第6交響曲 H.343 (1951/4, 51/4)
1953年ボストン交響楽団は創立75周年を3年後に控え、ブリテン、ミヨー、ペトラッシ、ヴィラ=ロボス、コーポランドらとともに、マルチヌーにも作曲を依頼した。そもそも「3つの交響的幻想曲」の第1楽章は、51年4月に出来あがっており、本来は「新幻想交響曲」と呼ばれるはずだったが、ベルリオーズに敬意を表しこの名称を撤回した。53年春に作曲を再開し4月23日に書き上げた。その直後の5月5日に永年住み慣れたアメリカを離れ、ヨーロッパに帰ってから第1楽章を整理し、オーケストレーションからピアノを除き、5月26日パリで完成した。従来の交響曲に比べ、形式が自由でシンメトリーでなく、モチーフの変容、テンポの交替が著しい。
「第6番」という呼称は外部からもたらされたもので、56年11月7日の故郷への手紙の中で“・・ゆうべプラハからの放送を聴きました。サードロがチェロ協奏曲を弾き、アンチェルは「幻想」をやってましたね、「第6番」といって。すばらしい演奏でしたよ・・・” この伝でゆけば「3つのフレスコ画」(55年作)、「3つの寓話」「3つの版画」(ともに58年作)は、第7, 8, 9番ということになる。
初演は1955年1月7日、ミュンシュ指揮ボストン交響楽団により行われ、ミュンシュに献呈された。この曲は55年中に演奏された最優秀作として、ニューヨーク批評家クラブ賞を得ている。プラハでは56年2月8日、アンチェル指揮チェコ・フィルにより初演された。
第1楽章:ソナタ形式。
レント、3/4拍子の導入部では、フルートと弦の奏でる虫の羽音のような動きを背景に、2本のトランペットの断続音についで、ゆったりした弦の上行形が続きヘ長調で休止すると、独奏チェロがでのアンダンテの主題(譜例1)を奏し、すぐフルートに受け継がれる。これはドヴォルジャークの「レクイエム」冒頭主題の引用で(譜例1')、全曲の核をなしている。弦がアジタートしたのち、フルートがイ・変イ・ヘ・ニの下降音型を反復して、アレグロの経過句に入る。マルチヌー特有の3度音程反復が随所にみられ、ポーコ・メーノで弦楽合奏がペンタトニックの副主題(譜例2)を奏でる。管も加わって「レクイエム」主題を奏で、オーボエがこれを長く吹き続ける。
アレグロ・ヴィーヴォでの弦が刻みを入れ管と弦のめまぐるしい交替は、次第にトゥッティへと高揚する。これがおさまり下降して、ピッコロの3度音程反復のうちに、打楽器のリズムにのって独奏ヴァイオリンがカデンツァ風の狂詩曲を弾く。メーノで弦だけが残り副主題、ついで冒頭のレント部分が再帰し、フルートの下降音型のあとヘ長調主和音で静かに終止する。
第2楽章:スケルツォ。ポーコ・アレグロ。
3度音程の間を埋める弦のトレモロの上で、フルートが2度音程で飛び跳ねた後、木管が3連音で上昇をくり返すと、ヴィオラに叙情主題(譜例3)が現われる。やがて3度、2度反復音型がヴァイオリンに出る。トロンボーンのコラールをのせて、弦が低音ピツィカートで上行3連音を刻み、オーボエに変ロ短調の旋律(譜例4)が出る。ついでトランペットが下行音型を鳴らし、トゥッティでせわしなく進んでゆくが、次第に崩れて弦、管のトレモロが交互にくり返されるうちに、ファゴットにおどけた経過句が出る。弦の刻みは次第にトゥッティの波立ちへと増幅され、打楽器を伴う管楽器の咆哮により三たび中断されたのち、叙情主題とこれに続くパッセージが再帰し、タンブリンのサミングを伴う低音のうごめきがあって、曲は変ロ長調主和音のピツィカートで終る。
第3楽章:
短いレントの導入についで、チェロに「レクイエム」主題の反転形(譜例5)が現れ、弦のみによる夜想曲に途中から木管が加わり、フルートが天上の音楽を奏でる。ポーコ・ヴィーヴォ~アダージオに入り、細分音の刻みの中でトランペットが高鳴り、ピウ・モッソで荒々しき経過をたどる。これが静まりアンダンテでは、クラリネットが「レクイエム」主題の反転形を奏し、木管楽五重奏(Cl.x2, Fag.x2, Hr.x1)の「望郷の歌」(譜例6)が続く。
アレグロ~モデラートで、低音に発した半音階上向形はしだいに厚みを増し、全楽器に波及して泡立ち、やがて金管だけとなって、わずかに休止する。次の125~138小節はオペラ「ジュリエッタ」第2幕5場の45~58小節の引用で、全楽器がふたたびピアニッシモで上行と波立ちを反復する間に、ホルンの重音のうちにトランペットが「レクイエム」主題反転形を吹く。アレグロ・ヴィヴァーチェでトランペットの吹奏がしばらく続き、タム・タムが鳴ってレントとなり、弦のユニゾンのうちにヴァイオリンにまた「レクイエム」主題の反転形が現われ、木管、ホルン、弦が静かなコラールを変ホ長調で奏でるうちに全曲の幕が下りる。