ルールその5、周囲に関係が嘘だとばらさない。

翌土曜日、午前中で授業が終わるので私はその後友達に買い物に付き合ってもらうことにした。
「俺が選びたかったわ」と残念そうに溜息をつく白石くんに苦笑しながら、 それだけは勘弁して欲しいと心の底でつぶやいた。
掃除当番の友達を待って昇降口をぶらぶらしていると、 コンビニにご飯を買いに行っていたのかビニール袋をぶらさげた謙也くんと会った。

「お疲れ、今日暑くて部活大変そうだね」
「んあー、まあ暑いのはしゃーないわな。それより問題なんは白石やな。 あいつ最近めっちゃ気合い入っとってかなわんわ」
「そうなんだ?」
「せや。絶対のせいやで。あいつああ見えてかっこつけやからいいとこ見せたくてしゃーないねん」
「はは。じゃあ蔵ノ介くんに彼女が出来たら大変だね」
「は?せやからその彼女がやっちゅう話やんか」
「あ、」

気を抜いていた私はうっかり他人行儀になっていた。
しまった、というように口元に手をあてると謙也くんが訝しげな表情で私をのぞきこんできた。

「…疑問やったんやけど、白石と何があったん?委員会同じで何となく打ち解けあったのは わかるんやけど、は白石ん事結構苦手やったろ。突然カップル成立しとったり、 何や白石もいつものノリとちゃうし。弱みでも握られてるんか?」
「蔵ノ介くんから…何も聞いて無いの?」
「白石から?」

仲のいい謙也くんなら、もしかしたら白石くんから何か聞いているかもしれないと思っていた。 別に私たちの中で『レンタルカノジョ』という事を周囲に言わないというルールをたてた覚えはなかったし (「(レンタルやのうて)彼女でええやん、拘るなあ」という彼の言葉がひっかかったので、 私は友達になんとなくそのことを秘密にしていたんだけど)、 そもそも一週間したら私たちは友達、もしくはただの委員会仲間という関係に戻るのだ。
もしかしたらこれは白石くんの一週間後のためのネタの伏線張りなんだろうかとふと思った。
実は今までの一週間、全部ネタやってん、とか彼が言う。
(それで私は、傷ついたりするんだろうか)

謙也くんは考えこむように黙り込んだ。
私も何か言おうと思ったが、何を言うべきなのか考えているうちに謙也くんが口を開こうとした。 けれど、彼が発しようとした言葉が私に届くことはなかった。

、どないしてん。謙也も」

左手にプリントの束をかかえた白石くんが廊下の向こうからやってきて、私の隣に並んだ。
私と、それから謙也くんを見比べて拗ねるように眉間にしわをよせる。

「何や怪しい雰囲気やなあ。謙也、俺の彼女に手出さんとって」
「いや、そういうんじゃないよ。話してただけ」
「へえへえ邪魔者は退散するわ。独占欲丸出しで天下の白石様がかっこわるいで」
「負け犬の遠吠えにしか聞こえんなあ」
「うっさいわ」

謙也くんはそう言って部室棟の方へ消えて行った。
なぜか白石くんは無表情でその背中を眺めていた。

「蔵ノ介くん…?」

その顔が少し怖くて、私は思わず名前を呼んだ。 するとまるでスイッチが切り替わったみたいに優しく微笑んで、彼は私の頭をあいてる右手でなでた。
それから声量を少し落として、言った。

、レンタルカノジョやって誰かに言った?」
「ううん、言ってないよ。彼女は彼女、なんでしょ?まああと4日もしたら種明かしだけどね?」
「さよか。ならやっぱり、この関係は秘密厳守ってことにせん?」
「いいよ。今更だし…考えてみたら実際私にとっても不名誉だよね。レンタルってなんだよっていう」

私が笑うと、白石くんは小さくはにかんで小指を突き出してきた。
「約束」と言う白石くんの小指に自分のそれを絡めた。
子供じみたそれが、今だけは何だか厳かなものに感じられた。



