チェコ狂詩曲 Česka rapsodie H.118

バリトン独唱、混声合唱、

オーケストラとオルガンのためのカンタータ

 

                                                     関根 日出男

 

第一次世界大戦が長引くと、前線から多数の戦傷者が後送され、戦死者の訃報が相次いだ。オーストリア軍に徴兵された10数万のチェコ人兵士の中からは、部隊を離脱して反オーストリア陣営に加わり、フランスやロシア戦線で義勇軍として戦う者が続出した。 

1918年初頭マルチヌーは親友のS・ノヴァーク*1に、スメタナの『わが祖国』のスコアと、ネイェドリー*2の著作「フス軍歌の歴史」を送ってもらった。同年4月13日、政治家、文化人をスメタナ・ホールに集めて行われた、イラーセク*3の演説「民族の誓い」や、5月16日の国民劇場定礎50周年記念祝典は、祖国独立の気運をいやが上にも高めた。

「チェコ狂詩曲」は同年6月、故郷のポリチカで完成され、イラーセクに献呈された。これはスメタナの男声合唱曲「チェコの歌」、ドヴォジャークのカンタータ「賛歌=ビーラー・ホラの後継者たち」、ヤナーチェクの男声合唱曲「チェコ軍団」同様、愛国心の発露であると同時に、マルチヌーが作曲家として公式に認められる最初の作品だった。

このカンタータにはボヘミア兄弟団の聖歌集で、マルチヌー自身、故郷の隣村ボロヴァーの教会で演奏したことのある、クロード・グーディメル*4が、4声にために編曲した詩篇23番と、J・ストレイツ*5の歌詞、J・ヴルフリツキー*6の詩「ボヘミア」、および12世紀終りの「聖ヴァーツラフのコラール*7」が用いられている。

 初演は祖国独立直後の1919年1月12日、チェランスキー指揮チェコ・フィル、フラホル合唱団、独唱E・フックス、オルガンB・ヴィーダーマンにより、スメタナ・ホールで行われた。1月24日の再演時には、初代大統領マサリクも臨席した。

なお「チェコ狂詩曲」には、1945作のクライスラーに献呈した、ヴァイオリンとピアノのための小品H.307もある。

 楽器編成は木管2・2・2・3、金管4・3・3・1、ティンパニ、大太鼓、シンバル、タムタム、ハープ、オルガン、弦楽合奏である。

 ホルンが静かにグーディメルのコラール第1主題(譜例1)を奏でる長い前奏ではじまる。ボヘミアの遠い過去を偲ぶ経過句についで、聖ヴァーツラフのコラール第2主題(譜例2b)がくり返される。高揚して第1コラール主題後半の変形が、ハープの上向グリッサンドをはさんで3回くり返されたのち、第1コラール主題が戻り、延々と展開される。







 やがて無伴奏合唱が「主はわたしの羊飼」と、詩篇23の前半を第1コラール主題の旋律で歌いはじめる。

 静かに波打つ間奏は、叙情的音型(譜例3、譜例2aの変形)を奏でたのち、管楽器を入れて一時荒々しくなり、合唱の後半はオルガン伴奏で歌われる。







 後奏では弦楽合奏による譜例3の音型についで、第2コラール主題が出て、トランペットが高鳴り、ティンパニが轟き勇壮に展開する。タムタムが鳴り、低音金管がユニゾンでスケルツォ主題(譜例4)を奏する。ファンファーレが3回鳴り、デュカスの「魔法使の弟子」を思わすスケルツォ主題によるフガートとなる。第2コラール主題による経過句から、オルガンとオーケストラの上向グリッサンドのかけ合いの後、コラール幻想曲風のオルガン独奏となり、カンタータの前半はタムタムの響き、弦のピチカートによるスケルツォ音型の断片で終る。





 カンタータの後半は、ボヘミア伝説の楽人ルミールの爪弾く竪琴を模したハープ独奏(譜例5)で静かにはじまる。これはスメタナの『わが祖国』第1曲「ヴィシェフラト」冒頭と同じ構想である。イングリシュ・ホルンに導かれてバリトン独唱が、ヴルフリツキーの「ボヘミア賛歌」を歌いはじめる。



