬにわれは君から許されて暗愚のこころさらにはみだす

◆桟橋 NO.114 「未来予想図」
真夜中に降りて朝
(あした)に消えてゆく六花(りっか)のようなひとつため息
「こんなはずじゃなかったね」って君という木婚式
(もっこんしき)の間違いさがし
死ぬまでに何枚皿を洗うだろううつむく時間おもえば暗し
妊娠1出産0と書きて出す問診表は罪状のごと
あきらめることよりあきらめさせることの残酷おもう 雪降りしきる
どれくらい待てばいいのか何台も行き先違いのバスを見送る
見たくなくやはり見たくて購入す黒い綿棒、黒い歯ブラシ
子のおらぬ子育て世代たそがれてながいながーい夜がはじまる
得るよりも失いてゆくものの増ゆ花よりも月しずかに見たし
「無断コピー許可する」と明記されている亭主関白協会会報
「愛してるから言うけれど」ということば君への枕詞に使う
「戦わずして負けるべし」という掟あるらし亭主関白協会
行方不明あり迷子あり卓上のペン立てのペン日々増減す
きりのいいところと思えどきりのなき仕事に今日も呼びとめられる
「明日でいい仕事は決して今日しない」定時に帰る人の格言
今月は奇跡がおこるという占い右脳で信じ左脳で疑う
見たくなくやはり見たくて問いかける人のこころの黒い真相
炎上といふにふさわしわがデスク消せども消せどもケセドモケセドモ……
左手に買物袋、右肩にバッグ、右手に傘さし帰る
産みたくて産めないからだ酷使する生きいる意味を見つけだすため
猫のヒゲ欲し座れるか座れぬか測りかねいる空席ありて
自分へのご褒美として贅沢にサロンパスAe介
(すけ)の字貼りす
とうきょうの地下鉄路線図えがくごとなにがなんだか未来予想図
「ああこれでよかったのだ」と言えるかな金婚式を迎えるまでに

題詠「結句が字足らずの歌」
きさらぎの雨は雪へと変わりたり春待つこころ立ち止まる

◆コスモス 2013年4月号
マヤ暦の終末さわぎはただに過ぎゆず湯にはいる週末となる
がむしゃらに初老を生きて甘過ぎるイチゴを肯定できないわたし
父母は変わらず我は変わりしにまだ焼肉を食べさせたがる
もう産めぬ歳らしひとつ孝行もしてあげられぬまま 椿落つ

◆水城 第253号「もの思う樹」
もの思うマロニエとなりわれは佇つ迷わずに降る雨のむらさき
リハビリの母の歩みはゆっくりと月の表面ゆくように見ゆ
地下街に方位感なく迷い惑いきりきりまいす原稿かかえ
足もとの笹の葉ふっと舞い上がり瞬きの間にバッタとなりぬ
情報は光で届く現代
(いま)なれど手で配られる新聞重し

◆コスモス 2013年3月号
戻しえぬ歳月のあり果てしなきラピスラズリの宙
(そら)を見上げる
痛いほど寒いあしたの公園にキツネのしっぽぽつねんとあり
家計簿をつけてもカネは増ゆるなし枯れ葉カサカサ冬にいりゆく
人ひとり解雇されゆく新聞が新聞紙へと変わるごとくに


◆コスモス 2013年2月号
もうここは底かもしれぬ〈最悪の事態〉の知らせ真静かに読む
動悸して覚めるあかとき半分の君の苦しみ引き受けたれば
菊の香の満ちる大社はにぎわいておひとりさまはひっそり祈る
選択肢あるようでなしうっかりと押し間違えた行き先ボタン

◆桟橋 NO.113 「生きる」
生きることすなわち老いてゆくことを受け入れがたくコラーゲンのむ
脱皮する蛇の苦しみ思いつつ身もだえしおり変化のいまを
朝はくる雨はあがると言い聞かせ洗濯物をベランダに干す
いつ死んでもいいと思えどカッチリとシートベルトを締める我あり
水上はすずしげなれど水中はせわしき鴨のごとく仕事す
ひもすがらはたらいた手をねぎらいてすっぽんクリームたっぷりとぬる
日曜の昼のホテルに八千円払えるひとが集うReunion
青春の場所を同じくするひとと肩組み歌うCollege Song
月満ちてあかるき夜は空虚なるこころを隠しきれなくなりぬ
ひとはなぜ生きねばならぬ手帳にも掲示板にも答えはなくて
将来が不安といえば君は笑いにっぽんじゅうの鬼も笑えり
君といる秋の浜辺はあたたかく海に向かっていうありがとう

題詠「日本人」を詠む
玄関で疑いもなく靴をぬぐわれまぎれなく日本人なり

◆平成24年度 NHK全国短歌大会
【穂村 弘選 佳作】
乳房ふたつ押し潰されてつぎつぎに被曝してゆくマンモグラフィー

◆コスモス 2013年1月号
鍋底の凹みにそっと触れてみる平らかなあの日に戻れたら
さだまらず浮遊している根無し草あなたについてゆくほかなけれど
怒りつつ食むは難しドーナツはまあるくあまくあたたかいから
金木犀ほのかに香る秋日のほのぼのとして泣きたくなりぬ
さきだちて飛ぶ赤とんぼこの道をまっすぐゆけと示すごとくに

◆コスモス 2012年12月号
立春や処暑といえども暦とはかけ離れたる暑さ寒さよ
ケーキ屋のショーウィンドウにさつまいも、くり登場し秋になりたり
五年経ていまだ未知なる君といて抜けなくなりし結婚指輪
ねばならずにもかかわらずされどなお心はここにいたいといえり

◆水城 第252号「白紙の日記」
黒猫がよこぎるさまをまぼろしのごとく見ておりひとりぼっちで
奇跡っておこるのかなぁもやしの根ちまりちまりと取りつつ思う
完璧な美は偽を連想させるらし造花のごときブーゲンビリア
フェルメールの描く少女のつややかな瞳は黒き真珠のごとし
何色の未来だろうか吹き抜ける風が白紙の日記をめくる

◆第四十二回北原白秋顕彰短歌大会
ゆき止まりただぼうぜんと佇めばなまあたたかき哀しみのくる
(講師 高野公彦氏の批評により下記のように改めます)
→ゆきづまりただぼうぜんと目つむればなまあたたかき哀しみのくる

◆第四十一回宗像大社短歌大会
負けてとる銀メダルより勝ってとる銅メダルよし順位ではなく

◆コスモス 2012年11月号
たらちねの母がつかまり立ちをして歩こうとするリハビリ初日
大腿骨骨折したる母なれば歩いただけでメダルあげたし
母おらぬ家はなんだかうす暗く父の煙草の数の増えゆく
三週間母が不在のキッチンに積もるほこりを西日が捉う
よくしゃべりよく食べよく寝よく笑う母なりグレーな病室にても

◆桟橋 NO.112 「折り返し地点」
暗雲の垂れこめる昼ビル街も丑三つ時の静けさとなる
「いい人」といわれ続けてきた夫NOが言えずに闇を漂う
職の無い地獄を思えばマシと言い夫は向かう生き地獄へと
真四角の真白き卓で味のしない食事を黙って摂る日々続く
わが裡の卵は賞味期限切れなれどまだ食べられると信ず
灼熱の大橋渡る そのしたに流れる水の命を感じ
ははそばの母を支えし足の骨真二つに折れ動かない母
聴力の衰えし父なんかいも母の手術の説明を聞く
入院の母に届ける庭に咲くひまわりそして希望の靴を
燃え残るだろう金属いま母の左大腿骨をつなぎぬ
人生で最大級の混乱の波に呑まれて四十となる
折り返し地点はふりだしにも似てゴールは遥か彼方に光る

題詠「小現実」を詠む
理想には及ばぬゆえに時に小現実逃避して空を飛ぶ

◆第九回 筑紫歌壇賞贈賞式 シンポジューム 題「虫の字か虫編の字を入れた歌」
【小島ゆかり 選】
この小さき天道虫にも草食と肉食のいてくらむ草叢

◆コスモス 2012年10月号
降りだした雨に濡れつつ駆けゆけばまだ青春の残光のあり
ほっこりとしたくて団子、日本茶でたまむし色の日暮を過ごす
沸点に至るケトルはあかあかとパーカッションの情熱に似て
飲み込みて呑み込みてこし言葉らが柔きあなたの胃腸を荒らす
科学では解明できないこともある墓参ののちに治まる頭痛

◆コスモス 2012年9月号
六月は青の季節と思うまで菖蒲、紫陽花雨に映えゆく
言いかけてやめたあなたのつぶやきが百合の花粉のように残れり
きんと雲のごとき巨きな注連縄が頭上にかかる宮地嶽神社
極楽はかくのごときか御垣内菖蒲苑にはひゃくまんの青

◆水城 第251号「その背に羽を」
やさしさが現代社会で仇となる夫のこころ今ここになし
会社には死んでも行かなという夫その背に羽をつけてあげたし
すこやかな夫を失いそうになり今ほんとうに愛しはじめる
運命のように義母より電話ありSOSを発してしまう
××
(ダメダメ)とわれにダメ出しするように大根に隠し庖丁いれる

◆コスモス 2012年8月号「休みはまめに」
外国で卵子が売買されている手が届きそうな蒼い満月
無罪という判決のでてさらになお悪人めきぬ小沢一郎
たましいが疲労骨折しないよう愚痴は小出しに休みはまめに
こどもの日に子のなきわれら母の日に母のなき日のくること思わず
子をはさみ手つなぎてゆく親子連れM字の影をわれは畏れる

◆桟橋 NO.111 「桜咲く」
桜咲くただそれだけでせつなくてちびた鉛筆さえ捨てがたし
今年もう四度目のみくじ満開となりし桜の枝に結びぬ
ナデシコよもう諦めていいですか授からぬまま初老ちかづく
来年も咲かせるために首を切る盛りの過ぎしチューリップから
新しい靴欲しけれど古き靴にも未練あり桜のころは
桜散るただそれだけで泣けてきて明日の米さえ研ぎあぐねたり
菜種梅雨、春をしずかにはなやかにしてゆく無声映画のように
言葉こそなけれど頬に黒髪に感じる確かな春、花信風
花立山温泉は春、浴場に洗面台に花咲きみだれ
きらきらしジンジャーエールのあわのごと花を付けたりシンビジウムは
あの頃の未来に立っていなくても花占いはもうしないだろう
桜散り夢から醒めて見渡せば空は青いし生きねばならぬ

題詠〈一〉を三回詠む
にっぽんが揺れた三・一一は一生忘れえぬ日となりぬ

◆平成24年度 コスモス九州地区福岡歌会 吟行作品
悠久の宗像の地にわれは立ちいにしえ人の声を聞きたり
晴れ渡る玄界灘は青世界海の青さと空の青さと
ふくろうのふくよかに鳴くモマ笛を口ふくらませふうっと吹けば

◆コスモス 2012年7月号
なつかしい菜の花の香だ嗅覚は視覚にまさる記憶の小箱
まだ固きハクモクレンのつぼみたち皆かなしみをかかえてるんだ
桜までもうひといきの春の日の甘木公園しばし憩えり
春の日はハ行が似合うはひふへほほほほ桜も微笑んでいる
ぎゅるぎゅると春の嵐のさりしあと銀糸のような清明の朝

◆コスモス 2012年6月号
みずぬるむ春の汽水のみずどりは白魚を待ち首を長くす
真夜中に銀河のごときかがやきを放ちいるらん金屑川は
鳥曇りつづくさんがつ混沌としてゆがみゆく世界に目覚む
今日いちりん桜咲きしと君に告ぐ満願成就したるごとくに

◆平成24年度 コスモス九州地区福岡歌会
まだ海を泳いでいるか活造りの鯛はゆるりと鰭を動かす

◆コスモス 2012年5月号
赤信号伏し目に渡りおえしとき園児の澄める瞳に会えり
赤い火をこえてしずかな青い火となりたるゆうべ 雪降りしきる
人生にいくども出会うAランチこの平凡をこそ愛おしむ
箸置きに箸が置かれてあるように花婚式に花をもらいぬ

◆桟橋 NO.110 「南へ」
南へとこがれるこころ先に発つ真冬の駅のホームに立てば
ふはぁわぁ~とあくびする間に鹿児島へわれを運べり新幹線は
竜宮へむかう列車か「指宿のたまて箱
(いぶたま)」は珊瑚や海藻もようのシート
指宿は雨、しっとりと菜の花に春を知らせることのはを聞く
前菜は小さなたまて箱のなかふたを開ければ主人公めく
カニのあし竜宮城より取り出して噴火の桜島で蒸す鍋
ひとびとがマトリョーシカのごと並ぶ砂むし風呂に等間隔に
ひたぶるに特急列車やりすごす鈍行列車 雪降りはじむ
富士山をはた桜島をめでるときまぎれなくわれ日本人なり
はつはるの雪の霧島神宮に朱
(あか)のめでたく大鳥居たつ
ゆいいつの暖房器具は足湯なり雪の霧島神宮駅の
雪の舞う駅舎のわきの足美
(たび)の湯にああありがたく裸足となりぬ

題詠「女」または「男」をうたう
女にはベツバラという薔薇が咲く甘美なるもの見つけたるとき

◆コスモス 2012年4月号
望遠鏡のぞけば万華鏡のごと錦江湾はきらめいており
暮れかかる波打際に白じろと湯気立ちのぼる指宿の浜
地の衝動、波の鼓動に抱かれる砂蒸し風呂に喉まで埋まり
指宿の砂蒸し風呂の黒砂は手足に腹にずんぐと重し

