様子がおかしいなあと思った次の日、財前は部活を無断欠席した。
生意気だけどそんないい加減なヤツじゃないし、聞くところによると学校にすら来ていないらしい。 一体どこに行ってしまったのか、文字通り財前は『消えて』しまった。
(思いつめた顔しとったしなあ、もっと突っ込んで話聞いてやればよかった)と、俺はとても後悔した。

しかしそんな後悔が勿体なくなるような事実を引っさげて、財前はケロッと帰ってきたのであった。



(Other viewpoints #kenya)




財前が消えた金曜日(正確には木曜の夜らしい)から土日をはさんだ月曜日。 どうせ友達おらんくって一人寂しく弁当を食べているんだろうと「昼飯一緒に食うぞ」と2年生の教室を訪れた。 案の定彼はどこかクラスから浮いているように見えた。
まあ、いじめだとかそういう理由で居なくなったのではないのだろう。 見たところ居なくなる前よりもどこか表情が柔らかくなったのが見て取れるし、 その件に関しては今はそっとしといてやるとして俺は「はあ?」と嫌そうに返事をする後輩を引き連れて屋上へと向かった。
そこには既に白石が居て、俺たちに気付いた白石は俺が頼んでいたパックのジュースを目の高さでちらつかせた。

「ありがとな白石」
「かまへんよ。俺も喉かわいとったし」
「…どういう事ですか」
「どういうも何も、一緒にお昼食べましょういう事やないか」
「はあ」

「まあ座り」という白石にしぶしぶ財前は腰を降ろした。 教室を出る際、財前から無理やり奪い取った弁当(これを奪ってしまえばヤツは俺に従うしかない)を返してやる。 それは軽くて、小さくて、かわいらしい桃色のランチマットに包まれていて俺はにやけた。

「しっかし財前お前…かいらしい弁当やなあ、ぶぷっ」

俺の言葉を聞いてるのか聞いていないのかわからないような(多分聞き流している)表情で財前は弁当箱を開いた。 そしてしばらく無言になり、「………ああ」と呟いた。 何が「ああ」何だと思って覗き込むと、そこには桜でんぶで描かれたハートが見えて、 これには白石も突っ込まずにはいられなかったのか、 「財前、どないしてん彼女が作ってくれたん、何で俺にそういう報告せんの、俺部長やで部員の事把握したいわ。で、その彼女どんな人なん?」 とえらい気持ち悪いニヤニヤ顔で捲くし立てた (まるで新しいオモチャ見つけたみたいに顔が輝いとるわ)。
しかし、そんな白石の怒涛の攻撃もあっさり交わした財前は眉ひとつ動かさず弁当を食い始めた。

「つれないわあ」
「白石キモイねん」
「うるさい、謙也よりはイケとるわ」
「顔の話やないわ!」
「顔の話とは誰も言うてへんで。なんや、自覚ありか」
「死にさらせ!」

しょうもない会話をしていると、財前がちょっと笑った気がした。 「おお、今財前笑ったんとちゃうか」「ほれ、もっぺんにーってしてみい」 とうざったい絡み方をしてやると、財前の携帯が鳴った。
(今までは持っていなかったが、失踪の一件があり持たされたようだった。 今朝の朝練の時に小春がケーバンケーバンと騒いでいた)
財前は俺たちに一言も無くピ、と通話ボタンを押して電話に出た(おい、先輩に少しは気遣うとか無いんかいお前)。

「なんや」
『光?今どこ?』
「屋上」
『今行く!弁当食うな!』

興味津々に財前に接近し会話を盗み聞きしていると、通話の終わった財前が物凄くしけた顔で 「何なんですかあんたら」と毒を吐いてきた。

「女の子やったなあ、どういう事や財前くん」
「今から来るみたいやなあ、白石、写メのスタンバイや」

にやにや、ニヤニヤ。
財前は相変わらず弁当を食べ続ける。逆にそれが、おもろいわ。

ギイという鈍い音をたてて屋上の扉が開き、その女の子は現れた。 「おお」と白石が言い、俺も続いて「おお」と声を上げる。
しかし彼女は俺たちなんて目に入ってもいないかのようにつかつかと財前に歩み寄って「あああ!」と金切り声を上げた。

「ちょお、待っとき言うたやん何食うてんの!」
「腹減ってた」
「信じられん、それ私のやて気付いとって食うたやろ」
「中身どうせ同じやろ」
「同じちゃうわあ〜〜!それ、仁美さんが私のために!わ、た、し、の、た、め、に、! ハート型にふってくれたヤツやもん!光のはこっち、」

彼女は財前の横にしゃがみ込んで自分が持ってきた弁当(黒の包みだった)を開いて見せた。

「ほら、卵薄くやいて星型に切り取ったんのってるやろ、ていうか明か包み違うのに何でトレードしにこんねん」
「それ、そこの先輩に言うてやれや」

財前が緩慢な動きで俺を指差す。
それに釣られて彼女は振り返った。白石はまた「おお」と言った。
(結構、かわいい)