 「あなたは花咲く野辺に坐し」からしばらくは譜例3の音型、「あなたの胸からはかのマンナが」からは弦楽合奏のみの伴奏となり、音程の動きも少なく静かに進む。

 「川に縁どられた町の窓はみな」から第2コラール主題が入り、「ほら、真夜中の鐘が鳴る」から曲想はさらに静まり、「過去の栄光に王冠をのせよ」で高揚し、合唱が加わる。

 「そしてわれらは信ずる」から第2コラール主題が入り、トランペットが高鳴り、タムタムが鳴って「今もわれらは信念を・・」からスケルツォ主題が現れる。

 最後は聖ヴァーツラフのコラール(第2主題a,b)が朗々と歌い上げられ、荘厳な雰囲気のうちに全曲を閉じる。

 

注1:S・ノヴァーク18901945プラハ音楽院時代マルチヌーとプラハのカレル橋のたもと(現在マルチヌーの胸像が掲げられている)に同居していた無二に親友で、1913年チェコ・フィルに入り、1736年の間コンサートマスターを勤め、1933年からスークの後をついでチェコ弦楽四重奏団、36年から45年までチェコ・トリオの一員として活躍、37年から45年まで音楽院教授職にあったが、妻子がアウシュヴィツで虐殺され、自身も脳腫瘍を抱えていたため自殺した。

注2:Z・ネイェドリー18781962):音楽学者、歴史家、音楽、芸術批評家、カレル大学音楽学教授、政治的にも絶大な権力を有していた。「フス以前とフス時代の歌」や「スメタナ音楽」についての著作がある。

注3:A・イラーセク18511930)史実をもとにした散文家、劇作家。「ボヘミア古代伝説」はじめ彼の作品は、多くの芸術家に刺激をあたえた。

注4:C・グーディメル152072)カルヴァン派のフランス人牧師で作曲家、セント・バーソロミュー虐殺の日の犠牲者。詩篇23はドヴォジャークも「聖書歌曲集」の第4曲に用いている。

注5:ストレイツ153699)ボヘミア兄弟団の牧師。

注6:J・ヴルフリツキー18531912)本名エミル・フリーダ、詩人、劇作家、翻訳家、カレル大学教授。19世紀末から20世紀初頭にかけてのチェコ文学界に多大な影響を与えた。

注7:聖ヴァーツラフ90735)を讃えるコラールは、チェコスロヴァキアが独立する19181028日まで、とくに1920世紀にかけ国歌同様に扱われており、多くのチェコ人作曲家が引用している。中でもスークが1914年に作った「聖ヴァーツラフのコラールによる瞑想曲」が有名。マルチヌーは後の作品「ラプソディ」、「リヂツェ追悼曲」、第2、第6交響曲でも、この主題を引用している。

 

1.合唱(詩篇23

 

Hospodin ráčí sám pastýř múj býti,      主は私の羊飼い、

nebudu v ničemž nedostatku míti.      私には何の不足もない。

Ont‘ na pastiviských mne pase rozkošných,  主は緑の牧場に私たちを放ち、

uvodí časnĕ k pramenům vod živých,       憩いの水辺に導かれる、

pro jméno své mou duši občerstvuje:      み名により私たちの魂を蘇らせ:

po stezkách přimých št'astnĕ provozuje.    険しい道を正しく誘われる。

Byt‘ se mi pak kdy dostalo i jíti       たとえ死の影を宿すこの谷(現世)を

přes údolí stínu strašlivé smrti...       歩むとも・・あなたがおられるから

Tys Pane se mnou, nebojím se zlého,     私は災いを恐れない、

z berly se tĕším tež i z prutu tvého...      あなたの鞭と杖を待ち望む・・・

Ty sám mne sytíš hojnĕ při svém stole,     あなたは私の前に宴をもうけ

an na to hledí, nepřátelé moji.        仇なすどもは者それを眺める。



2.バリトン独唱(ヴルフリツキーの詩:ボヘミア)

 