◆コスモス 2012年3月号
まちじゅうに「頑張ろう」との文字あふれがんばれどがんばれどぬかるみ
夜の風によごれた窓をみがきおり窓が空へとかわりゆくまで
タオルから雑巾にするこの道を昇格と呼ぶ呼ばせてもらう
アメリカは世界か?大リーグへ行くといえば世界に挑戦!という

◆平成23年度 NHK全国短歌大会
【佐佐木幸綱選 佳作/島田修三選 佳作】
脱ぎてある靴ありシャツあり姿なし置手紙あり事件のように

◆コスモス 2012年2月号
水鳥が飛びたつときに描きいし曲線のそのさきの大空
暗号のようなメモありなぞ多きところと思う君のポケット
こころにも時には処方箋が欲し秋の夜長にざわめきやまず
あきさめの植物園はひとけなくマイナスイオンを増幅させる

◆桟橋 NO.109 「特効薬」
宇宙文字みたいに歪む君からの置き手紙あり真白き卓に
古びゆく万の卵を抱えつつああどうしようもなく青い空
傷ついたぶんだけ甘くなるという林檎のようにありたいけれど
誰からももらわず誰にもうつさずに自己完結の風邪をひきたり
ふしあわせに効く特効薬ありますか?あるよあなたの心の中にね
紺碧のアロマポットがはなちいる鴇色の香にほぐれゆく午後
たくさんの愛をいただくポンジュース愛媛産には愛があるらし
しあわせはビッグマックを食べようと大口あけた瞬間などに
八階の窓辺にとどく芳しき金木犀のきんに包まる
天ケ瀬の温泉に入るあいだにも紅葉は車のうえに積もりぬ
かさぶたのように紅葉は落ちてゆく自然治癒してゆけるか地球
花のごと飛沫ちりゆく桜滝さからわず落ちる水の清さよ

題詠「大人の歌」
表情を変えず大人の返事して机のしたで拳をにぎる

◆コスモス 2012年1月号
満月に水晶の玉かさねれば指の先から雫となれり
「お幸せそうで」と言われ全否定するわれがいる 切れ切れの雲
リコリスの白きが汚れゆくさまを人のこころのように見ており
前向きに生きるほかなく花を活く大丈夫だよという人のいて

◆コスモス 2011年12月号
紺碧のドーヴァー海峡その深き水底おもうコントラバスに
音もなく降る秋雨のやさしさに「おかえりなさい」が言えますように
暴風に空き缶ひとつ転がりて転がりて落つナラクノソコへ
新しい物買うという意欲なくもうすぐ死ぬのかと怖くなる
泣き尽くすというほど泣いて目をとじる河野裕子の「蝉声」読みて

◆水城 第249号「放生会」
十六夜の月の明るき放生会
(ほうじょうえ)足なき人らうごめきてゆく
参道に並ぶ出店は七百軒ひだりみぎみぎひだりみぎ見る
人波にきつね、たぬきも混じりいん筥崎宮の放生会には
開運箸「当たりました」と渡されぬ空くじなしのみくじなれども
身のうちに雪ふり初めぬほわほわの雪花氷
(しぇーほあぴん)をひとくち食めば

◆コスモス 2011年11月号「ふくらむこころ」
朝いちの道後温泉われの背はふいに地元の母に流さる
ふるさとに帰れば会うひと会うひとに物をもらいてふくらむこころ
旅先でアンモナイトをみつけたる君の瞳にやどる少年
なつかしき讃岐うどんの喉ごしをつるり楽しむ目つむりながら
子らの声聞こえぬ家に帰りきて爪切りすれば乾いた音す

◆桟橋 NO.108 「齢」
バラ風呂の薔薇の届きし誕生日三十九の体ほどけよ
薔薇の香をかぐときなぜか目をとじるくちづけを待つ少女のように
雰囲気や料金よりも気になれりバーニャカウダの塩分などが
レストランの誕生ケーキのろうそくが三本でよかった すぐに吹き消す
おめでとうメールが届く誕生日しあわせなひとから順番に
ひとみなが感動的な体験というしゅっさんをぜひしてみたき
母が我を産みし齢
(よわい)をとうに過ぎいまだにははになれないわたし
元気ならもうすぐ三歳おりにふれ産まれなかった子のとしかぞう
晴天ののちのスコールわがうちに今日も降りだし傘まにあわず
二ミリだけ欠けたお皿は捨てるべきまだ使うべき決められずいる
楽なほう楽なほうへと流されてゴムのスカートはきたくなりぬ
崖っぷちのような気がする三十九折り返す道みつけなくちゃあ
検診で夫はついに要医療ああこのひとの酒減らしたし
ピラミッドの上にあがれぬ中堅ははみ出し空を浮遊しはじむ
子のおらぬわれら二人は猫カフェで子猫を抱きてかなしく笑う
結婚にリミットなくて出産にリミットあるをいまさら思う
かすかなる期待と不安いまもありふうせんガムをふくらますとき
むかしなら上手にできたはずなのにふうせんガムがふくらませない
泣き顔もたまにはあるさ感情を重ねて食べるコアラのマーチ
初老とは四十歳の異称だと広辞苑には明記されおり
気がつけば初老の一歩手前なり振り向かないで突き進むべし
ふるさとは父母のあるうちにのみ帰れる場所と思うこのごろ
なかほどでくの字に折れる見返りの滝の折れ目のあたりか今は
見上げずともしあわせはあり足元に虹きらめける見返りの滝

題詠「会話の歌」
「おもしろい会話って何かあったっけ?」「会話自体をしたっけ?最近」

◆第四十一回北原白秋顕彰短歌大会
人知れず想いをよする恋のごと野中にほそき忘れ水あり

◆コスモス 2011年10月号
捨てられぬ片方だけのピアスあり未練のような怠惰のような
※批評を受け、原作の下の句前の一字空けを取りました。
あきらめてしまえばらくになるものを真昼の星を見ようとあがく
しあわせを乞うように視
(み)る天の川ねがいは厚き雲に呑まれる
富良野より届いたしおり枕辺にラベンダー色の夢へいざなう
痛みなき親不知二本抜きしあと罪悪感に似た痛みあり

◆コスモス 2011年9月号
黒いほど甘くてアメリカンチェリーひとつぶ食めば罠のごとくも
表情を変えずに嘘を言うひとの嘘をうのみにしてあげる夜
手袋の右手はなくしやすいという待ちわびおらん残る左手
飴玉をカリンと噛んだ瞬間に門歯のかけら星と散りたり

◆水城 第248号「巌流島」
小次郎と武蔵の決闘みておらん舟島神社に住みし守宮は
むらさきの庭石菖はひかえめに巌流島を紫に染む
砂浜に黒き小舟のひとつありむかし男の影のみ乗せて
この花を握りて小次郎死すという小さな小さな黄の浜ぐるま
下ばかり見ながら歩くしあわせの四つ葉があると聞きしのちより

◆コスモス 2011年月8号
パニーニのハム厚ければ噛むほどによみがえりくるマンモスの牙
目に見えて砂うごきゆく西のそら黄砂の波に呑みこまれそう
ライラック、フジ、カキツバタむらさきの季節はいくら寝てもねたりぬ
白き小さきブルーベリーの花笑みて君をベランダまで呼ぶ四月

◆桟橋 NO.107 「滝と温泉とデジャビュ」
内牧温泉は雨 傘さして下駄をならして露天の風呂へ
もてなしで時計を置かぬ宿なれど時を求めてケータイ開く
生きたまま囲炉裏に焼かれいる山女はじけた身より卵こぼれる
折り返す人生に望み残れるやサラダのトマトやけに赤くて
たちこめる濃霧で視界ゼロのなか大観峰をゆく黄泉のごと
いつか見たデジャビュのように咲き誇る芝桜なり黒き大地に
天然の奈落のごとき鍋ヶ滝裏より見れば光のベール
豪快に流れる滝を眺めつつ野風呂に入れば涼しく熱い
渓流をBGMに入る風呂しろき湯の華わが手に踊る
焼肉もサラダも塩で食べる宿三日目の夜はスパイスが欲し
地の衝動により涌きいずる阿蘇の水ゴクリと飲めばわが血も動く
青空の青に染まりて鮮やかなルリイトトンボわれを乗せゆけ

題詠「海とコンビニのある歌」
海岸に青きコンビニひとつあり水と貝がら買いに寄りゆく

◆コスモス 2011年月7号
簡潔に極楽鳥花生け終えて死の向こうがわへ話しかけてみる
さくらさくら桜舞い散るせつなさよジパングはどこへ向かうのだろう
鷽替
(うそかえ)は嘘を誠に替えるとう優しい嘘もなかにはあれど
海面を見上げる海中展望塔きらめく波を魚の目で見る

◆水城 第247号「桜は咲いて春はくる」
にっぽんの震え止まらぬ弥生にも桜の開花宣言される
今どんなに寒く苦しく辛くても桜は咲いて春はくるんだ
春なのにわれのこころはひとつだけピースの足りぬジクソー・パズル
去年みた花とはちがうこのさくら新たな命われにも芽吹け
鹿児島発さくら400北上す桜前線追い越しながら

◆コスモス 2011年月6号
にっぽんの半身震え全身に震えひろがる寒き三月
キャスターの衣服に色彩うしなわれモノクロとなる報道画面
朝起きて電気がついて水がでてガスがつくこと済まなく思う
この空のひろがる先に万人の死者のたましい震えおらんか

◆水城・香﨟人合同歌会
ポラリスのように変わらずいてほしいふるさとの友、父母、すずめ
※批評を受け下の句を改作致しました。原作:ふるさとの友、生家、父母

◆コスモス 2011年5月号
十五年使いし傘にほっかりと空
(そら)が生まれる もうさよならね
哀しみをデトックスしてゆく涙あふれて消えて虚空へ還る
くもりあめくもりゆきゆき大寒に黄のガーベラは希望だったね
八階の窓辺で踊る春の雪地に着くまえの浮遊たのしめ

◆桟橋 NO.106 「ホットミルクの気泡」
三十代最後の年ってひびきにはラストチャンスの哀しさがある
鴎外を育みしまち津和野にてキーンと冷えた空を吸い込む
鷲舞の像は片足立ちのまま雪の津和野に微動だにせず
太鼓谷稲成神社の朱の眩しひゃくの鳥居をくぐり登れば
おみくじは吉なり上でも下でもないちゅうぶらりんの中
(ちゅう)なりの生(せい)
参拝を終えて冷え切る身のうちに甘酒カカッと火のごとく入る
津和野川沿いに鴎外生家まで雪と歴史を踏み締めてゆく
湯の宿にゆあーんゆよーん夜が更ける白き狐も湯浴みしており
湯田温泉、西の雅の湯に流す汚れっちまった悲しみたちを
あたたかいみぞれ降りいるみぞれ鍋ふたりは湯気に包まれて 雪
新春の餅つき大会真剣に杵ふる我は可笑しいらしい
しあわせはなまぬるくありいつまでも消えないホットミルクの気泡

題詠「暖房器具をうたう」
こたつみかん今はいずれもない部屋のソファーで猫になりゆける冬

◆コスモス 2011年4月号
雪の日はまあるくまるくふくらみて白き鳥たち川面に浮かぶ
目覚めても起こされるのを待っている君なりそれも幸せらしい
「ただいま」の向きにスリッパ揃えやる「行ってきます」を見送ってから
とっとーと?とっとーと!っと小気味よき博多のひとのリズミカルな「と」
除夜の鐘聞きつつ入る夜の湯に月を浮かべて掬ってみたり

◆水城 第246号「SL津和野稲成号」
黒光るSL津和野稲成号パパラッチにも愛想ふりまく
客車にはセンヌキが備え付けあれどペットボトルのキャップをひねる
山陰の雪の平野にSLの汽笛は不快ならず轟く
石炭と蒸気と砂と人力で走るSL 車に負ける
SLの小刻みな揺れ、たちこめるスモークはふと眠りを誘う

◆コスモス 2011年3月号
ほの暗き師走の郵便受けに咲く蓮、胡蝶蘭、桔梗のさびし
あたたかなシチューがあればそれだけで幸せ、だとは言いきれなくに
シャガールの描く女の横顔は透きとおるほど哀しく笑みぬ
ポケットを探しバッグを捜し捜しさがしつづけているサラリーマン
地下鉄が地上にあがる瞬間
(そのとき)の光の先に明日は 見えない

◆平成22年度 NHK全国短歌大会 入選
水脈を持ちいる真夜の冷蔵庫グアラゴロンと氷を産みぬ

◆コスモス 2011年2月号
週末の街でバッグのポケットに野花さしたるひとの遠い目
ワインまでエコなりペットボトル入りボジョレーヌーボー二〇一〇年
新婚さんいらっしゃいにはもう出られぬ夫婦となりぬ今日革婚式
両の手に息吹きかけて温めるココアの色に暮れるはつふゆ

