私の中で、佐伯君という存在が狂気に変わった。 まるでそれは、夢を食べるバクのように私を蝕む。 これは恋じゃなかった。 私は彼を利用したかっただけ。 友達においていかれないように、仲間に入れてもらえるように、認めてもらえるように。 そのために、彼を利用したかっただけだよ。 何度も何度も、自分に言い聞かせていた。 昨日佐伯君は、これが私の悪いところだといった。私も気付いていた。どうして私を何も知らない佐伯君が、そんな私の真意を見抜いたのか不思議だった。だけどそんなのどうだっていい。 やっぱり私は怖い。 彼に全てを暴かれるのが怖い。 私の周りを取り巻く空気に、侵入されるのが怖い。 だから私は、彼を遠ざけねばならなかった。 結局自分を正当化して、傷つかなくてすむ方法をとろうとしている私はずるい女だろうか。 最低な女だと、皆は私を非難するだろうか。 もう、どうだってよかった。どうだっていい、だけど私は私を護る。それだけ。 その日から、私は佐伯君のメールから目を背けた。 何度もかかってくる電話にも、出なかった。 きっと彼も、私の心を求めてはいなかったんじゃないだろうか。 だって本当に優しくて私を思ってくれるなら、あんな風にキス、したりしないはずだ。 手を繋いだり、ただ抱きしめて相手のぬくもりを感じたり。そんな風に甘い恋を私にくれたはずだ。 後付した理由だけれど、私にとってそれが真意だった。 いつの間にか卒業式がきて。 いつの間にかホワイトデーも終わっていた。 佐伯君とは連絡をとらないまま、私達の中学校生活は終わってしまった。 これでよかった。 これでよかったんだよ。 恋は素敵なものでしょう。 甘くてすっぱくて、それでも胸がときめいて。 こんなになき濡れた恋なんてない。 苦しくてたまらない恋なんてない。 だから、私は彼が嫌いなの。 昨日までは、確かに彼を愛していたと、思っていた 4月がやってきた。入学式にあわせたように、桜の花が満開になる。今日から晴れて高校生になる。 私はもう、佐伯君との事を忘れかけていた。いや、意識的に忘れようと努めていたのだ。 相変わらず無難なポジションで、甲乙なく過ごす学校生活は刺激がなく退屈とも思われた。 恋なんてもうしない、出来ない。誰を見ても佐伯君に感じていたような思いは抱かれることがなかった。 そんなある日、ふと携帯を眺めていたときだった。 佐伯君とやりとりしたメールは、受信したものも送信したものも、全て削除してしまっていた。彼が私の中にいたのだということを、嘘にしてしまいたかったからだ。 けれどどうしてもけせなかったものは、アドレス帳に入った彼の電話番号と、メールアドレスだった。 それが目に入った瞬間、言葉にならない思いがこみ上げてきた。 『eternallove.princess』 永遠に愛します、お姫様 こんな恥ずかしいアドレスを、彼は設定していたというのか。一体、どんな気持ちで設定したことだろう。 あの頃精一杯で周りが全然見えていなかった自分が急に虚しくなって、胸が締め付けられた。 彼が私を愛していなかったって? こんなに傍に、彼が私を好いてくれた証が残っているというのに。 私はそんな彼の気持ちを易々と踏みにじったのか。 頭を、ガツンと殴られたような衝撃だった。 自分はどうしてこんなに愚かなのだろうか。 取り返しのつかないことをしてしまった。 彼が私に言った一言一言が、痛いほど胸に突き刺さった。 私は本当に、私しか見えていなかった。 ねえ本当に、キスしたいって思ったり、抱きしめたいって思う事って自然なことでしょう? 女の子の気持ちと、男の子の気持ちって違うものだよね。 愛情表現だって、全然違うんだって、ちゃんとわかってなかった。 私は全てを受け止めるべきだったんだ。彼が等身大で私を愛してくれていたこと、目を向けられなかったこと。 今更気付いたって、遅いのに。どんどん溢れてくるあの頃の記憶が、私を苦しめた。 ごめんね、ごめんね、本当に私、愛してた、ちゃんとあなたを愛してた 愛せていたかって言われたらそれは違うといわれると思う けれど本当に、きっとこれは恋だったのよ 溢れ出す想いが、文章にならなくて。ただ動く指先だけが素直な気持ちを綴っていた。 緊張しながら押した送信ボタン。 けれどそのメールが彼に届くことは無かった。 すぐそこに、彼の誕生日が迫っていた。
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