Top > The Life in Jakarta > 第4話
 
25.お金の価値(2)

28日は運転手のダルマジさんにお金を貸す約束の日でした。前日に、会社のキャッシャーから$1100をおろし(週2回だけ東京三菱からおろせる)、市内の両替店に行きました。両替店は場所によりレートが異なり、一番高く替えられる所を皆は各々利用しているみたいですが、その時によりどの店が一番高いかは決まっていません。僕は面倒なので、大金を持ち歩くのは物騒なのでSOGOの地下で両替をしています。やはりSOGOに行くと、安心します。現在のレートは、最近のルピア高により、$1=Rp9550で、来イしてからの一番のルピア高でした。1ヶ月前は$1=Rp10300でしたので非常に損をした事になります。お金の感覚が慣れてきたせいか、今回はRp1千万(10万円)を手にしたのですが1千万円を手にした感じがしています。車に乗るまでは落ち着きませんでした。換金の通常レートは大体Rp10万=千円ですが、日本人がインドネシアで生活する上での感覚に基づくと、Rp10万=1万円に感じます。つまり、安い物価に感覚が修正された感じです。ただ、インドネシア人と話すときや、ローカルの店に行ったときに、彼らの感覚に基づいた金銭感覚を感じるときがありますが、その時はRp10万=10万円と感じるときがあります。この両方の感覚の混じった感覚がこちらの金銭感覚だと思います。だから、給与が10〜100倍になったのと同じ意味になります。これが、ココの生活を優雅にしているゆえんだと思います。
 
26.リニさん

新しいお手伝いさんのリニさんと、毎日格闘?しています。少しずつ教育をしてるのです。今日は、リニさんに買い物を頼みました。朝、リニさんから『買い物は何時行くの?』と聞かれたので、『・・・?!』こいつ自分の立場が解っていないな、と思い、『リニさん、一人じゃ行けないの?』と聞いたら『一緒に行きましょうよ』と、言うのです。多分、あまり一人じゃ行ったことは無いのでしょう。これは、一人で行けるように教育をしなければならない、と思い『リニさん、ここに座って・・・』と諭すように言いました。私のつたないインドネシア語では、諭されると言うことが伝わらなかったらしく、楽しそうに座り『アパ』(な〜に♪?)と言っているではありませんか・・・!!。私が『クナパ!!・・・』(何で・・・・一人じゃ行けないの?!!)、と一生懸命に説明すると、あっさり『ボレ』と言うではありませんか。なに、『ボレ』だと!!!BOLEHは通常は『許可する』というニュアンスが入った『やっても良い』という意味に使います。こいつーーーー!!!!、と本来なら思う所ですが、幸いながら賢い前任者から『インドネシア人はBOLEHを単なる、解りました、という意味で使う事があるので、あまり気にしない様に』と教えられていたので、冷静に対応することが出来ました。でも、あのシチュエーションで、『BOLEH』は無いよな・・・。やっとのことで、リニさんを説得することができましたが、今度はドライバーのダルマジさんに話してくれ、と言い始めました。『・・・・』。こいつは、買い物に運転手を伴って、それも冷房付きのド新車のキジャン(パジェロタイプの現地生産のトヨタ車)に乗って行こうというのです。もう、あきれて、その場合はタクシーか何かで行くんだよ、という気力もなくなり、『自分で話したら』と言ってしまいました。なんとか、一人で行かせる事が出来ましたが、今日のは一勝一敗の気分です。なんで、僕が負けなきゃならないんだか、良く解りません。でも、リニさんは明るいのが救いですが・・・。
 
27.コピ

インドネシアではコーヒーのことを『KOPI』と言う。インドネシアは有名なトラジャコーヒーの産地なので、さぞかし美味しいコーヒーが飲めるだろうと、楽しみにして来たが、未だかつておいしいコーヒーを飲んだことが無い。というか、インドネシア式のコーヒーの味わい方がチト違うのだ。マメは粗挽きで、なんとドリップをせず、そのままお湯を入れる。それに、たっぷり(多分3杯くらい)のお砂糖を入れ飲む。だから、最後のほうは、マメのカスが残るので、全部は飲めない。また、表面にもマメのカスが浮いているので、これは慣れるしかない。一応、日本人だと『Gula?(グラ)』(お砂糖は?)と聞いてくれるけど、最近は『Pakai gula(パケグラ)』(お砂糖入れて)と、つい言ってしまう。甘いとは判っているけど、あの熱い甘い、口の中にツブツブが残るコピの味にすっかり慣れてしまいました。
 
