愛と自由への旅立ち 

松尾みどり


人は誰もがそれぞれに歓びの人生を生きるために生まれてきました。
もし、あなたがそうでないと思うなら、知ってほしいことがあります。
それは、ほんとうに簡単なことなのです。




最終章 人生の選択


人との出逢いの意味と法則

 「もし、あの時、あの人に出逢わなければ、今の私は存在しなかっただろう」とか、「もし、あの日の飛行機に乗らなければ、事故死することもなかっただろう」ということは、誰にも覚えがあるでしょう。人はよく、「偶然に出逢った」とか、「偶然に通りかかった」と言うけれど、果たして本当に「偶然」が存在するのかどうかは、私にとっての長い間の疑問の一つでした。

 しかし、人々との出逢いや、人間関係の崩壊を機に、自分の過去からの生き方や仕事の仕方を省みる中で、私にはやはり、ある目に見えないエネルギーの法則が存在しているように感じられたのです。過去における様々な、自分にとっての大きな出来事を点として、それを繋いでいくうちに、すべては自らがつくり出した「必然」で起こしたことだとの確信に至りました。そしてまた、後に限りなく素晴らしい感動的なエネルギーの法則であったことに目覚めたのです。

 古代マヤ人が初対面で交す挨拶言葉に、「イン・ラ・ケチ」(初めまして)という表現があったといいます。本来は「私は、もう一人のあなたです」という意味です。人々は偶然に出逢うのではなく、お互いの波動に呼ばれてやってきます。相手との関わりから生まれる自分の中の感情を通して、これまで自分自身に制限してきた部分が、相手から威圧感を受けたように感じ、また逆に日頃から自分の感覚で自由に表現してきた人は、誰とでもすぐ友だちになれるし、ありのままの自分でいられるので、他人に対して怖れを感じないのです。自分が自分自身を処遇してきたように、他人から処遇されることを体験するのです。

 このように、自分を知るための相手として、自分とまったく違うタイプの人に出逢うということが起こります。それはもともと一つの生命体から細胞分裂のように、数多くの生命体が生まれ、お互いが相対的立場に立っていても、元来一つのものであったことを直感的に感じるからでしょう。「他人は自分の鑑(カガミ)である」といわれる所以です。多くの人々と出逢えば出逢うほど、その時々の自分の意識レベルに応じた人間関係を体験し、そこから自分自身を発見できるという「真理」をマヤの人々は、よく理解していたのかもしれません。


見事に生き方の方向転換をした男性 

 「私は運がいいんです」という人たちは、偶然に運がよくなったのではなく、その「運」を自分自身がもたらしているのです。つまり、物事に対して執着したり自分を責めすぎたり、先々の不安ばかりで、クヨクヨする人生には、「幸運の女神」が微笑むことはありません。静かに自分を振り返ってみると、自分の悩みや苦しみの原因は、他人のせいではなく、物事に対する視点や、思い込みに起因するところが多いことに気づきます。

 先日もある男性(A氏)が、リストラと離婚のダブルパンチで、「死ぬ以外に道がない。僕に明日はありません」と自殺の予告電話をしてきました。「自殺も、あなたの選択ですから、引き止めるつもりはありませんが、その前にゆっくり一日かけて、自分のどこが嫌いなのか、また、もし赤ん坊の時から、あなたが親や人さまや動物や自然からほんの少しでも受けた愛情があるなら、ノートに書き出してみてください。それからでも遅くはないでしょう。そして最後に、色を使って思いきり、紙か新聞紙に感じるままに殴り書きしてみてください。それでも死にたければ、あなたのお好きなようになさってください」と申し上げて電話を切りました。

 しばらくは何の応答もありませんでしたが、2ヶ月位してA氏から一通の手紙をもらいました。そこには自分を取り戻していくプロセスが記されていました。私から言われたことをしていくうちに、何度も大泣きして、「ボーッ」とした自分が心の中に浮かび上がったと言います。すると、本当はとっても生きたがっている自分自身がいたそうです。「お前は何にもできない子だ」と母親からなじられ、深く傷ついていた子どもの頃の悲しい自分の姿が大きく思い出されてきたのです。そして今度こそ自分を信じて、ありのままの自分を受け入れ、結果を心配せずに行動を起こそうと思いました。するとしばらくして、母親の知り合いから話がきて、現在は畑違いではあるものの、新しく生まれ変わったつもりで働いています、という内容の歓びに満ちた御礼状でした。

