中学校二年から三年に上がる時には、クラス替えはない。
けれど一年から二年に上がる時には行われる。 俺が中学三年になった春、ダビデは二年生。 クラス替えのあったダビデに、変な友達ができた。 「ちょっとちょっと!!大スクープ大スクープーーー!!!!」 けたたましい叫び声とともに、部室の扉が乱暴に開け放たれた。グランドの桜の香りが風にのって部屋の中に入り込んで、甘ったるい空気に包まれる。 しかし、たてつけの悪い壊れかけの扉を乱暴に扱うのはいただけない。 それは隣でジャージに着替えていたバネも思ったらしく、、剣太郎の頭をこつずいて『ぼろいんだからやさしく扱え!』と叱っていた。 けれど剣太郎はそれどころではないらしく、『わかった、わかったからそれより!』と息を上がらせながら部室に入ってきた。 テニス部部員は小学校からの仲間であり、いまさら気を使うような相手ではなかった。 入学式がすんだ数日後だと言うのに一年生である剣太郎が先輩にこんな態度を取るのも、誰も咎めないしおかしいとも思わない。むしろ、突然敬語を使われる方がかえって気持ち悪い。 「で、何が大スクープなんだよ。」 「うんうん!なんとダビデが女の子連れて歩いてました!!あのダビデがだよ!?」 「へえ。ダビデもついに野生の本能に目覚めたか」 「サエ…お前がそういう事いうと生々しいからやめろ」 「バネ、悔しいんだろ。後輩にさき越されて」 「何の話」 「うわあ!びっくりしたあ!」 剣太郎の背後からぬっと現れたダビデに剣太郎の肩が跳ねた。 春が来たっていうのにどこも変わったところはないダビデを見て、剣太郎の勘違いなのだろうとすぐにわかった。 ていうか大体、女の子と一緒に歩いてただけでそんな大スクープになるんだったら俺は一体どうなるのだろう。まあ、俺は故意に連れてるわけじゃなくて勝手に周りに集まるだけなんだけど。 ん?何か嫌味かなこの言い方。 まあさておき、それでも剣太郎はどうしても真相を突き止めたいらしくダビデに迫っていた。 当人と言えばそんな剣太郎の剣幕に動じることもなく、いつものようにポーカーフェイスを保っている。 「ダビデ!あの女の子一体ダビデの何!?まさか彼女!?あんなかわいい子が!?ウソ!信じられない!!本当に!」 「こらこら剣太郎。本人を無視して頭の中で妄想が膨らみすぎてるぞ?」 「…妄想が膨らみすぎて、もう、ウソ〜………ブッ」 「ダビデ!!つまんねーし意味がわかんねえんだよ!!!」 すかさずバネの突っ込みが入ってダビデは床に伏した。 剣太郎はまだ粘るのか、床にへばるダビデに縋り付いて必死に叫んでいた。 着替え終わった俺は、事の成り行きを見守っていた樹っちゃんに目配せして騒がしい部室を後にした。 春はいい。こんな風に浮き足立っても許される。 それはこの陽気が頭の中にぼんやりと霞みをかけるからだろうか。 そんな風に思いながらふと顔を上げると、木にぶら下がっている女の子が目に入った。 落ちそうになっているのかと驚いて駆け寄るとそうでもないらしくただじっと目をつぶったまま動かなかった。 高さ的にも落ちても怪我はしない位置…というか、鉄棒にぶらさがっているような感じだった。目先にはためく赤のスカートが見えるか見えないかくらいの微妙な感じに揺れている。 「君、そんなところで何してるの?」 「空気吸ってます」 「それはそうだけど…その体勢ちょっとつらくない?」 「つらいですけど何かこうしたかったので」 開いた目が、上から俺を捉えた。 格別美人だとかかわいいとか、そんな印象は受けなかったけれど俺はなぜかその時ドキっとした。 それはまるで未知の生物にあった時、みたいなそんな感じで。 彼女はしばらくして俺から目を離すと、目を細めて遠くを眺めた。つられて俺もそちらを向くと、校舎のグランド側に向いてついている時計が目に入った。 再び振り返ったときにはじゃりっと音を立てて地に足をつけており、うっかりついた尻餅のおかげで少し砂のついたスカートをはたいているところだった。 「行くの?」 「そろそろ波も引いたかなあと」 「波?海のかい?」 「人のですけど。失礼します」 「ああ」 おかしな事を言う子だなあと思った、それが第一印象。 去っていく彼女の足元を見ると、学校指定の内靴に、赤いラインが入っていた。 二年生だ。 そう思ってからふと頭にダビデの顔が浮かんだ。 あの独特の空気がどこかダビデに似ているようだった。 「サエ〜!何してるのねー。振り向いたらいなくて俺独り言しゃべってたのね」 「樹っちゃん…ごめんごめん。ちょっと道草くってた」 春はどうも人の心を狂わせる。
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