◆桟橋 NO.105 「とりどりの白それぞれの白」
義父逝きて二年のうちに白髪の増えたる夫ちちに似てくる
法要を彩るための盛花は紫、黄色、白がふさわし
慶事にも仏事にもよくにあう百合、かたや仏事にのみふさう菊
葬儀場で涙ぬぐいしハンカチを再びぬらすことなく二年
婚礼の祝いの席の盛花はとりどりの白それぞれの白
花びらのひとつひとつに陰影のありて真白き花はきわだつ
マーメードラインに裾をなびかせてカラー咲きおり花嫁のごと
衛星を作ってますという人の盃のなかに小宇宙あり
三回忌、結婚式が続きあり六日目のバラのごと草臥れる
白いソファー白いテーブル白い壁白すぎる部屋にめくらむ真昼
暗幕のようなグレーのカーディガン羽織れば幕を下ろした心地
新月に水晶の珠すかしみる新たな命ふきこむように

題詠「嫌いな食べ物をうたう」
食卓に出せど決して味見などせぬ納豆が一番人気

◆コスモス 2011年1月号
にぎやかでカラフルな職場ぬけだしてコンクリートの街にやすらぐ
振り向いたかたちで止まる扇風機ひねりをといて箱へと収む
足りない。と思うひとりの休日は花瓶の水をなみなみ満たす
秋風はショパンのようにやさしくて甘く鋭くすこし哀しい
温かき右手で冷たき左手を温めてやる死者いだくごと

◆コスモス 2010年12月号
夏雲のぐんぐんはけてゆく空のむこうに秋の雲の尾が見ゆ
今日もまた朝令暮改をやり過ごすむわんとあつき猛暑日の秋
「金持ちになる方法」とう講座あり街のはずれのひなびたビルに
夕暮れの電車で仄かきな粉の香して目つむれば昭和におりぬ
猛暑日の記録更新する九月夕焼け色のコスモス揺れる

◆水城 第245号「ジョーカー」
ジョーカーをひいてしまった心地せり二千円札めぐってくれば
とのぐもる十五夜ならば密色のみたらしだんご月に見立てる
打たせ湯に身を打たせつつ目つむれば異界におりぬ地獄・極楽
そのすがた顔もおぼろな記憶なり二千円札めぐりこざれば
恋ひとつ終りにしたという友の長き葛藤 更待の月

◆第四十回北原白秋顕彰短歌大会
曼珠沙華
(ゴンシャン)が命を燃やし咲いている天上に極楽などありや

◆桟橋 NO.104 「白秋の原風景」
羽先の白あざやかなかちがらすモノクロームの翼の光る
「とげ注意」白秋生家のからたちになら刺されてもいいかもしれず
空き缶を捨てるにためらう屑入れに「柳河」の詩の一節ありて
7×7+2の定数の柳川つるしひいな「さげもん」
草木染のさげもんの鞠きわだちぬ原色おおき球のなかにて
さからいて川上りゆくどんこ舟うんとこどっこい船頭に汗
堀端にむらさきゆらし咲きみだる菖蒲の花はお嬢様
(オンゴ)のごとく
柳にも男と女があるというおとこやなぎは天に枝を向け
父も兄も義父も夫も白秋も長男
(トンカジョン)なり背負うものあり
舟着きはかつて哀しい遊女
(ノスカイ)の居りし懐月楼の趾なり
わがうちに原風景といえるもの無くてうらやむ水郷柳川
いつの日にか帰らん、と歌い込みあげるもの溢れだすふるさと遠し

題詠「好きな鉄道をうたう」
単線で揺れがひどくて消毒の匂い懐かし特急しおかぜ

◆コスモス 2010年11月号
懐かしい思いしており沖の端われも六騎
(ろっきゅ)の裔かもしれず
川端の石の恵比須はかどもとれ姿おぼろに西日をまとう
左手に白秋道路を眺めつつ舟にてゆけば駈けだすこころ
柳川と言えば鰻のせいろ蒸しふっくら柔らか甘い香ばし
海茸の粕漬けなるを手土産にうつつに還るきみへと帰る

◆コスモス 2010年10月号
ながきながき京の住所を記すとき知らぬ地なれどなぜか懐かし
込みあえる電車に豊かな空間のありぬ妊婦の命のまるみ
もう許してあげようと思うすり切れて穴のあきたる布巾を捨てる
つゆくさのつゆのはかなさ一滴の命流れし記憶は消えず


◆コスモス 2010年9月号「掃除機の球」
首相辞め株価の瞬時あがりたるにっぽんのそら嘘っぽい雲
ケータイを二つ折りしているごとし靴ひも結ぶうすき青年
わが裡の哀しい記憶もつ子宮しいんと冷えて今日もまた雨
泣きやまぬ隣家の赤子の声きけばこの乳房さしだしたきものを
角々にぶつかりながら我があとをしかとつきくる掃除機の球


◆桟橋 NO.103 「こころのベクトル」
「死ぬ前に後悔すること100」という本を手にしてしまう花月
(はなづき)
一輪車で綱わたりつつ皿回しするような日々 散りぎわのバラ
日に幾度も「渡辺さん」と呼ばれてはすり減ってゆく職場のわれは
「淳子さん」あるいは「淳子」と呼ばれてはふくらむふくれる家でのわれは
葉の花をよそいて春は苦いのと差し出せば恋も苦いねときみ
コンタクトレンズを片方だけなくす片目はつぶってあげてもいいよ
むらさきの尖る花びらクレマチスこころのアザのようにひらけり
電話、電話、来客、電話、打ち合わせけっきょく白紙ばかりの手帳
もう誰も「渡辺さん」と呼ばないで渡辺さん恐怖症なりわれは
残業し買物すませ帰るみち顔見知りだった犬に吠えらる
飛び立つにはまだ早いようたんぽぽの綿毛はわれの「ふぅ~」にあらがう
「大西さん」と呼ばれる時は歌人われこころのベクトル時空へ伸ばす

題詠「初句切れの歌」
雨が降る目を閉じててもなめらかに電話応対しているひと日

◆水城 第244号「あじさい」
あじさいという花はどれ?ときく君と筥崎宮のあじさい苑へ
あかきあおき∞
(むげん)の銀河ひろがりぬ額あじさいの額のうちには
太鼓橋の脇にかしわばあじさいは擬宝珠のようにむっくりと咲く
あじさいの色極まれるひとところサムライブルーに染まる六月
どしゃ降りのデスクで溺れそうなわれ雨が降るほど映えるあじさい

◆コスモス 2010年8月号
幕間の三十分は貴婦人の顔して至急!食事を済ます
春風のようにあなたに会いたくて改札口で深呼吸する
完璧な造花のように悲しげなブーゲンビリア、子のないわたし
凹の字に手つなぎゆくは妻、子供、夫
(おっと)絵に描いたような家族
ふるさとの春のかおりを呼びおこす母が好きだというハナミズキ

◆コスモス 2010年7月号
はかなさは美しさなり今はもう製造中止の紋様ガラス
真夜中に火災報知機なり響き走り出したり生きる本能
この空にあふれるひかり一ミリのピアスに集め朝の町ゆく
ベイサイドプレイスに降る春の雨あわくやさしくわたしをつつむ


◆香臈人・水城合同歌会 大野展男選一位賞
春一番、春知らせ鳥、春柳 うずきはじめるわが春ごころ

◆コスモス 2010年6月号
南国に咲きたる赤き花々は少しとがりて火の気配せり
ななめがけしていたバッグがひきちぎられひったくられぬ火の島ペナン
クレジットカードは電話一本で止めること出来、ピザ頼むごと
命の次に大事と言われたパスポート書類二枚で仮発行出来
貴重品おおかた失いおおかたは再入手できた時間以外は

◆水城 第243号「泣きっつらに蜂」
ひったくりに遭いパスポート失えばのっぺらぼうとなるぬペナンで
窓口に職員おらず待合に人あふれおり入国管理局
(イミグレーション)
再びに入国スタンプ押すだけに四時間待てど「明日来てください」
マレーシア入国管理局は今日システムダウン 泣きっつらに蜂
衝撃と動揺、苦難の四日間ペナンの風と海は流せり

◆コスモス 2010年5月号
明けにくきペナンの朝に鳴く鳥はクワォークワォーと魔物めきたる
世界遺産ジョージタウンはただただに古ぼけて見ゆ猫も痩せこけ
一瞬でバッグ盗まれ左手のカメラと日傘、命、残れり
パスポートなくせば日本領事館の菊の御紋がああ、ありがたし

◆桟橋 NO.102 「マクロコスモス」
二錠ずつ飲めど一錠余りたる薬のビンのマクロコスモス
カーテンのドレープのごともったりと夕日迫りて帰れなくなる
つまづくとふと振り返り見てしまう何かのせいにしたいaround forty
(アラフォー)
これ以上開けないほど開ききりチューリップ散る過労死のごと
着膨れて七人掛けが六人で満席となる冬の地下鉄
にび色の夕べかぼちゃの面取りをしつつ角張るひるまをおもう
真夜ぬりしラメのマニキュアひっそりとオリオン星雲降りてきたらし
寒稽古をわが子にさせる心地せり霜のあしたに水やりするは
わが内のミクロコスモス一番にいとしい人が一番憎い
強いほど淡くなりゆくことありぬハレーションしてぼやけた心
梅を見て団子を食べてお茶を飲みα波のみ満ちよわが脳
知りたいと思うのは愛身めぐりに宇宙散在して愛に満つ

題詠「春はあけぼの」「春のあけぼの」を詠む
ゆるびゆく春のあけぼのほのぼのと人の寝息に安らぎ覚ゆ

◆コスモス 2010年4月号
寒椿直線ならぬその枝の先に一輪燃ゆるくれない
日にまして青い風船しぼみゆくこの大空に舞うこともなく
まあるくてギザギザしててせつなくてこんぺいとうのような雪だね
七草を正しく言えたことはなくナニガナンダカ菜粥をつくる

◆コスモス 2010年3月号
すっぴんが女性になりゆく工程を見ぬようにして見おり車中に
やさしさにバリアーをはり生きざるをえずオフィスにて物となりゆく
ボランティア活動などがしたいと言い君出勤す鎧をつけて
左手に富士が見えると言われれば左を向いてしまうわれなり

◆水城 第242号「有り難き非日常」
黄信号でさらにアクセル踏む日々を終えて年末九連休に入る
マンションの暮しに慣れて隙間風吹きくる実家
(さと)に風邪をひきおり
数の子に海老、蟹、すき焼き有り難き非日常に胃腸をこわす
はす向いの愛宕神社の参拝に一時間待つ列を守りて
風邪薬、胃薬のみつつすこやかに笑顔で過ごす年末年始

◆コスモス 2010年2月号
やりがいVS
(たい)固定報酬、バカだなと思いつつするサービス残業
収益VS
(たい)家事の妨げ、ダメだなと思いつつするサービス残業
冷静と情熱、空白、わが内にトリコロールの感情ありぬ
時間では切れぬ仕事を時間という枠で契約してるジレンマ
五時四十五分に目覚まし時計鳴り夜をひきずる明けの明星

◆桟橋 NO.101 「もうどうしようもないのだけれど」
「どうしよう」と友の自裁を知りて言うもうどうしようもないのだけれど
電柱に南京錠のかけられて身動きもせずただ立ち尽す
炊飯器レンジにコンロ給湯器電子音テロに気の触れかけん
グラスひとつガラシャンと割れもう二度と元に戻らぬ破片をひろう
身めぐりに自裁の知らせまたも来て神無月尽、神無しと思う
命得し生家で叔父は命捨つ廃墟のわきのあか曼殊沙華
命絶ゆるころはそのころかと震うグラスの割れて虫の知らせぬ
かけつけることもできずに密葬の自裁のふたり空に見送る
経団連会長は殺人者だと言う亀井氏を世は非難せず
神おらぬ月だと言うにキリストの降誕祝う電飾灯る
結婚式参列者のうちもうすでに二人がいなくなり藁婚式
結婚式参列者のうちそれでもなお五人が子を産みはぐくみ始む

題詠「四字熟語」を詠む
めぐりくる季節のなかの秋の日の紅葉に一期一会の縁

◆平成21年度 NHK全国短歌大会 入選
死にぎわはひもじかりしや丁寧に海老の背わたの細きをつまむ

◆コスモス 2010年1月号
誰も居ぬ階に止まりしエレベーター足なきひとを乗せ上昇す
「できます」と口では言えど心ではゴシック体で「無理!無理!」と言う
赤鬼を喰らったように赤黒く無花果の口うす汚れおり
木漏れ日を銀の車に反射させ日向
(ひなた)峠にひかりと遊ぶ

◆水城 第241号「ふく」
福岡に友達ひゃくにん招きたし来福という言の葉そえて
しあわせに向かう気がして飛び乗った広島行きの広福
(こうふく)ライナー
福岡のふくの響きのふくよかさ入道雲のむっくりと湧く
おりにふれ心の旅に訪れるモンマルトルの真白き寺院
うつつとも夢とも知らで桟橋の海なる陸に揺れながら立つ

◆コスモス 2009年12月号
鍵ひとつ道に落ちいて閉ざされた闇とひそかな自由を想う
肌寒き夏の終りのそうめんは恋の終りの予感のごとし
長袖の秋の初めのそうめんは終った恋の「いまさら」に似る
敷居高き日本銀行みあげれば白き柱にルネサンスの香