 「死ぬより他に道がない」と思い込む人は、その視点からしか先を考えられないのです。その死角に気づくと、死の渕から甦るのです。自分の悩みが本当に、どこからきているのかをよく内観していくうちに、原因がはっきりするのです。どんな人でも新しい人生に向かうことができると確認させてもらいました。他人はA氏に対して、「幸運な人」だと言います。しかし本当は、自分自身が「幸運」へ導いたのでした。誰にも復活するチャンスは平等にあったのです。

 もう一人、生き方の方向転換をされた男性をご紹介します。もう十年も前になりますが、NHKのスペシャル番組やその他の大型番組を製作する、ある敏腕プロデューサーT氏の依頼を受けて、NHKのミーティングルームで何度か「意識」について話をしたことがありました。その折、T氏から、「最も簡単に人生を変える方法(コツ)を教えてください」と言われて、一瞬「エッ!」と思いましたが、すぐに「良い方法」を思いつきました。

 彼は凄い読書量と勉強と研究で、どんなに小さなことでもミスを許さない性格でした。反面、とても人情家で情熱的に仕事をする人でした。それだけ自分にも厳しい態度で臨むので、当然、周囲のスタッフにも厳しくなっていました。本当はその性格を自分でもてあましていたのです。そこで、「何かを人に伝える前には、必ず腹式呼吸で息を大きく吸い込んで吐き出します。そして必ずひと呼吸おいてから話すことを心掛けてください」と申し上げました。するとT氏は、「ウン、これならできる」と自信あり気に胸をポンと叩いてみせました。

 それから2ヶ月もしないうちに、「いやー、この方法は、なかなかいいですね。グループの人間関係が、ずい分よくなりましたよ。私もあまり怒鳴ったり、イライラすることがなくなってきました。周囲も私が急に穏やかになってきたので、逆に具合でも悪いんじゃないかって、心配してくれますよ。アハハハ」と大満足でした。その後、局内でそのことを確認するような事件が起こりましたが、その時も「自分の指導が不十分だった」と頭を下げたその対応に、周囲も奥様も感激するほど変身、いえ、変心ぶりだったようです。その後のT氏の昇進は、破竹の勢いだったとか。それは、どんなに小さなことでも、自らコツコツと努力していく中で花開いたものです。


運のいい生き方 5つの法則

 こうして、A氏やT氏のように自分を立て直してゆく過程では、やはりよく似た考え方(エネルギー)をみることができます。それは次の5つにあると思います。

 @ どんな時でも自分と他人を比較しない
  他人と自分を比較して、優劣や勝負で判断したり、責めたりしないことです。自分は他の誰とも違った個性を持つ存在であるからこそ、自分の感覚や自分の想いをはっきりと表現する必要があります。

 A うまくいかない結果に「失敗」の烙印を押さない
  「失敗」と思えることのすべてが、自分にとって体験を通して学び、収穫した「智慧」だったのです。そこから何をどのように学んだかを確認しておきます。

 B 完璧を求めない
  完全主義者は、いつも自分や他人のミスを見い出し、自信を失わせるようにしているのです。自分にとって、最も現実的な基準を設け、そこからスタートし直します。

 C 決断したことは行動に移す
  途中で他人の意見を取り入れていく内に、いつの間にか、そこには自分自身が存在しなくなり、自分の内なるエネルギーは使えなくなってしまいます。

 D 他人に期待したり、他人を変えようとしない
  期待した答えが返らなければ、他人に腹を立てることになり結果として、いつの間にか依存型人間になってしまうのです。自分の見方や考え方が変わると、やがて周囲の人々が変わったように見えますが、最初から現状は変わってはいません。そこに自分で一方的に意味づけをしていただけだったのです。



善と悪、成功と失敗ですべてを裁くクセをやめるだけで、人生は穏やかに変わり始めるでしょう


人生のドラマチックな展開の意味

 これら5つの法則に気づくと、自分の人生を変えられること、請け合いです。ややもすると、目の前で起きてしまったことだけにとらわれ、「自分は世界一、恵まれない人間」「俺はバカなんだ」と自分の悲運を嘆くなんてことになりかねません。自分を追いつめれば追いつめるほど、魂にとっては、「危機迫る」状態になるので、早速そのパターンに終止符を打つべく手段を講じます。

