Bedřich Smetana / "Prodaná Nevĕsta"
スメタナ/歌劇「売られた花嫁」

作曲経過:
1860年代、ニェムツォヴァー、ハーレクはじめ、ボヘミアの作家や詩人は、好んで田舎を題材としていた。 オペラ第1作『ボヘミアに侵入したブランデンブルク人』を完成したスメタナは、「ワグネリアンの彼に軽い様式のものは書けまい」 という非難をかわすため、63年サビナから題名のないオペラ台本をもらった。しかしそれはドイツ語で書かれた1幕だったため、 サビナに書き直しを求めたスメタナは、自分でも1部分を書き足し、ヴルタワ河畔を散策しながら、新作オペラの構想の練ったという。
同年9月には芸術協会で「序曲」が演奏され、65年の同協会の夕べの集いでは、 ブベニーチコヴァーがマジェンカのアリアを歌った。プラハ仮劇場副指揮者トメーとの交渉がはじまり、10月にスケッチを終え、 66年3月16日にスコアを完成、4月末より総稽古にかかった。
第2作『売られた花嫁』の初演は、5月30日にスメタナの指揮、演出サーク、マジェンカ=エーレンベルク、 イエニーク=ポラーク、ケツァル=ヒネクらにより、仮劇場で行われた。当日は祝日だったため多くの市民が遠出し、 対プロシャ戦争も迫っていたため、入りはよくなかったが、反スメタナ陣営さえ拍手を惜しまず、最初の合唱はくり返され、 各幕ごとに作曲者は3回も舞台に呼び出されたという。初演時のオペラは、序曲と20のナンバーの1幕80分、2幕50分という2幕物で、 踊りはなく台詞つきのオペレッタだった。
2回目は同年6月3日、新市街劇場で行なわれた。対プロシャ戦争が終った10月27日には皇帝フランツ・ ヨーゼフ一世の臨席を仰ぎ、前作オペラから「ジプシー舞曲」を入れた。この第2稿ではその後12回、 69年1月29日の第3稿では4回上演された。この年パリ上演に備え、第1幕を2分して3幕に仕立て、1幕終りにポルカ、 3幕冒頭にスコチナー舞曲を入れ、この形で9回上演されたが、パリ上演は実現しなかった。
台詞をレシタティヴォに直した決定稿での初演は、1870年9月25日仮劇場で、スメタナの指揮、 演出フヴァロフスキー、マジェンカ=クプコヴァー、イェニーク=ソウクプ、ケツァル=ドプシらにより行われた。
作曲者はここで100回以上もこのオペラを観ているが、存命中に国外で上演されたのは、 ペテルブルク(71年1月11日)と、リュブリアナだけだった。
世界的に有名になったのは、81年ウィーンでの「国際音楽・演劇祭」で人気を集めてからである。
登場人物に目を向けると、マジェンカ(マリエ)は純情な村娘だが、ヴァシェク(ヴァーツラフ)をからかうお茶目でもある。 イェニーク(ヤン)の中には、権力の裏をかいて勝利をおさめる、後のシュヴェイクに通ずる農民気質が伺える。 ケツァル(kecat=無駄口を叩くの意)のような結婚仲介人は、当時は必要欠くべからざる人物だった。スメタナは58年12月にワイマールで、 従来の殻を破ったコルネリウスの『バグダッドの理髪師』を観て、刺激を受けたというが、その中のアブ・ハッサン同様、 ケツァルも重要な役で、イェニークとの第2幕第3場はクライマックスをなしている。ヴァシェクのどもりは、 パパゲーノからヒントを得たのだろうか?後妻のハータ(アガータ)という名前自体、性悪女を表わしている。 踊子エスメラルダの名前は、ユゴーの「ノートルダムのせむし男」のヒロインからとっている。
1984年にノーベル文学賞を授けられた詩人サイフェルトは、回想録「この世の美しきものすべて Všecky krásny světa」の中で、 このオペラを聴いた少年時代のことに触れている。この題名自体、「売られた花嫁」第2幕のケツァルのアリアからとっている。 映画「アマデウス」でアカデミー賞に輝いたミロシュ・フォルマン監督も、幼いころこのオペラの無声映画!を観て感動したと述べている。 武蔵野音楽大学で永年ピアノを教え、チェコ音楽の普及に貢献していた故ヤン・ホラーク氏は少年時代、 歯医者さんでいつも「イェニーク・ホラーク!」と、“ホラーク”の方を4度高く呼ばれていたという。 これは第2幕フィナーレ近くで、イェニークが進んで契約書にサインしながら叫ぶ台詞である(イェニークはヤンの愛称)。
このように「売られた花嫁」は、チェコ人なら誰もが親しんでいる国民的オペラで、年末に放映されていた時期もあり、 2004年までの新演出は30回に及ぶ。

