委員会が終わりに近づいた頃、委員長が『今日の居残り当番は3年2組です』と言い放った。
そのハキハキした声に、遠くにいっていた意識が教室に戻ってくる。
(ああ、そう言えば今週はうちのクラスだったかあ)何て考えながら、
今日帰ったらやろうとしていた事について思いをめぐらせた。 まあ、今日は友達と寄り道して帰る約束はしていなかったし 見ようと思っていたテレビ番組も、当番をさぼってまでどうしても見たいというものではなかった。 「きりつ、れーい」という掛け声と共に、教室に集まっていた生徒たちは それぞれの放課後へと散っていった。 「さん、完璧今日の事忘れとったやろ」 隣から聞こえる声に振り向くと、白石くんが立ち上がるところで。 それにあわせて私も立ち上がった。 「うん、すっかり。委員会終わったらソッコー帰ってテレビ見ようって考えてた」 「のんきやねえ」 はは、と笑う白石くんの横顔がとても綺麗でドキっとした。 (もてるの、わかるなあ) そんな事を考えながら先に教室を出て行こうとした白石くんについていった。 中学校の頃から、彼の事は知っていた(まあ、知らない人の方が少ないだろうが)。 大体女の子は噂話が好きだし、彼が何組の何ちゃんを振ったらしいよとか 誰それさんがアタックしてるとか、 なんと白石くんが誰それさんと付き合い始めたみたい、だとか。 そんな噂ばかりだったけれど。 私はと言えば、中学時代彼と接点があったわけでもないし噂の中でしか白石くんを知らなかった。 毒手を持ってるとかいう噂もあったし、何だか絡みづらい印象もあったくらいだ。 高校に上がっても白石くんの噂はひっきりなしに耳に入ってきていたし、 相変わらずもてるんだろうなと思う事はあったけど、まあさほど興味がわくわけでもなく。 だから3年になって初めて同じクラスになって、 あろう事か委員会が一緒になるまでは彼とは話すことも、 相手が私の存在に気付くこともない一生を過ごしていくんだろうなと思っていた。 「何、俺かっこええ?」 後ろに目でもあるのだろうか、廊下を縦に並んで歩いていたというのに白石くんはそういって振り返った。 立ち止まった彼の隣に、うっかり並んでしまって後悔する。 「えっ、うん、かっこいいよね」 「はは、冗談やんか」 「白石くんが言うと冗談に聞こえないって」 肩を並べて歩く私たちは異質だったかもしれない。 私はさえない女の子だから。 外見も、特別相手に印象をあたえる要素はなかったし学校生活の中でも これといった活躍をするわけではない。 ただ何となく友達と楽しくひっそりと、それなりに充実した毎日を過ごすそれだけの女の子だった。 一方白石くんは脚光を浴びるアイドルのような存在で。 卑屈になるわけじゃないけど、正直あまりの釣り合わなさに 隣を歩くのが嫌になる。 なるべく白石くんの顔を見ないように何気なく、 「めんどくさい事言いつけられないといいね」と、 今日の居残りについて会話を交わしながら保健室へと向かった。 残念ながら今日は職員会議があると言って、保健医は物凄く面倒な作業を私たちに押し付けてくれた。 倉庫に備品が届いたばかりだから、新しいダンボールをあけて数を確認すること。 それからついでに古いダンボールにある在庫の確認。 それが終わったら用務員室に行って石鹸を受け取り校内中に置いて回れと。 石鹸を補充するついでに手洗いうがいの張り紙を貼れとまで言ってきた。 どんだけ私たちに仕事を押し付けたら気が済むんだと思ったが、 文句を言う隙も与えられず保健医は倉庫の鍵を私に押し付けて部屋から出て行った。 「さいあく」 「せやな」 二人しか居なくなった保健室のカーテンが風でばたばたと揺れていた。 どちらともなくため息をついて倉庫に向かって、その量の多さにまた、ため息をついた。 「先生、私たちに恨みでもあったのかな」 「ん〜堪忍して欲しなあ。まあ、俺はよく包帯もらいに行くから文句言われへんけど」 「ああ、毒手ってやつ?