シンフォニエッタ・ラ・ホッジャ Sinfonietta La Jolla H.328

解説: 畑 健一郎

【作曲の経緯】
アメリカ合衆国カリフォルニア州南部、メキシコとの国境に近いサンディエゴ近郊の海辺の町 ラ・ホッジャ La Jolla (※1) の 音楽芸術協会The musical arts society of La Jolla から作曲を委嘱されたマルティヌーが1950年3月21日にニューヨークで書き上げた作品である。 ラ・ホッジャの音楽芸術協会は1941年に設立され、指揮者のニコライ・ソコロフが指導していた。

ソコロフは1918年のクリーヴランド管弦楽団創立以来15年間、同管弦楽団の初代首席指揮者として君臨し 名門オーケストラに育て上げた人物である。

『シンフォニエッタ・ラ・ホッジャ』はマルティヌーが新古典主義音楽のスタイルに回帰して書いた 1940年代の多くの作品の中でも最後の時期のものである。彼はこの頃、特に古典派の偉大な作曲家・ハイドンの簡潔にして均整の取れた 西洋的な様式美に溢れる作風を大変気に入っていた。例えば1949年作曲の『協奏交響曲』は、ハイドンの同名の傑作 『協奏交響曲』へのオマージュとして書かれたもので、協奏するソロ楽器、調性、楽章においてハイドンと同じ構成である。

1940年代のマルティヌーは一連の交響曲群に集中して取り組む一方、 室内楽曲や小編成のオーケストラによる音楽も多く作曲している。それらはいずれも古典的な音楽形式をベースにしつつ、 チェコ民俗音楽のエッセンスを取り入れたマルティヌー独特の音楽世界を持っている。

『シンフォニエッタ・ラ・ホッジャ』も急―緩―急という伝統的な3楽章構成であり、 ボヘミアやモラヴィアの民謡に見られる特徴や素材を活かした作品であることが指摘されている。

また、この作品はもともとピアノ協奏曲的な色合いの強い室内管弦楽曲になる予定だったらしいが、 最終的には、通常の協奏曲に見られるような華々しいピアノ・ソロは見られない現在のスコアに仕上がった。

(※1) LaJollaの発音の仕方はさまざまで、 他に「ラ・ホヤ(ホーヤ)」「ラ・ホリャ」というのもあります。 ここでは日本マルティヌー協会HP上の表記と同じ「ラ・ホッジャ」としました。

【初演】
国際マルティヌー協会のHPによれば、1957年8月13日、ラ・ホッジャ市内の高校講堂において、 ニコライ・ソコロフの指揮の下この作品を献呈されたラ・ホッジャ音楽芸術協会の管弦楽団により初演されたという。 (しかし、Boosey&Hawkes社が出版した楽譜には、1951年にロサンジェルスで同協会により初演されたと記されている。)


【構成】
3楽章構成で、演奏時間合計は約20分。第1楽章ポーコ・アレグロ、第2楽章ラルゴ―アンダンテ・モデラート、 第3楽章アレグロであり、演奏時間は第1楽章と第3楽章はそれぞれ約6分、第2楽章は演奏スタイルによるが約8分~10分である。


第1楽章 ポーコ・アレグロ
執拗な音型反復によるリズミカルなアレグロらしい勢いのある音楽と、 チェコ民俗音楽のエッセンスが取り入れられた息の長い叙情的フレーズという対照的な要素が同居している楽章である。 この楽章には、1946年に作曲された交響曲第5番第3楽章からの影響が見受けられると指摘されている(HP of International Martinů Circle)。

まず冒頭のピアノによる短い音型の反復が管楽器へ波及し、リズミカルに進行する。 58小節からdolce指定で弦合奏がピアノ伴奏に乗りモラヴィア民謡風ののびやかなメロディを奏でる。 71小節からは、交響曲第5番第3楽章の主題と似た叙情的なフレーズをヴァイオリンが歌う(譜例)。


叙情的な旋律の流れはその後管楽器群にも拡大し、音楽は高揚する。 しかし150小節あたりから再びリズムが優勢となり、166小節でピアノと弦部に冒頭の音型が復活、冒頭部分の再現となる。 246小節からピアノがリズムを形成する中、管弦楽が再び叙情的なフレーズを奏でるが、 それも長くは続かず、最後はアレグロのリズムに支配されて終わる。


第2楽章 ラルゴ―アンダンテ・モデラート
内省的な印象の楽章。弦楽合奏とピアノにより開始される。 弦楽によるラルゴの序奏のあとアンダンテ・モデラートに変わり、ピアノがポツリポツリと控えめに登場するあたりは、 色合いの微妙に変化する印象派絵画のように繊細で気品ある音楽である。弦楽器群がそれぞれ綾を織りなしつつ、 旋律をなだらかに上下していく様はドヴォジャークのセレナーデのように美しい。次第に高まる音楽は、やがて緊張感をもたらし、 下降音型となって一度収束していく。そこへピアノが再び登場する。弦部はヴァイオリンが抜け、ヴィオラ、チェロと低音域に受け継がれ、 音量も弱まっていく。そのあとクラリネット、フルートの掛け合いを契機に、オーボエ、ホルンも加わり、次第に活発になるが、 ティンパニの轟きとともに沈静化する。最後は再びラルゴとなって、穏やかに締めくくられる。


第3楽章 アレグロ
再び活発に、きらめくような陽気な音楽となる。後半、ポーコ・メーノの部分では四分音符と 二分音符の短長型の音価配列、あるいは4度、3度、2度の音程連続といったモラヴィア民俗音楽の遺伝子を持ついかにも マルティヌーらしい音楽が現れ、深い詩情に満ちた優しい雰囲気のパッセージとなる。その後アレグロ・ヴィーヴォとなって ピアノが4連十六分音符のすばやいリズムを刻み、最終的にはリズミカルでにぎやかな音楽で締めくくられる。


参考: Boosey&Hawkes,Martinů“Sinfonietta La Jolla”Score
Terry Barfoot, commentary of the CD CHANDOS 8859
HP of International Martinů Circle
HP of the cityof La Jolla ( lajolla.com)