28.ルルース

買い物や食事で車を駐車し、帰りに車に乗りこむと、どこからともなく、オッサンがやってきて、動き出した車を勝手に誘導し始める。ゆっくりバックしようとすると『ルルース!ルルース!』(真っ直ぐ、真っ直ぐ)と掛け声を掛け始める。どうみても、ぶつかりそうも無い場所で、そんなの要らん!ちゅーのに、勝手に誘導する。このオッサンがここで雇われていないのは、見るからにして判る。でも、ドライバーはお礼にこっそりとRp1000(10円)を渡してあげて、労をねぎらう。これが、イスラムの共生の精神らしい。う〜ん。インドネシアは奥が深い・・・。
 
29.ソト

このまえ、RINIさんにインドネシアの具沢山スープ『SOTO』を作ってもらった。塩味ベースで、よい香りがして、具が山盛り一杯に入っているのが特徴です。まず、春雨がベースとなり、沢山のキャベツ、鳥の挽肉、野菜類等。鳥が入っているので、丁度よいこってりさがあり、これが美味しいのなんのって。やはり、このスープを引き立てているのが、唐辛子と、揚げニンニクと、香菜。これらの味と香りのハーモニーがなんともいえない。一編で大ファンになりました。
 
30.音楽事情

こっちでは、日本と同じで、FM放送局があり、それが音楽シーンをリードしているみたいだ。もちろんTVもそうだが。ジャカルタは結構FM局が充実していて、例えば『KAMAJYAYA FM』というFM局があって、『NOSTARUJIA DAN CINTA』(懐古と愛)をテーマにしていて、古いロックを専門に流している。例えば、『QUEEN』とか、『CAROL KING』とかがかかり、懐かしくてしょうがな。あとは、なんだか日本のFM局と余り変わらないな。声が低い流暢な英語を話す男性がパーソナリティーだったりする。(福岡ではトギーさん、東京ではクリスさんにあたる人)。でも、そもそもこの種のDJ番組はアメリカから伝わって来たので、皆同じになるはずだと思う。若者の音楽としては、ヒップホップ系やロックもあるが、インドネシアでもJポップにあたる音楽が一般的に親しまれている。聞いていると、Jポップや演歌によく似ている。あとそれに加え、ダンドゥットゥというダンス音楽も人気がある。僕はこの、独特な太鼓を使い、いかにもと言う感じがする『音』は、てっきりインドだけかと思っていたが、インドネシアでも人気があるとは。一回聞いたら直ぐに『あ、この音楽ね』と判る音楽だ。でも、これを歌うのは可也難しい。日本人の間でも、カラオケでインドネシア・ポップを歌うのが流行っていて、中には可也良い曲があり、覚えたいなと思うが、ダンドゥットゥを歌っている日本人は見たことが無い。独特な節回しというか。それに会わせて踊る人も居るが、腰をふりふりしたりして、これは絶対にインド〜という感じがする。
 
31.RINIさん(2)

家族が来て、新しい生活のリズムが出来たので、RINIさんは、以前の僕の生活のリズムをすっかり忘れたみたいで、今日は朝飯が遅く、まともに食べられませんでした。こういうときは、はっきり言わないと何時までも不便を強いられるので、出勤前に、『RINIさん。今日は遅かったよ。明日からはいつもと同じで、6:40に朝食を食べるからね。それと、パンだけ(パンが2キレだけだった)だと少ないので、ご飯にして欲しいんだ』と言いました。ちょっと、文句ぎみているから、あまり良い気がしかなったけどしょうがないと思いつつ、相手がしょげないように、一応、気を遣って言ったら・・・・『よっ!』と挨拶をするきみたいに右手を高く上げながら、『Oh、Boleh、Boleh!!』と、元気良く言っていた。因みに、Boleh(ボレ)は、以前説明したとおり、『よろしい』とか『許可する』という意味にも使う。『・・・・・・・・・』 ーoー;
 
32.RINIさん(3)

『RINIさん話』ですが、今日の朝の出来事です・・・次男レオナは既にRINIさんとお話を試み始めたみたいで、大切な単語『makan(食べる)』『enak(美味しい)』『mau(要る)』等を使い始めた。RINIさんがレオナはpintar(かしこい)と言ったので、なるほどと思いつつ、それに引き替え、長男のユウキはおっとりしていると思い、自分の子供をたしなめるつもりで『tidak pintar』(tidakは形容詞の否定に使える)と言ったら、RINIさんにウケまくり、『いや、ユウキはsedikit pintar』(う場合、”少しだけ”かしこい)と言っていた。オメー、そうい普通はな『pintarですよ』と誉めるんだろ・・・・ ーoー;
 
33.RINIさん(4)