Nad velebou Tvych les?,          あなたの神々しい森や林、

nad niv Tvych po?ehnanim,         あなたの祝福された野原、

nad prostou krasou vsi,           つつましく美しい村々、

nad ruchem starych m?st,          賑わいの古い町々を前に、

kdy? ve radostnem plesu          喜びに胸躍らせ

?t’astny syn se sklanim,          幸せな息子、私は頭を垂れる、

Ti cht?je ve kade? sve pisn? snitku vplest,   あなたの髪に歌の小枝を挟みたい、

pro? vaham, pro? se t?esu,          なぜにためらい、うち震える、

st??i slze branim.             とめどなく涙こぼれる。

Ja chudy, kralovna Ty za?ne velebnosti,    私は貧しく、あなたは威厳に輝く王妃、

ja dit? vte?iny, Ty pani budoucnosti,      私は束の間の子、あなたは未来の支配者、

m?j v?nec ze slov jen, Tv?j z nesmrtelnych hv?zd,

  私の花輪はわずかな言葉で、あなたのは不死の星々で編まれている、

na zkvetlem sedi? luhu, o hor p?ikre svahy,   あなたは花咲く野辺に坐し、険しい山肌に

sve moci v?doma se klidn? opira?,      力を信じ悠然とよりかかる、

Tvym obrovitym k?eslem skal jsou nahe prahy, あなたの巨大な椅子はむき出しの岩棚、

kol ?ela pralesy jak husty zavoj ma? !     額の周りには厚いベールの原始林!

U nohou Tvojich v duhu plne sv??i vlahy    あなたの足下からは露を含んだ虹が立ち

kam oko pohledne se vlni klas? mo?e      見渡す限り麦穂の波がうねる

a? v obzor modravy, kde ruku hora ho?e    青い地平の彼方では、山が山に

jak v tanec podava.            手をさしのべ踊りに誘う。

Tva ?iza st?ibrem tkana, to jsou Tvoje ?eky,   銀で編んだあなたの衣、それはあまたの川

jak ?enou v poskoku se vrch? p?es bradla,    山の頂から岩場を越えてほとばしる、

z Tvych ?ader tato manna prameni se v?ky,   あなたの胸からはかのマンナ*1がいつも湧き出し、

by v ?ivot v??ny zas Tva krasa omladla,     あなたの美しさに永久の命を蘇らす、

z nich ka?da k Tvoji krase nese nove vd?ky,   川はみなあなたの美しさに進物を捧げる、

ty perly bohate Ti tka do rusych vlas?,     みごとな真珠をあなたの金髪の中に、

ty hv?zdy st?ibrne do zlata Tvojich klas?,    銀の星々をあなたの黄金の穂の中に編みこむ

Tve krasy baje?ne jsou za?na zrcadla,      あなたの妙なる美しさは光り輝く鏡、

Tva m?sta at‘ jsou skryta pod vrch? Tvych ?titemあなたの町々はその盾の下に守られよ

na plani vesele,                峰々の下、明るい平原の上で、

at‘ ?ekou v?n?ena sm?s okem jejich vita     川に縁どられた町の窓はみな

chodce vlidnym t?pytem,           優しい輝きで旅人を迎えよ、

sta baji povida jich ulic ozv?na,         通りのこだまが百千のおとぎ話を語り、

kdy m?sic se jim vpleta v stare ?tity svity svitem, 月が古い破風に光を注ぐとき、

v?dy kouzli p?ed zraky Tvou minulost, o matko !  おお母よ、いつもあなたの過去が映し出される!

Sly?, bije p?lnoc ji? !  Jak ticho a jak sladko !   ほら、真夜中の鐘が鳴る! 静かに甘く!

A? vnika pod brvy mn? slza plamenna !     やがて熱い涙が眉の下ににじむ!

O zem? slzi, krve, my?lenek a ?inu,       おお、涙と血と思想と行為の国、

v svem velka bohatstvi             豊かで偉大であり

a v?t?i v padu svem,              没落の時なお偉大であった国よ、

o s ?ela sveho shr? ji? t??ky zavoj stinu      おお今こそ額に影さす重いベールを

a stare slavy sve si p?itkni diadem !       過去の栄光の王冠をのせよ!

 

3.バリトン独唱と合唱

 

V??, v lasku svych dcer, matko !         信ぜよ、母よ、娘たちの愛を!

v?? v zmu?ilost svych syn? !          息子たちの雄雄しさをも!

