「お前、先輩に向かってやかましいは無いやろ!」 「あー、その声もやかましいすわ」 『謙也さん』と呼ばれたその人は、後輩らしい図書委員に結局言い負かされていた。 やれやれと言った感じで姿を消した図書委員の背中を見えなくなるまで追いながら、 謙也さんはユウジより声が低いなとやはり私は比較していた。 (どうして人ってすぐ比べたがるんだろうね) (もし、最初から誰に対してもユウジと比べることなく、 同じスタートラインで見ていたら、何かが変わっていたかもしれない)(けれど) (それは後付け論に過ぎないのだ) 謙也さんの内履きのラインの色で、とりあえず同い年であるという確認が取れてちょっぴり安心した。 先輩だったらまたややこしいことになるんじゃないかという懸念である。 それにしても先ほどまでの後輩への威勢のよさはどこに行ったのか、 私を目の前にして視線を泳がせる謙也さんを見て、 粗暴な態度しか取らないユウジに慣れていた私にとってこういう反応は新鮮だなとちょっと笑う。 「ごめんなさい、私のせいで怒られてもうたみたい。人違いやってん、 後頭部が知り合いに似とって。しかもそいつ、この雑誌読むねん」 これ、と机の上の雑誌を指さすと、「人違いかい、びっくりしたわ…」 と謙也さんは両手で顔を覆いながら机に再び突っ伏した。 髪の毛から見え隠れする耳が若干あかく染まっていて何だか胸の奥がじわりとあたたかくなった。 これも何かの縁だろうかと、私は謙也さんに「座ってもええ?」と問いかけてみた。 するとてのひら越しのくぐもった声が、「ああ、ええで別に」と言う。 それからちらりと両手から瞳を覗かせて、謙也さんは私の持ってきていたバックナンバーに目をやった。 「あんたも読むんかこの雑誌」 「うん。まあ(好きな)人からのうけうりと(好きな人を釣るための)会話のネタの為やけど」 「へえ。俺もそんなところやけどな。財前が、ああ財前てさっきの生意気なヤツな。 そいつが読んでるんきっかけに読み始めてん」 謙也さんはパラパラと今月号をめくりながら洋楽よく聞くん?これ聞いた?あれ聞いた? と目に付いたグループを指差していった。 こっちは好きやけどこのグループは苦手やった、とまるで犯人探しをしているように私たちは夢中になった。 結果、私たちの趣味は似ているという事がわかった。 このグループが好きなら、あのグループもあうかもわからん、と彼は親切に私に勧めてくれた。 これはユウジと話していた時には無かった感覚だ。 私はユウジの後を追うことに必死で、ユウジがいいと言ったものは無条件に『いい』ものだと思いこんでいた。 どれがいいかは述べた事があっても、私はユウジにあわせるために苦手だとは言った事が無かった。 (それが間違った恋愛だという事を、私は知らなかった) だから、自分と同じ趣向と目線に立っていた彼に私は素直に嬉しくなった。 もっとたくさん話したいと素直に思ったし、初対面で失礼な事をしたにも関わらず彼は私に対して嫌な顔ひとつせず気さくに話してくれた。 後輩のあの様子から見て、きっと誰に対してもこうなのだろう。 トゲがなくてからかいやすくて、人に好かれるタイプなんだろうなと思った。 それに、結構格好いい(ユウジとは違ったタイプの格好よさだ)。 けれどどこか外見の雰囲気が中身にあっていないような気がしてならなかった。 そしてふと、目にとめたページに載っていた金髪の外人を見てこれだ、と思う。 「ねえ、私こういうん似合うと思うで」 「ん?何の話や」 「髪。黒より明るい色のが似合うと思う。あと、もうちょい短い方が絶対格好いい」 性格からしたらもっとふわっとした感じなのに、髪の毛がちょっともったりとした印象を与えている。 それが勿体無いなあと思った。 ユウジには似合ってるけど、この人には似合わない。 「そ、そか?」 「うん。したら私も今度から知り合いと間違わずにすむわ」 「どんだけやねん」 「うそうそ。よう見ると全然似てへんのやけどね」 いや、よう見んでも全然似てない。自分でもなんで見間違ったのか、 どうして疑いもせずユウジだと思ったのか、わからなかった。 (それ程に私はユウジの事を見ていなかったのだ) (ただ、恋という目に見えないものを、見ようとしていただけ) ただしそれは、間違っていたとは一概に言えない。 ユウジとの出会いは、私にとっては本当の運命に巡り合うための前振りだったのだと、今ならそう思える。 ユウジの髪の毛がちょっとはねてた。 彼の髪の毛もちょっとはねてた。 ただ、それだけの事。 昼休み終わりの予鈴が鳴って、どちらともなく視線を交わした。 (あ、いつの間に昼休みが終わっちゃったよ)って気持ちで。 「また会えたらええね、謙也サン?」 「謙也でええで。同級生からさん付けされるとかゆいわ。えーと」 「。私もさん付けとかいらんから」 「ほな。可愛い名前やなーなんやそういう顔しとるわ」 (何を、) 屈託無く笑った謙也の笑顔が、私の瞼の裏に鮮烈に記憶された。 名前が可愛いとかそういうの言うのはタラシのする事だろう。 あんたはそういうの似合わないよ、と不意打ちされた事に必死に私は抵抗した。 不覚にもドキッとして、それが何故か悪い事のような気がしたから。 恋人でもないくせに、ユウジに対して後ろめたい気持ちになった自分がおかしかった。 「ありがと」とぶっきらぼうに捨て吐いて私は急いでその場を後にした。 あまりの勢いに、最後に見た謙也の顔がポカーンてなってたのを覚えてる。 それが謙也との出会いだった。 生憎と次に彼と再会するのは桜舞う4月の事となる。 |