私はまず、一氏ユウジを近くに居ながら遠巻きに観察するという事を始めた。
何といっても存在を忘れるくらいクラスでは稀薄(私がクラスに馴染むのに必死で余裕がなかっただけかもしれないけど) な彼だから、情報はこれといってゼロだ。 しかし私にはテニス部のマネージャーであり、ユウジをよく知る友達がついている。

外見についての情報を収集しきった頃、私の心の中にはすっかり『ユウジ』が住み着いていて、 「私な、ユウジくんの事好きになってもうたみたいやねん」と友達にカミングアウトしてみると、 その言葉の響きの良さに酔いしれる程だった。
(言ったぞ、ついに言ってやったぞ、どうだ、という妙な達成感すら感じていた)

日本には”言霊”と言う言葉があるがまさに身をもってそれを実感する。
言葉にする事で、発せられた刹那の声にすら命が宿る。
(私はユウジが好きなんだ、一氏ユウジが好きなんだ)とその心地よさに私は日々おぼれていった。
私の知らないユウジを知る友達は「はあ?、あいつのどこがええの」 と失礼な事をズバズバ言ってきたけれど、「全部」と私はあっさり答えてやった。 しかし友達も食い下がる事なく、一回コートに見学に来たらいい、 クラスに居る時のあいつは確かに見た目が悪くないせいでクールなイケメンに見えるかもしれないけどそれは違う、 と必死に説得を仕掛けてきた。
まあ、願ったり叶ったりだ。
教室にいるユウジの情報はほぼ揃っているんだから。

そんなこんなでとりあえずテニス部の練習試合があるという水曜日、 私はスキップしながら鼻歌でも歌いだすんじゃないかくらいのルンルン気分でテニス部に見学に行った。


そして、驚愕した。


「こ・は・る〜〜〜〜〜!」

普段教室で聞いている声のトーンとは比べ物にならないくらい高めで興奮気味の声色が、 私の大好きな彼の口から発せられている。 両手を万歳してデレデレの顔をして、坊主頭の眼鏡に抱擁を求めてる。

その姿に絶句した。

外野に居た私の様子を、テニスコートから伺っていた友達が『どうだ、わかっただろう』 と何故か自信満々の笑みを浮かべていて(きっと私がユウジの本性を知って落胆しているとでも思ったのだろう)、 その事に笑う。



逆だ。

私はますますユウジの事が好きになった。

「あのギャップが、ほんまにたまらん〜〜〜!めっちゃ可愛いやん!何あれ! あのデレッデレの顔、態度、こういうのギャップ萌えって言うんやろうなー」
「…の趣味がわからん。恋って人を盲目にさせるんやなほんまようわかったわ」

その日の帰り道、テンション上がりまくって喋り倒すと、 友達は呆れたように「みたいにはなりたないわ」と言い、 以来友達は私のぶっ飛びっぷりにもう何を言っても無駄だと思ったのか、 素直にユウジ情報を聞いてもいないのに教えてくれるようになった。


もう毎日が楽しくて楽しくて、仕方無かった。
恋ってこんなに毎日を輝かせてくれるんだなって、初めて知った。

私はユウジに積極的に近づいて、ユウジに罵倒されながらそれでも確実に距離を縮めていった。 いつからか、「ユウジ」「」と気軽に名前を呼び捨てるようになって、 嫌々ながらの態度を取りながらも、ユウジが私という存在をゆるしてくれるようになった。
おはようも、またな、もユウジから自然に言ってくれるようになった。

趣味の話だってする。
だけどユウジは私の知らない世界の話ばかり持ってくるのだった。 「何それ」と鸚鵡返しする私にユウジは「お前そんなんも知らんのかい。だっさ」 と言い、あれがいいとかこれがいいとか私に勧めてくれたりして。
ユウジと居る事は私にとってとても刺激的な毎日だった。


(確かに、そうだった)

