翌日の昼休み、俺の考えは確信へと変わった。






早々に弁当を食べ終え、クラスで集めたノートを職員室の担任まで届けるために日本庭園の前を通った。うちの学校には中庭と日本庭園と呼ばれるものが存在する。中庭はその名のとおり、建物の中央にあり教室に囲まれている。噴水を囲むように草木や花が咲き乱れ、ベンチがおかれたちょっとした公園になっている。
日本庭園はそことは異なり、昇降口と正反対の奥の方にひっそりと作られた庭だ。ここが作られたときの校長の趣味らしいのだが、日陰に位置するそこは一年中暗くじめじめしていて生徒は近寄りたがらない。池にはかえるが棲みついているし、どこか不気味なところがあるからだ。

俺もあまり近づきたいとは思わないのだが、たまたまそこを通ったらガラス戸の向こうに二人の人影を見つけた。
物好きもいるものだなと思っていたら、よく見るとダビデとさんだった。
二人はなにやら息を潜めて一点をじっと見つめている。互いの位置は近くもなく遠くもなく、何かを狙っているような体勢だった。
しばらく立ち止まってみていると、さんの方が先に動いて池の近くに生えていた植木にすばやく手を伸ばした。

「捕ったか!!」
「捕ったどーーー!!!」
「でかした!」

ダビデが彼女の名前を呼んだ時、昨日彼女がダビデの名前を出した時と同じように胸が疼いた。
いてもたってもいられなくて、崩れそうになっていたノートの山を抱えなおしてそこを通り過ぎようとした。けれど透明なガラス戸というのは相手にも自分の姿が見えてしまうもので、偶然にも顔を上げたさんと目が合ってしまった。
片手で戸をあけて顔を出した彼女はためらうことなく俺に声をかけてきた。

「ああ、佐伯先輩おはようございます」
「今は昼だぞ」
「うちの部活では先輩にいつあってもそうだよ。業界ルールみたいな」
「そうなのか。というかサエさんと顔見知りだったんだな」
「うん。昨日いろいろあった」

完全に言葉を返すタイミングを失ってしまった俺はただ立ち止まることしかできなかった。

「サエさん職員室?」
「ん?ああ。雑用頼まれてね。君たちは何してるの?」
「あー!佐伯先輩にもお見せしますこの奇跡の大発見!」

彼女はそういうと立ち上がって俺の目の前に片手を突き出してきた。
見るとそこには複数の足をしきりにばたばたと動かすトンボの姿があった。

「…トンボ?」
「そうです!何か見たことないトンボでしょう?細くて長くて変な色」
「これは大発見、賞をもらったらどうしよう。プッ」
「ぶふー!銅賞じゃなくて金賞狙おうよ!!」

まるで、入る隙もないような楽しげな雰囲気。
彼女がこんな風に明るく笑う子だなんて思ってもいなかった。

彼女の笑顔が目に焼きついて、息苦しくなる。
心の奥の方にどんどんと沸きあがってくる熱くてひりひりとする塊に、俺は目を閉じた。
それから、こんな気持ちに気づかれないように必死に笑顔を作った。
「残念だけどそれ、俺の家の近くでたまに見るよ。神様トンボ、って呼んで昔はよく捕まえた」
「なに!サエさんそれほんと!」
「神様トンボかあ…なんだあ大発見よさようならー」

さんの手から離れてよれよれと飛んでいくトンボを、二人は物悲しく見つめていた。なんだか悪いことをしたような気分になって言葉をつぐんだ。
何で俺はこんなに取り乱しているのだろう。
いつものようにうまくいかない、言葉が出てこない。

「金賞はまた今度探そうよ。今はご飯ごはーん」
「うい」
「まだ食べてなかったのかい?」
「食べてる途中で見つけたんです。逃がすまいと思いまして。 あ、先輩は食べました?ノート運ぶの手伝いますよ。 変な時間とらせちゃったのでそのお詫びに。ついでに手を洗った方がいいかなあと思うので」

饒舌に話す彼女にまた、驚いた。
それはダビデが隣にいるからなのだろうか?



結局断りきれずに頼んでしまったノートの半分を彼女が持って並んで歩く。
もやもやとした塊は、今もなお俺の中にくすぶりふくらみ続ける。

彼女の方から香ってきた、甘い香りが体に残った。

心の奥底に潜む、


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