◆第三十九回北原白秋顕彰短歌大会
ゆく夏を惜しみゆきつつ食む梨はふるさとの香りふるさとの水

◆第三十八回宗像大社短歌大会
にちようの茶房に涙浮かべたるおんなのとなり立ち去りがたし


◆桟橋 NO.100 「うたかた」
早朝の豆腐売りの声「ト~フ~」のフのフラットが気になり目覚む
まめまめのサラリーマンが足を止め空を見上げる怪奇日食
日食を見ようと見上げ気がつきぬ日がこんなにも眩しいことを
ぬばたまの月がお日さま隠すときセミ鳴きやみてヒト遠吠えす
裏路地にわらび餅売りの声ひびく「わらび~もち」のもちはヴィヴァーチェ
昨日「あー」今日「あい」という声のして隣家の赤子の成長を知る
長袖のシャツをはおりて真夏日に至らぬ夏のひと日さびしむ
雨というゲリラに遭いて川なのか道なのか知れぬ場所を歩めり
この河に流された人ありと聞く見つかるように見つけぬように
たんたんとやり過ごしゆくいちにちにラピスラズリの空のひろがる
友人の自尽を知りてしばらくをただただただに言葉失う
友逝きてそれでも朝はやってきて蝉鳴きしきる死 シーシーと
ふたたびがなければ思い出そうとす最後の姿最後の会話
三十代既婚経理の同僚は激辛ラーメンすずしくすする
二十代後半未婚の先輩はサラダひとつでランチをすます
とどのつまり受け渡しする仲介業広告代理店というのは
締切が過ぎれば悩むことさえも出来なくなりぬ良くも悪くも
シンプルなハートの花火打ち上がる六千発のオープニングに
火の玉のごとき花火の打ち上がり中天に義父の姿浮かびぬ
わたがしやおめんを買ってくれなかったことを四十路の君はこぼしぬ
買ってくれなかった思い出あらざれば買ってくれたのだとそう思う
花火にもひとつひとつにスポンサーつきてバックにカネのにおいす
人の世に結びて消ゆるうたかたはかくも無常と思い知らさる
友逝きてそれでも朝はやってきてあの日と同じ雨のにおいす

題詠「無を詠む」
まひるまをとことん無為に過ごしたりだあれもいない贅沢なとき

◆コスモス 2009年11月号
ひと束の髪を残して肩先で切りそろえたるおんなの未練
昼ひなか汗をにじませかたむきて溺れた金魚のごとく働く
ノーアイディア頭をかかえクーラーのききたる部屋でただ冷やされる
ひゃくにんもの喪服のひとが訪れて初盆会の黒いにぎわい

◆コスモス 2009年10月号
六月の梅雨のあいまの青空を束ねたような紫陽花ブーケ
平日を正方形に生きおれば休日はほぼアメーバとなる
遅れても動きを止めぬ掛時計我も遅れた時間を過ごす
正円の茅の輪をくぐり境内へ入れば正しくにっぽんの夏
りんごあめ、焼そば、焼鳥、シシカバブ変わりはじめるにっぽんの夏

◆コスモス 2009年9月号
みずいろの地球に生まれ水を買う人類などになってしまいぬ
脱ぎてある君のYシャツ腕まくりしたままなれば解きてやりぬ
靴下の左右の長さがなんとなく違う気がして傘を忘れる
タイヘンなシアワセという子育てをすることもなく四十路近づく

◆水城 第240号「からっぽの空」
父の日に義父なきことを改めて知ることとなる からっぽの空
あきらめることやめられず行く雲をただひたすらに目で追いつづく
再入稿、再々入稿蒸し厚きアスファルトの道三往復す
雨のない水無月なかば紫陽花もわたしも少しうつむきはじむ
シナプスの接続悪きこの朝はハンカチ忘れやさしさ忘る

◆コスモス 2009年8月号
豆ごはん炊けばさみどり わが裡の原風景は緑とおもう
無いとなれば欲してしまうさがなればマスクを求め店舗をまわる
焦るほど手もとは狂いキッチンに醤油の海をつくってしまう
エプロンの醤油の染みはロールシャッハテストのごとく葡萄に見え来

◆桟橋 NO.99 「燃え尽き症候群」
たなぼたで職得しわれは五日後に広告枠を買い付けており
申込締切、入校、校了と期日に支配されてゆく春
ついさっき受けた受話器も置かぬ間にtelありというメモ重なりぬ
火を消してまわるばかりで火の用心できずに燃え尽き症候群となる
燃え尽きてしまえば灰になるだけのわが身と思う水を与えな
春の夜の石のベンチの冷たさに君待つ五分凍え果ており
待つことも少なくなりて君を待つ五分を長く短くおもう
金曜の夜はわたしに戻るときレイトショーへの扉を開ける
甘夏をむけば錯覚する朝のなずきは捉う夫の寝癖
山藤の咲くところまで 晴れわたる北山ダムでボート漕ぎ出ず
むらさきの風を起して山藤はそよげりしなりはんなりこなり
くちびるに甘美な雫マスカット・オブ・アレキサンドリア含めば

題詠「百を詠む」
百年に一度の不況に職得しを報告しおり百カ日今日

◆コスモス 2009年7月号
ひとつだに同じ模様の貝はなし君の皿にもわれの皿にも
野に草を摘むこともなく絵文字にてそよぐことなき四つ葉を送る
君が撮るわれの写真は米粒のようでいつでも空が大きい
いただきしさくらのお茶を鼻で目で舌で味わう花仰ぎつつ
石段を覆うさくらのアーケード抜ければ強きやよいのひかり

◆コスモス 2009年6月号
そういえば受験戦争、就職難 倍率高き世に生まれたり
拾う神ありて春なり不採用通知を受けた会社よりTEL
退職を決めいし人のあとを継ぐわれの就職花曇りなり
定刻の電車で通うということの緊張を知る三十六歳
急いではいるがそんなに急いではなくてエスカレーターに立つ

◆水城 第239号
<穢れ>にはあらで会葬礼状に清めの塩は付かずこの春
ほっくりと弥生なかばに咲くさくら義父似の女
(め)の子いもうとに生る
焼きたてのお米パンのごとほっぺたのふくらむ姪と妹と君
父のごと君は喜びまんまるのほっぺをさらにまんまるくする
すでにして弥生なかばに散るさくら女孫を見ずに逝きし義父はも

◆桟橋 NO.98 「信号は赤」
すこすこと結婚指輪が抜けるほど痩せてしまいぬこの一年で
記念日に挙式の映像みておれど亡きちちばかり目で追うふたり
年の夜のフェリーで知らない人達と見る紅白に故郷おもう
新春のふるまい鍋に並びつつ住む家のないひとらがよぎる
あたたかき住まいはあれど失業者われの居場所は湯気にかすめり
ドバイにて一世を遊ぶごときゆめ転勤族の二世帯住宅
わが人生わが意志のみで決められずまたくすり指を怪我してしまう
切りたるは一瞬されど傷口の深くてたぎる血潮とめえず
行くあてもなく飛び出せばひたすらに歩くほかなく七駅が過ぐ
ただ前に進むことだけ考えて歩けど次の信号は赤
こぼしたる直後であれば真っ白に戻せたのかも 赤い失言
立ちどまりふと見上げたる中天にぽっかり穴をあける満月

題詠「著名人を詠む」
「嫌いだが勝ってほしい」という声は燦燦と降る朝青龍に

◆コスモス 2009年5月号
春一番吹きて高層マンションの足場にゆらぐわれの青空
なんで自社
(うち)なんかを受けたと訊ねられ愛され慣れてないひとを思う
不採用通知三つが重なりてさすがのわれも春日に凹む
散りてなおみな上向きに咲く椿オバマはYesWeCanと言う

◆コスモス 2009年4月号
生きるための施設のなかに死のための施設もありて冥き病院
仲春に花嫁衣裳着たばかりその仲冬に喪服だなんて
来世でも序列があらば院号などつけさせたがる現世のわれら
ほんとうに疾風のように義父は逝き風向き変わるわが人生も

◆コスモス 2009年3月号
着信はコウシュウデンワ胸騒ぎしてわがケータイ夫に渡す
白銀の受話器の先は姑と妙な静寂「病院にいる」
義父はいまICUにいるという待合室のあまりに白し
病名はキュウセイダイドウミャクカイリ急性大動脈解離とぞ

◆水城 第238号 「弾けし数珠」
あの夜のあまりに長くあっけなく義父は旅立つ旅支度せず
聞くはずの手術の説明、手術しない説明となり足震えだす
葛藤す一度つけたら外せなくなるとう人口呼吸器の是非
即決などできないけれど猶予なし人口呼吸器どうされますか?
その時は本当にきて幾度も義父呼び続けるICUで
最後まで生きよう生きようとした義父いまわのきわに泪にじめり
病院に線香の香の満ちる部屋あることを知る南無阿弥陀仏
死ののちはレールが敷かれてあるように進めり 紅葉も散りしきりゆく
亡骸とともに帰れば義父の数珠仏壇にあり形見となりて
亡き義父が日ごと拝みし数珠なれば夫に勧む受け継ぐように
祭壇に一糸乱れぬ菊の花生きながら死んでいるごとく咲く
火葬場で最後の別れする刹那形見の数珠が弾け散りたり
無念未練 弾けし数珠は何を告ぐ耳を澄ませど義父の声なし
亡き義父の弾けし数珠は柩へと返しぬ親族それぞれの手で
火葬場をあとにしバスでうたた寝す夫はぬくき遺骨を抱きて
帰宅してへたり込みいるその床でなみだの君をただ抱きしめる
脱ぎてある夫の喪服ポケットに形見の数珠だま数個残れり

◆コスモス 2009年2月号
おじいさんに道きかれおりようやくに我も福岡の人らしくなる
おみやげとフレンチ・マリーゴールドの苗ふんわりと手渡される夜
送り出し部屋に戻ればくまさんがバンザイしおり今日紙婚
(かみこん)
ベランダに陽
(ひ)の落としもの二つ三つフレンチ・マリーゴールド咲けり
思い立ち冬のコートを昨夜出しき今朝閑
(しず)やかに初雪の舞う

◆桟橋 NO.97 「能古島」
十分の船旅たのし能古島
(のこのしま)行きのフェリーで潮風になる
秋とは言えあなどるなかれ島の陽はさえぎるもの無くわが肌を刺す
潮騒を聞きつつ食べる〈みなとや〉の煮魚定食 ビールください
博多湾向かいに望み歩みゆく能古
(のこ)の碧(みどり)と呼応しながら
コスモスが道標なりアイランドパークへ向かう能古の山道
リコリスは透きとおり咲く死を享受したる女の瞳のように
アイランドパークで芝に寝転べばミトコンドリアわが裡に殖ゆ
仰向けにうろこ雲追う自転する地球の肌を背に感じつつ
背丈越すコスモス花壇に分け入れば蜂の心地す花粉にまみれ
いちめんのサルビア花壇燃え盛りわれも炎となりて揺らめく
連休の昼をにぎわう能古島行きはよいよい帰りはこわい
十分でうつつに戻る姪浜
(めいのはま)行きのフェリーにビル群望み

題詠「閉じる」をうたう
読みかけの歌集を閉じて飲みかけの紅茶飲みほす二十五時半


◆コスモス 2009年1月号
嬉野茶こっくり蒸らしそそぎゆく茶こしを置かぬ温泉宿に
嬉野の〈華の雫〉の湯に入りぬ月の見えない黄昏時に
せせらぎをBGMに遊歩道あるけば裡に水流れだす
君はまだ夢のなかにてあかつきに露天の風呂で四肢伸ばしゆく

◆第三十八回北原白秋顕彰短歌大会『伊藤一彦選「人賞」』受賞
ときに夢は現実よりも現実で迷いのふちよりわれを覚ませり

◆第三十七回宗像大社短歌大会
わが裡より雫となりて流れたる命 いずこの海となりしや

◆コスモス 2008年12月号
しんしんと鈴虫の音の降る月夜つめたいぬるいあついよ君が
約束の指に血豆がふくれゆき銀河の果ての星くだけ散る
まどろめば言葉の鎧はがれゆく諍いの後の無防備な君
知らぬまに血豆はほろり落ちゆけり生きてるだけで治癒するカラダ

◆コスモス 2008年11月号
山笠
(やま)が動く山笠(やま)が動けば夏本番空の高みに黄丹(おうに)の火輪
銀鼠
(ぎんねず)の風を興して駆け抜けるオッショイ博多祇園山笠
  
※本誌では「オッショイ」が「ヨイヤサ」となっておりますが誤りです。ここに記して訂正致します。
山笠をかきつつ走る男らに水打てば白き昇り竜となる
じいさまもおむつが取れない幼子もふんどし姿博多の男子
山笠は交差点にて天を知る標識だらけの道路を抜けて

◆水城 第237号 「柳川」
柳川でむかしあるきにふけりおり白壁、酒蔵、白秋生家
白秋の生家の番頭食事場の広々としてほのあたたかし
日盛りに列なしいるは三軒のうなぎ屋われもひとつに並ぶ
水際
(みなぎわ)にくればのったり時は過ぎ猫のあくびのような夕暮れ
じっとりと柳しだれる柳川に素秋ただよう夕焼けとんぼ

◆桟橋 NO.96 「三十代で始める色彩検定」
目の奥にからくれないの火が灯る色彩検定教材届く
顔を拭く今日のタオルは萌黄色新たな細胞芽吹き始めよ
鮮やかな紫紺のライン引かれあり茄子を切りたるまな板のうえ
弁当も彩り豊かに仕上げねば緑、黄、赤…赤が足りない!
こんなものでも人は殺せる鈍色の果物ナイフ逆手に握る
三十代後半の脳酷使して煤竹色の昼を過ごせり
冷蔵庫の中に住みたい目を閉じてコバルトブルーの世界に憩う
うたた寝の午後吹く風は浅葱色モノクロの夢から覚めおれば
鴇色のときめき持ちて待ちあわす今朝見送った夫と駅で
ざわめきの後の歓声群青のそら轟きて大花火咲く
花火までレモンイエローホークスのチームカラーが中天を占む
頑張らない程度に頑張る昨日今日カナリア色の希望は持ちて