だって私は一生懸命になっていたんだ。
ユウジが与えてくれる新しいことを吸収する事が、とても素晴らしい事だと思ってた。







そんな、浮き足立った毎日を過ごしていたらあっという間に冬がやってきた。








ポケットにほっかいろを忍ばせなければやっていけない位冬が盛り上がってるある日の事だった。

昼休み、音楽雑誌の新号チェックに行こうとユウジを誘おうと思ったら姿が見当たらなかった。 ちぇーっと思いながら一人で図書館に向かう。
(先に色々情報を入手して後でユウジにあーだこうだ言ってやろう)
隙間風がふいたり、よく扉が開け閉めされる教室とは違って図書館はあったかくて、 それを狙ってか冬のそこは人がそこそこ多かった。 暇を持て余した生徒達がいつもは読まない本を手に取ったりもしているようで、 雑誌のラックは割りと大繁盛しているようだった。
そのせいで目的の雑誌を入手できなかった私は、 仕方なくバックナンバーでも読み返そうと先月ユウジとチェックした雑誌を手にとってきょろきょろとめぼしい席を探した。

そして。
背中を丸めて机につっぷしている人物を発見した。 腕に埋もれた後頭部の髪のはね具合が、私の大好きなユウジのものによく似ている。 ピコーンと私の恋のアンテナがその人物に引き寄せられる。 忍び足で近寄ると、そいつの傍には私が目当てにしていた今月号の音楽雑誌。

(何だユウジ、ここに来とったんか)(誘ってくれたらよかったのに!) と、そんな事を考えながらニヤニヤした。 だって、悪戯するチャンスに思えたのだ。
(無防備な姿を私に晒したんが最後やったな!)

手に持っていた雑誌を机に置いて、ユウジの両脇腹に両手をスタンバイさせる。 そして耳元に顔を近づけて。


「起きひんとちゅうすんでー」


と精一杯の吐息で囁いてやる。ついでに脇腹を悪戯に撫で上げてやった。 ヤツが脇腹に弱いのは以前チェック済で、 更には『ちゅうしてやる』というのは嫌がらせのネタでもあった。
「俺の唇は小春だけのもんじゃボケ!」と嫌がるユウジの顔を見るのが癖になっていたせいである。
(大概私の性癖もおかしい、そんなんで喜ぶの乙女とちゃう、と友達にはバカにされる)

さあ、どうでるユウジ!

と、わくわくしたのはほんの一瞬で、「は!?なんっ、!??」 と大声を上げながら突然頭を上げられて、それが見事私の顎にヒットして私も「いだっ!」 っと大声を上げてしまった。
穏やかな時間の流れる図書館にとってそれは迷惑な奇声であり、 図書館中の視線が私たちに集まったのをその一瞬で感じ取った。
思わず自分の両手で思いっきり口を塞ぐ。
その仕草で、『騒がしくするつもりはありません』という事が伝わったのか、 一瞬張り詰めた空気はすぐに緩和された。 その事にほっと一息つきながらユウジに文句を言おうと見下ろすと、カチリと大きな瞳と、目が、合う。


「は、………だ、……誰?」


さっきの瞬間、私と全く同じリアクションを取ったのか未だ口許に両手を当てたままのそいつは、 私の大好きなユウジとは似ても似つかない顔の、あかの他人だった。
第一印象は目が、パッチリ。
ユウジのちょっとつってて切れ長の冷ややかな目元とは、似ても似つかない。
ていうかよく見ると髪型だってユウジの方がまだ長い。

人違いで知らない人に恥ずかしい事をしてしまったという羞恥心よりも、 まず最初にユウジと比較してしまう。 要は私は、とても動揺していたのだ。
それは相手も同じだったのか、両手で覆った口から何か言葉を発しようともごもご動かしているのは伝わるのだけれど、 何も言葉にならないようだった。

しばらく無言で見詰め合ってしまった私達は、棚に戻すためなのかたくさんの本を抱えた図書委員らしき人に声を掛けられてやっと視線を外した (とてつもなく長い時間が経ったように感じていたけれど、本当はほんの一瞬だったのかもしれない) (この時、何故そんな風に感じたのかなんて当時の私には検討もつかなかった)。

「謙也さん、やかましいっすわ」

そう言った子の顔を見ながら、(あ、この子の目元はちょっとユウジに似てる)と瞬時に思う。




本当に、そんな事ばかり考えていたわけだ。

クラクションイエロウ


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