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 朝の散歩中の事故の話の、後日談です。


驚きと同情、笑いと脅し

 突然休みを取ったので、翌日、席の近い同僚の先生方に訳を聞かれた。隠しておくわけにもいかず、肋骨骨折で病院に行ったことを教えた。すると一様に驚き、「それは大変でしたね」と慰めの声を掛けてくれた。隣の席の体育の先生は肋骨骨折の苦しみを知っていて、「夜眠れなかったでしょう」と同情してくれた。さすがは、大学時代に山下泰裕氏に稽古をつけてもらった、柔道の専門家だけあるなあと感心する。(立ち稽古で組んだときの山下氏は、微動だにせず壁のようだったという)

 ところが、骨折の原因を聞かれて手すり渡りの話をし始めると、聞いている同僚の表情が微妙に変わっていった。はじめの同情的なまなざしが、途中から困惑しはじめ、やがておかしみをこらえる面相になっていったのである。
 いまは陸上部の顧問をしているが、もともとボクシングで鍛えた気の早い同僚に至っては、話が終わらないうちにこらえきれず、吹き出してしまった。
 それを合図?に、それまで真顔を装っていた他の職員も、声をそろえてどっと笑うのだった。

 隣の席の柔道部の顧問は、一緒に吹き出したにも関わらず、気を取り直したように真面目な顔を作ると、握った拳を両膝について身を乗り出し、「先生、背骨が折れたらどうするんですか。誰もいないところで死んでましたよ。そんな危ないことはやめてください」と、急に教職を自覚したかのように言葉だけは真剣な説教調で脅した。最初に吹き出した元ボクシング選手は席から立ち上がると、「いやあ、肋骨で済んでよかったですね」と、あいかわらず嬉しそうに励まし?てくれた。
 同じ事件の受け取り方も、直後のせっぱつまった余裕のない妻とは違い、2日経っているからか、職場の仲間の方は明るく楽しそうだった。話自体を愉快がっているのだ。


危険度は?

 背骨が折れたら確かに死の危険があるのだが、肋骨骨折でも肺損傷や心蔵や血管損傷の可能性があるという。インターネットによると、肝臓や脾臓、腎臓などの腹腔内臓器損傷の危険も指摘されていた。だから肋骨骨折では内臓損傷の有無を確認しておく必要があるとも書いてある。
 そういえば、診察の際そのことも気になって聞いたみたのだが、お医者さんは「事故から1両日経過していますし、元気な様子ですから、大丈夫です」ということだった。肺や臓器に損傷があれば、見た目ももっとダメージが大きいということらしい。いい加減な気もするが、骨折した部所がそういう心配のない所だったのだろう。


 教壇の踏み外し

 夜の苦しみもしだいに和らいでいった。車の乗り降りも、授業中の挨拶も板書も、苦にならずにできるようになった。知らずしらずのうちに痛みへの防御を忘れかけていたころ である。

 黒板の左端まで板書し終え、それが生徒に見えるように教壇から降りようとしたときである。黒板を向いていた姿勢から生徒の側に向き直り、足下を確認しないまま、まだ教壇の上だと思って一歩踏み出すと、その足が一瞬捕らえどころなく泳ぎ、ガクンと弾みをつけて直接床の上に着地した。
 その瞬間衝撃が背中に走った。そのまま2・3歩窓際によろめくと、思わず背筋を伸ばし、窓枠の上に両手を掛けたまましばらく動けない。ムムムムッとうめき声が漏れるのだが、生徒に聞こえないように極力押し殺す。そのまま何秒か窓の外を見ている風情で痛みが去るのを待った。
 「先生どうしたの?」と前列の席の生徒が声を掛けた。「うん、なんでもない」とやっと声を出すと、腰に両手を当てて背伸びをするふりをしながら教室内に視線を戻した。何人かが不審そうにこちらを見ていた。が、幸いだれもそれ以上は聞いてこなかった。
 その話を妻にすると、「隠さずに教えてあげればよかったのに」と言う。言われてみるとそうかとも思うのだが、やはりなんとなくばつが悪い。 


とまらない爆笑 

 気の置けないクラスで、少し授業時間が余った。妻の言もあり、時間つぶしに話してみた。
 生徒たちの反応は職員以上で、肋骨を折ったと言うと女子などは「エーッ!」と大げさに驚きの声を上げた。手すり渡りの話に入ると食い入るように真剣に聞いている。その好奇心に輝く目の色はふだんの授業では見られないものだった。滑って手すりの上で転倒した段になると、収拾のつかない爆笑になった。机を両手でたたいて笑う者もあれば、両足で床を踏みならす者までいた。あまりの喜びように、思わず「静かにしなさい!」と大声を上げたほどだった。
 やはり「他人の不幸は蜜の味」なのだろうか。  


この直後、パースの旅に

 この後、結婚式でオーストラリアのパースに行ってきた(「旅」のコーナーで特集)。結婚式は12月、オーストラリアはちょうど夏の季節で暑い盛りだった。その旅行中も、胸と背中には治療用のベルトを巻きつけたままだった。
 それなのにロットネスト島では自転車で島巡りまでしたのだから、我ながら頑張ったものだと思う。


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