その日のメニューはコートに入っての軽い打ち合いだった。 新入生がどの部活動に入るか見て回る時期でもあるので、本格的なトレーニングなんかはまだ入らない。 エンターテイメント性を強く出した、楽しさをアピールしたものになる。 よっていつもより部活の終わる時間も早くなる。それは何処の部活動も同じことなのか、にぎやかな話し声が昇降口には溢れていた。 夕方になってもまだ明るい空。このまま帰るには勿体無かった。 一人で来る海はとても静かで穏やかだった。 仲間とやってくるといつも明るく賑やかで、海はそんな俺たちを歓迎するようにきらきら光ってみせる。 夕方の海は夕日を背負って真っ赤になっていてどこか不気味な印象を受ける。 靴と制服のズボンの裾が塩水でぬれてしまわないように気を使って浜辺を歩いた。 しばらく歩いて岩場へ近づくと、なにやら変な鼻歌が耳に流れてくる。鼻歌というか、言葉というか。それはまるで奇声というか歌詞とは違って言葉ではない鼻歌だったのだ。 気になって岩場を覗き込むと、またも赤のスカートを翻した女の子がしゃがんで岩場の間にたまったわずかな海水と砂を見つめていた。変な鼻歌を歌っていたのがこの子だとわかって妙に納得した。 「またあったね」 声をかけると横顔がびくっと引き攣って、ゆっくりとこちらを向いた。真っ赤に染まった夕暮れのせいでよくわからなかったけれど、彼女の頬は上気していたように思う。 「いつからそこに」 「たった今だよ。変な鼻歌聞こえたから」 「盗み聞きですか」 「案外大声だったけど」 どうやら変な鼻歌を聴かれた事が恥ずかしかったらしい。 木にぶらさがってる時点で俺にとっては十分奇抜なのだが、そこは彼女にとって問題ではないのだろうか。彼女にとってそれより見られたくない現場は鼻歌を歌っているところらしいな。 「何してるの?」 近くの岩に足をかけて彼女のいるところによじ登る。俺が行きやすいように、彼女は少し自分の体をずらしてくれた。 拒否されてはいないようだ。 狭く入り組んだ岩場は滑りやすくてヒヤッとさせられた。一息ついてしゃがんだ彼女の足元を見ると、彼女は素足だった。ちらっとあたりを見回すと、大きな乾いた岩の上に、彼女のものと思われる鞄と靴が見つかった。 「ここにゴンスケがいるんです」 「ゴンスケ?」 「ゴキブリとカブトムシを足して三で割ったような外見の、泳ぐ虫です」 その表現がすごくて思わずぷっと噴出してしまった。 けれど彼女はそんな俺を気にも留めず、じっとその『ゴンスケ』とやらが姿を現すのを待っている様子だった。 「ゴンスケって君がつけたの?」 「はあ、まあ。ゴンスケって感じだったので」 「ふうん。君、毎日ここに来てゴンスケとあってるの?」 「まさか。今日初めて来たんです。 こう、岩場があったので渡ってたら偶然ゴンスケを見つけて、 もう一度出てこないか見張ってたところです」 「意味がわからないなあ君は」 「わかっていただけなくて結構ですけど」 顔を上げた彼女の表情があまりにも幼くて、またちょっとドキっとした。 変なの。こんな風に異性に興味を惹かれたのって初めてかもしれない。 いや、異性として興味が惹かれているというよりは、彼女自身に興味が惹かれていると言った方が正しいかな。 「君、名前は?」 「です」 「俺は佐伯虎次郎。君より一個上かな。二年生だよね?」 「そうですね」 「部活は?」 「吹奏楽ですけど、ところで何のための職務質問ですか」 「俺の興味本位だよ。ちなみに俺はテニス部ね」 「ああ、ダビデくんの先輩ですか」 『ダビデ』と、彼女の口がそう動いた時。俺はとても嫌な気分になった。 それがなぜかなんてわからなかった。 けれどその時俺は気づいたんだ。 この子が剣太郎が噂していたダビデの連れていた女の子なんだ、って。根拠なんてどこにもなかったけれど、彼女の持つ独特な雰囲気がやけにダビデに近かったことが俺にそう思わせたのだろうと思う。 夕日にそまった海だけが、その心を変えることなく砂浜に打ち寄せていた。 夕日を飲み込んで赤く赤く
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