「あっ、こんにちは、」
「お、おお、こんにちは」
「謙也さんが人の弁当盗んだせい。俺のせいちゃう。ちゅうかお前も昼まで気付かんかったんやろ」
「いや、そやけど先輩に向かって何言うねん。すいません、光がお世話になってます。 ふてぶてしい子ですけど根はとてもいい子なんでこれからもよろしくお願いします」
「お前、俺のおかんか何かか」
「似たようなもんやん」
「アホ」

(入る、隙間がない)
その子誰や、彼女か、どういう関係やねん、どこまで行ってんねん、どういう事やねん。
突っ込みたいところは物凄くたくさんあったのだけれど、見事なまでに二人は出来上がっている。 1年とちょっとの間財前と共に過ごしてきて、彼の事をそれなりに知ったつもりでいたけれど、 こんな女の子が彼の傍に居たなんてそんな片鱗無かったはずだ。
白石は相変わらず隣でにやにや二人を観察していたようだったけれど。
そして「まあ落ち着いて弁当一緒に食べませんか」と彼女を誘った。

「あ、いいんですか?じゃあお邪魔します」
「うん、聞きたい事仰山あるしな」

財前だけが腑に落ち無そうな顔をして俺を見てきた(俺が全部悪いんかい!)。

「まず名前、何て言うん?」
「あ、です。お二人は、忍足先輩と白石先輩ですよね。校内新聞でよく見ます」
「光栄やなあ。で、ちゃんは財前とどんな関係なん?」

(うわ、白石直球や)お前が地雷踏むたびに、財前のわっるい目つきが俺に突き刺さってくる。
空気、読め(俺かて気になるけど)。

「どんな…どんなだろう?」
「ただの幼馴染ですわ」
「ただのって何やねん、ていうかいつまで私の弁当食べてんねんこっち食いや」
「ふうん。なるほどなあ」
「あ!また魚残しとる、魚はなあ、食べられへんとこ無いんやで。 よく噛めば骨も食べれるし、ほら、光のはちゃんと骨とったげたしにがいとこ無いから」
「ん」
「そういえば帰りにたくみくんのオムツ買うてきてって。光も行く?」
「ああ」
「卵も無かったんやけど、おばさんか仁美さん今日買い物行くかなあ」
「メールしたれや」
「ああ、そっか」
「ついでにぜんざい要求しとけ」
「光が自分でメールせえ。ていうか今日デザートにケーキやって、昨日の夜充お兄ちゃんが…あれ、すいません何の話でしたっけ?」

はた、と彼女がぽかんとこちらを見てきた。
話に夢中になりすぎていたらしい、思い立ったように彼女は頬を染めた。
(ていうか何やこれ、幼馴染ってこんなもんなんか?)
そう思っていると「君たち夫婦みたいやねえ」と白石がしみじみと言った(ああ、それ。俺も同じ事考えとった)。

「あはは、それ昨日おばさんにも言われたねえ、光」
「うるさいんが一人増えてたまらんわ」
「ええー」
「ていうか君たち、一緒に暮らしとるの?」
「半分くらいは。私の両親中々帰って来ないんで面倒見てもらってるんです」

(中学生にもなって、そういうものなんだろうか)
財前から家族構成を聞いたとき、兄嫁が家に居るという話は聞いた事があった。 白石はいじりポイントを見つけたとばかりに「ええなあ、義姉と同居」とかニヤニヤ財前に絡んでいたけれど、 その時も財前はガン無視だった(ちょっと苛立っていたようにも思う)。
確かに兄嫁が一緒に暮らし始めるという状況を中学2年の彼がどう感じているのかは気になるところだが、 それよりも同年代の女子(幼馴染とは言え)がひとつ屋根の下にいるというのはどういう状況なんだろうか。
(ほら、思春期とかって色々あるやん、変に意識してまうとか)

「ああ、それで」

白石は目を細めながらそんな事を言い、財前と彼女は不思議そうに白石を見ていた。
白石がそれ以上何も言わなかったので、彼らは再び弁当を食べる作業に戻ったのだけれど。



昼休みの終わりの予鈴が鳴り、彼らが2年生の教室へと足を運ぶ後姿を見ながら、 白石は「ちゃん、財前と同じ匂いやったからびっくりしたわ」ととんでもない事をさらっと言った。

「お前、その変態発言は財前に絶対言うたらアカンぞ。本気で嫌われるで」
「ええ、シャンプーの匂いが同じ男女が近くにおったら、確実そっち方向やろ」
「あのなあ…ただ生活範囲同じだけや言うてたやんか」
「謙也はお子様やなあ。俺の勘、結構的外れでも無いと思うけどなあ」
「それ、ほんまやったら俺落ち込むで」
「後輩に先越されたらなあ…格好悪いわなあ謙也…ああほんま情けな」
「うっさいわ!」


財前の事はまだまだ調べる余地がありそうだ。
それにしても俺は今日、財前がこっそりとやさしく微笑む姿を見てしまったのだった (そんな顔できたんやなあ)。


明日が今日より幸せでありますように



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