青春の輝きというものを、どこかにおっことしてきてしまったような人生だった。 少女マンガみたいに、甘酸っぱくてそれでも夢を見ていられるようなそんな恋愛話、私にはなかった。
ただ、むせかえるほどの苦しい過去が、私の胸の奥にずーっと息をひそめている。

季節はあっという間に移り変わる、いつしか私は大学3年の夏を終えようとしていた。




(大学最後の夏から始まる、中学生時代からの記憶の中の恋の旅)




はさあ、もう将来何するかビジョン持ってる?」

学食でのんびりと昼食を取っている最中に、目の前でサンドイッチを手に取りながら友達が言う。
季節は秋の入口で、大学3年も後期に差し掛かって来ていた。 先ほど開講された就職対策の講義に出席した私たちは、これから始まるであろう憂鬱な日々を目前にとてもブルーな気分でいる。 私も同じ質問をしようと思っていたが(気分が滅入るので止めておこう)、そう考えた矢先の発言だった。

「んー…夢を持って上京したはずやのに、今は特に」
「そっかあ…私も。まだ学生でいたいなあ…ていうかそうだ、大阪に帰るって選択肢は?」
「まあねえ、でも地元帰ってもしたい事あるわけちゃうし」
「ふうん…でもいいよねえ一人暮らし。自由!」

(実家暮らしのありがたみって、一人暮らししてみないとわかんないもんなあ) と、私を羨ましがる友達を見て笑う。


2年と半年ほど前、私はこの街にやってきた。
住み慣れた地元を離れて広い世界に流されてみたかったという理由もあって東京の大学を受験する事に決めたのは、 高校3年の夏。 自分で言うのもなんだけれど、そこそこ成績は良かったしそれほどランクが高い大学ってわけでもなかったから、 特に勉強に必死になるわけでもなく冬がきて、あっさりと合格通知をもらった。

初めてこの街にやってきた日のことを、よく覚えている。
見たことのない場所、私を知らない土地。
知り合いのいない街、私を振り返りもしない人ごみ。
その孤独が、妙に心地よかったのを覚えてる。
(今日が、スタートラインだ)そう思った。 今までの私を知っている人は誰も居ない。だからこそ、思いきりやれる。 キャラ変えだって出来るし、外見だって思いっきり派手になったってこれから会う人は私の印象を最初からそう植え付ける。 変な先入観はない、真白で生まれたての私だ。
(なのに)
結局はいつもの私だった。
そう派手でもない、かと言って全くの地味ではないオーソドックスな感じ。 18年間の積み重ねというものは、たった一日のうちにかき消してしまえるほど小さなものではないのである。

けれどそんな私にも私なりの幸福が毎日の中にあふれている。
無理をしない、それが今の生活で私はそれに満足してる。
決して多くはないけれど心から信頼できる仲間がいる。それだけで十分だった。

「にしてもさあ、こうしてみるとやり残したことばっかりなんだよねえ…もっと遊びたかったなあ」
「具体的には?」
「そりゃあもちろん、恋とかさ」
「またそれ」
「だーって、私たち今年21だよ!?20と21の差は大きいんだよ!!?あーっ、女子高生時代カムバック!!」
「私はカムバックしたないなあ」

レンアイ、(私にとっては苦いものでしかない)その単語を聞く度に言いようのない気持ちになる。
大勢の人でにぎわう学食で、私は一瞬だけ孤独になった。

「そういえばさ、最近彼とはどうなの?」
「彼って?」
「一緒に映画見に行った人!メールとかしてる?」
「ああ、ううん、別に。私メール続かなくて」
「えー超イケメンなのに勿体ない」
「それに何ていうか、ノリが違うっていうか住む世界が違うっていうか」
、ぜいたくー」

身を乗り出してきていた友達がガタンとおとを立てて背中を背もたれに乱暴に預ける。
彼、とは今年の春に知り合った一個上のイケメンであり、友達の紹介で私たちは引き合わされた。 特に好きな人も気になる人もいなかった私(周りの子はみんな恋をしていた)は、 せっかく紹介してもらったんだし映画くらい行ってみるかと重い腰をあげたのだった。
確かにその日は楽しかったし、ちょっといいかもと思ったのだけれど。
メールをして、返事が来る。その一喜一憂に自分で疲れてしまって。 期待するのはおこがましい、恋なんて呼べるほど素敵な気持ちじゃない。
それは私の恋愛に対する逃げの姿勢のせいだったんだけれど、 結局いつも中途半端にメールも終わった (だって、どうしようもない)。

「自分だって好きな人に声かけられへんのに何言うてん」
「うっ…だってさあ、見てるだけで満足なんだもん」
「一緒に映画まで行った私の方が上やんか」
「…スイマセンデシタ」
「わかればよし」

見ているだけで満足という友達の気持ちはよくわかった。
私の恋愛も、そういうものだったのだろうと思う。もしくはそれは、恋ではなくて憧れなのだ。
(真実をつかみとった後は、ただどろどろと溶けるだけ)

私は冷めかけのオムライスを口に運んで、それを味わった。




二十歳すぎたらあっという間とはよく言ったもので、手ごたえのない毎日は一瞬で通り過ぎて行く。 だらだらと変哲のない日々をくり返し、正月を迎えかじかむ手をこすって学校へむかい始める頃、 就職活動の話は本格化していく。(むしろ、今から動くのでは既に遅れをとっている、 という講師のセリフが痛かった)
バイトしたり、友達とゆるく遊んだり。そんな春休みも終わって大学4年の生活がスタートする。
進路調査の紙はまだ白紙だ。

履歴書を書くという事は自分と向き合う事になる。もちろん過去とも、バッチリ正面衝突だ。
大きな説明会に参加したり、ネットを眺めたり、学校の掲示板にだって目を通してる。 けれどどうも、「これがやりたい!」と思うものにめぐり会うことはなかった。
キャリア面談ではこういう明確な意思のない生徒は門前払いだし、 いくつかエントリーしてみた会社の面接なんかに向かう度に取り繕う自分に嫌気がさす。
(本当はこんなんじゃ、ないと思うんだけどなあ)
窮屈で似合わないスーツ(着られているみたいだ、と思う)に、ビジネスバック。 髪を束ねて身なりを整えた鏡の中の私は、本当の私ではない気がした。
(何がやりたいんだろ)
周りの友達は、内定とまではいかないけれどインターンに行ったりしているし、 将来の夢をもって毎日頑張っている。 けれど私は未だ確かなものをつかめずにいた。



夜、一人になって思い出すのは過去の中の自分だった。
泣きたくなるくらい、息のつまる思い出たちだけれど。
いちばん自分を好きでいられたころの私が、そこにはいたのだと思う。

その夜久し振りに、昔のクラスメートの夢を見た。

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