ドヴォジャーク「スターバト・マーテル」 Op.58 B.71
1873年ドヴォジャークはアンナ・チェルマーコヴァーと結婚したが、75年には生後3日でヨゼファを、77年8月から9月にかけ、 1歳のルージェナと3歳のオタカルを相ついで失った(1878年生まれでスークに嫁ぐオティリエ以後の6人は、いずれも20世紀まで存命した)。
この年2月、聖ヴェイチェフ(アダルベルト)教会オルガニストの職を辞し、作曲に専念する決意を固めたドヴォジャークは、 7月ヤナーチェクを伴い南ボヘミアの旅に出たあと、シフロフの親友ゲブルの館で、最愛の妻のために「アヴェ・マリア」(アルト、オルガン伴奏) 作品19b,B.68を書いた。「スターバト・マーテル」の構想はすでに1年前の1876年春から胸に温めていたが、1年以上の休止のあと、 10月に愛児たちを悼むこの作品にとりかかり、11月13日にスコアを完成した。
「スターバト・マーテル」はドヴォジャーク以前にも、ジョスカン・デ・プレ、パレストリーナ、A・スカルラッティ、 ヴィヴァルディ、ペルゴレージ、ロッシーニ、ヴェルデイなどが作曲している。彼は教会オルガニスト、オーケストラ団員として、 カンタータ作品には精通しており、この作品にはヘンデル、ハイドン、メンデルスゾーンらの作品を参考にした。 これに先立つ作品には「4つのモラヴィアニ重唱」作品38,B.69と、「交響変奏曲」作品78,B.70がある。
作曲者は20節ある原詩を:1〔1,2,3,4〕、2(5,6,7,8)、3(9)、4(10,11)、5(12),6(13,14,),7(15), 8(16,17),9(18,19),10(20)のように10節にまとめた。
初演は1880年12月23日、E・エーレンベルゲロヴァー、B・フィビホヴァー、A・ヴァーヴラ、K・チェフを独奏者に、 A・チェフ指揮するボヘミア劇場オーケストラにより行われ、スコアはプラハ音楽芸術協会に献呈された。その後ボヘミア各地、ブダペストで演奏され、 1883年3月ロンドンでバーンビの指揮で、1884年13日ロンドンのアルバート・ホールで作曲は自ら指揮し世界的に有名になった。
第1曲:
四重唱と合唱「悲しみの聖母は立ち給う」。アンダンテ・コン・モート、ロ短調、3/ 2拍子。 さまざまな楽器による嬰ヘ音オクターヴの連続にはじまり、下降主題(譜例1A)を含むやや長い前奏についで、主旋律が歌われる(譜例1B)が、 その後半は(譜例1A)の旋律によっている。上下動する伴奏の上にテノール、ソプラノ、バス、アルトの順で四重唱が歌われ、 冒頭部分が再帰し最後はロ長調主和音で終止する。
第2曲:
四重唱「かく悩める様を見て、涙せぬ者あろうか」。アンダンテ・ソステヌート、ホ短調、3/4拍子。 イングリシュ・ホルン、クラリネット、ファゴットの悲しい調べのあと、アルト・ソロが主旋律(譜例2A)を歌い、 これにテノール、バス、ソプラノの順で加わってくるが、この旋律はベルリオーズの『レクイエム』の「ラクリモーザ」(譜例2B)と同じ音型である。 中間部は純粋に歌謡的なチェコの田園詩で、ソプラノとアルト二重唱に伴うトランペットとトロンボーンの二重奏は、 田舎の葬列に加わる民俗楽団を連想させる。結尾ではまた冒頭部分が再現される。
第3曲:
合唱「悲しみの泉なる御母よ、ともに涙を流させたまえ」。アンダンテ・コン・モート、ハ短調、4/4拍子。 葬送行進曲(譜例3)は明るい挿入部をへてクライマックスに達し、また最初の部分が戻る。
第4曲:
バス独唱と合唱「わが心にキリストへの愛の火を点させ給え」。ラールゴ、変ロ長調、4/8拍子。 力強い金管の伴奏の上で、主題(譜例4A)が歌われ、この後、天上からの響きに似た旋律(譜例4B)が歌われるが、 この部分はオルガン伴奏の児童合唱に当てられることもある。同じパターンが形を変えてくり返され、最後はバス独唱でしめくくられる。
第5曲:
合唱「わがためにかく傷つけられし御子の苦痛を」。アレグロ・コン・モート、クワジ・アレグレット、 変ホ長調(ハ短調)、6/8拍子。主題(譜例5)がカノン風に各声部に受け継がれてゆき、中間部で高揚する3部形式。
第6曲:
テノール独唱と男声合唱「おん身とともに熱き涙を流し」。アンダンテ・コン・モート、ロ長調、4/4拍子。 とくにオーボエの色彩が目だつオーケストラ前奏についで、テノールが歌いだす(譜例6)。
第7曲:
合唱「処女のうちの処女よ、ともに嘆かせたまえ」。ラールゴ、イ長調、2/4拍子。 全曲の中でもっとも静かで微笑ましい楽章。いくつかの声楽部分のエピソードが、オーケストラの間奏で区切られている。 各声部の独立性がよく保たれている。〔譜例7〕。
第8曲:
ソプラノとテノールの二重唱「われにキリストの死を負わしめ」。ラルゲット、ニ長調、4/8拍子。 2つの独唱が対話のように進む(譜例8)。
第9曲:
アルト独唱「われ地獄の業火に焼かれんため」。アンダンテ・マエストーゾ、ニ短調、4/4拍子。 主旋律〔譜例9〕は、しっかりしたリズミカルな足どりの伴奏の上で歌われ、叙情的な中間部をはさんでいる。
第10曲:
四重唱と合唱「肉体は朽ち果つるとも霊魂は・・アーメン」。アンダンテ・コン・モート、クアジ・アレグレット、 ロ短調。2/3拍子。第1曲冒頭の嬰ヘ音型の回想を経てアルトとバスのユニゾンではじまり(譜例10A)、四重唱と合唱が続き、 アレグロ・モルトからニ長調、アーメンの大合唱(譜例10B)となるが、その上声部には(譜例1A)主題が、アーメン声部には(譜例6)の音型が引用され、 ニ長調主和音で終止する。