五品種と其の後

「草木錦葉集」に掲載された五品種のその後を、手持ちの参考文献で
 追ってみると、真偽の程は定かではないが、次のような記述があリます。

五品種の品名変遷集約図
 品名   年代⇒
天 保
萬 延
明 治
昭和初期
現 在
善右衛門白布
水野爪金
唐 花
唐 花
唐 花
唐 花
黄布岩ひば
蜀農錦
蜀江錦
蜀之錦
蜀光錦
蜀光錦
弥七岩ひば
四季の曙
四季の曙
四季の曙
西の有明
細葉岩ひば
茶保宿リ
細葉岩檜葉
いただき岩ひば布
岩檜葉
檜葉
檜葉
不 明

 
 次の五品種の図は、昭和45年、立花吉茂氏、岡村寧氏、共著、加島書店発行
「よみがえる古典植物 いわひば」に掲載された写真を元に、模写複製した物です。

  善右衛門岩ひば

 「白布にて九月頃より布入紅かかる、
 いただきより大布」
 
  萬延元年以降の「唐花」が本種で有ると、
 複数の参考書籍に記述が有るので、
 本種→水野爪金→「唐花」説が定説の様です。

  しかし萬延元年の「岩檜葉名寄」には「唐花」
 と「水野爪金」の両種が掲載されています。
 
  果たして真相は何処か?
  黄布岩ひば

 「芽出し黄布に紅少しあり、後くらまず、
 掃込斑、夏日向にては無地黄になる
 葉よく重ねつまり秋は布の色別してよし」
 
  現存の「蜀光錦」が本種であると、
 複数の参考書籍に記述が有ります。

 「蜀農錦」「蜀江錦」「蜀之錦」「蜀光錦」と
 文字を変えながら伝わったようです。
  弥七岩ひば

 「葉至てうすく和らかにして重ねあつく
 葉ぼろぼろ欠ける、芽出し極黄出後にくらむ、
 此品と同様にて次の一品あり。
 別してぼろぼろす明保野なり、中日」
 
  本種→「四季の曙」→「西の有明」説が、
 複数の参考書籍に掲載が有る事から、
 現在の「西ノ有明」説が、定説のようです。

  ある一書籍には、本種が「西の有明」として
 昭和25年度に登録されたと言う記述が有る
 のですが、「西の有明」が昭和の銘鑑に
 掲載され始めたのは、昭和49年度銘鑑から
 であり、この説には疑問が残リます。
  細葉岩ひば

 「此品前々より度々出る、
 然れども皆かへりてとけず、ほそく小葉少なく
 付き重る、兎かく荒草に多くあり。
 並の中日」

  昭和49年度名鑑から再掲載され始めた、
 現在の「細葉岩檜葉」の旧名は、天保14年
 「岩檜葉名寄取組」に掲載された「茶保宿り」で
 その前身が本種の「細葉岩ひば」だと言われて
 います。
  いただき岩ひば布

 「巻柏、冬草、一名岩松、布葉先へ白く出る
 山本茶保檜葉同様にて爪白の如くかた身替り
 稀に出ることあり。 日さ四、五」

  天保14年より明治34年までの名寄や
 銘鑑に「岩檜葉」又は「檜葉」名で
 掲載されていますが、明治34年の銘鑑を
 最後に、その名は消滅します。
 その後に改名等の記述が無い事から、
 現存するかどうか不明です。

 文中の「布」は斑のことで、「日」は日向に適する、「中日」半日の意味、
「さ」は挿し木繁殖ができ、「四、五」は、四、五月の意味との事です。

 参考書籍に注釈がある部分は良いのですが、注釈のない部分も、理解できず残念です。

 なお昭和49年の銘鑑から再登場した、現在の「細葉岩檜葉」は、その後、平成4年度
銘鑑まで、連続で掲載されますが、「野性種のため培養によって見分けにくいため」との
理由で、平成5年度以降の銘鑑には、掲載されなくなりました。


「いただき岩ひば布」雑感

 明治31年の「巻柏の種類名寄」の「檜葉」には、次の説明文があるそうです。
「白爪斑にて葉先細かくまばらの斑なり」

 この説明に該当するのではと、思われる品が存在します。
その現存品は「高砂」に比べ、やや細身の立ち性で、爪斑が少なめの品種で、
上記「檜葉」の説明文の印象から、この品が連想されます。

 この品種は「天鵞絨」にも似ているため、交換会等では、扱いがその都度違い、
時には「高砂」また時には「天鵞絨」だったりしています。
葉性は「高砂」「天鵞絨」の、中間種の様なこの品種は、白爪斑の多い両種と違い
昭和57年度から「高砂」に統合された「雪月花」と同様に、爪斑の出現が少なく、
この品種を数年続けて挿し芽して、子苗を育成して結果を見ましたが、葉性も
爪斑の出現率も確実に遺伝して、比較の両種とは、まったくの別種だと断言できます。

 もしかして、この品種が「岩檜葉」で、不遇と言われた大正時代を生き抜き、
品名も忘れられて、品種不明のまま、何処かで継承されていたのではないだろうか?、
などと、一人思いを廻らせています。






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