友達にあーだこーだアドバイスをもらったり道草をくったりしながら、 結局ホルタービキニの白のレトロハイビ柄をチョイスした。 ブラフロントのリボンをしぼると谷間が出来るってやつだ(どもだち曰く、 男子なんか見るとこ谷間くらいなんだからアピールしなくちゃ、ということらしい)。
アピールしたところで何になるのだろう、と思ったが友達にそんなこと 言ったところで『お子様ねえ、あんたプールの後盛り上がること考えなさいよ』 とか言われるに違いないので言わなかった。
(ないない、私たちそういうんじゃないし)

夜になって、2日前に交換したばかりのアドレスにメールがきて明日の計画を立てた。 まあ、計画と言っても集合時間を決めただけなんだけど。 後のことは明日になって気分で考えればいいという意見が合致してメールはあっさり終わった。
の水着姿想像してうまく寝れへんわ」という変態くさい一文に、 「私も白石くんのセクシーな水着姿想像して眠れない。なんてね、おやすみ」 と切り返しておいた。お風呂に入って準備をしながら、 そのメールの返信を見たら「のエッチ!おやすみ」と返って来ていて私は笑った。

緊張していないと言ったらウソになるが、どちらかと言うと友達として純粋に楽しめたらな、 という気持ちの割合が大きくなっていた。 ここ3日間、私は確かな居心地の良さを感じていたし白石くんのノリの良さに喜びを感じていた。 学校生活は楽しくなったし、友達には「なんだか明るくなったね」と言われるほどだ。
それが白石くんのおかげなんだろうなと思うとむずがゆい気持ちになるけど、 素直に一緒にいて楽しかったのだ。




翌日、早めに起きて軽い朝食を食べてから家を出た。
ゆっくりと歩き、今日一日のシミュレーションをしてみる。
大丈夫、うまくやれる気がする。
友達として、レンタルカノジョとして。
彼氏と一緒にプールに行った彼女がどんな風に恋人に接するかなんてわからなかったけれど、 別に普通でいいだろうと思う。 白石くんだって変な要求をしてくるわけじゃないし。

かなり早く待ち合わせ場所についたと思ったのに、そこには既に白石くんが立っていた。
私服の白石くんを見るのはもちろん初めてで、 制服を着ている時よりはるかに大人びていてかっこよく見えた。 通り過ぎる女の子たちが白石くんをうっとりと見つめていくのがわかって、 これから隣を歩くことがちょっと恥ずかしくなった。

「何や、早いね」
「蔵ノ介くんの方が早かったくせに」
「あんまり楽しみで」
「へんなの。プール初めての人みたい」
「初めてやもん。女の子と行くん」
「ええ?また冗談」
「あんなあ、、俺の事プレイボーイやって勘違いしてへん?」
「だって噂よくきくもん」
「噂と俺、どっちを信じんねん」
「噂」
「って即答かい!」

びしっと突っ込みをいれてくる左腕には、いつもの包帯がなかった。

「あ、今日毒手は店じまいなんだね」
「包帯したままプールとかありえんやん」
「ぷ」
「なんなん?」
「だってさ、左腕はあんまり焼けてないから」

ほら、と自分の腕を白石くんの左腕に並べてみせる。 包帯を巻いている方の腕は私の肌の色と結構近かった。
「あは、ほんまや」と白石くんは焼けている右腕も並べてみせた。 ビフォーアフターみたいでそれがツボに入った私は笑いが止まらなくなってしまい、 「笑い過ぎや」と白石くんに突っ込まれた。




他愛ない会話をしているうちにプールについて、それぞれ更衣室に入って出てきた時には、 白石くんはネコの絵とハートがちりばめられているピンクの浮き輪をお腹のあたりで持って待っていた。
あまりに異様な光景に思わずまた笑ってしまう。

「ちょ、何、それ、あっはは、ほんと蔵ノ介くんって面白い」
今日笑い過ぎや。浮き輪、俺の穴あいとって妹のやつ借りてきてん」
「あ、妹さんのなんだ。でもそれ、蔵ノ介くんに似合ってるよ、すっごく」