中学校の頃は七不思議みたいになってたよね」 「そやったん?金ちゃんくらいしか信じてへんとおもとった」 「私も一時期信じてたよ。だからあんまり白石くんに近づかないようにしてた」 そう言って笑いながら、私は奥のダンボールに手をかけた。 ガムテープを剥がしてフタをあけると、こまごまとした備品がバラバラに入っていて、 せめて種類ごとにきちんとわけて入れてくれよ!と心の中で文句を言った。 「なんやそやったん。通りで同じクラスになっても避けられてる気したわ」 「気付かれるほど露骨じゃないつもりだったけどなあ。あ、今は別にそんな事ないよ」 「わかってるて」 白石くんが要領よく作業を進めてくれたおかげで、日が暮れる前に倉庫での作業を終える事が出来た。 チェック用のボードを持って外に出ると、 新鮮な空気が肺に流れ込んできて気持ちよかった。 倉庫の中はじめじめしていたし、ほこりくさかったから。 「んあーーーっ疲れたね。あとは石鹸かあ」 「そうやねあとちょっと頑張ろか」 「うん」 用務員室に石鹸をもらいに行くと、ダンボールにしきつめられた石鹸は結構な量でいかにも重そうだった。 白石くんは、受け取ろうとした私の脇から無言でそれを受け取ってくれた。 (こういうさりげない優しさも、もてる理由なんだろうなあ) それにしてもこんなに長い間、白石くんと一緒にいるのは初めてだったんじゃないかと思う。 いつもは必要最低限の会話しかしないし、同じクラスだからって仲のいい友達というわけでもない。 だからいい加減話のネタもつきてきて、私は思い立ったように昨日見たテレビの話をした。 「そういえばね、昨日レンタル人間の話テレビで見たの」 「レンタル人間?」 「うん。結婚式に友人役としてレンタルされたり、レンタルで彼女とか彼氏になったりしてた。 あなたの周りにもレンタル人間がいるかもしれませんよって言ってて、ちょっと怖くなったなあ」 「へえ。確かにえげつないなあ」 「だよねえ。大体、レンタルされる方だったら私、ちょっとやってみたいけどする方はやだなあ」 「される方はええんや」 「だって楽しそうじゃない?何かさ」 白石くんから石鹸を受け取って、ネットに落とす。 ポケットから小さいセロテープを取り出して、ちぎって壁に張り紙を貼った。 大きく、「うがい、手洗いの正しいやり方」と書いてある。 その文字を頭で復唱していると、白石くんが「そや」と言った。 「さん、俺にレンタルされん?」 「ええ?何それ」 「レンタルされてみたいんやろ?」 「まあ、でもそれは例えばの話みたいなもので」 「レンタルカノジョになってや」 「えええ?!彼女なの?!」 まさかそうくるとは思わなかった。 マネージャーレンタルだとか、この後一人で石鹸補充して回ってくれる要員としてのレンタル だとかそういう類のものかと思っていた。 何て軽い口調でそんな事を言い出すのだろうかと、私の頭は混乱した。 「ダメ?」 「私なんか彼女としてレンタルしたところで白石くんにメリットないって」 「それは俺が決める事やろ?」 「いや、断言できる」 「とりあえずレンタルしてみたいんやけど」 「大体、白石くんならレンタルしなくても全然よくない?もてるのに」 あいにく、現在彼女がいるという噂は聞いてはいなかった。 こんな事を言い出すくらいだから青春の熱をもてあましているんだろうなとは想像がついたけれど。 『白石くんの彼女』というポジションになれる事が嬉しくないわけではなかったけれど、 あまり魅力的には見えなかった。 だってファンの子に校舎裏に呼び出されるとか、リアルにありそうだし。 「もてるんとレンタルは別やろ」 「要するに私を家畜か召使のようにこき使いたいって事?」 「ぷは、何やそれ。俺そんな鬼畜やないで」 「やから、頼むわ」そう言って微笑んだ白石くんがかっこよかったからか。 今が夕方で、私の心に魔が差したからか。 私は「一週間限定なら、いいかなあ」と呟いていた。 |