この前リビングでくつろいでいた時のことです。RINIさんが勝手口の方で、『makan◎×#▽%・・・』と言っていたので、『apa? apa? ・・・・・RINI−san apa?』(何?! 何?・・・)と言いながら、ダイニングへ歩いていったのですが(うちは広いのです)、RINIさんも勝手口のほうからダイニングへ入って来て、早々に『Tidak panggile』(呼んでないよ・・・)と言われました(本当は、もっと失礼じゃない意味で言ったのと推測できるのですが・・・)。やはり、まだ直訳の意味しかわからないので健康に悪いようです・・・・・。
 
34.晩夏

インドネシアは、乾季と雨季しか季節がありません。 乾季は3月頃から9月末までで、あとは雨季になります。乾季は暑い(?)ですが乾季の昼間が30度で、雨季の 昼間が26度くらいなので、大騒ぎするほどのものではないのです。また、雨季といっても、朝晩にちゃんとスコールが来る程度なので、日本の梅雨みたいに、一日中雨で憂鬱ということがありません。でも、なんだかつまらないよな。全然憂鬱が無いのを一つとっても一年中脳天気みたいで、こっちの人は人生の機微というものが解らないのでは、と疑いそうなシンプルな気候です。それと、夏冬(?)の日没も6時を前後して15分くらいしか違わないので、 まったく何も考えなくても生活を出来そうな感じです。   さて、メイドのリニさんの後に、コティさんというメイドさんが来ましたが、先日その人が、お父さんの具合が悪いので一週間実家に帰りたい、と言ってきたいので、しょうがないので返してあげました。約束の日を過ぎても、とうとう帰って来ませんでした、・・・ってなんじゃ!たまにこう言うのが有るそうです。でも、うちは、金品を持って行かれなくて良かった方みたいです。その後に、ファティマさんというメイドさんが来ました。その人はす〜ごく料理が上手で、日本料理も、はっきり言ってうちの奥さんより上手です。というか、丁寧なんです。フライの付け合わせの千切りキャベツなんか、ちゃんと、ふっわ〜としているし、てんぷらなんか、カラッとしているし、非常にレベルか高いのです。先日ファティマさんにインドネシア料理を作ってもらいましたが、非常に美味しかったスープを紹介します。ソプ・サユール・アシンと言います。(ソプ=スープ、サユール=野菜、アシン=酸っぱい)名前の通り、少しだけですが、酸味が有るスープですが、なんやら、沢山の木の実が入っていて、味に非常に深みが有るのです。なんだか、中国の薬膳料理のスープを飲んでいる見たいです。写真に撮りましたので、送ります。もし、インドネシア料理を食べる機会があったら、これがあるかどうか 聞いて見てください。   インドネシア料理を食べるときは、お皿に取ったご飯にスープをかけて浸しながら食べるのが原則です。おかずをご飯の盛ってあるお皿に取し、右手にスプーン、左手にフォークを持ちながら食べる。是非、トライしてください。下の写真のご飯の上に乗っているやつが、色々な木の実です。(なんだか どんぐりみたいだけど・・・)
 
35.停電

おお、久しぶり〜!!なんと奇遇な事でしょうか?実は、さっきネタを久々に書いていた所です。実は、大きな会議が終わり、ほっと一息ついた昨日の夕方、ジャカルタ市は大停電にみまわれました。当地は東京と同じ位の人口(800万人)ですが、そこが大停電になった訳です! 僕は、昔見た『ニューヨーク大停電』というパニック映画を思い出しました。帰宅が危ぶまれます。また、家族の安否も心配です。この社会では、一旦異変が起きると、直ぐに復旧する保証はどこにもありません。そこで、意を決して、停電の中を帰宅することにしました。町や交通が混乱していて危険であることは覚悟しています・・・。外はさすがに真っ暗です。ただ、ホテル等の主な施設には発電機が備え付けてあるらしく、結構明かりがついている建物がありました。家はジャカルタの中心街にあるので、高速道路を降りたとたんに、交通混乱に巻き込まれる事を予想していました。大きな交差点には、警察官が交通混乱をしりめに、何もせずに立っており、その中、車がわれ先にどんどん交差点に突っ込んできます・・・・あれ、これって、いつもと同じヤンケ・・・?? また、小さな交差点には警察官もおらず、小僧がどこからともなく現れ、ちゃっかり交通整理をしながら、通り行く車から金をせびっています。そのおかげで、さしたる大きな混乱もなく車は押し合いへし合い、交差点をなんとかクリアしています・・・ なに? いつもと変わらんヤンケ!!この社会での『信号』の役割って・・・ともかく、いつもとあまり変わらない所要時間で社宅に着いたのです。その後、人が寝ている間に電気は勝手に復旧していました。もし、これが、ニューヨークや東京だったらどんな大混乱を引き起こしていた所だろうか?また、犯罪も多発していた事だろうな・・・。ジャカルタはいつもと同じ・・・。なんで、全てがいつもと同じなんか!!うう・・・恐るべし、ジャカルタ。。。(ーー;