 そこで魂側としては、問題(その人の否定的な考え方の度合)に応じて、大きなリスクを伴っても、最も効果的に目覚めさせる方向で、ドラマを展開させます。一か八かの大勝負というわけです。ヘタをすればひどい落ち込みで、精神障害をも起こしかねません。あるいは死に至るかもしれないので、今生の目的を果たすべく慎重に行なっていきます。

 そこで大いなる協力者(脇役、脇侍)が必要です。あらかじめ生まれてくる前に、魂同士が約束しておいた人たちが、本人の最も近い所で待機しています。彼らは、そのほとんどが家族や恋人であったり、知人、友人、上司、部下、そして愛するペットでもありと、実にバラエティに富んだ構成になっているのです。「こんなこと、いったい誰がどのように仕組んだのかしら」と思うほど、ドラマチックな展開になることもたびたびです。

 そこで、ある人々は、「なんという凄い偶然なんだろう」とか「奇蹟が起こった」とか「神は私を見捨てた」とか各人各様に意味づけしたくなるのですが、そのすべてが自分自身の魂(神)の「深い愛」から発せられるエネルギー現象であると気づく者は、ほとんどいません。魂(神)は、それと気づかれなくとも決してこの人格(人間)を見捨てることなく、あの手この手で救済の糸口に触れさせようと試みています。ただし、神は人情家ではありません。あくまでもエネルギー法則にそった現れであるのですが、どちらにも偏らない安定した心で、初めて先々の心配もしない平安の境地に立ち帰るのです。

 人類の始祖は、肉体をもつこの三次元地球において、「生きる」とは「創造し続けることである」のを体験するために、人類意識の進化プログラムに組み込まれたのです。そして今、自分の目の前にいる人々、そして現在の環境は、あなたの魂(神)が、本来の自分自身を全開できるように設定した条件でした。また、ある時は自分自身を追い込んだ窮地から脱却する力を引き出すために、わざわざ自分を追いつめて「もう、これ以上は我慢できない」とギリギリの所まで追い込み、その反作用で従来の思考パターンを自壊させるように誘導していきます。

 これまでの「○○せねばならない」観念から解放されて、初めてみえてくる宇宙の真理は、とてもシンプルで明解なものであったことが分かり始めます。そして、この「彼岸」に到達した時、人は初めて「自分は神(自分自身)に救われた」ことを知るのです。お墓参りという行為だけを繰り返しても、彼岸に到達することはできません。「お彼岸」は、どうして自分の迷いがとれないかを静かに見直す期間だとも思えるのです。自分の内側を静かに観て、手放せなかったこれまでの固定観念に別れを告げた日から、「なーんだ、こんなことだったのか」とホッとするでしょう。

 肉体は滅びても、人の「想い」だけはエネルギーとして、この世でもあの世でも生き続けています。常に「結果」を善悪、成功失敗でみる「裁きグセ」をやめるだけで、人生は穏やかに変わり始めます。「魂(自分自身)の約束」が、どのようなプロセス(ドラマ)で自分に気づかせていくのか、ある方の実例で見てみましょう。


人生をサポートする協力者たち

 今から15年ほど前の話になりますが、福岡のKBCテレビ局で当時、東京のテレビ朝日でレポーターをしておられた八波一起(はっぱいっき)さんと、ある特番でご一緒することになりました。八波さんは、とても精悍でキビキビした誰にも優しい、人情味あふれた方でした。番組の打ち合わせミーティングの後、昼食を外でとることになりましたが、あいにくの雨天。傘を忘れた私に八波さんが、「どうぞ、ご一緒に」と笑顔で傘をさしてくださった、その瞬間でした。何かしら真っ白い光線が目に飛び込んできたように感じました。「ハッ」と立ち止まった私は、ある方に頼まれていた「26年前の伝言」を八波さんに伝えることを思い出したのです。