* 楽器編成 *

ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、 ティンパニ、トライアングル、大小太鼓、シンバル、弦。第3場の舞台上で:ピッコロ、トランペット、大小太鼓、シンバル。

* あらすじ *

配役:
クルシナ(Bar)、ルドミラ(Sop)、マジェンカ(Sop)、ケツァル(Bas)、ミーハ(Bas)、
ハータ(Ms)、イェニーク(Ten)、ヴァシェク(Ten)、サーカス団長(Ten)、
踊子エスメラルダ(Sop)、インディアーン(Bas)
Sop: ソプラノ、Ms: メッゾソプラノ、Ten: テノール、Bar: バリトン、Bas: バス

第1幕:
ボヘミアのとある村の広場、今日は収穫祭当日。軽快な序曲についで、村人たちの合唱が、 神様のご加護と人生の春を讃えている。村娘マジェンカは、素性の知れない若者イェニークと恋仲だが、 隣村の地主ミーハの息子、どもりで少々おつむの足りないヴァシェクの嫁にされようとしている。 二人はあらためて永遠の愛を誓い合う。結婚仲介人のケツァルがやって来て、マジェンカの両親にヴァシェクのことを誉めしやし、 そこに現れたマジェンカが「自分には好きな人がいる」と言ってもとり合わない。 彼女は憤然として立ち去り、ケツァルもイェニークを説得しに出てゆく。居酒屋の前では賑やかなポルカの踊りがはじまり、合唱も加わって幕となる。
第2幕:
居酒屋の中で若者たちが「ビールがこの世で一番」と歌い、イェニークは「愛だ」、ケツァルは「金だ」という。 やがて皆はフリアント舞曲を踊りに散ってゆく。たまたまヴァシェクと出会ったマジェンカは、他人を装い 「あの女は悪だから、諦めた方がいい」と説得する。一方ケツァルもイェニークに「金持の娘を世話するから、マジェンカを諦めろ」という。 イェニークは、素性の割れていないのを幸い、金300枚で彼女を「ミーハの息子(自分自身)に売り渡す」という契約書にサインする。 証人が呼ばれ、彼は真っ先にサインし、皆が非難する合唱のうちに幕となる。
第3幕:
村祭につきものの旅回りサーカス団がやって来て、アトラクションのスコチナー舞曲を披露する。 十八番の演し物「熊踊り」役の男が酔いつぶれ、座長たちは困っているが、花形踊子エスメラルダにご執心のヴァシェクを代役に立てることにする。 彼は皆に結婚契約書にサインしろと迫られるが承知せず、池の方へ行ってしまう。マジェンカはイェニークがサインしたのを見て驚く。 ふたたびそこへ呼ばれたヴァシェクは、マジェンカを見てびっくりし、この娘なら不足はないという。 独り悲嘆に暮れているマジェンカのもとに現れたイェニークは、事の次第を説明しようとするが、彼女は耳をかさない。 土壇場で皆の前に姿を見せた先妻の息子イェニークに、両親は唖然とし、ケツァルは一杯食わされたと、地団太踏むが後の祭り。 マジェンカもやっとイェニークの真意が分かって大喜び。熊の縫いぐるみを着せられたヴァシェクと、結婚仲介に失敗しケツァルを、 皆が嘲笑う合唱のうちに目出度い幕となる。

