船と私

私は過去に船舶の工務(新造船の設計・工務監督、既存船の維持管理)の仕事をしたことがあります。新人で苦労をしましたが、船という大きな成果物を伴うこの仕事はダイナミックでやりがいがある仕事でした。私は無線機器、航海計器、漁労計器等の担当をしましたが、数々の経験や技術の中にはアマチュア無線家にとって興味ある物が随所にありました。その中のいくつかを紹介します
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イントロ (工務の仕事と役割分担)

工務の仕事は新造船の設計・工務監督、既存船の維持管理があります。

新造船では設計を行います。各社のノウハウを出す部分です。建造に入り進捗や建造のチェックポイントを確認するために工務監督を実施します。船舶に搭載する機器は予め陸上でテスト運転をし、その完成度を確認する工場立会いを行います。船が完成すると試設計通りの性能が出ているかを確認する試運転を実施し官庁の検査を受検します。

既存船では定期的な検査があるので、これに合わせ帰港し、修繕を行います。この時に修理の内容を決める修繕の打合せを行います。修繕の最中は進捗や修繕のチェックポイントを確認をする修繕立会いを行います。最後に試運転を実施し、官庁の検査を受検します。この他に船舶が航海中でもバックグラウンドで法規対応や関連技術の調査・研究を行います。

工務は船体担当、機関担当、電波担当に分かれています。船体担当は船体、操舵、荷役設備、等を担当します。機関はメインエンジン(主機)、発電機を動かす補助エンジン(補機)、漁労装置、等を担当します。電波担当は無線機器、航海計器、漁労計器、船内音響・映像機器を担当します。

方向探知機の工場立会い


電波担当の仕事

電波担当は無線機器、航海計器、漁労計器、船内音響・映像機器のシステム設計や維持管理を実施します。この為、無線機器メーカーをはじめ航海計器、漁労計器メーカー、造船所、官公庁、関連協会、等と広範囲にお付き合いをします。

以下にその仕事の内容で興味深い部分を抜粋し紹介します。

 

◆新造船の建造

新造船が決まると、まず採用する無線機器、航海計器、漁労計器の仕様設計に入ります。船の用途、大きさ、国籍により仕様が異なり、例えば、300トン未満の漁船は中波の電信は不要だったり、1600トン以上の船舶のレーダーの距離レンジには規定があったり、各機器により郵政・運輸関連法規、国際条約で、種々の仕様が予備品に至るまで細かく規定されていました(’84年当時)。これに自社の仕様を取り混ぜ、100以上の仕様を決めて行きます。

仕様が決まるとメーカーの選定を行い、契約後、建造が開始されます。機器は工場立会いを実施しますが、通常は無線ラック(主送信機、補助送信機、主・補助受信機、電源制御盤、等)の立会いのみで、その他の機器は採用実績が無いメーカーを採用した時か新技術を使った時に実施していました。

船体担当は造船所にほぼ常駐する形となりますが、電波担当は確認のポイントで造船所に行き工務監督をします。ポイントとしては無線室や操舵室の内装が完成する前に電源や信号ラインが設計通りに配線されているか、アースポイントは設置されているか、また空中線マストやスタンション(小さなマスト)の位置は設計通りか、等。

建造が完成すると試運転を行います。東京近辺なら横須賀沖に行き、マイル・ポストと呼ばれる1マイル(海里)おきにポストが立っている場所でその間の通過時間より船速を測定するテストをはじめ振動や種々の機器の試験を実施します。

無線機器関連は機器の稼動チェックやインターフェアのチェックを実施します。特にJBOという同時通話のSSBの公衆電話サービスは、狭い船上に送信アンテナ、受信アンテナを配置するので、送信波の受信機への周りこみを防止するのが難しく妥協点を探すのが大変な仕事となります。

航海計器では1600トン以上の国際航海をする船舶では方向探知機の誤差修正カーブを持つ事が義務付けられているので(’84年当時)、これを作成する為に発信機を積んだ小型船を本船の周りにまわし、実方位と測定方位の誤差測定をする等のテストを行います。

また、漁労計器では船舶の走行雑音や泡(ウエキ)からソナー関係が受ける干渉妨害の測定を行い、場合によっては船底の取りつけ位置の修正と言った大工事になる場合もあります。

