第1交響曲 H.280 (1942/5ー9)
1941年9月半ばからロング・アイランドのジャマイカに滞在していたマルチヌーのもとに、翌42年初頭ボストンのクーセヴィツキー音楽財団から、作曲の依頼が舞いこんだ。これは「コンチェルト・グロッソ」など、彼の作品をしばしば演奏してきたクーセヴィツキーの、夫人ナターリアの死を悼んでの企画だった。依頼主は単に“大オーケストラのための作品”だったが、マルチヌーは交響曲の作曲を思い立った。ボストン交響楽団員の中の40人はパリ音楽院出身で、顔見知りのフランス人が多く、渡米直後の4月初めにマルチヌーは、カーネギー・ホールで彼らの演奏する「プラハ交響曲」と「ダフニスとクロエ」第2組曲を聴いて、大いに感激していた。また以前にもミュンシュに、交響曲もしくはオーケストラ用のスラヴ舞曲集の作曲を勧められていた。
マルチヌーはこの交響曲を書くにあたり、まずはアンダスン著の「オーケストレーションの手引」や、チャイコフスキーの交響曲のスコアを調べていたが、ニューヨーク近郊では落ち着いて作曲できず、冒頭部分が作曲されただけだった。
しかし42年5月になって自信がつき、21日までに第1楽章が完成。6月半ばにブーランジェら友人のいる、ヴァーモント州ミドルパリに移って26日までに、第2楽章を書き上げた。さらにマサチューセツ州マー・キー・ナク湖畔で、7月14日に第3楽章を完成させた。その後8月半ばまでタングルウッドの夏季講習で作曲を教え、9月1日にマサチューセツ州マノメトで終楽章を脱稿した。この時は海辺の小さな別荘に滞在していたが、当時アメリカ東海岸には、ナチス潜水艦が出没しており、言葉の怪しげなマルチヌーは、沿岸警備隊員にスパイではないかと疑われるハプニングもあった。
従来のものとは一線を画するこの交響曲は、1942年11月13日、クーセヴィツキー指揮するボストン交響楽団により初演され、ナターリア夫人に献呈された。チェコでの初演は1946年の第1回「プラハの春音楽祭」で、ミュンシュ指揮チェコ・フィルにより行われた。
第1楽章:モデラート、ソナタ形式。
ロ短調和音が半音階的上昇を3度くり返してロ長調和音に達すると、ヴァイオリンに下降主題(譜例1)が提示される。これは中世ボヘミアの聖歌「聖ヴァーツラフのコラール」を暗示しており、この交響曲全体に頻用されている。半音階的上昇の手法は、オペラ「ジュリエッタ」などに使われてきたものである。副主題(譜例2)は高音木管とピアノのユニゾンで静かに奏でられる。弦楽合奏部分を経て、副主題を中心とした展開部に入り、管と弦のかけ合いが長く続く。低弦の半音階的うねりと、木管およびハープ上下動の対比。やがて木管の奏でる主題の変形である、優美な変ロ長調の下降音型が示される。
主題の再現はなく、弦楽八重奏の部分を経て打楽器も加わり、主題変形が高らかに奏でられ展開が続く。コーダでは冒頭の半音階的上昇が何度かくり返され、ロ長調主和音に終止する。
第2楽章:スケルツォ。
アレグロ、変ロ長調、3/4拍子の主題(譜例3)は、ベルリオーズの「妖精の踊り」を連想させる。優美な副主題(譜例4)は、オーボエ、後半にヴァイオリンで示され、スケルツォ自体が3部構成になっている。
ポーコ・モデラート、6/8拍子のトリオ主題(譜例5)は、歌うようなオーボエによって示される。ハープ、ピアノを交えた繊細な半音階上昇やトリルの間に、トランペットが響く。そのあと型通りスケルツォに戻る。
第3楽章:ラールゴ、変ホ~ホ短調、3/2拍子。哀歌。
チェロとコントラバスのユニゾンによる、変ホ短調上向音型の前奏のあと、ピアノが低い変ロ音で弔鐘を静かに連打する上で、弦楽七重奏が悲痛な調べ(譜例6)を奏でてゆく。これに他の楽器が加わりクライマックスに達する。曲は静まりヴァイオリンの旋律が下降し、イングリシ・ホルンの挿句についで、トランペットが弔いの歌を吹奏する。冒頭部分が戻りトゥッティとなって高揚し、ティンパニが運命の動機を連打する。最後は半音階上昇音型をくり返し、静かに曲を閉じる。
第4楽章:ロンド・ソナタ形式。
アレグロ・ノン・トロッポ、2/4拍子の冒頭部分は、変ホ長調A主題(譜例7)~ヘ短調B主題(譜例8)~A主題という経過をたどる。わずか2小節「レクイエム」主題をハープとヴィオラが引用してから、静かなカンタービレの部分に入る。イングリシ・ホルンが変ロ長調のC主題(譜例9)を奏で、ハープとピアノが合いの手を入れる。
各楽器の32 分音符による上向音型のパッセージを経て、曲は2/4拍子の奔馬調となり、ティンパニ、トライアングル、シンバルなどを従え、A主題のあとホルンにのびやかな旋律が出る。これが静まりC主題についで、さらに優美な変ホ長調D主題(譜例10)を、ピッコロ、フルートのハープハーモニックス、ユニゾンで奏でる。これはモデラートの経過部分をはさんで、もう一度フルート・ソロでくり返され、A主題を主体としたコーダで全曲がしめくくられる。