* 楽曲解説 *

第1幕:
序曲は、トゥッテイのヘ長調、2/2拍子主題の後、第2ヴァイオリンから下へコントラバスまで、 弦を次々とカノン風に重ねてゆく。ハ長調のトゥッテイで第2主題が出、副次主題をオーボエが奏でるソナタ形式の曲である。
これに次ぐ合唱では、バグパイプを模した低弦の空虚5度持続音の上で、クラリネット・ソロがトリルを奏で、 ホルンを響かすのどかな前奏部分は、1849年トゥン伯爵令嬢マリエの結婚を祝って書いた ピアノ曲『婚礼の情景』の3番目「結婚の宴」からの引用である。
第2場 「もしそんな事が分かったら Kdybych se co takového o tobě dověděla」 というマジェンカのアリアの音型は、開幕の合唱と同じで変ロ長調、途中でト短調になる。ト短調の二重唱 「母には神の恵みを Jako matka požehnáním」のスケッチは1863年5月のもの。 さらに二重唱は、優しく刻む弦の上でクラリネットの鳴る前奏を含む「まことの愛の邪魔はできない Vĕrné milování nepřeruší」へと続き、 これは変ロ長調で歌われるが、1844年作の5曲からなるワルツの5番目(変イ長調)からとっている。
第3場ケツァルの「よござんすか、旦那 Jak vám pravím, pane kmotře」は、 勿体ぶった4,5度下降形と、弦がせわしなく動く部分の交代で示される
第4場の対話の中で、マジェンカの「あたしには好きな人が Mám už jiného !」では、 オーケストラに二重唱「まことの愛」のテーマが聞こえる。
最終第5場は、ハ長調、2/4拍子の「ポルカ」となるが、この形式は1830年代はじめ、 革命に失敗したポーランド人に同情して東ボヘミアで作られた舞曲である。最後はこの第2主題による合唱を加え幕となる。

第2幕:
冒頭の合唱は変ロ長調で歌われ、やがて本オペラで唯一民謡を引用フリアント舞曲となる。 原曲は西南ボヘミア・ホツコ地方クラトヴィ付近の民謡「地主さまはお大尽 Sedlak velkej je pan」で、 リズムが(ーーー/ ・・・/・・・)となる。副主題はファゴット、チェロの上向音型と、 オーボエ、フルートの下降音型が見事な対比を見せている。
第2場、ヴァシェクは「母さんが言うには Matička povídala」を、 弦のピチカートと木管トリルを従え、単純なハ長調~ト長調でどもりながら歌う。
第3場では 「あんたに熱をあげてる娘を知ってる Známť já jednu dívčinu, ta po vás jen hoři」という マジェンカのモチーフにはじまる二重唱は、イ長調からハ長調に移るが、「もしあんたが断れば Oh, kdy byste vy nechtěl」では ニ短調になっている。さらに「あたしだったらあんたを愛し Já bych vás milovala」で新しいモチーフが出、 「きっと悪いことが起こってよ zle se mu zde bude dít」の旋律は、「カルミナ・ブラーナ」に引用されている。
第4場のケツァルとイェニークの長大な二重唱は最大の聴きどころ。 ト長調にはじまる前半は、台詞の内容によって転調をくり返し、イェニークがマジェンカこそ 「美人中の美人 nejkrasši krasenka!」と声を張り上げた後、ケツァルの有名なアリア 「誰もが自分の恋人を最高と思っとる Každý jen tu svou má za jedinou」となる。 ニ、ト、イ、ニ長調、変ヘ短調、ト、イ、ニ長調と揺れ動く前後を、荘重なニ長調主和音でしめている。 その後「ある娘を知っとるんだ Znám jednu dívku」という後半の二重唱を、ケツァルがト長調、 イェニークが5度上のニ長調で歌いはじめる。
第5場では、オーボエ・ソロの下降形と、クラリネット・ソロ上向型の前奏のあと、 イェニークが心のうちを明かす美しいアリア「どうして信じられよう、ぼくがマジェンカを売り渡すなど? Jak možná vĕřit, že bych já prodal svoji Mařenku ?」は、ト長調を間にはさむハ長調で示される。
最終第6場は、序曲の冒頭部分と同じにはじまり、合唱背景のオーケストラには、 序曲の副主題が用いられ、ヘ長調主和音に終止する。