駿河湾での試運転


◆無線検査

無線検査は新造船時に新設検査を修繕時に定期検査を実施します。検査の手順は概ね次の通りとなります。

検査官は通常技官、事務官のペアで来られ、冒頭に電波法に則った検査である旨の通告があります(これはアマチュアと同じ)。

まずは申請書類と実体の照合があり、申請書に記載された機器の型名、シリアル番号、型式検定番号の照合、空中線図と空中線の展張状況の照合、等を行います。

次に書類、予備品、備品の確認を行います。書類は電波法令集を初め、無線便覧、業務日誌(定期検査の時は記載の確認がある)、無線検査簿、国際航海がある船舶はノーメンクラチャー(国際法令集、地図、等)等を備えてあるかの確認を行います。予備品は終段管、水晶、BKリレー、CR類、等。備品は時計(例の、沈黙時間が入った、12.5cm径の時計)、バッテリー液、等。

いよいよ各送信設備を動作させ性能試験を行います。中波〜短波では展張しているアンテナの長さや高さにより空中線抵抗が大きく異なり、未知なので送信出力は電力計を直読出来ずIP、HVを読み規定の効率を掛け電力を決定します。国際VHF等の共振アンテナを使う送信機は電力計で直読します。同時に周波数カウンターで周波数偏差を測定します。船舶局の周波数偏差はアマチュア局に比べ非常にシビアで(短波で電信10ppm、SSB50Hz以内:’84年当時)、水晶制御発信(シンセサイザーを含む)を使っていました。また電信は波形(リンギングやダレ等)のチェックを行います。

義務船(300トン以上の漁船)では中波、中短波、短波での電界強度の実測を行います。中波では空中線展張の制約が大きく、どれだけ輻射抵抗を大きく取れるかがポイントとなります。多くの船舶では、L字型アンテナを使っているので、この為には水平部分を出来る限り大きく取りCを稼ぐ事が必要で水平部分を2条、3条(2本、3本)とした形状とします。

蛇足ですが、船舶では喫水上の高さによりアンテナのインピーダンスが大きく変化しこれに追従する為にオート・チューナーが装備されていますが、海上が時化ていて船体が大きくローリングする時などは条件が大きく変化し、オート・チューナーの追従が間に合わなくオーバーロード・リレーがトリップし高圧が落ちる事がままあります。

最後に実通をして検査が完了します。この後、無線検査簿に結果を記載してもらいますが、この時にアマチュア局と異なる点は指示事項が有るとそれがクリアになるまでは出航が出来なくなり大問題となります。また、指示事項の記載までとはいかなくても口頭で指示されると(口頭指示)、改善結果を事後でも報告する事が必要となります。  

電波法令集

ノーメンクラチャー


機器

電波担当が担当する機器は無線機器、航海計器、漁労計器、船内音響・映像機器ですが、主な機器で興味深い部分を抜粋し紹介します。

 

◆無線機器

【送信機】

メイン送信機と補助送信機を装備します。

メイン送信機の出力は船の資格により設計基準が異なり、概ね500トン以下の漁船は250W、公衆通信の取り扱い有りの漁船は500W、国際航海有りの運搬船は1.2KW、日本国籍以外の船舶では1.5KWとしていました(’84年当時)。

補助送信機の出力は125W位でDC24Vのバッテリーで稼動することが要求されます。トランジスタの機械が主流となる前はインバーターが付いていて発電機型のインパーターが付いている時代もありました。

日本船の場合は周波数はスポットで、シンセサイザーの時代になってもプリセットシンセサイザーと言いスポットの周波数しか出せない機器しか許可が下りない時代もありました。商船はその後フリーシンセサイザー(どこでも出るシンセサイザー)が許可となりました。周波数帯は410KHz〜25MHz帯で、特に中波ではアンテナのインピーダンスが非常に低く大きな高周波電流が流れます。

終段管は70年代までは6146、4P80、P220A、P250A等が盛んに使われていましたが、その後4CX250A、8122、7F37Rといったセラミック管が使われオールトランジスタの機械も登場しました。

送信機は通常、受信機や電源制御盤が装備された無線ラックに電源、エキサイター、PA、チューナーが装備され、注文生産となり、完成時に工場立会いを実施します。工場立会いでは出力、周波数偏差、波形はもとより注文生産の管制板や塗装色、振動対策や相互干渉の対策としての配線の引き回しや部品のマウント状態、等の検査を実施します。

【受信機】

メイン受信機と補助受信機を装備します。

補助受信機の意味合いは漁船と商船では異なり、漁船では2台目以降の受信機としてメイン受信機と同等の仕様の受信機を装備する傾向があり、商船では単なる緊急用として一ランク下の受信機を装備していました。ただ補助受信機は法令上でDC24Vの非常電源で動作する必要があり、給電上の考慮が必要でした。

船上は混信や人工ノイズが少なくアマチュア無線の受信機の様にこれらの除去機能(ノイズブランカ、PBT、等)は不要で、安定性、耐久性、耐震性といった基本性能が重要となります。

