夕ご飯のたけるいいにおいがする。
大好きな人の笑い声がする。
ああ、これがしあわせというものなのだろうか。何故今まで気付かなかったのだろう。






部活も無く、特に用事も無く、に買い物を付き合わされて家に帰ってきた(もちろんもこの家に帰ってきた)。 義姉さんが「おかえり」と迎えてくれて俺たちは「ただいま」と言う。
はそれにすっかり慣れたようだった。
義姉さんが居て、がいる。何だかとてもおかしな感じだ。

本当の姉妹のように肩を並べてキッチンに立つ姿を見ると、逆にこっちが疎外感を感じ始める。 言いようの無い感情なのだけれど、義姉をとられたような、幼馴染をとられたような(多分どちらもなのだろう)。
それは兄も同じなのか、帰ってきても夕飯作りに夢中で「おかえり」を言ってもらえなかった充が 「うう」と嘆きながら、たくみを抱っこしてテレビを見ていた俺の隣にすとんと腰を下ろした。

「光」
「なんや」
「俺はまたちゃんが家に来てくれて嬉しい」
「さよか」
「けれど何故か虚しい」
「知るか」

母親までもが女子組に混ざっており、皿をテーブルに並べようとこちらを振り向いたおかんが 「あら充帰ってたの」とトドメの一撃を喰らわせた。

「……………たくみい〜〜〜〜」
「うわ、」

充は俺の膝の上でわちゃわちゃと適当な動きでテレビの中の踊りを真似していたたくみに頬を摺り寄せ、 俺はその気色悪さに上半身を反った(背中がポキっと嫌な音を立てた)。

「俺にはお前だけだ〜〜〜」
「うぎゃあ〜〜〜!」
「た、たくみいいいいいい」
「声がでかいねんお前!」

途端に大泣きを始めたたくみを抱っこして立ち上がり充から遠ざける。 「どうしたの?」と心配そうな顔で駆け寄ってきた義姉さんが、みすぼらしい充を見て笑った。

(ああ、しあわせだ)





夕飯の後、家族でわいわいテレビを見て父親の買ってきたゼリーを食べた。 「そっちの味もひとくち食べたい」というにスプーンを差し出し、それをが口にする。 は「おお、おいしい。でもこっちもおいしいよ」とひとかけらすくってよこした。
そんな俺たちの様子を見て、義姉さんが「ほんとに仲良しだったんだね〜」と笑った。
(別に、普通だろう)

部屋(俺の、だ)に帰ったがベットに大の字にダイブして、その衝撃でスプリングが軋んだ。

「今日もおいしかった〜」
「お前がいると家の飯がまともになってええわ」
「それは喜んでええの」
「多分な」
「たぶんて」
「おかん、義姉さんに甘くて食事に文句つけんし。は鬼のように突っ込むからなあ」
「ちょっと、何やそれ人聞き悪い」

は「このー」と言ってベットサイドに立っていた俺の腕を引っ張って俺をベットに張り倒した。 両頬を引っ張られておかしな顔になった俺を、上から笑う。
だから俺は、の頬をくすぐるように撫でてやった。

「…ねえ」
「なんや」
「キスしたい」
「勝手にせえや」
「こないだ怒ったやん」
「ああ」
「今ならええんや」
「今ならな」

は俺の顔の両脇に手をついて、一瞬だけ唇を重ねた。
そして、笑った。

「ぶは、やっぱおかしい。何なんやろねこれ」
「さあ」

ぐいっと彼女の片腕を引っ張ると、バランスを崩したが倒れこんでくる。 その隙に彼女の下から逃げ出して、さっきとは逆の体制に持ち込んだ。
もう一度、今度は俺からキスをする(本当に、何だろうか)。

「これ、恋ちゃうよね」

がぽつりとそう言った。
その顔が泣きそうに歪んで、その声はあまりにか細かった。

「さあ」
「恋やったらさ、何か、急に後ろめたい気分なるもん」
「なんでやねん」
「わからん、わからんけど、なるんやもん」

(お前、それは)
(もう、なっとるんと違うんか)
今にも零れ落ちそうな涙が、うまれてしまう前に俺は目じりにキスをした。



ここが、一枚の壁をへだてて幸せな家族の居る俺の部屋でよかった。
もし、彼女のさびしい家のどこかくらいくらい部屋であったなら、俺は彼女を抱いていただろうと、思う。


めでたしめでたし の続き



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