第3幕:
第1場、ヴァシェクが独り登場、前奏にはクラリネット・ソロの悲しい調べや、希望を抱かせる 「あんたに惚れてる娘を知ってる」のモチーフが出るが、アリア「あの娘の言ったことが気になる To mi hlavě leží」は悲しげなヘ短調で歌われる。
第2場になると雰囲気は一変し、大小の太鼓、シンバルのリズムに乗り、ピッコロの対旋律を伴って トランペットの高らかな調べが、旅回り一座の到来を告げる(サンサーンスはこの行進曲を激賞していた)。 座長の早口前口上のあと、スコチナー舞曲となる。“skočit=とび跳ねる”に由来するこの舞曲は、2/4拍子のテンポの速いもので、 ここではせわしない弦の動き、アクセントのきいたトゥッティ、トランペットの高鳴り、流暢な弦のうねり、 ティンパニの活躍する部分など、7つのモチーフが目まぐるしく交錯する。
ヴァシェクを熊役に仕立てようと誘惑するエスメラルダと、これに相槌を打つ座長との愉快な二重唱 「あんたを可愛らしい動物に仕立てましょ Milostné zviřátko udĕláme z vás」のスケッチは、1864年9月のもの。
第3場、ヴァシェクの「今日、ある人に言われたんだ Mnĕ to nĕkdo dnes povídal.」の台詞の前では、 オーボエが「あんたに熱を上げてる娘」のテーマを流し、「その娘はとっても美人で Je hezounká」では、 マジェンカの「あたしだったら」の旋律を、そのままヴァシェクに歌わせている。
後半の四重唱「何、あの娘が欲しくないだと Jakže, nechce ji ?」では、背景のファゴットが活躍し、 イェニークのサインを、マジェンカに見せつけるケツァルの台詞「ここにサインしてあるだろう Viz, zde se podepsal」の後の、 弦を主体としたオクターヴ・ユニゾン下降音型は、ワーグナーの『ラインの黄金』の「契約のテーマ」の引用と、ラージは指摘している。 その直後イェニークの裏切りを嘆くマジェンカには「永遠の愛」のテーマがかぶせられている。
第5場、泣き出してしまったマジェンカを慰める六重唱「よく考えて Rozmysli si, Mařenko」には、 ファゴットはじめオーボエ、クラリネット、ホルンが控え目な伴奏をつけ、時にはア・カペラとなっている。
第6場、ヴァイオリンの上向音型の前奏にはじまり、弦の上下に揺れ動く中、木管に悲しい調べが出る、 マジェンカの嘆き「あたしたちの愛の夢 Ten lásky sen, jak krásný byl,」は、変イ長調を基調とするが、 ハ短調、変ホ長調と歌詞の内容によって変化する感動的なアリアである。
第7場、そこへ勢いよく登場するイェニークは、第2幕大詰でサインした時と同じ、 4度上昇音型の明るい声で「僕のマジェンカよ Mařenko má」と彼女に話しかけるが、彼が本当に契約書にサインしたと知った 彼女が言う「じゃあ、あっちへ行って Nuž tedy, jdi」。ここではファゴット・ソロの悲しい調べがかぶる。 「君って強情だな Tak tvrdošíjna, divko, jsi」とイェニークはハ短調で舞曲調で歌うと、 マジェンカも「ひどい嘘つき Tak ošemetný muž jsi ty」とやり返すが、ここはスタッカートで歌うコロラトゥーラの見せ所で、 高い3点C音のフェルマータさえ要求される。
第8場のイェニーク、マジェンカ、ケツァルの三重唱は、イェニークの「落ち着いて Utiš se, dívko」で静かにはじまる。
第9場、決心のほどを訊く皆の合唱に、マジェンカは皆の意思に従うと答えた瞬間に、 イェニークが正体を現し、ミーハの息子だと告げる。
最終第10場、熊の縫いぐるみを着たヴァシェクの登場に、ハータは嘆くが、ハッピーエンドを喜ぶフィナーレの合唱には、 第1幕冒頭の合唱のテーマを用い、全曲をしめくくっている。

* 余談ながら「ヴィオラ」を除く8本のスメタナ・オペラの覚え方は: "「リブシェ」と「ダリボル」が「悪魔の壁」のかげで「口づけ」していた。 それを「売られた花嫁」の「二人のやもめ」と「ブランデンブルク人たち」が「こっそり=秘密」見ていた" と言われている。


チェコ・オペラ団による「売られた花嫁」本邦公演:
1) 1985年7月 (上野文化会館、中部日本放送主催), プラハ国民劇場オペラ団、
指揮:コシュレル、演出:カシュリーク、シュトロス、マジェンカ=ヂェポルトヴァー、イェニーク=コップ、ケツァル=ヴェレ
2) 2003年10月 (オーチャード・ホール), プルゼニュ・ティル劇場オペラ団
3) 2010年7月18, 19日 (サントリー・ホール: コンサート形式)
指揮:スヴァーロフスキー、マジェンカ=コフート-コヴァー、イェニーク=ルーダ、ケツァル=ガラ、東京都交響楽団、二期会合唱団
(1985年7月プラハ国民劇場オペラ団、日本初公演プログラム、2010年補筆)