【アンテナ】

船のアンテナは荷役設備等の障害となる事より長い船体を自由には使えず通常、操舵室上のコンパスデッキ周りの狭い範囲に装備します。

中波を載せるメインアンテナや補助アンテナ、同時通話のSSBのアンテナでは規定の性能を満たす事が容易ではありませんでした。

メインアンテナはL字型が主流で、水平部分を2〜3条にして中波でのCを稼いでいました。外国船ではケージアンテナを使っているケースもあり採用した経験がありますが、中波では苦しく中波用のL型アンテナを併用していました。アンテナワイヤーの部材は考慮が必要で耐食性があるカーボンポリ線を、碍子は塩の付着がし難い強化ガラスのDulexを使っていました。

同時通話のSSBのアンテナは受信用のホイップアンテナを個別に船首に配置し、Duplexフィルターを入れて送信波の回り込みを最小限に抑えていました。

コンパスデッキにはメインアンテナ、補助アンテナの他、受信用ホイップ、国際VHFアンテナ、方向探知機アンテナ、ラジオ受信アンテナ、ロラン・アンテナ、NNSSアンテナ、オメガ・アンテナ、レーダー・アンテナ、インマルサット・アンテナが装備され非常に混雑していました。

漁船ではコンパスデッキが商船と比べ狭い割には、更に27MHzSSBアンテナ(漁船)、27MHzDSBアンテナ、セルコール・ブイ・アンテナ(漁船)、VHF方向探知機アンテナを装備しており、相互干渉を減らす事がどれだけ大変か容易に想像できると思います。まずは図面上で配置を考慮しますが、最終的には試運転時に相互干渉を確認・調整します。

アンテナの配置は電気的な問題の他、船の振動の影響を最小限に抑える考慮も必要となります。試運転時に振動計測をし、メイン・エンジンの常用回転帯域で大きな振動が無い事を確認します。大きな振動が見つかった場合は補強材の溶接を行い、それでも止まらない場合は根本的に配置を変更します。

特にレーダーの導波管やインマルサットのレードームは振動を嫌うので、最小限に抑える必要がありました。更にレーダーの導波管は水密に気を使いました。水密が完全でない場合は水が入りレーダーの受信感度を損います。これは日本海事検定協会(NK)の検定項目となっています。

【国際VHF】

国際VHFは入港前に港湾管理団体に連絡を行い交通管制に従うための通信に使います。

国際航海を行う船舶は装備が義務付けられています。156.8MHzが呼び出し周波数に指定されており、ここで呼び出しを行いワーキングの周波数にQSYします。国際航海有りの義務船ではメイン、補助の機械が必要となり、補助装置はDC24Vの非常電源で動作する必要があります。同時通話の周波数もありアンテナは送信用、受信用と分割して装備します。

【インマルサット】

海事衛星機構が運営している船舶の為の衛星通信システムです。

当時は電話、FAX、データ通信をすべてカバーするフルモードのサービスのみでしたが、後に電話だけのサービスであるCモード等の簡易版が出現したと聞いています。当時はアンテナであるレードームの重量が大きく設置場所の選定に考慮が必要でした。レーダーマストの陰が出来ないようにレーダーマストの最上部に設置するか、レーダーマストの構造上の制約からコンパスデッキ上に設置するかの選択をしていました。

【気象FAX受信機】

気象FAX放送(JMH等)の受信をするFAX受信機で感熱紙等の記録紙に受信画像を記録します。

【救命艇用無線機】

非常時に救命艇で使う無線機で手回しの発電機が付いています。ホイップアンテナを装備し電信で通信が出来ます。

無線検査後に無線室の中で、まとめ・・・

左から 6146 4P60 P220A P250A


◆航海計器

【レーダー】

用途により長距離用のSバンド(3GHz帯)、Cバンド(5GHz帯)、近距離高解像度用のXバンド(10GHz帯)があります。出力は長距離用で50KW(P0N:パルス変調)、最長レンジ32マイル(50Km余り)。

給電方式はXバンドは導波管が一般的ですが、導波管は振動対策と水密対策が必要なのでSバンドでは多少の減衰は犠牲にして同軸ケーブルを用いていました。

レーダーは霧と海面反射により感知能力が著しく落ちますが、この軽減装置としてFTCとSTCが搭載されています(ノイズブランカの様な働きでしょうか)。レーダーは本船との相対方位から真方位を測定するために方位測定システムであるジャイロスコープと連動しており、また後述する衝突予防装置へ信号を供給しています。