題詠「泳ぐ」をうたう
思い切り右手を上げれば人違い呼ぶ友もなく宙を泳げり

◆コスモス 2008年10月号
行政の認定を受け今日われはついに失業者となりにけり
ブランドの財布を持ちて出掛けるは軍艦マーチの流れるスーパー
アレグロの軍艦マーチに煽られてきゅうりを五本もつかんで買いぬ
百円の玉子求めて店内を掻き分け行くは失業者われ
稜線の淡くなりたる梅雨のそら喜怒哀楽もややかすみゆく

◆コスモス 2008年9月号
風つよき丘に浮遊す子を流し空っぽになったわたしのからだ
サンデッキに光あつめて透きとおるイカがきらきら運ばれてくる
まだ海しか知らないのだろう透明なイカが醤油に汚されてゆく
わが裡に確かに命ありしこと黒いエコーの写真が記す

◆コスモス 2008年8月号
人間ってこんなに血が出ていいものか切迫流産十日目の朝
目玉焼作らんとして割る卵血のにじみおればついに食せず
一三.四ミリと記す超音波検査の写真いのちの証し
心拍はついに聞こえずわが裡に生れたる命いのちのおぼろ
流産し力の抜けて一服のカフェインを摂るもういいのだと

◆水城 第236号 「失業者われ」
烙印を押されに生きぬ今日ついに失業者だと認定される
千円の口紅さえもためらいて買えなくなりぬ失業者われ
ひもすがら家にこもれば両脚も五感も徐々に退化しゆくか
見るだけと決めて出かけたバーゲンでほんとに欲しいものなどは無し
夫より先に起床し夫より後に就寝することの※※

◆桟橋 NO.95 「一つ命」
わが裡に一つ命の宿りたり春のうららの辛夷ふくらむ
七週の小さな命裡に抱き君のふるさと福岡へ越す
ああこれが君のふるさと産まれくる君にもふるさと 深呼吸する
引越しに一息ついてゆっくりとトイレに座り気づく出血
晴れという予報は外れ傘をさし急患センターへと急ぎゆく
ゴールデンウィークはどこも混み合いて長蛇の列の急患センター
診察室入るやいなや告げられる「切迫流産です」とあっさり
モニターに映る小さな黒い影命あるかは不明と医師も
<流産>という言葉だけこだまして君を見るなり溢れてしまう
後悔をしてもしきれずひとしきり泣いて溢れたあとの沈黙
寝ていても走っていても運命は同じと言われもやの薄れる
わずかでも望みのあればパンを食ぶわが裡にある命のために

題詠「かくし題 つばくら」をうたう
連休の急患センター生つばを呑みてくらくら順番を待つ

◆コスモス 2008年7月号
教会の扉が開けばきさらぎの光のなかに君が立ちおり
ここからは君と歩まな温かき父の腕から右手を外す
きさらぎにかく温かき場所のありフラワーシャワー降りしきる道
毎日が休みなれども一日も休みのなくなる主婦となりたり
まな板にも裏と表がなんとなく定まり始む蜜月二十日

◆コスモス 2008年6月号「ドバイの太陽」
ハネムーンで死んだと思えり閃光を機内であびたその瞬間は
清潔な白がドバイの青空にパキッと映えてモスクの建てり
ゴールドのビルは銀行ギラリンとドバイの太陽はね返しおり
目に鼻に舌に楽しみながらゆく香辛料市場
(スパイススーク)やや刺激強
日中は泳げど夜は焚火をす着脹れてゆくドバイの二月

◆コスモス 2008年5月号
4WDで砂漠を駆けめぐるドバイの赫き夕光のなか
風がつくるものはおんなじ形して波のかたちの風紋に遭う
本当にさざなみのごとき風紋の上にそおっと足跡残す
足跡が風に巻かれてたちまちに砂漠は波の姿にもどる

◆桟橋 NO.94 「窓辺の歌」
硝子戸の結露ぬぐえば外は雪めぐりにめぐり地にたどり着く
生きかわり死にかわりつつ雪は降る輪廻のごとし我にすべ無く
早天の雪はいつしか消えゆきてはつか明るむ玄冬の空
新しいソファーにそれぞれ座る場所定まりはじむ新居七日目
沈黙の冬の窓辺にやわらかき日差しが届く 君の背温し
初めての来訪ですねベランダに雉鳩一羽きょろきょろしおり
さやかにはまだ分からねど窓辺には喃語のような春の陽もさす
   
夫、圭と淳子を一字ずつ詠み込んで。
圭角の取れてますます淳熟しまあるいまるい夫婦とならん
一人から二人になるということは人の寝息を聞くということ
挙式まで一週間と迫りきて繰り返し見る父似の爪を
   
父、弘と母、多美子を一字ずつ詠み込んで。
そのこころ弘誓(ぐぜい)の海のごとくして幾多の哀も吸い取りゆきぬ
   
義父、浩常と義母、久代を一字ずつ詠み込んで。
浩然とわれら見守る温かきそのまなざしよ永久にあれ

題詠「火偏の字、外来語、靴」をうたう
下駄箱に炭を入れればジリジリと靴はわずかに燻るごとし

◆コスモス 2008年4月号
十年を暮らした部屋を後にする新居の鍵を右手に持ちて
引越しで紛れてしまう退職の淋しさでいま泣きたいことが
七曜が分からなくなる職を退き真昼の雲を眺めておれば
今日唯一の外出であるゴミ捨てに出かけて転ぶ一月の朝

◆コスモス 2008年3月号
十三年保管し誰にも引継がぬ書類が山となりゴミとなる
一通り引継ぎを終え残りたる書類をすべてシュレッダーする
〈一身上の都合〉とすでに刷られいる退職願に氏名を記す
座をただし〈退職願〉書きあげて最後に押すはシャチハタでよし

◆コスモス 2008年2月号
退職は間近くふうせんとうわたのふくらみほどの憂は残れり
あは桜、紅葉黄葉の山道にほつりとしろくにじんで灯る
列島はグラデーションに色づきて秋がしだいに迫りだしてくる
秋雲はふんわり浮かび慶事用切手の鳩の翼のかたち
みずいろの明日の空のエトセトラ新たな扉君と開きて

◆桟橋 NO.93 「moderate」
気掛りは入籍よりも「棧橋」の締切りのこと一枚羽織る
ようやくに秋、秋ですと言うように公孫樹並木も色づき始む
やわらかな秋の日差しに守られて戸籍謄本持ち帰りたり
エンゲージリングに光るサムシングブルーのブルーダイヤの清さ
 
*サムシングブルー……何か青いものを身につけていると幸せになれるという。
ためらいは一つもなくて目覚めたり婚姻届出しにゆく朝
地下にある夜間休日受付はひんやりとしてぼんやり灯る
ためらいもわずらいもなくmoderate君とずーっと歩いていこう
実感のないまますでに妻となり市役所を出る秋の高空
薔薇一輪もとめて帰る出掛けとは違う戸籍になりたる我に
寒いねという息白く寄り添えば月もわずかに赤みをおびる
入籍を済ませて選ぶ口紅はひとつ明るいトーンのベージュ
未来ばかり求めていたと懐かしむ入籍を終え風邪をもらいて

題詠「紐」をうたう
電灯を消せば幽かに揺れながら冥想してる銀色の紐

◆コスモス 2008年1月号
美しい花嫁になるそのために今日から髪を伸ばし始める
幸せな花嫁になるそのためにパステルカラーの花を飾ろう
贈られし婚約指輪の裏側のKtoJの刻印深し
結納を終えてますます饒舌な母と寡黙な父となりたり

◆コスモス 2007年12月号
朝なさなアリッサムの芽のミクロンの伸びを確かめ仕事を始む
秋めきて萩の花房揺らしいる風も遊べりひゅわんほわんと
結納の日が近づきて秋の風まとわることも少なくなりつ
決断を迫られること多くなりしだいに我は空っぽになる
祝うひともうなくなりて敬老の日にたっぷりと洗濯を干す

◆コスモス 2007年11月号「飛ばない風船」
単純にコトブキタイシャを導けずこんがらがった知恵の輪となる
結婚と引替えに職を退くことを思えば冷たい涙零れる
結婚を理由に退職することを笑顔で言えぬほどの歳月
退職を申し出た夜もう我は空気の抜けた風船となる
もう我は飛ばない風船ごろおんと転
(まろ)びぬ明日の支度もせずに

◆桟橋 NO.92 「吊り橋」
思い立ち台風明けの日曜に秘境を求め祖谷渓谷へ
かずら橋揺られ揺られて渡りたり靴底に青き空感じつつ
左手に蔓を右手に君の手を握りて渡る揺れる吊り橋
琵琶の滝白き飛沫を背に受けて清涼の夏写真に納む
青空で鮎の塩焼き頬張れば「うん」とだけ言い笑顔となりぬ
串焼きの鮎をきれいに平らげて前世で我は猫だと思う
祖谷渓
(いやだに)に向かいゆまりをする像の満足げなる弓なりの体
味のことなどは言わないこの人が祖谷蕎麦のよわき甘さを言えり
祖谷渓をケーブルカーで降りゆけば秘境の湯あり自然のなかに
祖谷川の碧、祖谷渓の翠見つつ湯船に足の指まで開く
湯あがりに君と約束した場所へ向かうこの身に待つ人がいる
恋愛のイロハのイなる〈吊り橋の理論〉を超えて君と安らぐ

題詠「漫画」をうたう
〈リボン〉派と〈マーガレット〉派、少女らに傾向がありクラスを分ける

◆コスモス 2007年10月号
鳥肌の立つほど機内は冷やされてそして毛布を勧められいる
約束が日々守られてゆくことの不安日々草も真盛り
愛は赤、いや愛は青ぐるぐるとアルヘイ棒がまわる夕ぐれ
目を閉じて見る夕日あり雨のなかトロッコ列車で海沿いをゆく
このごろは日記の余白増しゆきぬおそらく迷わなくなったから

◆コスモス 2007年9月号
藍深き宙(そら)
のかなたに甘夏の雫のような星の瞬く
ラムネありラムネをたのむラムネ飲むラムネはラムネ今も昔も
近道を覚えて久しなれど今日たらんとろんと遠回りする
今日は今日だけの夕日を見つめつつタイムスリップしたくなる夏

◆コスモス 2007年8月号
紙で切る指の痛さは日常の涙も出ない悲しみに似る
四時間の会議を発言せぬままに過ごせば頭上に空膨らみぬ
宇宙には暗黒物質が渦巻きてこの部屋もまた呑み込まれゆく
そら豆を茹でれば彩り増しゆきて翡翠の色の夏が始まる

◆桟橋 NO.91 「骨」
ぽかぽかの春の陽気に白百合は生気失い萎れてゆきぬ
晩年をベッドの上で過ごしいし祖母のお骨は拾うほどなし
祖母の骨そっとつまんだ瞬間に崩れてゆきぬ 不孝者です
脚の骨、胴体の骨、顔の骨順に壺へと収めてゆきぬ
骨壷に収まりきらぬ頭蓋骨収めるならば砕け、と言うが
火葬場の煙突の上限りなく蒼々とした空の広がる
骨揚げの箸を持つ手と同じ手で手羽先つまむ生きようとして
カーテンを開ければ宙(そら)に幽かなる光をまとう星を見つける
雨音の満ちる一人の休日はいつも冥想しやすくて午後
喉骨に大き手のひら触れるとき絞められたいと刹那に思う
動物の血のしたたりしステーキをbone chinaの皿でいただく
骨灰は決して純白などでなしbone chinaの白を愛しむ

題詠「市」を詠む
造船とタオルで栄えた今治市商店街に野良猫多し


◆コスモス 2007年7月号「おばあちゃん」
死の知らせ受けて荷作りする夜更け人差指を紙で切りたり
会社への弔事連絡祖母の名は……〈おばあちゃん〉としか呼んだことがない
〈いつか死ぬ〉分かっていても今日じゃない、今日じゃないって日々過ごしたり
弔問に見知らぬ議員訪れる地方選挙が翌日なれば
寝たきりの十年大地を踏むことのなかった祖母の骨もろかりき


◆桟橋 NO.90 「moonbow」
見た者はしあわせになるという伝え月夜の淡き虹 moonbow
(ムーンボウ)
夜空にも虹が見えると聞いてから闇にも希望ありと思えり
忙しい人に仕事は集まりて惑星のごとぐるぐる回る
カミナリをまともに受けてうぁうぁとうめけば更にカミナリの落つ
話し中また話し中急いでる時に限ってつながらぬTEL
〈割り込み〉で一枚コピーをとったあと紙がなくなり補充する破目
なぜかしら最後に残る飴玉はハッカばかりでサクマドロップ
ノロウイルス対策のため安らぎの給湯室から布巾も消える
別室で一人作業をしていても内線電話につながれている
 
