終止符が打ちたかったわけじゃない。
ただ、好奇心が勝っただけだった。

謙也さんが、あんな事を言うからに違いない。
「本気なんか」って、何やねんな。






相変わらずは俺の家にやってくる、それから自分の部屋のように俺の部屋でだらだらと時間を潰す。 嫌なわけじゃないが、気にならないと言ったら嘘になる。
それは自覚が生み出した手ごたえのようなものだった。

しかし俺の気持ちなんて微塵も気付いていない(もしくは気付かないフリをしてる)だったけれど、 今日は何だか様子がおかしい感じがした。
それは今現在、勝手にベットに寝転がっている以前の夕飯時から始まっていた (いや、それよりもっと前、そうだ家に上がりこんできた時からそうだった)。

何だかそわそわしている、というかしおらしい。
また、何か余計な事でも懸念しているのだろうか。

「おい」
「え?」
「何か悩んどるんやったら正直に言え」
「は、はあ?」
「お前がしょげとると、なんやきもいわ」

ガラガラとイスの脚を転がしてベットに近寄る。
するとは起き上がって俯いた。
(なんや、ほんま病的やな)

「あんな、光、」
「何や」
「………やっぱええ」
「………うざ」

中途半端に止められる事が一番歯がゆくてムカつく事ぐらいわかるだろうに、と俺はを睨みつけた。 はそろそろと視線を俺に持ってきて、それからまたふいと逸らした。
その後バタンとベットに再び横になって顔を覆った。
むき出しの両足と、見えそうで見えないわき腹にさらにイラッとする。
ここまでされると、やはり意識はされていないのだろうとあからさまにそう感じる。 (いや、はこれでおかしくない。おかしいのはを意識してる俺の方)

どうしたいか、というのは明白だ。
「本気か?」と言われたら「ノー」と答える。けれどそれは外面だけ。
心の中では激しくを求めてる。今だってメチャクチャにしてやりたい。 けれどしない(俺だってこれ以上何かを失いたくない)。
どうしたいか、それがわかっても我慢する事は出来る。
(俺は単細胞な動物とは違うから)

けれど、完璧に偽れるほど大人ではない。
他人に煽られて平然といられるほど、出来た人間でもなかった。


「ん」
「お前、もうここに来んな」

(理性というものが、正しく働いている間に)ここから出て行って欲しい。
いつか、この激情が薄れていって。後ろめたい気持ちを感じずに感じさせずに、 お互いに求め合う事が出きる相手が、単純に好きといえる相手が。 現れるのを待っている間に、この幸せを壊してしまわない自信が無い。
もう傷つかずに、今の幸せに浸ったまま思い出になってくれるのなら(それが一番いいと思わないか)。


はピクリとも動かなかった。
ただ、顔を覆ったまま、呼吸するたびに胸のふくらみが上下する。

「前言っとったな、彼女出来たら教えろて。そしたらもう来んて」

(そう、わかりやすい理由だろう)
(なあ、わかりやすい嘘だった)
けれど単純にお前を拒絶するわけじゃないと、屁理屈のように俺は言う。

「そういう事やから」

(なあ、お前はそれをどう感じるんだ?)



しばらくの間、は何も言わなかった。顔もあげなかった。
部屋の中に沈黙が流れて、時間が止まってしまったかのようだった。

その間ずっと、俺はを観察してた。
実は、スタイルがいいだとか、実は、可愛いんだとか。
今更になって気付く。
(ああ、やっぱり謙也さんには譲りたない)

(勿体無い、誰かの手に渡すんは)


やっと、聞こえてきたのは小さな嗚咽だった。

「ひっ、ひか、る、」
「……………何で泣くねん」

(お前が言い出した事やろうが)
どんな気持ちでお前の発言を俺が受け止めたのか、知らんくせに。
何で今更、泣くねんな。

「何でも、ええやんか、泣きたいねん、別にっええやろ、私が泣いても、光関係あらへん、」

(ああ、どうしてこんなにイライラするのだろう)
それは俺がこいつを好きだからで。
(恋であっても傷つけるのに、恋じゃなくてもこいつは傷つくのか?)
どないせえっちゅうねん、