【衝突予防装置(ARPA)】

他船の挙動を追従し、本船の進路から計算・推測し、衝突の恐れが有る場合は警報を発する装置です。この目的でレーダーから他船の位置を、ジャイロスコープから方位を、潮流計から船速の信号を受けます。当時は1万トン以上の船舶にARPAの装備が義務化され、だんだんARPAが普及し、レーダーとの一体化が進んでいました。

方向探知機】

方向探知機はレーダーマストの頂部に設置したループアンテナと、円形のCRTが付いた受信機を組み合わせた受信信号の到来方向を探知するシステムで動作原理が興味あるものでした。

アンテナは2面の直行しているループとホイップアンテナの組み合わせで、2面のループのNULLを合成し電気的に回転させ、無指向性のホイップの信号と合成し電波到来方向でのピークを作ります。これを円形のCRT上に信号強度と方向の表示として表し、電波の到来方向の測定します。

ただ船体の形に添って測位エラーが発生し、その補正グラフ(時差修正曲線)を用い、真の方位を測定します。時差は波長が短くなるほど大きくなり、例えば、中波の時差修正曲線は船首を起点とした綺麗なサインカーブとなりますが、短波では非常に歪な形となり荷役ブームの位置等によって大きく修正値が変化します。

航海計器が発達する前は長波のビーコン局で測位をしたとの事です。なお漁船では投下した網に付けたラジオブイ(中短波)を発見するのに現在でも利用しています。

航海計器】

現在は正確かつほぼ継続的に測定できるGPSが一般的となり、この世界の趣が随分と変わりました。

当時は連続的に測位出来るが夜間の精度に問題があるオメガ、沿岸部で連続的にある程度の精度で測定が出来るロラン、限られた地域で精度がぼほ良いデッカ、1時間に1回ほどの測位しか出来ないが精度が良いNNSS、等と測位システムにより特徴がありました。このため、これらを用途に合わせて選択し、組み合わせ使用していました。またこれらを補完する装置として方位を測定するジャイロ、船速を測定する潮流計を組み合わせ、推測航法を行っていました。 

操舵室の中で

写真中央が国際VHF、右がNNSS


◆漁労計器

【魚群探知機】

魚群を発見する装置で船底に設置したトランスジューザーという超音波発生器からパルスを送受信し、強度と時間により深度を計算して船上の表示装置に表示します。

以前はFAXの様な記録紙を使用していましたが、’84年当時より、カラー表示が一般的となりました。カラー表示は反射波の信号強度により表示色を変えるので魚群の密度や分布がわかりやすくこれより魚種の推定が出来ます。

発信周波数は概ね15KHz〜200KHzで、周波数が高いほど分解能が高く、到達距離が短いという特徴があります。この様な音響機器はプロペラやエンジンの雑音の影響を受けやすく、最も影響が大きいのは船底に回り込む水泡で船速により影響の度合いが変化し、船底の配置には考慮が必要です。

【スキャニングソナー】

魚群探知機のトランスジューサーを横方向に配置し回転出来るようにした装置です。

横方向に送受信をするために船体からの雑音や水泡の影響を受けやすく、影響を軽減する為に昇降装置により船底よりトランスジューサーを突出させます。魚群探知機の様に超音波の発信方向が固定されておらず、全方向で発信出来るので探知能力が高く魚群探知には有効ですが、装置が複雑で大掛かりとなり高価でした。 

【ラジオ・ブイ】

1.7MHz〜2MHzの中短波を利用した信号発信機で、主に漁場で投下した延縄に付け回収時のマーカーとして使います。連続的に発信するラジオ・ブイと呼び出した時にのみ反応するセルコール・ブイがあります。送信機とバッテリーが入った筒形の本体にホイップアンテナが付き、ドーナッツ形の浮き輪が付いています。

漁船の試運転の様子


◆音響・映像機器

【船内アンプ】

船内放送用だけではなく船外作業時の指令を確実に伝える重要な役割を担う設備です。特に漁船の場合は、網や延縄の回収時に危険を伴う作業を実施しますが、漁労長と船上作業員の連携が重要で、作業位置とスピーカーの位置や方向との関係はシビアなセッティングが要求されます。洋上での仕事の内容を良く理解していないとセッティングが出来ません。

【食堂のVTR・TV】

娯楽用ですが、全世界の港で受像できる事が要求されマルチ方式受像機を使います(その当時は、あまり無かった)。また船に対するテレビ局の方向も一定ではないので全方向アンテナを設置します。アンテナは紫外線、振動、強風、塩害に耐えられるものが要求され、ステンレス製のアンテナでも年一回の修繕時には交換が必要でした。