Hle, s prvnim nad?enim a s bou?nym srdce plesem,いざ、若き情熱と喜びに沸き立つ心もて、

Ti my?lenky a krev, Ti sny skutky nesem,     あなたの思想と血、夢と成果をもたらさん、

bys ?t’astna byla zas a velka,          あなたがふたたび幸せに大きくなるよう、

v?ichni chcem.                われら皆は待ち望む。

Ty povznese? v lask slavy kralovske sve tem?   あなたは王者の輝かしい栄光へと頭をもたげ

a velka bohatstvim a zkvetla urodou !      豊かに大きく実りを結ばん!

Zas bude? Karla, Husa, ?i?ky volna zem?,      あなたはふたたび自由の国土となるのだ、
                                カレル王*2、フス師*3、ジシカ将軍*4らの活躍した頃の

zas v?ni prochutna a zkvetla urodou !      ふたたび香気と歌に満ちた国土に! そして

Pak v??im, ?e v hrob tmavy zv?st k nam dojde !  我らは信ずる我らが暗き墓まで知らせの届くを!

?e tr?ni? v moci sve, ve stare slavy nachu,
                                あなたが力をふり絞り、過去の栄光の衣をまとって王位につき、

v lasce d?ti svych, jsou silna svobodou    自由を得て強くなった子供たちの愛に包まれおるを!

Tu viru posud v hrudi mame,           今もわれらは信念を胸に抱いている、

?e lep?i zaplane Ti jednou budoucnost.      よりよき未来がいつの日かあなたに輝き、

?e syn? dav se zbudi a Tvoje pouta zlame !
                                大勢の息子らが目覚め、あなたのいましめを解き放つのだと!

V Tv?j vinek zasadi zas nove slavy skvost ! 
                                あなたの王冠の上にふたたび、新たな栄光の宝石が置かれる!

Blanik otev?e se, Svaty Vaclave,         ブラニーク山*5の岩戸が開く、聖ヴァーツラフよ、

vevodo ?eske zem?, nedej zahynouti,        ボヘミアの地の支配者よ、息絶えさすな、

nam ni budoucim.                われらに、われらの子孫にも。



 4.合唱(聖ヴァーツラフのコラール

 

Svaty Vaclave, vevodo ?eske zem?,    聖ヴァーツラフよ、ボヘミアの支配者よ、

Svaty Vaclave, pros za nas Boha,     聖ヴァーツラフよ、われらに代り

Svateho ducha.             乞い給え、神に、精霊に。

Ty jsi d?dic ?eske zem?,          あなたはボヘミアの地を受け継ぐ者、

rozpome? se na sve plem?,        己が民族に思いをいたせ、

nedej zahynouti nam ni budoucim.     われらとわれらの子孫に、息絶えさすな。

Svaty Vaclave・・・          聖ヴァーツラフよ・・・



 5.バリトン独唱(ヴルフリツキーの詩:ボヘミア

 

Ji? jede kni?e Tv?j,           ボヘミアの王者はいま馬上豊かに行く、

nad hlavou jeho vlaje ta stara orlice !   頭上には、かの古き鷲の印*6がはためく!

a v ustrety jemu vla sta oh?? za?icich,   百千の燃える火が彼を迎えて揺れる、

jak v??ne slavy most !         永遠の栄光の橋さながらに!



注:

1)マンナ:イスラエル人がモーゼに率いられ、アラビアの荒野を通った時、神が天空から降らし与えた食物。

2)カレル王:カレル四世のこと。彼は1348年プラハに大学を創設、フラッチャニ城、カレル橋など多くの建造物を創り、彼の治世(134678)下でボヘミアは隆盛を極めた。

3)フス師:ヤン・フス(ca13721415)。コンスタンツェで焚刑に処された宗教改革者、説教者、プラハ大学学長。自由を求めるチェコ民族の象徴だった。

4)ジシカ将軍:ヤン・ジシカ(13601424)。フス軍団の総帥、はじめターボルの町に蟻、のちプラハに出、巧みな戦術で数回に及ぶ十字軍の侵攻を撃退した愛国者。

5)ブラニーク山:プラハ南東約60キロ、ターボル北東約30キロにある、海抜638メートルの山。ボヘミアが危急にさらされた時、この山中に眠っている聖ヴァーツラフの軍勢が目覚め、祖国を救いに駆けつけるという伝説がある。

6)鷲の印:獅子と鷲はボヘミアの国章。

 

1988年9月、日本コロムビア社発売CD、関根日出男ライナーノート転載)