エレベーター業界の人は、エレベーターの人が乗る部分を「かご」と呼んでいた
銀色のエレベーターの「かご」に入り運ばれてゆく鳥の心地で
「かご」に入り天空目指し上昇すエレベーターに囚われている
消えたいと時どき思う迷彩をわれに施し消せるものなら
とりあえず寒さをしのげるところへと行きそうになるクリスマスには
コーヒーに砂糖は無し、と記憶するそんなことからいつもはじまる
風のない屋内にいて寒々し素肌をさらす冬の風鈴
完璧を期待され、また完璧な女性に生きて紫の上
YES・NO……好きでも嫌いでもなくてマーガレットに恋を占う
現実はそう簡単に片づかぬ花占いで決められるほど
出産にはリミットがあり、それならば結婚すべき。果ての月果て
紫の上ほど授かるべき人についに産ませず紫式部
無意識に避けているかもしれませんサクマドロップのハッカのように
かみあわぬ会話に今日は疲れ果て氷輪となる冴えまさる空
完璧な女性であるが、なりたくはないかもしれず紫の上
ただ寒い冬の一日思い出はただ寒かったのみでおしまい
みつみつと伽羅
(きゃら)色の月屋根の上(え)に出でてこの世をあやしく照らす
北風の激しくなりて午前二時紅蓮
(ぐれん)の灯りはたと揺らめく
しきやみの夜には夜の理由あり見えなくなりて見えてくるもの
水に挿す鶏頭にまで根が付きぬ1K
(ワンケイ)ここも悪くないかな
「どこばりでなにばり言われん」今治の人はバリバリ物申すなり
「しようわい」「行ってこーわい」今治の人はわいわい物申すなり
 
今治では「おつうすう」は「お汁飲む」、「おすしつける」は「お寿司作る」の意味
まだ知らぬ方言はあり「おつうすう」「おすしつける」を今日マスターす
 
「~してるの」は愛媛では「~しよん」香川では「~しょん」
「なにしよん」から「なんしょん」へ活用す讃岐の人はうどんも噛まぬ
(し)×9(く)+8(はっ)×9(く)取り払うという除夜の鐘108回をいまだ聞くなし
ハレの日もアメは降るから傘をさし靴を汚して初詣でする
ならず・来ず打消しばかりのおみくじを太い枝へとしっかり結ぶ
 
「お腹がおきる」は香川では「お腹がいっぱい」の意味
「もうお腹おきた」と言うに「饅頭は」「蜜柑は」と出す実家の母は
一抹の不安を抱え参加する小学校の同窓会へ
卒業後二十二年のときが経ち変わらない友変わりゆく友
あんなにも大人だろうか先生の当時の歳にほぼ近づけど
それぞれの三十四年を持ち寄りぬ×2
(ばつに)も未婚も社長もひら平も
喜んでいいのか「変わらない」といえ二十年前は子供だったよ
同窓の友と卒業文集を開けば目覚める記憶のかけら
将来の夢は「きままな社長夫人」などと書きおり卒業文集
社長夫人にはなれねどもきままには生きて半分夢は叶えり
思い出は尽きぬ夜なり遠泳の十キロはもう伝説らしい
犯罪が起こればすぐに報じられる卒業文集将来の夢
未解決事件のようにやるせなし同窓名簿の七つの空白
なんにせよ同窓会に参加できる人はしあわせ冬の満月
 
「行ってるの」は香川では「行っきょん」愛媛では「行きよん」
「どこ行っきょん」が「どこ行きよん」に活用すややのんびりな伊予の人びと
 
「~だから」は香川では「~やきん」愛媛では「~やけん」
「やきん」から「やけん」へわれも修正すバイリンガルのはしくれとして
まっすぐに紙ひこうきのごとく飛ぶセグロカモメは羽ばたきもせず
冷え込みてみぞれも混じるあらたまの深夜ひんやりヒヤシンス咲く
わが知らぬ雪の明るさ温かさ世に裏表限りあらなく
意のままにためを利かせてネコヤナギ天へ天へと生ける新春
せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ音
(おん)も味わう
善哉
(ぜんざい)は善き哉よきかなまぁ~るくて甘くてほんわりあたたかくって
白玉のえくぼを見れば思い出す祖父の手打ちのうどんもどきを
moonbow
(ムーンボウ)見たよ!と友よりメールあり同窓会の余韻とともに
月あかり泣きべそどしゃぶり雨あがり顔を上げればmoonbow
(ムーンボウ)見ゆ
やわらかい冬の夜空にmoonbow
(ムーンボウ)あわくはかなく闇をひろがる
暗闇に取り囲まれてスポットを浴びれば何も見えなくなりぬ
スランプはある日突然やってきて今日はターンがなぜかふらつく
「凡才を嘆くな努力の足らざるを嘆け」と恩師の言葉響けり
重力と月日に逆らわねばならん腹筋100回わがノルマとす
真っ暗な舞台の袖はよく見える光のあたる人のミスほど
闇にこそわれを導く一片のあわいひかりのまほろばはあり
手に受けたひかりの雫消さぬよう零さぬようにていねいに舞う
よく笑いよく食べよく呑みよく踊るダンス仲間はいつも満月
温泉に女七人集まれば夜も更けがたし心ゆるびて
屋上の露天風呂からにぎやかな道後の夜に雫を落す
恋愛論結婚論はさまざまで暁までも湯けむりのなか
有明の月を見ながら朝の湯に浸りて道後の夜をしまいぬ
フルーツをチョコの泉に差し入れてフォンデュ楽しむ独身貴族
チョコレートフォンデュに集う女らは不足気味らし甘い日常
役割はできる人へと与えられ一人楽しく生きるもさだめ
黄の衣裳まとう陽気な音楽隊パラッパラッパ ラッパスイセン
暖かい冬はなんだか優しすぎる恋人のよう ときどき不安
無彩色ばかりこのごろ選びおりバックも靴も話し相手も
幾重にも生地を重ねたチュチュのごとふんわり咲けりラナンキュラスは
毎日のToDoリストこのごろはびっしり埋まりやや消化不良
ビビンバをざっくり混ぜてギチギチの今日の私をほぐしてゆきぬ
シンプルに考えればいい新しい花瓶に白のカラーを生ける
おぼろげな水彩のごとふぁっと咲くミモザアカシアぼんやりと春
フリージア甘く香りてこの土地に十三度目の春を迎える
無気力を打破するためには刺激らし通勤経路変える月末
(しん)か偽(ぎ)か今日の専務のネクタイはGUCCI(に似てる)と疑惑うずまく
暖房の効いたオフィスに春夏の企画を練れば水が飲みたし
猿山にも婦人会あり会長の息子は優遇されているらし
あきらめに似たなぐさめに癒される「うちら俸給生活者
(サラリーマン)なんやけん」
両側をしかと捉えてはさみ込むダブルクリップ苦しゅうないか
命綱一つで窓を拭く人を風景としてわれは仕事す
独りではない快適な一人なり印刷室にこもる二時間
エラーまたエラーフリーズパソコンもボイコットかな今日は休めと
カミナリを終始無言でやり過ごし顔を上げれば凪ぐ海の見ゆ
生まれるも死ぬも多い日満月の夜は多くの伝説のこす
しあわせ?と問われればたぶんしあわせと答えるだろう寒月仰ぐ

題詠「メモ」を詠む
昨夜書きしわがメモ見れば三匹のミミズがおりて暗号を解く

与謝野晶子短歌文学賞『「三輪山まほろば短歌賞」姉妹賞』受賞
死から死のあいだに深く刻まれた喪服のしわを丁寧にとる

◆コスモス 2007年6月号
風走る如月の夜逝きましぬ高井会長現役のまま
会長の死を月曜の朝礼で知りて昨日を吾を省みる
〈一般〉と〈会社〉に別けて受付す合同葬の二つの財布
悲しきは葬儀さなかも感冴えて歌を詠みいる生者たるわれ


◆コスモス 2007年5月号
茉莉花(ジャスミン)はカップの中でほどけゆきほのかに月の香りを放つ
梅匂う誰かにとって特別な大安という日もゴミは出る
春一番〈春〉という語に騙されておもてに出れば狂風に遭う
洗濯物膝でたたみてこっくりと正しい時間流れはじめる


◆コスモス 2007年4月号
五日過ぎ届く今年のカレンダー五日は永久に空白のまま
気持だけ空回りして眠れずに深夜に淹れるカモミールティー
カタログをめくれどめくれど欲しいもの見つからなくてかさつく心
掃除機のコードがしゅるっと一回で巻き取れた朝バラ色になる


◆コスモス 2007年3月号
勝ち負けじゃないけど敗北宣言をして負けて勝つ冬のひだまり
平気だと些細な不満呑みこめば口内炎が大きくなりゆく
かさぶたじゃなくてこのごろ青あざの消えなくなった膝を抱える
違うんじゃないかと思うなんにせよマカロニサラダにみかん入れるは

◆コスモス 2007年2月号
一日の十四時間が暗闇でないと開かぬ菊の静謐
光源を遮り闇を確保して高貴な菊の開花を待ちぬ
枝先のしなれる竹のごとくあれ周囲に何を言われようとも
進化する情報社会に整合性とれなくなりて狂うパソコン
壊れゆくPC回路われはただ狂いゆくさま見守るのみに

◆桟橋 NO.89 「もう秋の空」
無理をして笑顔を作るわれのごと痛々しくて秋のひまわり
役枝の二本目の位置なかなかに決められなくてはさみを下ろす
悩みなき人と思えりあとに来て早々と生け帰りゆくひと
午後の陽にうつむきかけた鶏頭が真夜にすっくと背筋を伸ばす
つぎつぎに花は落ちにきデンファレの最後の一花紅を濃くせり
正座して花に向かえる三十分徐々に呼吸の深くなりゆく
華道にもリズムは大事長短をつけて小菊を足元に挿す
日曜のあなたの返事三椏の枝の分かれ目岐路と言うべき
降りしきる紅葉の雨に濡れながらきみまち坂にいるのはわたし
いにしえの気配をまとい珠ひかる紫式部 もう秋の空
知らぬ名の花はまだありそのたびに問いて学べり書いて覚えり
新しい命を包む土となるユリの球根植えしこの土

題詠「たぶん」を詠む
たぶん嘘たぶんに嘘と知りながらうなずいているわたしこそ嘘

◆平成18年度 NHK全国短歌大会 入選
コスモスをやさしくなでる秋の雨あきらめかけてた便りの届く


◆コスモス 2007年1月号
ゆらゆらと闇を好んで自生するぼくだったきみを見つけるまでは
生かされて生きるほかなしぶつかって地団駄踏んで転んでもなお
これ以上偽れなくて眩しくてうつむいたまま仮面を脱いだ

◆コスモス 2006年12月号
ドラマなら恋が始まるシチュエーション本をとる手に手が重なって
星屑の微分積分解く思い ルネ・ラリックの瓶をながめる
乱れ打つ風鈴の音を聞きながら台風前夜「羅生門」読む
頑張れど頑張れどまだ淋しくてなお頑張れば泣きそうになる
友がみな幸せそうに見える日はキュルキュル独りコンロを磨く

◆コスモス 2006年11月号
海の香をほのかに放ち渦巻の蚊取線香宵を待ちいる
生と死は紙一重かも酷似する薬草事典と毒草事典
毒草というはおおかたひとくちめ甘くふたくちめへ誘うらし
バランスを崩し階段踏み外し「あっ」と思
(も)うとき満点の星
気がつけば日陰ばかりを選びおり何を得たのかはや夏も逝く

◆特集・今に生きる宮柊二-没後20年記念「柊二作品への返歌」
ならざりし恋にも似るとまだ青き梅の落実(おちみ)を園より拾ふ 柊二『純黄』
  返 歌

雨あとに光あつめて艶めけりジューンドロップ 実らざりしゆえ 淳子

◆桟橋 NO.88 「おんまく」
おんまくとは、今治地方の方言で「めちゃくちゃ、いっぱい、おもいっきり」という意味の言葉。夏祭りの名前でもある。
August今年も暑く熱くなる今治市民の祭り〈おんまく〉
〈おんまく〉の真っ赤なうちわパタパタと街中
(まちじゅう)にいま熱風を呼ぶ
帯風の布にかんざし風の棒、ズボンにシューズの〈おんまく〉衣裳
バリテラス特設舞台のコンテストおんまく踊るダンスバリサイ
青空の屋台村ではあの人もこの人も皆大口となる
伝統の祭りに踊るジャズダンスneo japanesque踊りも短歌
(うた)
〈おんまく〉をおんまく楽しむ日焼けしておんまく汗もかいてこの夏
手放した風船を追う幼い目あの夏の日のわたしみたいに
金魚掬い掬え掬えと応援し逃げろ逃げろとどこかで思う
うたかたの夜の〈おんまく〉夢花火打ち上がるたび最後と思う
遠ざかる鼓動追いかけ夢の跡ちょうちんの灯も一斉に消ゆ
いつまでも花火の消えた夏の夜を見上げて、元の私に戻る

題詠「八」を詠む
ほこほこの八穀ごはん白くない御飯のほうが私には贅

◆コスモス 2006年10月号
紺碧の海に飛び込む衝動を抑えつつ今稟議書をかく
お気楽に漂う海月と思いきや二十四時間休まぬという
ぬばたまの闇に獣の気配して振り向きざまに光る緑眼

◆コスモス 2006年9月号
麦の葉を矢羽根のようにカットして花器に遊ばすはつなつの午後
忘れものだらけの日なり腕時計・目薬・グロス・昨日の決意
サッカーのワールドカップで引き分けたことが一面 平和な日本