目尻にたまった涙をふいて顔をあげると、ふんわりと笑った白石くんと目が合ってちょっと恥ずかしい。

も似合っとる。やっぱドストライクやった」
「いや、そんなかわいいピンクの浮き輪はめてキメ顔されてもピンとこないから」

照れて赤くなった顔を隠そうとうつむくと、「かわええ」と言って白石くんが笑った。



初めての大型レジャープールは市民プールも学校のプールも比較にならないほど楽しくて、 ウォータースライダーを乗りまくったり流れるプールでまったりしたり、 とにかくわけもわからなくなるほど楽しんだ。
プールという場所に慣れてしまえば周りだっておんなじ水着なわけで別段恥ずかしさが沸くわけでもなく、 変わらず冗談とばしてきたりする、ピンクの浮き輪をつけた白石くんは私を自然体でいさせてくれた。

海を模した形状のコーナーがあるという事で、そこに向かった私たちはどっちが早く壁にタッチできるか 競争することになった。 足のつかない深さを経験したことのない私に、白石くんは浮き輪を貸してくれて。 これだと結構泳ぎ辛いから私が不利だよと言ったら、「じゃあ俺犬かきしかせえへん」と言って本当に犬かきを始めた。
その姿を見て笑った後、私は本気でクロールして無機質な壁にタッチした。
白石くんは、とその姿を確認しようとしたらどこにもその姿が見えなかった。
親子連れやカップル(きっと本物の)、友達同士などたくさんの人たちが泳ぐその場所で、 見失ってしまったのだろうかとふよふよと浮き輪で漂っていると、 急にぐんと下から足首を引っ張られた。
油断していて浮き輪からするりと抜け出して深くに引きずり込まれた私はちょっとしたパニックに陥った。
水中で目をあけると、いたずらが成功した子供のような顔の白石くんがいて、 まんまとしてやられたと頭の片隅で考えた。 けれど、突然のことで空気を吸い込む余裕のなかった私はぐっと押し迫る肺に苦しくなってすぐに海面に顔を出した。 だけどそこは結構な深さのあるところで、プチパニック状態の私は半分溺れる状況になってしまった。
ぷは、と隣で顔を出す白石くんが視界の端にうっすら映り、 気付いた時には白石くんの腕の中だった。

「ごめん、そない驚くと思わんかった」

げほげほとせき込む私を片腕で抱いて器用に泳ぐ白石くんは、ちょっと遠くに流された浮き輪を掴んだ。

「だって足つかないんだもん、普通足つくところでやるよそれ」
「でも、隙だらけやったからついな」
「ひどいよー、…ていうかもう、大丈夫だよ、」

白石くんが掴んで引き寄せた浮き輪に私も片腕をついていたのだけれど、 彼は私を片腕で抱いたまま離そうとしなかった。 近くで見る白石くんの顔はやっぱり整っていて、濡れた前髪が額に張り付いていて何だかセクシーだった。
密着する肌から、なまぬるい体温が伝わってきて変な感じだった。 何だかいろんな段階をすっとばしてしまった気さえしてくる。
私たちは、そういう関係ではないのだけれど。

「もうちょっとだけ」

ざぶん、と水が波打って。少しの間静寂が訪れた。
白石くんは私の濡れた髪に頬を寄せるようにくっついてきて、 どんな顔をしているのかはわからなかった。
けれど、本当によかった(これで私の顔も見られずにすむ、)。
私は相当変な顔をしていたと思う。
緊張、ドキドキ、嬉しい、苦しい、むずむずする、空しい、(どうして?)


くっついていた心臓の音だけは、彼に伝わってしまったのではないかと不安だった。




その後からの記憶があんまりない。
私はうまく笑えていただろうか、うまくしゃべれていたのだろうか。
ただ、家に帰ってご飯も食べずに自室にこもって。
白石くんからの「今日はほんまありがとう。めっちゃ楽しかった、 の水着姿瞼に焼き付いてもうた」というメールを見て少し、泣いた。
(どうしてこんなに切ない気持に、なっているのだろうかと)


スウィート・シュガーレス・ノンシュガー


NEXT