ギシ、とベットに腰掛けて邪魔な腕をどける。
大きな瞳が俺を捕らえた。途端、ぼろぼろと大粒の涙が溢れ出して止まらない。 はどかされた両腕を行き場なく宙に浮かせて、ただ俺を見て泣いてた。
(わかってるつもりで、俺は全然こいつを理解できてないんだな)
どうして欲しいのか、どうしたらいいのかよくわからない。
だけど俺は今、キスがしたかった。

あの雨の夜のように、の頬を伝う涙をざらりと舌でぬぐいとってから、 ぽかんと開いている唇に自分のそれを重ねる。

(愛しい、愛おしい、)

認めてしまえばこんなに単純に好きという気持ちはあふれ出すんだろうか。

「ひ、かる…、アカンやんか、私らおかしいねんて、」
「…そうやな、おかしいわ」
「なんで、なんでキスすんの、私、私は、」
「さあ、したかったからや。ほんならなんでお前は拒まんの」

未だ宙にふらついている腕を掴んで、「嫌やったらこの腕で振り払ったらええんや」と凄む。 その腕は微かに震えていた。

「やって嬉しいねんもん、光と、…ひかる、っうわあ〜〜ん」
「お前、子供か」
「なんで、来んな言うた後にこんな事するん、おかしい、意味わからん、」
「言うたってもいいけど、お前、また泣くから言わん」

しばらくの間、は泣き続けた。
やっと泣き止んだ頃、は俺にキスをした。

「…お前なあ、」
「光、私、光のこと、好き、やから今の、最後の記念、もう、ここには、来んから」

は一言ひとこと、噛み締めるようにそう言って笑った。
「でも、財前家には来るで、仁美さんの友達として」と言って立ち上がり、 振り返りもせずに一直線にドアに向かって、そして出て行った。

パタン、と扉の閉まる音がした。
俺はただ、呆然との言葉の意味を噛み砕こうとしていた。



「あいつ、今何て言うた」

(ありえん、ありえへん)
せやかてあいつ、この間「これ恋ちゃうよね」だの「後ろめたい」とか言うとったよな?
泣きそうな顔で、半べそかきながら。

(いや、意味わからんのは、お前の方やろが)




ガタンとイスから立ち上がって、勢いよく部屋から飛び出した。
リビングに居た家族が驚いて、俺に視線を集めたけれど気にせず玄関に向かった。 サンダルに足を突っ込んで、ぐっとドアを押したのだけれどそれは変な手ごたえを持って止まった。
小さく「わ」という声と、鈍い音がする。

もう一度、今度はそっと扉を押して外に顔を出すと、 そこにはしゃがみこんで泣いているの姿があった。

「……………お前、なあ…」

隙間から外に這い出て、の隣にしゃがみこむ。

「人ん家の前で迷惑すぎや」
「せやかて、自分家帰っても広すぎて立ち直れそうに無いねん」
「はあ…アホ、お前、なあ…お前…」

何だか急にバカらしくなって俺は両手で顔を覆った。
「何してん」というに、「お前のマネや」と毒を吐く。

「俺、お前の事好きや」
「は、は?か、彼女おるて言うたばっかやんか、」
「嘘やボケ。お前おん出そう思て優しい嘘ついたったんや」
「は、あ…?」
「部屋におると、こういう事したなって、したらお前がぶっ細工な顔なるやろ」

驚いてへんな顔をしたまま固まっているの頬に、軽くキスをする。
そのインパクトすら今は薄いのか、は微動だにしなかった。

「い、や…、待って、待って待って、意味、わからん」
「意味わからんて俺のセリフや。お前な、自分からもキスしてくるくせに恋やったらアカンとか言うし、 それが突然自分から好きやとか言い出すしで正直理解できん」

「何がしたいん」と呆れたように言うと、は「とりあえずキスしたい」と言った。




とりあえず、遠回りしたけれど俺達はこの日、晴れて両思いになった。


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