◆コスモス 2006年8月号
残春の花見小路は華やぎてすれ違う人皆笑顔なり
祇園にて旧友と逢う昼下り見知らぬ路地もどこか懐かし
白川のゆるい流れに身をゆだね桜散りゆく花名残月
(はななごりづき)
狂おしいほどに閑かに降りしきる紺青の雨 洛北の夜の

↓8/27『桟橋』批評会を受けて、若干修正しました。
◆桟橋 NO.87 「締め直す」
夕闇のネオン少ないこの町にコロナのようなダンススタジオ
カッコ良くちょっと不敵にジャズダンス踊り続けて年をとれたら
ガチガチのパンプスを脱ぎやわらかいダンスシューズに履替える夜
ブランクはあれど体が覚えてる一度体で覚えた踊り
踊りつつ流れるままに流す汗デトックスしゆく今日までのこと
両腕は肩甲骨のつけ根から人差指の爪の先まで
複雑なステップを踏み無となりぬ複雑怪奇な大人となりて
三十代未婚子無しの女らはやたらと踊ること好むらし
ユウガオのごとくに咲けり夜だけのダンサー我にリミットがくる
新しい振りを付ければ新しい筋肉がすぐ痛みはじめる
わたくしは私を見るひたすらに鏡に向かい踊り続けて
もう一度シューズの紐を締め直す開演前の舞台の袖で

題詠「恐竜を詠む」
大きくて強かったあの恐竜が絶滅したとうゆるぎないこと

◆コスモス 2006年7月号
若草の若さみなぎる新人の変な敬語も今日は許そう
荒波のしぶきのごとく跳ね上がるこごめ桜の白に呑まれる
騙されず誰も騙さずエイプリル・フール静かに更けてゆくなり
口論のあげく素直に謝られなんだかすごく負けた気がする
朝の水やさしくなりて朝の顔少し優しくなれた気がする

◆コスモス 2006年6月号
手のなかに今春が来た餡パンを二つに割ればうぐいすの色
照り返すモクレンの白眩しくて本当のこと言いそうになる
アパートのドアを開ければ一日を光と過ごしたユーカリ匂う
行く、逃げる、去る桜月振り返ることもなく今日友と別れる

◆コスモス 2006年5月号
華やぎの移りゆくごと咲き登るグラジオラスは右へ傾く
無造作に投げられた鍵奔放に生きるあなたの分身に似て
三十を過ぎて生え初むる親不知まだ成長を続けるカラダ
つきのもの乱れなくきて張る乳房まだ諦めを知らないカラダ
はみ出した郵便受けの荷を取れば押し花電報はらり舞い落つ

コスモス 新・扇状地「表階段裏階段」
めくるめく表階段裏階段悲喜こもごもの念
(おも)い響けり
背負う期待抱える不安反響す社長室へと登る階段
重要で不要なものを吸い込んでまた満杯になるシュレッダー
ひたすらに叱責受けつつぼんやりと視界に映るネクタイのシミ
踊り場はひだまりの場所足休めする場所弱音こぼしゆく場所
カンカンと音たて登るアパートの階段に今日猫が憩いぬ
夜の闇の宙に花咲くかすみ草 隣人の咳今日止まぬらし
俊足で階段鳴らしやってくる早朝五時の新聞配達
寝不足の身を引きずりて出勤す社員階段 追い抜くがいい
卓上にしまい忘れた海色のクリアファイルが朝日を反す
まわるまわる会社はまわる山田さん一人が退社した翌日も
かけ足で登る階段踏みはずす えっまたですか?朝令暮改
どん底の安らぎあらん庶務室へ降る階段鼻唄交じる
疲れたら休んでいいよ生真面目に言葉を吸って吐くファクシミリ
ハリウッド女優のように微笑みてエントランスの階段降る

◆桟橋 NO.86 「独眼の戦士」
コンタクトレンズを無くすどうしても三重に行かなきゃならない朝に
独眼の戦士となりて駈け上る駅の階段まずは一勝
爪を切る音の響けり乾きたる冬の車両にあっぱれなほど
ケータイがぷるぷる踊る眠りいる人の座席の机の端で
乗り継ぎの時間はわずか十五分ためらいつつもソバをかっこむ
KIOSKのチョコが私を呼んでいる~ストレス社会で闘うあなたに~
デザインの確認が今日の仕事なり片目つむりて紙面に挑む
五時間をかけて三重まで辿り着き二時間の後
(のち)また帰路につく
ホームには人目を避けぬバカップルおりてわれらが避けて並びぬ
車窓より白馬の見えて見返せど王子様ってやっぱりいない
この本を読んでしまえばあと二時間車中でわれは言葉に飢える
瀬戸内のジャンヌダルクは海を越え山河を越えて明日も駈けゆく

題詠「天敵を詠む」
ハレの日はいつだって雨どうしても天気に勝てぬ我の人生


◆コスモス 2006年4月号
0.5
(レイコンマゴ)ミリを測る今日もまたミリの目盛に顔近づけて
(じゃ)のごとく黒光りする胃カメラが身をくねらせて我にむかいく
天も地もわななく寒さ今日もまた日本列島寒波列島
「家族にも使えます」というセールスに家族はおらぬと言えば一撃
「牛肉を輸入しないと報復」と言わるるいまだ敗戦国ゆえ

◆コスモス 2006年3月号
〈ひかり〉にて紅葉黄葉
(もみじもみじ)を渡りつつ日本の秋を縦断しおり
ON→OFFへこのしばらくを切り換えてパトカーは今給油しており
いくたりの人のぬくみかこの席にはつか残りて我をあたたむ
夢も見ず眠れることは幸せと気づきぬ 今日も朝日まぶしく
涙することでリセットする日々よ〈泪目族〉となりて暮らせり

◆桟橋 NO.85 「アタラクシア」
質問が詰問となりようやくに愚問と知りて口を閉ざせり
正そうと意気込むほどに追い詰めて銀杏黄葉のはらはらと落つ
家を出る時間なれども右肩の髪はぷいっとへそ曲げており
たびたびにつまずきながら今日もまたハイヒール履き出社を急ぐ
交差点低く横ぎる白鷺の白眩しくて瞬きやまず
おおかたは略字で書けど〈福澤〉の〈幸〉はいまだに省きがたくて
小春凪やさしき海は漆黒の闇をいだきてなお透き通る
「JJ」は過ぎてもいまだ「VERY」へは辿り着けない 何かが違う
なにゆえか? 忙しいほど無理をしてハワイ旅行へ行こうとするは
脱力のかたちで空を見上げれば、あっオリオン座 明日は晴れるね
闇の待つ一人の部屋の鍵穴はひんやりとしてもうすぐ師走
静寂をあたためている小春日はアタラクシアへ我をいざなう
思い出し笑いのように枝先を赤らめふるえているホルトの樹
夕映えに溢れる庭はエルドラド金木犀も金に輝き
秋晴の道後公園にぎやかに桜紅葉も笑いさざめく
ハワイなど行く気も失せるひもすがら流れる雲を眺めておれば
いにしえのパピルス文書抜け出せぬ迷路のように思いを馳せる
月光のような歌声切なくて切なくて溢るあたたかきもの
うす青きエリンジウムは秋冷を含みて雪の結晶のごと
秋霖にけぶれる森に妖精の電話BOXひそと立ちおり
海原を低く群れ飛ぶ水鳥はさざなみのごと白くきらめく
いただきし黄色いバラの香に満ちて脳
(なずき)にふわり兆す幸せ
〈やくそく〉という語は遠く響きいて永き逡巡 約束は今日
追いかける恋より醒めて平らかなアタラクシアをいとおしむ日々
題詠「自画像」
アドレナリンだけを頼りに西東朝な夕なを奔走しおり

◆コスモス 2006年2月号
両の手に銀杏黄葉の舞い散るを受けつつ琥珀の木洩れ日を浴ぶ
こめかみに銀の一本光りおりまさか…あるまい鏡を伏せる
思い出の集合写真横を向く君の視線に光るあのひと
小春凪水鳥の群れ青い海これを平和と呼ぶのだろうか

◆平成17年度 NHK全国短歌大会 入選
レム睡眠ノンレム睡眠繰り返す銀河を駈ける夜の列車で

◆コスモス 2006年1月号
空白に不安よぎりてひと枝をつぎ足し描きぬ秋のデッサン
空っぽのそらはこんなに満ちみちて誰の上にも青くひろがる
店頭に〈昭和〉はもはやブランドとなりて売られおり「昭和コロッケ」
一人来てカツ丼を食う女にはまだなれなくて「…親子ください。」
降りるなく終電車にて通過せしふるさとの駅小さかりけり

◆コスモス 2005年12月号
台風に震えるマリーゴールドの心細さよ 雨戸を閉める
よこしまな我の心を戒める海のきらめき潮騒のうた
赤い川流れるごとく曼殊沙華つらなり咲けり秋の静寂に

◆コスモス 2005年11月号
八月はメトロノームの音のしてカチカチ今朝もアレグロに過ぐ
二つ三つ気になっている向日葵のうつむきかげん母のため息
〈ねばならぬ〉こと多くなり身動きのとれないカラダ寝返り重し

◆桟橋 NO.84 「時差のない国」
時差のない韓国に来て夜八時ゆっくり街は黄昏れてゆく
永遠とも思えるほどの一瞬でルーレットに負けカジノを離れる
韓国のボクサーパンツのマネキンの腹筋の割れ惚れぼれ見入る
昌徳宮(チャンドックン)秘苑の庭でリスに会う!リスだったよね?リスだと思う
ハングルでブッシュはブースィー、ブースィーとは残念ながら鳥除けの意味
青・黄・赤・→ 4つの信号が横一列に並ぶ韓国
横向きにうつ伏せ仰向けまな板の鯉のごとくに垢すられおり
カルビ屋は鋏さばきも鮮やかにチョキチョキ肉を切り分けてゆく
サムゲタン・骨付カルビ・キムチ・チゲ・プルコギ・ナムル・チヂミ・ビビンバ
キャンディーズ・聖子・モー娘。など歌う韓国、慶州(キョンジュ)
のカラオケ店で
韓国のテレビにて聞く日本語にハングルの字幕 暗号のごと
鮮やかなチマチョゴリ着るマネキンの悲しいほどのその無表情

◆松山一泊批評会及び長浜、大洲周遊実作 題「城山」
あとに乗るロープウェイにてひとつまたひとつリフトを追い越して夏

◆コスモス 2005年10月号
赤煉瓦レトロ駅舎は東京もソウルも同じ趣のあり
「カンペキナニセモノアルヨ」南大門
(ナムデムン)市場の人はみんな正直
明洞
(ミョンドン)から少し離れた路地はまだ昭和のにおい漂っている
外国人専用カジノ次々に日本円が突っ込まれゆく

◆コスモス 2005年9月号
六月のきれいな風が吹き抜ける義務にまみれた私の横を
小悪魔と悪魔の違いぬばたまの夜に真紅の薔薇が微笑む
例えればシンクロナイズドスイミング浮きすぎず沈みすぎずに詠まん
この闇にも季節あるらしずんずんと冷蔵庫にて芽吹くじゃがいも
薄汚れボロとなりつつ触れるものきれいにしゆく雑巾よ ああ

◆コスモス 2005年8月号
黄昏の倉敷川の両岸は縁日のごと人ら華やぐ
小舟にて倉敷川を下りつつ弾き語りする人の懐かし
河畔には商家、土蔵がたち並び茶席で食ぶる吉備団子旨し

◆桟橋 NO.83 「花が終れば」
桜散り日傘が咲いてまた空を見上げることもなく行き過ぎる
盛りには蝶よ花よとはやしたて過ぎれば嘘のような静けさ
ヤマツツジ飛び火のごとく広がりて断崖絶壁まだらに燃ゆる
リフォームをすればミシンを買い換えればいよいよ嫁ぐのかと騒がれて
残業せず仕事を少し引き継げばいよいよ嫁ぐのかと騒がれて
人波に押されおされて藤波を泳げばゆらり蒼い木洩れ日
藤波を動いてるのは風ですか花房ですか 想い定まらず
藤棚の白い花房見上げればひたすら眩しい五月のひかり
「なぜ髪を切ったのですか?」理由など特には無くて宙を見上げる
窓を打つ雨を二時間眺めればようやく流れるわたしの時間
ありんこのパラソルみたいすずらんがひらけばそこはたちまちビーチ
あすなろよ花が終れば実を結ぶ根を張りいっぱい光も浴びて

◆コスモス 2005年7月号
わきあがる山の桜のシャボン玉消えてなくなるまでの華やぎ
打ちつける花散らしの雨あまりにも冷たく冷たく春を濡らしぬ
稜線を桜で飾るやわらかい島浮かびおりくるしまの瀬に

◆コスモス 2005年6月号
気がつけば雪の舞い初む如月の春の陽射しの差しいしものを
雪降るなか犬となり君がはしゃぐのをうずくまり猫のように見ている
雛壇のお内裏様を近づける心
(シン)まで冷える雪の夜ふけに

◆コスモス 2005年5月号
医務室は満員なりしそれぞれに知りえぬ痛み抱えて眠る
自販機にコインを入れて無となりぬジュースの落ちる十数秒を
わたくしは無色透明無味無臭人畜無害無力 無理無理

◆桟橋 NO.82 「ありがとうございません」
「ありがとう」って言われて終る泣くことも咎めることもできないまままに
クレヨンはあかいろばかり禿びにけり夕焼けだってこわくなかった
   