 昔、母が通っていた真言密教系の集会所で、そこの主宰者であったK尼範が、なぜか私に頼みたいことがあると言って話されたことがありました。当時まだ若かった私には、かなり現実離れした内容でしたので、正直言って半信半疑で聞き流しておりました。その話によると、当時から26年前のこと「八波ムトシ」という有名な役者さんが突然の交通事故で亡くなられた後の追悼公演会の様子を、たまたまTVで見ていたところ、その客席にいた八波ムトシさんの霊体が、自分の追悼公演を眺めている姿が見えたというのです。そこで「あっ八波ムトシさん」と彼女が呼びかけると、その霊体はTVの画面から飛び出してきて、何の関係もないそのK尼範に自分の心の想い残しを語ったそうです。

 八波一起さんの父上であった八波ムトシさんから、「私は無念でなりません。私には家庭がありましたが、人気商売のため公表していませんでした。しかし残してきた妻や子供達のことが気がかりです。私はたくさんの借金を残してしまいました。しかし、こちらの世界でも舞台の仕事がありますので、その借金は必ず働いて家族に届けます。私が家庭を見守りますから、妻には心配せずに子供達を育てて欲しいと伝えてください。くれぐれもよろしくお願い致します」と懇願されたのでした。

 K尼範は、「分かりました。どうぞ思い残しなく安らかに成仏されますように」と供養念仏を唱え、ご供養を行なったということです。そこで、「私には、芸能界とは縁がありません。あなたがお会いになられましたら、このことを伝えください」と私に頼まれたのですが、私も同様に当時はまったく縁がありませんでした。しかし、TV局で八波さんと顔を合わせた途端に、そのことがフラッシュバックして思い出されたのです。

 突然でさすがに躊躇しましたが、思い切ってお話しましたところ、「思い当たるところがあります。確かに大きな借金がありました。母も苦労して僕達を育ててくれました。『お金が必要な時は不思議と、どこからか回ってくるんだよ』と母が言っていたことを思い出します。もうすぐ父の27回忌を控えています。父の仲間達を招集する法事は、これが最後になるので、きっと父が皆に伝えたかったのでしょう。あちらで元気に役者をしていると皆に伝えますよ。間に合ってよかったです」と言ってくださって、ホッとした覚えがあります。

 人一倍、親孝行の八波さんですが、テレビのレポーターの仕事に就くまでは、なかなか定職につけず、舞台での通行人や数々のアルバイトとして、「食えない時代」を長く続けたそうです。「生き方を変えるきっかけをつくってくれたのが、在りし日の母(オフクロ)の姿でした」と八波さんは話し出されました。

 「ある日、疲れた仕事の帰りに終電車に乗ると、目の前に極度の疲労のためか、体を横たえて泥のように眠っている真っ白い白髪頭の老婆が目に止まりました。『この人も、きっと人生に疲れ切っているんだろうな。こんなに疲れた顔で眠っている。こうして眠っている時だけが幸せなのかもしれない』と気の毒に思って眺めていた僕はハッとしてもう一度、そのどこかで見覚えのある顔を見直しました。みるみる涙が溢れて、声が出そうになりました。何とその老婆は父の死後も朝早くから夜遅くまで、力仕事や八百屋の仕事で働いて、自分達を育ててくれた母親でした。

 『母ちゃん、ゴメンヨ。苦労ばかりかけて、こんな姿になってしまって…。僕は何と親不孝だったんだろう。決まった仕事もなくフラフラして、泣かず飛ばずの生活で自暴自棄になっていたんだ。よーし、もう一度初めから出直そう』と決心したのです。それから、幾度もあちこちのオーディションを受けているうちに、モーニングショーのレポーターの仕事が決まりました。八波ムトシの息子であることは隠していたのですが、この仕事に就けたので嬉しかったです。今思うと終電でのあのショッキングな母の姿を見ることがなければ、未だに自分の悲運を嘆いてダラダラしていたかもしれません。あの時が僕の『人生の選択の日』だったのです」

 このお話をうかがって、どんな人にも立ち直るチャンスがくるものだと勇気づけられました。しかし同時に、その時のドラマの中で、その体験からどのように学び、どのように意味づけしたかで、それからの未来の人生が大きく変わっていくことを知りました。そして各々の魂は、かくも見事な演出をして、私達の目覚めを促していたことにきづかされたのです。

 いよいよ、この連載も今月で終わりになりますが、皆様は未来に向けて、どのような「人生の選択」で再出発なさいますか。決めるのは皆様自身です。