おいりとは、婚儀の引出物等として讃岐地方に古くから伝わる五色のお煎り菓子
雪をつかむようなはかなさ花嫁の土産のおいり舌に溶かせば
まあるくてほんのり甘い初恋のようなり花嫁さんのおいりは
いくら・うに・ホタテが夢の共演を果たす師走のどんぶりのなか
百枚の白秋カルタ囲みいてまず見定める「雪よ」のゆの字
故郷はここにあるよと友に出す封書にふるさと切手貼りおり
疑わずオアシス言葉が言えたころ制服だってピカピカだった
ありがとうございませんと腹で言いございましたと笑顔をつくる
福豆は硬いと思う節分も三十歳を越えるころから
大根の首を掴めばふとよぎる陰口たたく奴らの喉
(のみど)
冬ひなた惰眠むさぼるあれやこれやなんやかんやと頼まれたって

題詠「虫と星と都市」
星のない都会の夜に瞬けば蛍のごときネオンが潤む


◆コスモス 2005年4月号
阿呆とは楽しきものぞ阿波おどりわれも阿呆となりて踊れり
しんしんと雪の元旦鎮もりて木洩れ日のごと白梅ひらく
賀状には子供の写真しかなくて遺伝子たどるキミハダレノコ?
ガーベラのようなスカート弾ませてバレエダンサー舞台に咲けり
つま先で膝でかかとでタンバリン打ちながら舞うバレエダンサー

◆コスモス 2005年3月号
ぐんにゃりと世界が揺れるコンタクトレンズをしない目の日曜日
「とりあえずビール」とたのむ気安さで誘われたなら行っていたのに
気忙しい師走のまちは雑音の多くて何も聞こえなくなる


◆平成16年度 NHK全国短歌大会
【伊藤一彦選 秀作/松平盟子選 秀作】
産めば〈損〉産まねば〈負け〉という思い抱えて今日もデスクに向かう
【題詠「土」 入選】
やわらかく夕日を反す土壁のわずかな温み今も手にあり

◆コスモス 2005年2月号 「井の中の蛙」
「寒い」って言うのは合図流星に祈るふりして瞳を閉じた
茶柱が立ったと無邪気に喜べるこんな幸せこれぞしあわせ
井の中の蛙なれどもその深さ知りて入社後十年が経つ
しとやかな〈できた女〉にゃなれなくて〈できる女〉のレッテル貼られる
五十人に一人が中絶してるという十九歳は危ういつぼみ

◆桟橋 NO.81 「ぽれぽれ気分」
 
※「ぽれぽれ」とは、スワヒリ語で「ゆっくり」の意味
面倒で便利じゃないけど心地いいジャムを煮詰めるぽれぽれ時間
応答せよこちら自分と問いかける私の中の遥かな銀河
看板のないBarに来て味わうはぽれぽれ気分 心ぽろぽろ
借金に奔走してた一葉は札
(さつ)に貼りつき今ほくそ笑むか
あってもよいような気がする濃厚な白湯
(パイタン)スープで食べるうどんも
故郷のさぬきうどんの強いコシ弱まるなどはあってはならぬ
青、青、青、青信号が続く日はつまずかず行けるような気がする
行きたいと思う方には行けぬのか指示器をだせど曲らぬ前車
「カワイイ」の範囲は宇宙OLはヴィトンもプラダもハローキティーも
「頑張った」「あと一個だった」「目が合った」理由をつけてはショッピングする
ちょ~ヤバイみたいに言うはNHK超大型の台風情報
おおらかでこせこせせずに気負わないぽれぽれ屋さんあのかどの人

◆コスモス 2005年1月号 「あなたの夢」
また5分snoozeしてるベッドにてあなたの夢を切れぎれに見る
朝起きて顔を洗って歯をみがくように毎日咲く日日草
叩いても振っても出ないスパイスのようにはがゆい 名案がない
練習は本番のように本番は練習のように常にありたし
寝るまえのホットミルクに少しだけ砂糖を入れる今日のご褒美

◆コスモス 2004年12月号
行かなくちゃ陽は燦々と照っているハシルモツレル… 目覚しが鳴る!
慟哭のごとくに夜を震わせる稲光りです なまぬるい風
そらされた視線を追えば鱗雲過ぎる季節をまなざしで知る
君の背によりかかりつつ石段を下ればやすし ああこんなにも

◆四国歌人クラブ愛媛大会
取れそうで取れぬラムネのビー玉は輝く 永久の幸せ探し

◆コスモス 2004年11月号
無限とは夢幻と思う八月の朝の青空仰ぎ見ながら
わたくしの行くてを阻むものばかり始末の悪い空き缶を蹴る
過去にするための一言突き刺さる「忘れない」って悲しい言葉

◆桟橋 NO.80 「blue」
希望する希望しないにかかわらず三十二回目の夏が来る
ピュ~~ッドッカーン情報!あちこちで目にする季節 浴衣 おくれ毛
Dear S 私は今日でまた一つ年を取ったよ。会わないうちに。
ありえないものだからこそ憧れた blue rose が出来てしまった
エメラルドグリーン1位 スカイブルー2位という好きな色ランキング
女は海男は空の色が好き 似ているけれど交わらぬいろ
ぼんやりと一日が暮れ空っぽの私に夜がまた忍び寄る
霧雨の日曜あけて晴天の月曜やばしブルーマンデー
日本人よりも上手な日本語で講演するという ジェイムスさんは
田舎道だあれもいないバス停に革張りソファーぽつねんとあり
上質のブルーマウンテンこっくりと味わう時間透明時間
うぐいすの声に目覚める夏中の翡翠の森のログハウスにて

題詠「会議」
幹部社員(おっさんら)六十人の会議にて私は喋る部下指導法

「良寛の地・寺泊」をうたう
重たさに耐えられなくて雪国の信号はみな縦につらなる

◆コスモス 2004年10月号
幸せのかたちと思うミルフィーユ幾重もまったり重なりあって
事務所には三十人の人がいて向い合う人なし パソコンに向き

◆コスモス 2004年9月号 「露天風呂」
ポイントは「湯めぐり」「離れ」「女性だけ」湯原温泉松の家花泉
(かせん)
十六の風呂を巡りてつやつやになるより前にふらふらになる
履きなれぬ下駄に思わずつまずきぬそれでもすまして歩く湯の町
河原の自然のままの露天風呂みんな生まれたまんまで入る
独り身の女六人肩をよせ「寄りそい橋」で撮る記念写真
川のある風景そこに橋があり煌めきがあり安らぎがある

◆コスモス 2004年8月号
狸!鹿?猪!?次々現れる動物注意の標識の中
枯色の殿様バッタ窓の辺にオブジェのごとくじっとしており
干されいる運動靴は降りだした雨の中でも気をつけのまま

◆桟橋 NO.79 「大塚国際美術館」
圧巻の大塚国際美術館モネもゴッホも陶板画となる
古代都市パエストゥムの石棺に〈三途の川〉が描かれている!?
二千年褪せることない陶板のポンペイ壁画は凹凸もない
システィーナ礼拝堂に描かれた老人の脚に衰えはなし
左右の画面繋がるというモナリザの背景にある大宇宙
(マクロコスモス)
イエスの口わずかに開き水紋の広がるごとき「最後の晩餐」
モネの描く着物の娘かざしてる扇はトリコロールのカラー
ルノワール「田舎のダンス」に描かれた扇は少し日の丸に似る
生きているように死にゆく「オフィーリア」ミレイの描く手は動きだしそう
虚ろなるモディリアーニの描く女瞳のない目と目が合った かも
一面の青いカンバス「無の思想」だと言われればそうかと思う
「ゲルニカ」が反戦テーマと言われてもピカソは正直よく分からない


◆コスモス 2004年7月号
ふうわりとあなたの肩に舞い降りる花びらになる桜の下で
明日の空占うらしいあずま屋に風の妖精集ってきて
青い空今日も可もなく不可もなしすこし前向きすこし死にたい
こんなにも涙が出るのに頑張って生きていないとダメなのですか


◆コスモス 2004年6月号 「また一人」
重い罪犯した者ほどいい部屋があてがわれるとう取調べ室
退社後もさらに私を締めつけるストッキングを玄関で脱ぐ
泣き崩れ取り乱すべきだったのに大人の返事してまた一人
フライングでもかまわない梅月に春のスカートなびかせ歩く
冷えこみの厳しい朝ほど美しく桜は咲けり憂いを帯びて

◆桟橋 NO.78 「黄金の国」
黄金の国
(ジパング)と呼ばれし日本どこへゆくニュースは自殺また伝えおり
権利のみ主張したがる新成人吸殻あまた式場に散る
核爆弾落とされた国落とした国くつがえせない事実いまなお
報復を繰り返しても憎しみは消えるはずなし 宙
(そら)に十字架
今治に狼煙
(のろし)のリレー甦る見聞録の紐をほどいて
小雪舞う空を飛び続ける鴎着地する場所見失ったか
嗚呼いまもほっぺの赤い女子高生わが町におり2004・冬
営業車おりれば不意に子供らのこんにちはの声やわらぐ空気
夕映えにポンポン船の灯がうるみ朱
(あか)のひろがる来島海峡
独り居の節分せめて茹で豆を年の数だけかぞえつつ食む
表情を微妙に変えつつわが舐めるお多福(おたやん)飴は細りゆくなり
なんだかんだ言っても最後の晩餐は一服のお茶なのかもしれず


◆コスモス 2004年5月号
無駄知識
(トリビア)となるかもしれぬ人事規定〈育児休暇〉を熱心に読む
ああこんな小さな塵がわれの目に涙をとめどなく流させる
着地する場所も見つからないままに真冬の空をさまようこころ


◆コスモス 2004年4月号

参拝の人に押されぬよう抱くりんご飴さも護符のごとくに
ふるさとの味の一つと思いたり餡入り餅のこのお雑煮は
自殺者は年間三万人という黄金の国
(ジパング)とかつて呼ばれし国で

◆コスモス 2004年3月号 「レシート」
黄金に水平線を際立たせ冬の朝
(あした)を照らす太陽
コートから去年のレシート現れて去年の君をまた思い出す
アリバイのごとくあの日を語りだすあなたと行った店のレシート
ああ独り何故にどうして着込んでも着込んでもまだ寒い夜です
X’masリースやツリー飾るほど空虚となりぬ独りの部屋は

↓2/22『桟橋』批評会を受けて、若干修正しました。発表作と異なる部分もありますが、これを今回の作品としたいと思います。
◆桟橋 NO.77 「31歳OLの日記」
淋しいといつもあなたを開きます。日記さん、また今日も聞いてね。
こんなにも整然と並ぶ君の文字。綺麗な理由なんていらない。
できるのか?心と体が別々に動く〈男〉を理解するなど……。
本能と理性がぐるぐる廻る夜。シクラメンの赤、なお深くなる。
出席の会議は朝一。バレるかな?泣き腫らした目、誰も見ないで……。
ひっそりと給湯室にたてこもる。涙よ止まれ!せめて二時間。
水玉にショーウィンドーを飾る雨。黄昏ている、街も女も……。
宇宙
(そら)からの暗号みたい。いかれてるビデオデッキのデジタル表示。
ふかふかの枕にゆっくり沈みつつ目を閉じる時、唇空
(むな)しい。
もくもくと今日もスモッグ立ちのぼる。富田新港新しい朝。
超不幸、のち日中は平凡で、夜は時々幸せとなる。
チェルシーの箱を開ければ、穢れさえ知らない恋の匂いひろがる。
エンコウスギってケインコスギに似てるよね?華道クラブのOL会話。
玄関には、ピンクの花を生けとくと、恋愛運が上がるんだって!
昨夜
(ゆうべ)よりわずかにバラが解(ほど)けてる。私の恋は咲くんだかねぇ~。
真っ白なシーツを狭いベランダに干せば一瞬真っ白になる。
たびたびの非通知電話。どうしても着信履歴が気になってしまう。
眠れずにまた日記
(ここ)に来てしまったよ。人間そんなもんじゃないよね。
繰り返す。君の手紙のPSの「許してほしい。叱ってほしい。」
神様は、まだわたくしに幸せな歌を詠ませてくれないのですか?
胃に重い。電撃結婚した友の新婚旅行の土産のチョコは。
後輩が休みの月曜、お局
(つぼね)は、小人の靴屋みたいに働く。
風に向きたいらに咲
(わら)うコスモスよ、会社は決して民主主義じゃない。
明日からは、もっと嬉しい事いっぱい日記
(ここ)に綴っていけたらいいね。

◆コスモス 2004年2月号 「航跡」
人の手に触れてわが手の冷たさに気づきぬ空は限りなく青
落ちる夢二日続けて見た朝は蟻さえ踏まぬように気遣う
黄昏に気づく街灯やりきれぬわれを察するように灯りぬ
海上の大都会という燧灘
(ひうちなだ)航跡たえず海を引っ掻く
煙突のけむりが真っ直ぐ上がる日はタイプの指も弾む気がする


◆コスモス 2004年1月号 「メール文字」
アリバイを確認されているみたい非通知無言の電話だれなの
ため息を人に聞かれてしかたなく深呼吸よと言い訳をする
もう日暮れ時計忘れた一日は海を見ているように過ぎゆく
体温のないメール文字連ねても伝わらないよあなたがいない
淋しいと海を見に行くでも今日は行けない碧
(あお)が深すぎるから

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